2. 2番目ぐらいが?(1)

 こういうシチュエーションに遭遇するのは初めてだが、まさかあさなぎさんが当事者とは。

 もちろん、朝凪さんがああして告白されるのは不思議なことではない。クラスではあまさんがとても目立ってはいるものの、朝凪さんだって可愛かわいいことには変わりない。

 だから、朝凪さんを彼女にしたい人がいてもおかしくない。

 相手の男子生徒は知らない顔だった。『先輩』だから、おそらく二年か三年だろう。背も高く、顔も整っていて爽やかそうな雰囲気をまとっていて、俺とは正反対だ。

 盗み見るのは良くないことは、もちろんわかっている。告白した上級生にも、そして朝凪さんにも失礼なことだ。

 だが、どうしても気になってしまい、二人の様子から目が離せない。

「ごめんなさい」

 そう言って、朝凪さんは先輩の男子生徒に向かって頭を下げた。

 告白を受けてからすぐの『ごめんなさい』だから、初めから断るつもりだったのだろう。

 あまりのすがすがしさに先輩のほうも苦笑いしている。


「はは……もしかして、もう付き合っている人がいるとか?」

「あ、いえ、付き合ってはいないんですけど」

「好きな人は?」

「いえ、それも別に。……ただ、今はそういうのに全く興味がないので」


(あ~、やっぱり撃沈だったか……なかなか首を縦に振らないね、朝凪も)

(まあ……あの先輩はさすがにね……)

(いくらカッコよくても、さすがに節操がなさすぎっていうか。断られて当然って感じ)

 色々とどういうことかと気になるが、しかし、俺は完全に部外者なので、詳しく訊くわけにもいかない。

(あ、ごめんねまえはら君、二人で勝手に盛り上がって。あの先輩、ちょっと前に私にも同じこと言ったんだよ?)

(ああ……それは確かに良くないかも)

 爽やかそうな見た目にだまされたが、どうやらとんでもなく軟派な人のようだ。それは確かにあっさり断られてもしょうがない。

(でも、すごいよね。うみってさ、本当にモテモテなんだよ。一緒に遊んでると、声かけられるのはいつも海のほうだし。こうして告られるのも、高校入ってから今回の人でもう五人目)

(ご……)

 思わず絶句してしまう。入学してから半年もせずに五人はかなりのハイペースでは。

(っていいつつ、ゆうちんだって次断れば五人目じゃん。横一線だよ)

(そんなことないよ~。数だけならそうかもだけど、私の時は、なんていうか皆本気じゃない気がするし)

(それは夕ちんがまばゆすぎるから皆気が引けてんじゃん?)

(え~、そうかな~? 海は私なんかよりずっと美人で可愛いと思うけど)

(それこそ違うって。ほら、誰もが憧れるアイドルは無理でも、その脇にいるバックダンサーならワンチャン、みたいな。朝凪に行く人ってだいたいそんな感じなんだよね)

 につさんの例えは正直微妙だが、言わんとしていることは大体わかる。

 男子にも女子にも人気でいつも輪の中心にいる一等星より、ちょっと輝きは劣っても、それなりに美しい二等星なら『もしかしたら自分でも……』という錯覚。

(私が男の子だったら断然海なんだけど……ねえ、前原君もそう思わない?)

(いや、どうかな……)

 学校以外で見せる表情も知っているので、個人的には朝凪さんも天海さんと同じくらい可愛いのではないかと思うが、友達関係を内緒にしている手前、どうにもコメントしづらい。

(……っていうか)

(なに? 前原君?)

(天海さんも、こういう……盗み見みたいなことするんだ)

(そりゃ、しちゃうよ。だって、海は私の親友なんだもん)

 そう答えて、天海さんは続きを見守っている。


「話はこれで終わりですよね? じゃあ、私はこれで」

「あ、ちょっと……付き合ってないなら、まずは友達からとか……」

「……そういうのなら、余計にいりません」


 微妙に食い下がる先輩を突き放して、朝凪さんはきびすを返して校舎内へと消えていく。

(……お、どうやら終わったみたいだね。さて、私たちもさっさと教室に戻りますか)

(あ、ニナち、前原君にちゃんと……ごめんね、前原君。ヘンなことに巻き込んじゃって)

(いや、気にしないで。結局は俺も同罪みたいなものだから)

 ただ、天海さんと一緒にいたことは秘密にするとしても、先程の場面をこっそり見てしまったことは朝凪さんにしっかり謝ったほうがいいかもしれない。

(夕ちん、なにしてんの。早く行くよ~)

(ごめん、今行く。……あ、そうだ。前原君、スマホ貸してもらっていい?)

(え? あ、いいけど)

(ありがと)

 反射的に差し出した俺のスマホを受け取って、なにやら天海さんがポチポチとやっている。

「天海さん、何を……」

「えっとね~……お近づきの印? かな? はい、返すね」

 そう言って、天海さんが俺にスマホを返す。

 ディスプレイに表示されているのは、俺のものではない電話番号。

「それ、私の番号。前原君のも後で登録するから、かけておいてね」

「あ、ちょっ──」

「じゃ、また教室でね。……くれぐれも今日のことは、海には秘密だからね?」

 俺の制止を待たず、天海さんは俺のもとからさつそうと去っていった。

 そうして、再び俺一人がその場に取り残される。

「口止め的なやつかな……ともかく、面倒なことになっちゃったな」

 ほとんどの男子が喉から手が出るほど欲しいであろう天海さんの連絡先……しかし、今の俺にはどうにも手に余る代物でしかなかった。

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