「準備はいいか? いまからきみは、史上最悪の死刑囚と話をすることになる」

 無機質な廊下で、僕に向けられたその声が響く。横にいる東京地方検察庁刑事部のむらあさがおさんとは、ほんの二時間前に出会ったばかりだ。自分の人生のなかで検察のひとと関わることになるなんて、想像もしてこなかった。悠長に事実を受け止めている時間もなく、僕はこれから、ある死刑囚と話をすることになっている。

 去年のいまごろは受験勉強にあけくれていたような、一介の大学生の僕が、どうして死刑囚に会いに拘置所まで来ているのか。

「準備はいいか?」朝顔さんが言った。

 廊下の先に扉が一つ見える。切れかけた照明の下を通り過ぎて、さらに近づく。歩き進めていくうち、いまにもその扉が、ひとりでに開くのではないかという気がした。

 扉の前に立つ。小さなドアノブに反して扉は重く、ぶ厚そうで、とても一人では開けられないような雰囲気があった。気づけば握っていた拳を、そっと開く。じっとりと、手汗をかいていた。

「準備は?」

 声が響く。



 これは僕が、ある女性死刑囚と対話をする物語。

 彼女を信仰する模倣犯たちの手がかりを、つきとめようとする物語。

 そして僕が、変わっていくまでの物語。

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