第一章 桜宮瑞穂のオンとオフ(1)

『【必見】今注目の可愛すぎるコスプレイヤーたち!【最新版】』

 最後に取り上げたいのは、サクラという女性レイヤーです。

 Twitter のフォロワー数が十万人に達するほどの人気の秘密は、キャラクターの再現度の高さです。衣装やメイクを細部までとことんこだわっているのももちろんですが、外見だけでなく中身までキャラクターになりきったかのような圧巻のクオリティは〈ひようコスプレイヤー〉とも呼ばれる所以ゆえんです。

 唯一の欠点は投稿写真がカメラマンによるものではないため、映えるテクニックを使いこなせていないことでしょうか。写真より実物の方が映えていると言われ、イベントでは何重もの囲みができるそうです。機会があったら足を運んでみるといいかもしれません!


「……何というか、すごいな」

 二学期になって初めての登校日である、始業式の日。いつもより早く教室に着いたりようすけはスマホ片手にとあるブログ記事を読んでいた。注目のコスプレイヤーを何人かピックアップして紹介するという内容で、最後には他でもないサクラが紹介されていた。

 記事に埋め込まれているリンクをクリックして本人のアカウントに飛ぶと、たくさんの投稿が並んでいて、軒並みものすごい数の反応をもらっていた。

「これ、本当にさくらみやなんだよな……?」

 あの日以来みずとは会っていないので確認する機会もなかったが、あれだけ決定的な証拠を見たにもかかわらず亮介は未だに半信半疑という状態だった。

 何せ、教室でのイメージと違いすぎるのだ。

 教室での瑞穂は、端的に言ってしまうとかなり浮いている。

 入学式の日の自己紹介で泣きそうな顔をしたまま無言を貫いたとき、クラスの全員がこの女の子は人見知りなんだなと理解した。最初はそれでも小動物のように可愛らしく欲をかき立てる外見のおかげで男女問わず好意的だったが、粘り強く話しかけてもまともに会話が成立せず、入学から五か月経った今ではすっかり孤立してしまっていた。

 そんな超がつくほど内気な少女と、魅力的なコスプレ姿を投稿してたくさんの反響をもらっている少女が、亮介の頭の中でどうにも一致しなかった。

「うーん……」

「どうした亮介、新学期早々難しい顔して。もしかしてお前も宿題終わってないのか?」

「おっとうすず、それにたかはし。久しぶりだな」

 声をかけられ、亮介は顔を上げた。そこに立っていたのは亮介がよくつるんでいる三バカである。日本のみようランキング金銀銅がきれいに集まった三人衆は、休み明けでも変わらず元気のようだった。

「安心しろ、このオレも宿題は全く終わってない。何なら手をつけてない」

「僕もだよ。宿題は八月三十一日からやろうと決めてたんだけどやる気が起きなくて」

「佐藤、鈴木、お前ら期待を裏切らないな! 実は俺も何もやってない! 亮介もだろ?」

「……申し訳ないがとっくに全部終わらせてる」

 亮介が白けた表情でそう言うと、三人は天変地異でも目撃したかのようなオーバーなリアクションで驚いてみせた。

「なに亮介!? お前まさか裏切ったのか!?」

「待った、物は考えようだ。亮介が真面目だったおかげで僕らは宿題を写させてもらえる」

「おおっまじか! 心の友よ!」

「写させないし宿題くらい自分でやってくれ。それはそれとして、俺が難しい顔してたのはちょっと考え事をしてたんだよ」

「考え事? まさか女絡みか?」

「まあ女絡みっちゃ、女絡みかもしれないな」

 と、血走った目で胸倉をつかまれる。

「おい、亮介! お前まさかこの夏休みで大人の階段を上ったのか?」

「誰? もしかしてクラスメート?」

「クラスメートだな」

「クラスメートの誰だよ! 言ってもらうぞ!」

「いや……桜宮だよ、桜宮。夏休みにたまたま会ってな。本当に会っただけで会話とかしたわけじゃないんだけど、ちょっと気になることがあって」

 そうやって瑞穂の名前を出すと、殺気立っていた三人は途端にトーンダウンした。

 これだけでクラスでの瑞穂の扱いというのがわかるだろう。

 可愛いけど、恋愛対象としてはナシ。大多数の男子生徒はそんなふうに考えているはずであり、それはこの三人であっても同じことだった。

「何だよ、それならそう言えよ。恋愛絡みだと思っちゃったじゃねーか」

「はーい解散」

「まあ、桜宮じゃなあ……と思ったけど佐藤って告白してなかったか? 四月に」

「ああ……そんなこともあったな」

 佐藤は思い出したくない過去とばかりに、苦々しい表情を浮かべてみせた。

「四月の段階じゃ、けっこう本気でいいなって思ってたんだよ。だから思い切って告白してみたんだが、あれはトラウマものだった」

「どうなったんだ?」

「体育館裏で二人きりで、何にもしやべってくれないんだよ! ずーっと気まずい沈黙が続いて、一分くらいしたところで桜宮のやつちょっと泣き始めてさ! ショックすぎて三日三晩寝込んだレベルには精神的ダメージが大きかった」

「……それはドンマイ」

 亮介も何となくその時の様子が想像できてしまい、ぽんと佐藤の肩をたたいてやった。

「だから、桜宮に告白しようとか思ってるならやめとけよ亮介。先輩として忠告しておく」

「そういうんじゃねーよ。ちょっと気になることがあっただけだ」

 そんな話をしていると、ちょうど瑞穂が登校してきた。教室に入ってくると誰とも話すことなくそそくさと自分の席に座って小さくなってしまう。いつも通り超がつくほどの人見知りを発揮している瑞穂を見ていた亮介だが、するとそこで目が合った。

 慌てた様子ですぐに目をらされてしまったものの、亮介はそのままじっと見ていた。

(……桜宮のやつも、この前のこと気にしてるのかな)

 そんなふうに思いつつ、亮介は再び三人との会話に戻るのだった。


    ○


 始業式の日の朝にやることは決まっている。大量のプリント類の配付、大掃除のための掃除当番の振り分け、担任からの短い話、そして一番のメインイベントは席替えだ。

「はーい、今から席替え始めるわよー!」

 担任のもり先生はわざわざ用意してきた抽選箱を持って、教室をぐるりと回る。その中に席の番号が書かれた紙が入っていて引いた場所に移動するという仕組みだ。亮介も一枚引いて開いてみると、六番、つまり窓側の一番後ろというラッキーな席だった。

 あとは隣の席が誰かという問題だが──そこは移動してからのお楽しみである。

 先生の号令で大移動が始まり、亮介も荷物を持って移動を始めた。すると隣の席に座っていたのは、どういう巡りあわせか、他ならぬ瑞穂だった。

「えっと、隣は桜宮か。これからしばらくよろしくな」

「あ……は、はい」

 消え入りそうな小さな声でそう言った瑞穂だが、その表情には明らかに動揺の色が浮かんでいた。この前のことを気にしているんだろうか。とりあえず腰を下ろすと瑞穂はポケットから小さなメモ帳を取り出し、何やら書きこんでからおずおずと差し出してきた。

【放課後、お時間を頂けませんか?】

 筆談、らしい。

 丸っこいれいな文字で、メモ帳にはそう書かれていた。

 亮介は苦笑しつつ確認のため聞き返してみる。

「……この前の件だよな?」

「(こくこく)」

「わかった。大掃除終わってから教室に残ってるから」

 すると瑞穂は小さく、ぎこちない笑みを浮かべてみせた。

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