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「準備はいいか? いまからきみは、史上最悪の死刑囚と話をすることになる」
無機質な廊下で、僕に向けられたその声が響く。横にいる東京地方検察庁刑事部の
去年のいまごろは受験勉強にあけくれていたような、一介の大学生の僕が、どうして死刑囚に会いに拘置所まで来ているのか。
「準備はいいか?」朝顔さんが言った。
廊下の先に扉が一つ見える。切れかけた照明の下を通り過ぎて、さらに近づく。歩き進めていくうち、いまにもその扉が、ひとりでに開くのではないかという気がした。
扉の前に立つ。小さなドアノブに反して扉は重く、ぶ厚そうで、とても一人では開けられないような雰囲気があった。気づけば握っていた拳を、そっと開く。じっとりと、手汗をかいていた。
「準備は?」
声が響く。
これは僕が、ある女性死刑囚と対話をする物語。
彼女を信仰する模倣犯たちの手がかりを、つきとめようとする物語。
そして僕が、変わっていくまでの物語。