第三章
「いやー、面白いことになったなぁ、もしかせんでも、妾達死ぬぞ!」
『骨の塔』に帰ると、ネロは元気よく言い放った。
不吉な予言に、俊は口元を歪める。溜息を混ぜた口調で、彼は言った。
「第三子を相手にすることの、不利さはわかっている。まだ、俺は戦いをよく理解してすらいないんだ。それでも……これは推測だが、アイツは俺が挑発をしようが、しなかろうが、第一回戦に自ら名乗りをあげたと思う。それだけ、血統に対する執着が強い」
俊は目を細める。エンドレアスの血筋に対する姿勢は、彼には理解し難いものだ。だが、エンドレアスはそれに固執している。冷静に、俊は己の推測を口にした。
「どちらにしろ、最終的に第一回戦の相手は奴になったはずだ」
「おや、わかっておるではないか? てっきり、自分の蒔いた種だと右往左往するかと思ったが。面白くないのう。しかし、分析力を評価はしようぞ。褒めてやろうではないか」
にぃっと、ネロは笑った。ぐしゃぐしゃと、彼女は俊の頭を撫でる。どうやら、ネロは上機嫌だ。現状をとことんまで、面白がっているらしい。にぃっと、彼女は笑みを深めた。
「それにしても、貴様、落ち着いているな? 怖くはないのか? 泣いて、喚いて、震えても、妾は笑うばかりで、蔑みはせぬぞ?」
「それはしないさ。弱いからこそ、戦いに臆してはならないと、大事な人に教わっている。それに、もう何よりも恐ろしい経験と喪失は地上で味わった……」
そう、俊は苦みの滲んだ口調で言う。彼は己の『戦えなかった経験』を反芻した。
あれを上回る苦しみなどない。戦う方法を与えられている以上、後は勝つだけだ。
「ジャイアント・キリングごとき、成し遂げてみせるさ」
淡々と、俊は答えた。乱れた髪を、彼は適当に直す。
両手を合わせ、ネロは声を弾ませた。
「その意気やよし! 道化は強気であればあるほどよいものだ。言葉の通りに、踊ってみせるがいい。妾は見ていてやろう」
鷹揚に、彼女は頷く。だが、不意にネロは落ち着きをなくした。
きょときょとと、彼女は辺りを見回す。
「で、だ。そろそろ連絡が来るころと思うが……」
地下室の壁際にはよく見れば様々なモノが積んであった。
ガサゴソと、ネロはそれらを漁りだす。よくわからない楽器や金庫のたぐいが転がった。格闘の末、彼女は水晶球を取りだした。傷ひとつない、美しい逸品だ。中には崩れた魔術文字が、魚のように浮かんでいる。やがて、ソレは光りだした。
中に浮かんだ文字を眺め、ネロは声をあげる。
「来おった! 連絡よ!」
「連絡、とは?」
「第七子は圧倒的に不利な代わりに、恩情として手札の開示は後でよいのだ。相手がなんの『駒』を選んだのか。我々に先に連絡が来る!」
彼女の言葉を聞き、俊は胸が高鳴るのを覚えた。
戦いにおいて悪人の選択が最も重要な以上、それは大きなアドバンテージと言える。
俊は水晶球を覗きこんだ。
中に血のような紅い光が奔った。やがて、ソレはひとつの名を刻んだ。
「『鬼』、できたか。地獄の一部区画では獄卒も務める者達だ。初戦では妥当な線よな」
「相手が選び終えたってことは、こっちも『駒』を選ぶのか」
「ああ、そうだ。好きな悪人を選ぶがよい。命を預けるのは貴様だ。信頼に足ると思う──悪を倒すに足る、呼べる範囲でお前の考える最高の悪人を、『駒』とせよ」
俊は唇を噛んだ。
いかに、『駒』を選ぶべきか。
まだ、戦いの知識は足りない。
それでも、選ぶしかないだろう。
また、今回は初戦だ。奇をてらうよりも、信頼に足る、悪の中の悪を選択するべきだ。
そう、俊は判断した。彼は自分でもよく知る『駒』を選択する。
「こいつにする」
そうして、俊は選ぶ。
己の命を託す悪人を。
その名は、
エリザベート・バートリー
六百余名の娘達を拷問で凄惨に殺害した、血の伯爵夫人だ。
今、運命は決した。
鬼の頭領と、大罪の貴婦人。
二名は見え、殺し合う。
盤上の戦闘遊戯の始まりだった。