第1幕 スクール・オブ・アクト(1)

 もし転校することになったらどうする?

 想像してみて欲しい。

 転校当日の朝の教室。隣には新参者を迎える教師。目の前にはたくさんの見知らぬ生徒。バラ色とはいかなくてもそれなりに色づいた高校生活を送るには何が必要だ? 

 愛想のいい営業スマイル?

 当たり障りのない自己紹介?

 いや、もっと大事なものがある。

 それは情報だ。

「おはようございます、兄さん」

 転校前日の朝、4月の桜の下。

 校門をくぐった俺を出迎えたのは、真っ白な帽子をかぶった少女だった。

 つややかな茶髪のボブカット。ややフレームが太いがオシャレな赤いメガネ。右手にはシャープなデザインの腕時計をつけている。

 表情は落ちついていて、休日に木漏れ日の下で読書でもしてそうな清楚で可憐な雰囲気を振りまいていた。

「おはよう。えっと……」

「もう、なぜ困った顔をするんです? 妹の名前を忘れたんじゃありませんよね?」

「バカ。そんなわけないだろ」

 昨日見たクラス名簿にも載ってたしな、と言ってからスマホをフリック。

 アクセスしたのは明日から俺が通う都内の私立高校──はなもり学園のホームページ。

 そこからに飛んで、2年D組の欄に進むと……ほら、あった。


「《逸材脚本家》、ひいらくれ


「………」

「ランク・S。年齢・16歳。出身地・東京。プロフィール・日本を代表する大女優、柊木づきを母に持つ高校2年生」

「………」

「20××年、都内出版社の文学賞を受賞し、作家デビュー。その後、受賞作『CLOVER』がドラマ化され、自ら脚本を担当。高校生脚本家として話題に──」

「兄さん。その大げさな紹介文を読んでからかうために、とぼけたフリをしましたね?」

 バレたか。

 久しぶりの再会だし、気のきいたあいさつでもしてやろうと思ったんだ。

「すごいなコレ。生徒によっては身長とスリーサイズまで載ってるぞ」

「モデルやグラビアの仕事をしてる生徒もいますからね」

「来愛も雑誌に制服グラビアが載ってたよな? 右手で万年筆を持っていかにも作家って感じで」

「ふふっ、あれもプロモーションの一環です」

 ここではいたって普通のことですよ、と来愛は付け足した。

 そう、普通なのだ。

 学校の公式HPに生徒全員のプロフィールが公開されていて、俺みたいな転校生でもある程度クラスメイトの情報を予習できてしまうことも。

「ところで、兄さん」

 ただ、次に来愛が取った行動までは予習していなかった。

 体に触れる温かな感触。

 抱きつく……とまではいかない。

 けど恋人同士がするみたいに、来愛は俺の胸に顔をうずめてきた。

「……来愛?」

「ジッとしてください」

 メガネを外し、顔をうずめたままで言ってから、来愛はゆっくり深呼吸。

 ……なんだろう。

 一年ぶりの兄妹の再会に感動したのか? 

 それかさっきからかわれたことへの仕返しという線もありえる。

「えっ!? あれってまさか、柊木来愛?」

「Sランクの逸材ちゃん!? 相手の地味なの誰!?」

「脚本書いたドラマ放映中なのに、こんな場所であんなこと……きゃ~!」

 ジョギング中だろうか、体操服姿の女子たちが俺たちを見て歓声を上げていた。

「……なあ。突然こんなことするなんて来愛らしくないぞ。そろそろ離れて──」

「ダメです。まだ終わっていません」

「何が? さっきの仕返しか?」

 それならもう十分だろ。

 甘い香水の匂いと服越しに感じる女の子のやわらかさ。

 こんな往来で引っつかれるのは心臓によろしくない。

「……変ですね」

 来愛は別人みたいに鋭い声で言ってから、

「? この制服、静電気はひどくないと思うぞ」

「いえ、兄さん独特の電流を感じないんです。おかしい、昔は私の体が気持ちよくなるくらいシビれさせてくれたのに……」

「誤解される表現を使うな妹」

 一応言っておくが妹に卑猥なことをした経験はない。

「私が言いたいのは役者の風格です」

「風格?」

「いい役者が近くに来ると、体に電流が走ったみたいにビリビリくるものですから」

「あー……それってつまり、オーラみたいなもんか?」

「はい。今の兄さんは全然シビれなくて、ありえないくらいにオーラを感じません」

「悪かったな。てか、くっついただけでそこまでわかるはずが──」

「では抱きしめていいですか?」 

 どこか蠱惑的に微笑んでから、来愛は離れた。

 再びメガネをかけ、「なんちゃって♪」とこちらを見つめてくる。

「……ったく。おまえ、こんなこと言うキャラじゃないだろ?」

「そうでしょうか?」

「メガネ嫌いでいつもコンタクトなのに、メガネしてるしさ」

「たしかに、今の行動は柊木来愛らしくありませんでしたね。ただ……」

「納得いかなそうな顔するなって。別にオーラがなくても構わないさ」

 ここはそういうものを培うための場所なんだから。

 HPに生徒たちの情報が載っているのがその証拠。


 言わば、この学園の生徒たちは商品だ。

 

 芸能界で取引される役者という名の商品。

 ときには莫大な金の卵を産み落とすニワトリ。

 そのタマゴが集う場所──芸能学校。

 それがこの私立華杜学園だ。


   ♡♣♢♠


「では、見学ですね。兄さんと私は同じ2年D組。場所は本校舎の二階で……ああ、教室に行く前にカードを渡しておきます」

「サンキュー。さっきは守衛のオッサンに入れてもらったけど……」

「校内ではこのIDカードがないと苦労しますよ」

「身分証明書代わりか。警備厳重だな」

「この学園は役者の育成に重きを置いた教育機関で、有名人も大勢いますからね」

 日曜日のせいか人がまばらな校舎内を来愛と歩く。

 普通の高校なら吹奏楽部のアンサンブルでも聞こえてきそうだが、窓の外から響いたのは複数の生徒の怒鳴り声。

「ケンカか?」

「ドラマの撮影ですよ」

 来愛の言う通り、窓からのぞくと中庭には撮影機材を持った大人。

 そして役者であろう生徒たちがにらみ合っていた。

「『放課後ランブルフィッシュ』の撮影ですね」

「……なあ、来愛。それはおまえが脚本演出を担当してるWEBドラマだろ?」

「ある程度演出は指示してあります」

「細かい演技指示は?」

「監督に任せてあります。撮影よりも、兄さんと会うことの方がよっぽど大事です」

「マジメなおまえらしくないぞ。そんなに兄貴に会いたかったのか?」

「兄さんは私のですからね」

「相変わらず、そう呼ぶんだな」

「ええ。こうして一緒に校舎を歩くのを本当に心待ちにしていました」

 幸せそうに表情をほころばせ、来愛はぎゅっと俺の手をにぎってきた。

 ……まさか、まだ仕返しは続いてるのか?

「変化球でからかったのに剛速球で投げ返してきやがって」

「ふふっ、最近は忙しくて兄さんと会える時間がありませんでしたから」

「来愛みたいな脚本家はここじゃ珍しいんだっけ?」

「ええ。華学に通う生徒の大半は役者。中には最前線で活躍するスターもいます」

「ランクが上のヤツらか」

「A以上の方々はドラマでもメインどころの役をもらっている印象ですね」

「なるほど、調べた通りだ」

 スクールカーストもののアニメやドラマをイメージしてくれ。

 ここではあれがノンフィクション。

 全生徒がS~Eの6ランクに分けられ、競争意識をあおられる。

「華杜学園は今まで数多くのスターを輩出してきました」

「その要がこのランク制度なんだろ?」

「はい。ところで兄さんのランクはAですか?」

「? なんでそう思う?」

「カードが違いましたから。Sランクのカードだけは色が黒いんです」

「へえ。ブラックカードってわけか」

「でも、どうしてAなんです? 兄さんならSでもおかしく──」

「残念ながら俺はCだよ」

 ピタッと来愛の足取りが止まった。

 そして、あきらかにあわてながら、

「な、なるほど」

「……なるほど?」

「ランクは低いが隠した実力は校内トップどころか人間やめちゃってるぜヒャッホーという少し前に流行ったパターンですね?」

「その理屈だと俺は二度目のライフを満喫する転生者っぽいんだが」

「ではなぜCなんですか!」

「叫ぶなよ。後ろを歩いてる金髪の男子が驚いてる」

「………っ! でも、兄さんは──」

「あいにく俺には役者の才能はないよ」

 いや、これはホント。

 隣にいるに比べれば俺は脇役がいいところだ。

(けど、変だな)

 

「納得いきませんっ!」

「怖い顔するなって。学園には俺よりも主役にふさわしい役者は大勢いる」

「……私以外のSランクの四人ですか?」

「もちろん。それに俺たちのクラスにもいるぞ」

「えっ……」

「たとえば、Aランクの雪村」

 最近映画やドラマで活躍し、いくつもの賞も獲得した実力派若手女優。

 銀髪碧眼で、ドイツ人のダブル。

 HPには《雪の女王》なんてこれまた大げさなキャッチが載ってたっけ。

 まあ、宣伝と大衆へのキャラ付けの一環なんだろうけど……。


「ゆ、雪村つるぎですか!?」


 なぜか、来愛はやけに衝撃を受けていた。

「その雪村つるぎだけど……どうした?」

「い、いえっ。兄さんが同年代の役者をほめるのは珍しいので驚いただけです」

「そうだっけ?」

「強いて言うなら、以前すごくほめていた役者が一人だけいました」

「ああ、思い出した。たしか──」

「ランドセルのCMに出ていた10歳の女の子ですね」

 その言い方じゃまるで俺がロリコン野郎だ。

「小学生の笑顔が最高だと絶賛して……」

「誤解だ。あの子をほめたとき俺も同い年だった。あの子の名前は……」

かがみここさんでしょう?」

「そうそう。俺と同世代には多いと思うぜ? あの子が初恋だってヤツはさ」


 ここにゃん。


 そんなあだ名で呼ばれてたが、芸能一家育ちのサラブレッドで3歳から子役をしてた。

 長い黒髪と品のある顔つきをしたあどけないお嬢様。

 とあるドラマのワンシーンで、子猫を抱いておしとやかに微笑むカットが可愛すぎるみたいな感じで一躍人気者に。

 その後もドラマやバラエティに引っ張りだこだったが……。

「今ごろ何してるんだろうな。中学あたりからすっかりテレビで見かけなく──」

「この学園にいますよ」

「──は?」

 来愛の言葉に、思わず足が止まった。

「鏡さんは私たちと同じクラスです」

「でも、HPには……」

「鏡さんはつい先日他のクラスから移ってきたんですよ。だから……」

「まだHPに反映されてなかったのか?」

「さすが兄さん、理解が早いですね」

 たしかに他のクラスの情報にまでは目を通してなかった。

 けど……ホントに?

 あの鏡心菜が俺のクラスメイト?

「……兄さん。なんだか喜んでいませんか?」

「バカを言うな。俺はロリコンじゃないからな」

「ならよかったです。ショックを受けなくて済みますよ」

「ショック?」

 どういう意味だ? と聞き返そうとした──その瞬間だった。


「あれ? 来愛じゃん。おはよ~」


 前から歩いてきた女子生徒が声をかけてきた。

 胸のあたりまで届く黒髪のセミロング。

 左手首につけた可愛らしいシュシュと腰巻にしたカーディガン。

 薄めのナチュラルメイクに、好奇心旺盛な猫のように大きな瞳が輝いている。

 さらにはふくよかな丸みを帯びた双丘に、きゅっとしまったウエスト。

 ハート型の赤い髪飾りをつけて、両耳にも小さなハートのピアスをつけていた。

 読者モデルでもやってそうなギャル可愛い女の子で──。


「おはようございます、鏡さん」


 ──待て妹。 

 今なんて言った?

 フリーズする俺の前で、黒髪ギャルは「あっ! キミが来愛の!?」とスマイル全開。

 そして可愛らしく片手でピースサインをきめながら、

「やっほー! アタシ、鏡心菜! よろしく~!」

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