第1章 刻の怪獣 (1)
―2052年、6月12日
――旧東京・とある市街地跡
「おい、そっちに行ったぞ!」
けたたましい男の声が、廃墟となったビルの間に木霊する。
男は数名の仲間と一緒に鉄パイプなどの鈍器を持ち、とある生物を追い回していた。
『グルルゥ!』
男たちが追いかけていたのは、異様に長い尻尾と虎のような体毛を持ち、びっしりと鋭い牙が並んだ大口を持つ小型怪獣。2メートルほどの身体を持つその小型怪獣は、俊敏な動きで男たちから逃げていく。
しかし奴が大きな瓦礫を避けようと跳躍した直後、
「―くたばれ、怪獣め」
物陰に隠れていた俺は、構えていた
バババン!とバーストで高速弾が放たれ、全弾が小型怪獣の胸部に命中。
『ギャウン!』
小型怪獣は勢いのままコンクリートの上をバウンドし、そのまま動かなくなる。どうやら核を破壊できたようだ。
「コイツは……一応食えるタイプの怪獣か。今夜の晩飯にはなりそうだな」
「おーいシン、上手くいったか!?」
男たちは息を切らしながら俺のところへやってくる。彼らは同じ集落で暮らしている俺の仲間だ。
「ああ、1回で核を撃ち抜けたみたいだ。悪いな、危険な役をやってもらって」
「構わねぇさ、飯にありつけるならな。それでコイツは―」
「ああ、食っても問題ない種類だ。だが核と内臓はやめておけ。尻尾も先に切り取っておいた方がいい。それと、念のため
「わかってるって、相変わらずお前は心配性だな。俺らだって変な病気になるのはゴメンだよ」
男とその仲間は痩せこけた顔でハハハと笑う。
まったく、笑い事じゃないんだが……。いや、そんなのは彼らも嫌というほど理解した上で冗談にしているのだろう。
俺たちがそんな話をしていると、
「シン兄ちゃーん!」
遠くから1人の子供が走ってくる。彼はトーバという名前で、俺がよく面倒をみている少年だ。まだ15歳になったばかりのため、狩りには参加させていなかったのだが……。
「お、おいおいトーバ、集落の外は危険だから出るなっていつも……!」
「でも、シン兄ちゃんが銃を撃つ音が聞こえたんだ。スッゲー、こんなでっかい怪獣を仕留めるなんて……!」
「コイツは怪獣としてはかなり小柄な部類だ。それに核さえ破壊できれば、大きさに関わらずどんな怪獣でも倒すことはできる。ま、銃で核を破壊できない怪獣なんぞ山ほどいるけどな」
「うぇー、そうなのか? でも兄ちゃんは銃の名手だし、兄ちゃんならどんな怪獣でも倒してくれるんだろ?」
期待を込めた眼差しでトーバは俺を見る。
だが無垢な彼の言葉は、俺の返事を詰まらせた。
「……ンなワケあるか。俺が殺せるのなんて、精々こんな雑魚くらいだよ。それに俺は銃の名手なんかじゃない。昔は、コレを握ることすら許されなかったくらいだ」
俺は自分が手にした突撃銃を見る。もう随分と使い古されてボロボロにくたびれ、パーツのガタを包帯で固定している有り様の、かつて防衛隊の正式装備だった突撃銃。
俺がコイツくらいの子供の頃は、この武器を構えて怪獣と戦う防衛隊員に強く憧れたもんだが……その防衛隊が滅んでから使えるようになるなんて、今思えば皮肉だよな。
トーバはそんな俺を不思議そうに見ると、
「? 兄ちゃんは、昔はユニ……なんとかってとこの兵士だったんじゃないのか?」
「……いや、俺はただの一般人だったよ。防衛隊に所属したことは……一度もない」
そう答えた俺は、仲間の男たちと仕留めた小型怪獣を担いで歩き出す。
帰路は道路がひび割れ雑草が飛び出し、ビルから崩れ落ちた瓦礫がそこかしこで地面に突き刺さって苔を生やしている。そこにもう文明の息遣いは感じられないが、そこがかつて大都市であった面影はまだまだ色濃く残っている。
しばらく歩いて大きな廃墟ビルの中に作られた集落に着いた俺たちは、見張り番に収穫物と本人証明書であるドッグタグを提示。〝蘭堂シン〟と書かれたプレートを見た見張り番は、快く俺を通してくれた。俺がこの集落へ来て1年半、もうすっかり顔馴染みだ。
一緒に小型怪獣を運んできた仲間たちとはそこで別れ、俺はトーバと一緒に自分の住処へ向かう。その間に、集落で暮らす何人もの人々とすれ違った。誰も彼もがボロボロの衣服を着ており、ガリガリに痩せ細っている。飢えと栄養失調が蔓延しているのは明らかで、巡回の男が捕まえたネズミを老婆がありがたそうに受け取っている姿など見ると虚しくなってしまう。
―
あの忌々しい怪獣が、破壊の怪獣が世界を滅ぼしてから、もう10年。
国家という国家が滅亡あるいは衰退し、人類が地球を支配する時代は完全に終わりを迎えた。
人々の生活を支えていたインフラはその全てが破壊され、俺たちの暮らしはほとんど石器時代まで後戻りしてしまった。今じゃ日々を生き永らえるのに精一杯で、腹を満たすために怪獣の肉まで食っている状態。文字通り、文明は死んだのだ。
それだけじゃない。日に日に怪獣の数は増えて人類の住処は少なくなっており、大小関わらず怪獣たちが我が物顔で大地を闊歩している。
一昨日も、狩りに出た集落の仲間が5人も死んだ。満足に農作物の栽培を行えるような場所はすぐに怪獣の縄張りになってしまうし、食料事情はどんどん悪くなる一方。
もうこの集落も長くないかもな……などと思いながら、俺は自分の住居に到着した。
「よいしょ、っと……。やれやれ、いい加減銃にオイル塗ってやらないとな……」
手元がよく見えるようオイルランプに火を点け、オンボロの突撃銃の分解を始めようとした矢先、ふと腕時計の日付が目に入った。
「ああ……そういや、今夜か。その準備もしなくちゃな」
◴ ◷ ◶ ◵
「ダメだアズサ! 行っちゃダメだッ!」
「嫌だ! ママ! ママぁ!」
―崩れた家と燃え盛る炎。まだ幼い俺は、アズサを必死に押さえて止めようとする。
アズサの視線の先にあるのは、崩れた家に押し潰される彼女の母親の姿。
「アズサ……来ちゃダメ……逃げて……」
『グルルル……!』
家を破壊した怪獣が、アズサの母親に迫る。もう、助けられない。ここでアズサを行かせたら、彼女まで喰われてしまう―。まだ幼い俺にも、それくらいのことはわかった。
「シンくん……アズサを……よろしくね……」
アズサの母親が俺にそれだけ言うと―怪獣の大きな牙が迫る。
そして―
「い――いやああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
「う―っ!?」
俺はガバっと起き上がる。突撃銃の整備をしていたはずだが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「クソッ、なんだってあの時の夢を……」
……忘れもしない、俺とアズサが防衛隊を目指すきっかけになった出来事。あの頃の俺たちはまだ8歳で、目の前の惨劇をただ見ていることしかできなかった。
俺は額から流れる寝汗を拭い、ふと腕時計に目を落とす。