第一章『前線の街の青年』(6)

 ほんの一瞬前まで立っていた大通りの舗装アスファルトが、粉々になって砕け散る。

 何も見えない。本当に、何もないところでいきなり爆発が起きたように見える。

「づ──あぁ!」

 それでも、そこに何かがいるという直感に従い、銃を抜き放ち、振り向きざまに背後を撃つ。《黒妖の猟犬ブラックドッグ》の銃身を、第一術式ファーストバレットの証である青白い光が走っていった。

 鋭く、雷撃が放たれる。

 大気中を、対象に向かってように進む稲光は、引鉄を引くとほぼ同時に目の前で閃光を弾かせる。すぐそこにいた《何か》に命中したからだ。

 その一撃が、敵の機能に影響を与えたのだろう。

 目の前が揺らぎ、何もないはずだった空間に硬質な巨体を覗かせた。

「ぐ、くそ……光学迷彩カメレオンかよ……っ!」

 見えたのは、真っ赤な警戒色を放つ単眼モノアイ。体長3メートルほど、痩身の人型を思わせる機械生命──オートマタが、すぐ目の前に立っている。

 見破られ、気配を消すことをやめたせいだろう。キ、キィ……というピントを合わせるような不吉な音が単眼モノアイから聞こえてきた。

 次に目を奪うのは、そいつの右腕と思しき部分にある、不気味な機構だった。

 人間で言う拳から右肘までを一本の鉄杭が貫いているような形で、今の一撃は、それが巨大な圧力でもって地面を抉り抜いたものだとわかる。いわゆる杭打ち機パイルバンカーなのだろう。

 間違いない。

「戦闘、型の……オートマタ、かよ。こんな、ところでっ!」

 絶望が形を伴って、ここに具現化したようなものだった。

 多くの機械生命スカヴェンジャーは長い年月の中、自律進化を経て武装を獲得している。

 どれも人間にとって脅威だが、言い換えればそれは初めから戦闘を目的として創られたわけではなく、いわば後付けで戦闘能力──否、生存能力を獲得したということだ。

 だが、目の前に立つような戦闘型の機械生命は違う。

 そいつは初めから、戦うこと自体を目的として創造された機械生命なのだ。

 その強さはほかと比較にならない。

 持って生まれた役割を、そのまま行使する機械生命の性能は、人類を遥か超えている。

「ま、ず……!」

 一瞬の硬直、思考の停止。

 死線において時を凍らせることの意味は、痛みによって理解させられた。

 蹴り抜かれたのだ。

 意識が、敵の右腕の杭打ち機パイルバンカーに集中していたせいだろう。

 それとは逆側の足を、回すように放たれた蹴りの一撃を躱すことができなかった。

「ご──」

 肺の中の空気を搾り取られる。

 それが致命傷にならなかったのは偶然だ。右側から蹴られたから、右腕がたまたま盾の代わりとなっただけ──片腕を潰す代わりに命を贖った、それだけのことでしかない。

 地面を跳ねながら、通りの端の建物の壁まで弾き飛ばされる。

「づ、ぶ……ぐっ」

 がたり、と。目の前に銃身が転がった。

 痛みも過ぎれば脳が麻痺する。おそらくそんな状態なのだろう。

 俺はすぐさま左手で銃を拾い上げ、そのまま無造作に通りの側へ乱射する。

 狙いも何もない弾丸は一発も当たりはしなかった。けれど警戒させることには成功したらしく、戦闘型オートマタは身を引いて、追撃はせずにこちらを窺う。

 ……右腕はもう使えない。

 左腕も肩口を抉られていたが、貼付式癒術符ヒーリングテープのお陰で動かせる程度には回復している。

 片腕さえ使えれば銃は撃てるだろう。改めて左手に力を込めた。

 もっとも、事態は最悪以下と言っていい状況だ。

 せっかく吹き飛ばされたのだから、と半ば自嘲にも似た心境で、すぐ傍の建物の入口へ駆け込む。見たところ、このオートマタもおそらく視覚型センサーだろう。

 そう思っていた俺の目の前を、直後、巨大な杭が貫いていった。

「ぐ……っ!?」

 巨大な杭が、壁ごと建物の一階を吹き飛ばしたのだ。

 喰らえば身体に穴が開く、なんてレベルじゃない。軽く半身は吹き飛ばされるだろう。

 勢いよく飛び散る瓦礫や砂利を、防ぐことすらできなかった。

 ただ細めた視線の先に、破壊した壁の穴からこちらを見据えるオートマタを捉える。

「……センサーは視覚型確定、かな。壁越しに感知されないだけラッキーだね……!」

 狙いが正確でなかったことで得た情報を、さも宝であるかのように語る自分が酷く馬鹿らしく思えた。それでも、こうやって建物内の死角を利用するくらいしか今は手がない。

 追撃が行われる前に別の部屋へ逃げる。とにかく足だけは止めずに走った。

 次々と部屋を渡りながら、その途中、俺は視界に映った階段を上ることにした。せめて高所に陣取ることで、位置の有利くらいは取らないと話にもならない。

 おそらく対人レベルを想定されているのであろう杭打ち機パイルバンカーでは、いくらなんでも建物を丸ごと解体することはできない──そう考えたからだ。

 痛む体を酷使して最上階まで駆け抜ける。

 体に回った魔素が、あるいは麻酔代わりになっているのだろう。それとも、幼い頃から重ねてきた訓練の成果か。肉体は、こんな状態でもまだ動いた。

 崩れかけの朽ちたビルだ。階段も途中が抜けていたりすることがある。

 杭打ち機で壊せないというのは甘い判断かもしれない。正確な記録すらないほど太古の建物が、余裕で原形を留めているだけむしろ驚くべきところなのだろうが……。

 屋上へ続く朽ちかけの扉を蹴破って、俺は屋外へと舞い戻る。

 人類圏だろうが圏外域だろうが、変わらず空を照らす太陽と誤差ほどに近づく位置。

 姿勢を屈め、警戒しながら屋上の縁へと近づく。そして下を確認した。

 ──オートマタがいない。

 違う、見えない。ステルス機能は、壊れてはいなかったようだ。

 意識を集中させて気配を探る。左手で銃を構えておくのは、いわば気休めだった。

 眼球に接続されたターゲット機能は、単なる視覚の補助に過ぎない。狙っている相手に照準を視覚化するだけで、俺自身が狙いをつけていなければなんの意味もない。

 だが奴だって、音まで誤魔化せるわけではないのだ。

 あんな派手な武装があっては、せっかくの光学迷彩カメレオンも初撃にしか恩恵をもたらさない。

 ──そう思っていた。

 眼下に、ほんの一瞬──赤い光を見るまでは。

「う、」

 その光を目にした瞬間、俺は本能的に屋上から身を投げていた。

 それが最も生存確率が高い行動だと、これまでの経験による勘が叫んだのだ。

「お、ぁ──あああああぁぁっ!!」

 一瞬の、時間の停滞を思わせるような静止の錯覚。

 そして直後に訪れる、浮遊感。

 その一切を無視したまま、数瞬後の落下死を避けるために叫ぶ。

「──《五重障壁クインテイブル》──ッ!」

 それは魔術を励起するための言霊。設定した言葉が魔術の発動を補助し、眼下に円形の魔法陣──本来は敵からの攻撃を遮る防御魔術が発現する。

 同瞬、赤い閃光が空間を走った。

 ごく細い、けれど圧倒的な熱量を秘めた、それは文字通りの赤き死線。

 地面から天へ、破壊のための閃光が赤い軌跡を描いていく。

 直感に従って離れたビルの屋上が、その赤い光に呑まれて爆発するのを肌で感じた。

 俺はそのまま硬い地面へと落ちていく。

 落下の衝撃は、五重の障壁を緩衝材クッション代わりに突き破っていくことで殺しながら。

 障壁を突き破るたび、硝子の砕けるような音が響いた。乱暴な手段だが、墜落死だけはどうにか避けて地面に着地。受け身で転がり、背後の爆風から身を守りつつ立ち上がる。

 そこで見た。

 どんな原理だろう。奴の放った熱線は、ビルの屋上を抉るように熔解させていた。

 すぐ数メートル先では、それを為した殺戮用の機械生命スカヴェンジャーが、まっすぐに俺を見ている。

 ──距離を取るのは愚策だった。

 あの赤い光線に狙い撃たれるくらいなら、杭打ち機パイルバンカーを掻い潜るほうが遥かにマシだ。

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