オープニング(2)

    * * *


「──この場をもつて宣言する。私はユフィリア・マゼンタとのこんやくすると!」

 高らかに力強い宣言がひびわたりました。その宣言を告げたのはパレッティア王国の王太子であるアルガルド・ボナ・パレッティア様。

 まるで陽光を思わせるような白金色のかみは王族によく現れるとされた色で、青色のひとみおだやかな色合いに反して、強い意志を秘めて私をにらみ付けています。

 アルガルド様の口からつむがれたのは婚約破棄を知らしめるものでした。アルガルド様の宣言一つで、煌びやかなパーティーの場はまたたに祝いの場からだんがいの場へへんぼうしました。

 私、ユフィリア・マゼンタはおどろきのままにぼうぜんとする事しか出来ませんでした。ずかしながらも目を見開き、声も出せずにくちびるを嚙みしめる事しか出来ません。ただ信じられないという一心でアルガルド様を見つめる事しか出来なかったのです。

 私はパレッティア王国のマゼンタこうしやく家のむすめ。それ故に次期国王であるアルガルド様の婚約者として、次期おうとして今日までやってきました。……それなのに。

「……アルガルド様。何故、婚約の破棄を?」

 ようやくしぼり出せた言葉は、アルガルド様への問いかけでした。婚約者としてはないばかりなのですが、私はアルガルド様から好ましく思われていませんでした。

 それでも私達の結婚は国王によって定められたもの。国の為には必要な婚約なのです。だから私は、いつかはアルガルド様にご理解頂けると。そう思っていました。

 正直な気持ちを話せば、国王の責務を背負う事になるだろうアルガルド様へれんの情はありませんでしたが、その支えでありたいとおのれちかっていました。それがアルガルド様の婚約者として、私がこの国で果たすべき役割なのだと。

 そう信じて、たとえれいぐうされようとも気にする事はないとやってきた筈ですのに。

「貴様は我が婚約者に相応ふさわしくないと判断した。貴様がレイニへ行った非道の数々、よもや言いのがれはすまい!」

 レイニ・シアン。そう呼ばれた少女がアルガルド様のそばにいる。彼女はシアンだんしやく家の娘ですが、最近まで平民として育った子でした。シアン男爵も元平民であり、功績を積み重ねて貴族の末席に連なる事を許された成り上がりの貴族です。

 そんな彼女の容姿はとても愛らしいと表現すべきでしょうか。あでやかにれた黒髪は夜空の色のようであり、せがちなその目はあいきようの良さを感じさせます。ぼくでありながら目を離せない。そして目を向ければその愛らしさに気付く。その容姿と出自故に何かと注目を集める相手だというのは知っていました。

 何故、私が彼女の事を知っていたのかと言うと私の婚約者であるアルガルド様が気にかけていたごれいじようだからです。元々、アルガルド様の婚約は国王陛下が求められた政略結婚でした。それ故なのか、私もそうであるようにアルガルド様からも恋慕の情を感じた事はありませんでした。たがいに国をになう義務感と責任があるだけと言われれば否定出来ません。

 恐らくそんな私達の関係が良くなかったのでしょう。シアン男爵令嬢は私にはないりよくを持っていました。

 愛嬌の良さ、愛らしい少女としてのれんさや、つい見守りたくなってしまうようなひたきさは正に彼女の美点と言えます。

 そんな彼女の面倒をよく見ているのがアルガルド様だと、そううわさされるようになっても私は危機感というものをいだいていませんでした。シアン男爵令嬢はその出自故に、学院にめない様子をよく見かけたからです。そんな彼女をづかってか、アルガルド様はよくお声をかけているようでした。それ自体は良いのです。ご学友を思う気持ちを私がとがめる事が出来ましょうか。

 ただ、それでも私とアルガルド様は婚約している身です。婚約者がいる男性への過度なせつしよくを見て幾らか苦言をこぼした事もありました。彼女との接点はただそれだけです。だからアルガルド様の言う非道の数々というのに私は心当たりがありません。

「もしもレイニ嬢に対する苦言の事をおつしやっているのであれば、そこに彼女を害そうとする意志など私にはございません! そもそも何故このような事を、今この場で!?」

 むしろしようげきを受けてしまっていたのはアルガルド様のたんりよな行いにです。私達の婚約は国によって定められたもの。一個人の意志でくつがえせるものでは無いのです。ましてや、このような祝いの席で宣言していいものでもありません。何故ならば、この夜会には臣下となる貴族達もまたつどっているのですから。

 そんな事をアルガルド様が理解出来ない筈もないのに、どうしてこんな行動を起こしたのかが私には理解出来ないのです。

「アルガルド様。もしやとは思いますが、この話は陛下にりようしようを頂いているのですか?」

「父上には後でしようだくを頂く」

「何故、親が定めた婚約を貴方あなたの一存で解消などと! ご自分が何をしているのか理解されているのですか!?」

「父上にも母上にも文句は言わせない! 私は、私の意志で己の道を定める!」

 アルガルド様の反論に私は息をんでしまいました。本当にアルガルド様はどうされてしまったのかと、私はただ混乱するばかりで首を左右にってしまいました。

「それは守るべき節度があってこその話です! お考え直しくださいませ、アルガルド様! よもやそこまでもうもくになられましたか!?」

「言うに事を欠いて盲目だと!? 盲目は貴様だと知れ、ユフィリア! 王妃の地位しさに目をおおう所業をり返す貴様に王妃の資格などない!」

「ですから、心当たりなど……!」

 私が弁明しようと声を上げましたが、さえぎるようにアルガルド様がいつかつしました。その目にはありありと私への敵意が込められていました。

「レイニに対する過度なイジメ、所持品のとうなんや損害、さらには暗殺のくわだて! そのすべては貴様が裏で糸を引いている事は調べがついているのだ!」

 アルガルド様からきつけられた言葉に私は何の事なのか、心の底から理解が出来ませんでした。私はそんな事をしていない、と。そう反論しようとした時でした。

「証言します。だんからレイニ嬢に対する彼女の悪行の数々は我等が目にしました!」

 アルガルド様の横に並ぶように男達が並びました。その並んだ姿に私は思わずみをしてしまいました。

「ナヴル・スプラウト様、モーリッツ・シャルトルーズ様、サラン・メキまで……!」

 並び立った方々はこの国でも注目を集める地位の子息様達でした。

 ナヴル・スプラウト様は王都を守るこの団長のご子息です。好青年と呼ぶべき人です。の当たり方で黒髪にも見える深い緑色の髪色、はちみつ色の瞳は今はするどく、私を睨むように細められています。

 横に並ぶのは神経質そうな青年。くせがついた銀色の髪に、あやしい色をしたむらさきの瞳を持つ彼はモーリッツ・シャルトルーズ様。我が国の国家機関である〝ほう省〟の長官を務めるはくしやく家のご子息様です。

 そんな二人から一歩、引くようにして立つためいきを零す程に美しい彼はサラン・メキ。

 大人しく落ち着いた色合いのきんぱつに赤茶色の瞳を伏せ気味にしている彼は貴族ではありませんが、大きなえいきよう力を持つ商会のご子息で特待生として入学していました。

 いずれも学院では注目を集める者ばかりで、息を吞んでしまいました。唇を嚙んでしまいそうになりながら私は彼等を睨むようにえます。

 彼等がアルガルド様についずいしたのはわかります。彼等もまたシアン男爵令嬢と行動している所をたびたび目撃されていたのですから。ここに来てようやく私はレイニ嬢をいじめたとして私をおとしいれたいのだと理解しました。

「レイニは確かに平民上がりで貴族としての振るいが未熟な事もあるだろう。だが、それにしてもユフィリア嬢の𠮟しつせきは度が過ぎているとしか思えない」

 ふんられたように強い口調でナヴル様が私をきゆうだんする。

「えぇ、えぇ。𠮟責というのにはあまりにもひどいと我等もごろから思っていたのです。それに、自分の手はよごさずに取り巻きのご令嬢にいやがらせを強要したとか!」

 おおりを加えながらモーリッツ様が告げます。高みから私を見下ろすその瞳には明らかなさげすみがめられている。

「レイニもまた努力をしていたのに……幾ら身分のちがいはあっても、流石さすがにあんまりだ」

 首を左右に振りながら残念そうに告げるサランに、一部同意するような声がまぎれ始める。

 それが切っけだったのか、周囲から私へと向けられる視線に鋭い気配が増えていくのを私は感じました。そんな空気の変化に息を吞みつつも私はさけびます。

「私は、シアン男爵令嬢を指導しただけで傷を負わせようなどとした覚えはありません!」

「それが貴方のごうまんだと言うのだ! ユフィリア嬢よ! ゆいしよただしき公爵令嬢、ほまれ高き次期王妃様! その身分に甘んじた貴方の心の甘えがとがを生んだのだ!」

 非難するかのように叫ぶモーリッツ様の声が私の耳によく通りました。すると会場内から同調するかのように、そうだ、と続く声が嫌でも耳に入ってきます。思わず私は周りの声に信じられない思いで視線をめぐらせてしまいました。

「それでも! それに私はほかのご令嬢にそのような指示などしておりません! ましてやシアン男爵令嬢をおとしめようなどという意図もございません!」

「見苦しいぞ、ユフィリア嬢! 貴方に指示されたと、そうなみだを流しながらうつたえた令嬢もいたのだぞ!?」

 いかりに満ちた声でナヴル様が一喝します。私はそんな指示を出した覚えなどないのに。その訴えをした令嬢はだれなのかと問いただしたいのですが、彼等が答えるとも思えません。

 一体、何故このような事になったのかわかりません。ただ周囲には私へのわくや義憤が向けられる空気がまんえんしていきます。

 広がり続ける空気に私はそれでもやっていないと、そう訴えようとしました。しかし、のどが引きって声が出ない。唇だけが言葉をなぞるようにふるえただけでした。

「残念だ、ユフィリア」

「アルガルド様……」

「今までの行いをい、レイニへと謝罪せよ! ユフィリア・マゼンタ!」

 何を謝罪すると言うのか。私には、もうわかりませんでした。何が間違いなのかすらも。自分の無実を訴えなければとは思うのに、声は引き攣ったまま出てきそうにありません。

 私は今まで様々なあざけりを受けてきました。次期国王であるアルガルド様のこんやく者という地位は良くも悪くも人の注目を集めていたのですから。決して自分は弱いとは思っていませんでした。むしろ強くあろうとすらもしました。出来る事をこなして、みなはんになろうと今まで自分に課してきました。

(でも、私は……本当に、皆の規範となる令嬢として振る舞えていたのでしょうか……?)

 一度、疑問に思ってしまったら私のひざから力がけていきました。誰からも理解されず、言葉が通りません。どんな時でも、己が正しいと信じて振る舞えれば結果はついてくると思っていました。けれど現実は私の思うようにはなりません。

 自分に不利な事はありました。陥れようとする悪意に立ち向かった事だって初めてではないのです。けれど彼等に悪意はなく、おのれの信念に沿っているとわかってしまいます。

 それが私には理解出来ません。だからこそ衝撃を受けて立ちすくんでしまい、ただと思う事しか出来ずにいます。そんな現実にあしもとくずれ落ちそうで。

 ……そんな時でした。この場の空気を一変させる気配がしのび寄ってきたのは。

「……ん?」

 その気配に気付いたのは私だけではなかったのでしょう。アルガルド様もいぶかしげに耳をませ、その音の発生源であるパーティー会場の窓へと視線を向けたようでした。

 それは、何と言えば良いのでしょうか。風を勢い良くいて突っ込んできそうな音というか、それに混じって聞こえて来る誰かの悲鳴というか。


「──ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?」


 悲鳴そのものでした。そして悲鳴だとにんしきした次のしゆんかん、窓が勢い良くさいしたのです。

「……は?」

 私は力が抜けそうだった事も忘れて棒立ちになってしまいました。窓をふんさいした何かがその勢いのままに、丁度私とアルガルド様の間を勢い良く転がっていきます。

 だんがいの空気はえられ、破砕された窓の付近からのがれた者もふくめて、誰もがあつに取られながら窓を突き破ってきた何かに視線をうばわれていました。

「いたたた……せいぎよ失敗、まだまだ研究が足りないなぁ」

 ぱんぱん、と硝子ガラスへんはらって立ち上がるのは美しい少女でした。

 身にまとうのは動きやすさを重視した上着とズボン。この社交の場においてどう見ても似つかわしくありません。そのはずなのに、彼女はどこまでも魅力にあふれていました。

 どこか幼げな顔はすすで汚れても、その気品をけがす事は出来ていません。活力に満ち溢れた魅力と例えるのが正しいでしょうか。私はそんな彼女の顔に奪われるように視線を注ぐ事しか出来ませんでした。

 彼女は足下に転がっていたほうきのような形をした、けれど箒とも言えない器具を拾い上げます。ひとみやさしい新緑を思わせるうすみどり色で、どこか間の抜けたようなあいきようを感じさせます。

 そして、そのかみの色には誰もが息を吞みました。それはアルガルド様とよく似た王族の証明と言える白金色だったからです。アルガルド様に比べれば、どこかやわらかな陽だまりを思わせるような色の髪を彼女はらしました。

「貴方は……!」

 そんな彼女の姿を見て、震える声で反応を示す者がいました。それはアルガルド様です。

 その表情はきようがくからふんへと変わっていきました。そんなアルガルド様の変化に、さわぎの中心となった彼女は気安げに片手を上げてみせます。

 まるで今までのきんちよううそだったかのように、明るい調子のままに彼女は口を開きました。

「あー、アルくん! ……これは、もしかしておじやしちゃったかな?」

「ッ、姉上ッ!!」

 どこまでも場に似つかわしくない彼女、パレッティア王国きっての〝問題児〟のしようごうをほしいままにする王女、アニスフィア・ウィン・パレッティアはさわやかに微笑ほほえみました。

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