第一章 変態属性男子とクールな同級生女子(1)
その日の放課後、帰りの
「まさか男の子に着替えを
異性の前であそこまで肌をさらしたのは初めてだった。
男子に下着を見られたショックは想像以上で、
「それに……」
むくりと顔を上げ、視線を教室の窓辺に向ける。
そこには自分の席で帰り支度を始める例の眼鏡男子の姿があった。
「まさか、さっきの覗き魔がクラスメイトだったとは……」
どうりで見覚えがあるはずだ。
新学期が始まったばかりのため、クラス全員の顔を把握できているわけではないが、彼は
(名前はたしか、
某昔話の主人公に似ているので名前は
こうして見るとどこにでもいる普通の男子なのだが……
(どういう意図か知りませんが、いきなり俺のパンツを
男子のパンツといえばトランクス?
それともまさかのブリーフだろうか?
いずれにしても自分のパンツを穿いてほしいなんて意味不明だし、通報レベルの変態発言であることに変わりはない。
「どしたの、みおっち? なんか難しい顔してるけど」
「澪ちゃん、もしかして悩みごと?」
「真凛……
澪が苦悩していると真凛と泉がやってきた。
せっかくなのでふたりの意見を聞くことにする。
「変な話で恐縮なんですけど、もしも男子に俺のパンツを穿いてほしいって迫られたら、ふたりはどうします?」
「えー、なにその質問? 俺のパンツを穿いてほしいとか変態じゃん」
冗談だと思ったらしく、カラカラと笑って真凛が所感を述べる。
「まあ、もし出くわしたら相手の股間を蹴り上げて逃げるかな~」
「私も、蹴りはしないけど一目散に逃げると思うよ」
「そうですよね」
そのレベルの変態と遭遇したら逃げるのが
「変態には関わらないのが
触らぬ神に
触らぬ変態に害なしである。
(とりあえず着替えを
そこまで考えて気がついた。
自分が今後の命運を左右するような、重大な見落としをしていたことに。
「あああっ!?」
「えっ? みおっち、どうしたの?」
「なんだか顔色が悪いけど、大丈夫?」
「あ、いえ……なんでもないんです……」
もちろん
本当はぜんぜんなんでもなくない。
(まずいですね……下着を見られたということは、
もしもワンコインランジェリーのことが
想定しうる
着替えを覗かれた時は彼の変態発言で混乱していたし、準備室から追い出すのに必死でそこまで考えが至らなかった。
(浦島君が誰かに漏らす前に口止めしないと……くたくたのパンツを
そんなことになったら二度と登校できなくなる。
この秘密だけは絶対に死守しなければならなかった。
「なんか、みおっちが百面相してる……」
「うん……どうしたんだろうね?」
(とにかく今は、一刻も早く浦島君と話をしなくては……)
時間が
事情が事情なので、できれば秘密裏にコンタクトを取りたいところだが、
(なんとかふたりきりになれればいいんですけど……)
人がいなくなるまでもう少し待ってみようか。
そんなことを考えながら再び窓際の席を見たところ、そこは既にもぬけの殻で──
「あれ? いない……」
「──
「え?」
後ろからの声に振り返ると、今まさに探していた
まさか彼のほうから接触してくるとは……
思わぬ展開に驚きながら、なんとか平静を装い対応する。
「う、浦島君? ……どうかしました?」
「水野さんに昼間のことをあやまりたくて。いきなり強引すぎたよね」
「ああ、いえ……」
強引すぎたというか、むしろ変態すぎたというか。
正直、今はそんなことはどうでもよくて──
(
いつ彼の口から下着の話が出てくるか気が気じゃない。
やはりこの人は危険だ。
変態だし、秘密を握られているし、いろんな意味で真凛たちに近づけたくない。
彼とふたりを引き離したいところだが、好奇心旺盛な友人が黙っているはずもなく、真凛がワクワクした様子で会話に入ってくる。
「なになに? 浦島くん、みおっちとなにかあったの?」
「ああ、うん。実は昼休みに被服準備室で──」
「!? だ、ダメ……っ!?」
一瞬の判断だった。
慌てて席を立った
いきなり口をふさがれた本人のみならず、それを見ていた真凛と
それよりも、これ以上この同級生に余計なことを
「浦島君、少しふたりきりで話がしたいのですが──」
彼の口を封じたまま笑顔で、しかし有無を言わさぬ口調で告げる。
「もちろん、いいですよね?」
人目を
部屋のテーブルを挟み、彼と向かい合って座った
「ご足労をおかけしてすみません」
「別にいいよ。こっちも
「いえ、アレは鍵をかけてなかったわたしも悪いですから」
まさかこんな場所で女子が着替えているとは思わないだろう。
謝罪はいらないので早く忘れてほしい。
「ところで、水野さんはどうしてこんな場所で着替えを?」
「まあ、いろいろと事情がありまして……」
「事情? 更衣室が満員だったとか?」
「これ以上は黙秘します。話したくないので」
「そ、そう……」
叱られた子犬のようにしゅんとする
少し冷たくしすぎただろうか。なんとなく罪悪感を覚えながら、それでも相手に弱みを見せないよう、
「わたしの用件はひとつだけです。さっきここで見たことを──わたしの下着のことを、誰にも言わないでほしいんです」
「? どういうこと?」
「誰にも知られたくないんですよ。わたしが綿100%の、くたくたのパンツを
「ああ、たしかにちょっと年季が入ってたかも……」
「思い出さなくていいですから。……というか、誰にも言ってないですよね?」
「言ってない言ってない」
「
「言わないよ。言いふらす趣味もないし」
「そ、そうですか……」
拍子抜けするほどあっさりと承諾してもらえた。
(
昼間の変態発言もあるし、秘密を守るかわりによからぬ要求をされないか心配だったのだが、どうやら
「わたしの話はこれで終わりです。浦島君も話があるんですよね?」
「ああ、うん。そうだね……」
「率直に言うと、もう一度服を脱いで裸を見せてほしいんだ」
「…………」
思わず彼の顔を見た。
眼鏡の奥の目はどこまでも真剣で、今の問題発言も至って本気らしいが、この場合はむしろ本気のほうが問題だ。
「念のために確認しますが……なんのために?」
「
「通報しましょう」
すかさずスマホを取り出すと、彼が慌てたように止めてくる。
「ちょっ、タイムタイム! 誓って変なことをするつもりはないから!」
「女の子に服を脱げと要求するのはじゅうぶん変なことだと思いますが……じゃあ、いったいなにが目的なんですか?」
「そうだね。最終目標は、水野さんに俺のパンツを
「やっぱり通報案件じゃないですか」
「きっとよく似合うと思うんだよね」
「似合ったら困るんですけど……」
男物のパンツが似合うと言われても
「下着姿の水野さんを見た時に思ったんだ。この子、めちゃくちゃいい体してるなって」
「い、いい体……?」
「そう! 水野さんは本当に素晴らしいボディの持ち主なんだよ!」
突然、声を張り上げて
「バストは制服の上からでもわかるくらいしっかりあるし、小振りなお尻も大変キュートだし、線は細いのに出るところは出ているまさに理想の体型! そんなナイスバディな水野さんに、どうしようもなく俺のパンツを穿いてほしいんだ!」
「うわぁ……」
ここまでストレートなセクハラは初めてだった。
自分の体についてこれほど言及されたのも初めての体験だし。
俺のパンツを穿いてほしいという発言に至っては、仮に相手が
(変態なのは知ってましたが、想像以上にハイレベルな変態なんですけど……)
幸い、こちらの用件は既に済んでいる。
これ以上の長居は無用と判断した
「すみませんが、
「わかった。今日のところはいったん引きさがるよ」
「いったんと言わず、永遠に引きさがってほしいんですけど……」
「そこはほら、諦めたらそこで試合終了だし、
「そうですか。無駄だと思いますけど頑張ってくださいね」
彼の変態プレイに付き合う義理はない。
もちろん裸を見せる気はさらさらないし、どうせすぐに諦めるだろうと適当に受け答えをして