6.優しい魔法使い



「……貴女あなたは、本当に私をおどろかせるのが得意ですね」

 エリオット様はそう言うとまゆじりを下げ、困ったようにほほんだ。

 十五年がち、当時三十代前半のイケメンだった彼もナイスミドルという感じになっていて、相変わらずてきだった。

「お久しぶりです。エリオット様はしぶみが増して、さらに格好よくなりましたね」

「ありがとうございます。サラは何もかも変わりませんね」

 今日はルークも朝早くから団での仕事らしく、私はさっそく職探しのために王都の街中へとしていた。まずはエリオット様のところを訪ね、今に至る。

「なるほど、時間の流れがちがうと……この世界に二度も来た貴女がいなければ、こちらではだれも知りうることのない情報でしょうね」

 そうしてきんきょうを話しつつ仕事を探していると言えば、彼はすぐに「ナサニエル病院は貴女をかんげいしますよ」と言ってくれた。

「最近は人手が足りず、ねこの手も借りたいほどに困っていたんです。サラが働いてくれるなら、言葉通り百人力ですね」

「ありがとうございます! がんります」

 来週から正式な職員としてナサニエル病院で働けることになり、ほっとする。これでルークに甘やかされ、人間になるルートはかいできるだろう。

 正式な職員になるにはせきが必要らしく、どうしようと思っていたものの、エリオット様が手配すると言ってくれた。彼は一体何者なのかと気になったけれど、世の中には知らなくてもいいことがあるだろうと思い、せんさくするのはやめておいた。

「出勤日数が増える以上、りょく切れには十分注意してくださいね」

「分かりました」

 いくら魔力量の多い私でも、魔力切れを起こす可能性はあるのだという。とりあえずは様子を見ながら、週四日ほど勤務することになった。

 光ほうというのは、他の魔法に比べて消費魔力が多いらしい。魔力切れは命の危険もあるため絶対に気をつけるよう、エリオット様に何度も念を押された。

 この世界にはゲームのように回復ポーションのようなものはない。

 時間と共に回復するのを、ひたすら待つしかないのだ。少しずつ自分の限界量をさぐっていこうと、彼は言ってくれた。

「貴女にもう一度会えてうれしいです。これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ。私もエリオット様にお会いできて嬉しいです」

 思い返せばなんとなくで使えていたから、魔法についてきちんと学んだことはなかった。

 過去のように仕事に追われることもない今、きちんと勉強してみようと思った。

【画像】

 あっさりと仕事も決まり、じょうげんな私は一人街中を散策することにした。ルークから多すぎるお金をわたされてしまったため、買い物だってできそうだ。

「そうだ、ルークにお土産みやげも買ってくるよ。まだあの動物の形のクッキーは好き? ルークは犬の形がお気に入りで、いつも最後まで取っておいてたよね。わいかったなあ」

「……きらいでは、ないです」

りょうかい、買ってくるね! 楽しみにしてて!」

 職探しについてはやはり難色を示されたものの、押し切ってきた。

「知らない人には絶対に、ついていかないでくださいね」

「もう、どもあつかいしないでよね」

「それはこちらのセリフです」

 仕事に行く際、ルークは「本当に気をつけて」「明るいうちに帰ってきてください」と何度も繰り返していた。どうやら彼は、かなりの心配しょうらしい。

 屋台で買ったフルーツジュースを手にウインドウショッピングを楽しんでいた私は、ふらりと目についたアクセサリーショップに足をれた。

 白を基調とした店内には安価で可愛らしいアクセサリーが並んでおり、若い女性客であふれている。思い返せば元の世界でもこの世界に来てからも仕事ばかりだった私は、二十代前半だというのにおしゃ流行はやりにはあまり興味がなかった。元の世界では、友人からも「咲良サラは女子力が低すぎ」とよくおこられていたくらいだ。

 はなやかで可愛らしい周りの女性達と自身を見比べて反省した私は、気になったものを手に取りながめてみる。そうしているうちに、すぐとなりから楽しげな会話が聞こえてきた。

「ねえねえ、これ、おそろいで買わない?」

「いいわね! 私はこの色にしようかしら」

「アデルに似合うわ。じゃあ私は青にしようっと」

 お揃いのきゃしゃで可愛いブレスレットを手に取り、会計をしに向かう女性達の姿を見ていると、なんだかうらやましいなあという気持ちになってしまう。

「……友達、しいな」

 私は前回も半年この世界にいたのに、友人と呼べる人は一人もいなかった。元の世界にもどった時のことを考えるとさびしくなるけれど、やはり友人は欲しい。ルークにも女友達はいないらしく、これから働くナサニエル病院にも若い女性はいないようで。

 一体どうしたら友人を作れるだろうか、となやんでいた時だった。

「うわああん、痛いよお」

 不意に子どもの泣き声が聞こえてきて、顔を上げる。すると三歳くらいの男の子が地面に座り込んで泣いているのが見えた。そのりょうひざからは血が出ていて、痛々しい。

 転んでしまったのだろう、そのすぐそばで母親らしき女性がおろおろとしている。

「うわああん」

「お姉ちゃんが治してあげるから、もうだいじょうだよ」

 私はすぐにり、そう声をかけると小さな膝に手をかざした。

 数秒で傷はあっという間に消え、男の子は目をまんまるにして私を見つめている。ちなみに私自身も驚いていた。スピードが、以前よりも上がっている気がしたのだ。

「おねえちゃん、すごい……! ありがとう!」

「あの、本当にありがとうございました。あっ、お金を」

「お金なんて結構です、気をつけてね」

 おさいを取り出した女性を慌てて止めると、気をつかわせるのもいやだった私はすぐに「バイバイ」と手をり、その場を後にした。

 私からすればこれくらい大したことではないけれど、やはり治癒魔法というのはつうの人にとってはめずらしく、高価なものなのだろう。

 魔法を使ったからかおなかいてきたため、近くにあったカフェに入ってみる。自由席らしく適当な席にこしを下ろし、メニューを見ながら何を食べようかと悩んでいた時だった。

「ここ、座ってもいいかな?」

 とつぜん降ってきたそんな声に顔を上げると、さわやかな美青年がすぐ側に立っていて。かがやくようなぎんぱつと、青空のようにんだ水色のひとみがとても印象的だった。

 そんなイケメンが突然、店内にはたくさん席が空いているというのに、わざわざ私の向かいに座ろうとしているのだ。

 どう考えてもあやしい。高価なつぼでも買わされるのかもしれない。

「ええと……」

「急にごめんね、怪しい者じゃないんだ。俺はカーティス、騎士団に所属している」

 そう言った彼のシャツのえりもとには、ルークがつけていたものと同じピンバッジがあった。どうやら本当に彼は騎士のようだ。そんな人が一体、私になんの用だろうか。

「とりあえず、どうぞ」

「ありがとう」

 いつまでも立たせているのも申し訳ないため、向かいの席をすすめる。彼はふわりと美しいみをかべると、腰を下ろした。

「ここのお店は初めて?」

「あ、はい。初めて来ました」

「ここはコーヒーと、このランチセットがオススメだよ」

「じゃあそれを」

 その通りに店員さんにたのむと、カーティスと名乗った彼もまた、同じものを頼んでいた。なんというか、ものすごく品がある人だ。まとう空気もおだやかで、やわらかい感じがする。

「名前、聞いてもいいかな?」

「あ、サラといいます」

「サラちゃんか。さっきみちばたで、を治してるところを見たんだ。治癒魔法は貴重だからこそ、お高くとまっている光魔法使いが多い。君のような人は初めてで、正直驚いたよ」

 それは、昔あの街でおづかい程度をもらってみなの怪我を治していた時にも、よく言われていたことだった。私としては手をかざしただけでお金を貰うなんて、申し訳なく思っていたくらいだというのに。

「今、仕事はしてる?」

「来週からナサニエル病院で働く予定です」

「ナサニエル病院か……ねえ、サラちゃん。騎士団で働いてみる気はない?」

「えっ?」

 私が、騎士団で働く。そんな突然の申し出に、驚きをかくせない。

「俺達騎士団のえんせいには、治癒魔法使いヒーラーひっなんだ。けれど、基本彼らは性格的に俺らとあいしょうが悪くてね。すぐめていくから困ってるんだ」

「なるほど……」

「でも君となら、うまくやっていけそうだと思った。遠征は月に一度だから病院で働きながらもできるよ。転移魔法使いと後方にいてもらうし、絶対に危ない目にはわせないと約束する。この二十年間、ヒーラーが怪我をした例はないんだ」

 どうやら彼は、本当に困っているようだった。

 正直、月に一度だけならばできないことはない。何より、ヒーラーというひびきはなんだか格好いい。ゲームのキャラクターみたいだ。

 じゅうと戦う場に行くのは少しこわいけれど、怪我をすることも絶対にないのなら、やってみてもいいかもしれない。それに多少怪我をしたところで、私は自分で治せるのだから。

「時々ナサニエル病院からヒーラーを借りたりもしているから、そこのいも大丈夫だと思う。どうかな?」

 騎士団の人々はこの世界に住む人々のへいおんな暮らしのために、日々いのちけで戦ってくれているのだと昔モニカさんが言っていた。そんな人達の助けになれるのなら、嬉しい。

 それに、ルークの助けにもなれるかもしれない。

「……まずは一度だけ、行ってみてもいいですか?」

「もちろん! ありがとう、サラちゃん」

 エリオット様には彼の方から取り次いでくれるらしく、予定が決まりだいれんらくをしてくれることになった。


「もしかしてサラちゃんって、の国から来た人? なんとなくふんがこの国の人間じゃないように感じたんだけど」

「やっぱり、そう見えますか?」

 その後、私はカーティスさんと美味おいしいパスタセットを食べながら、のんびりとおしゃべりをした。彼は二十八歳らしく、テレシア学院を卒業後、騎士団に入ったそうだ。

 ちなみに出身を聞かれたところで「実は私、異世界から来た渡り人なんです」なんて言えるはずもなく、他国から来たばかりだと話してある。

「それならまだ、知り合いも少ないんだ?」

「そうですね。友達もいないですし」

「本当に? それなら俺と友達になろうよ」

「カーティスさんと、ですか?」

「うん。俺、この辺はくわしいしどこでも案内してあげるよ」

 気さくに遊びにさそえる女友達が欲しいなと思っていたものの、彼ほどの人がそう言ってくれているのだ。ありがたく友人になっていただくことにした。

 そしてカーティスさんの言っていた転移魔法使いというのは、どうやら女の子らしい。きっと私と仲良くなれるからしょうかいする、という約束までしてくれた。カーティスさんはとてもいい人で、壺を売りつけられるのではと疑ったことを心の中で謝罪した。

「すみません、ごそう様でした」

「どういたしまして。またね、サラちゃん」

 いつの間にか会計を済ませてくれていたカーティスさんにお礼を言い、別れた。

 仕事が決まっただけでなく友達までできるなんて、とてもいい日になったと私は上機嫌なまま、ルークのしきへと戻ったのだった。

【画像】

「なぜそんな仕事を引き受けてきたんですか」

「ル、ルークの役にも立てるのかなと思って」

 どうやら、いい日だったのはお昼までだったらしい。その日の夜、私は広間にてルークの隣に座り、お説教をされていた。

 騎士団の仕事を終えて帰ってきた彼に、ナサニエル病院で働くことを伝えたところまでは良かった。エリオット様の元なら安心だと、むしろ祝福してくれたくらいで。

 ただ、カーティスさんに声をかけられ、遠征のお手伝いをすることになったと言ったしゅんかん、その場の空気がこおったのだ。ルークが氷魔法を使ったのかと思った。

「で、でも、ルークといっしょに仕事ができるかもしれないよね? 私、働いてるルークを見てみたいな」

「カーティス師団長の隊と、俺の隊は別です。それに俺の隊には専属のヒーラーがいるので、サラと一緒になることはありません」

「そうなんだ、ちょっと残念……ちなみに、ルークの隊のヒーラーってどんな人なの?」

「……別に普通の、女性です」

 エリオット様の病院にいる治癒魔法使いは、今も昔も男性ばかりなのだ。女性の光魔法使いには、今まで会ったことがなかった。

 そしてカーティスさんは師団長であり、はくしゃく家の末っ子なんだとか。私に気を遣わせまいと、だまってくれていたのだろう。

 貴族相手に失礼な態度をとっていたかもしれないと、いまさら不安になってくる。

「その女の人に、今度会ってみたいな」

「会わなくていいと思います。サラとは正反対ですし」

「そうなの? 私、友達は欲しいんだけど」

「レイヴァンにでも頼んでおきます」

 ルークはその人と私を、会わせたくないのかもしれない。そんな気がした。

「そんなことより、遠征に行くのは一度きりにしてくださいね。絶対にその一度だけです」

「どうして? 怪我も絶対しないって言ってたしお給料もいいし、人のためにもなるし、いいことずくめな気がするんだけど」

「この世の中に、絶対なんてものはありません。それに、あんなむさ苦しい男だらけの中に、可愛いサラが行くのも問題なんです」

 さらりと可愛いと言われたことに内心まどいつつ、「むさ苦しい?」と私は首をかしげた。

「はい。魔獣よりも危険です」

「ふふ、でも確かに皆が皆カーティスさんやルークみたいに爽やかで格好いい、なんてことはあり得ないよね」

 私がそう言うと、ルークはなぜか驚いたように両目を見開いた後、急にぐいと近づいてきた。私が思わず少し後ずさると、彼は更にきょめてくる。

「サラはカーティス師団長が好みなんですか」

「普通に格好いいな、とは思うけど……」

「やはり遠征は断ってください」

「えっ? さっきは一度きりって」

「言いづらいのなら、俺から断っておきますから」

 突然どうしたのだろうと思ったけれど、ふと気づいてしまった。

 思い返せば彼は子どものころにも、私が食堂の男性客に食事に誘われた際、絶対に行かないでくれと怒ったことがあったのだ。

 もしかするとルークは、私が男性と交流してこいびとができ、彼と過ごす時間が減ってしまうのを心配しているのかもしれない。

 相変わらずルークは可愛いと、思わず笑みがこぼれる。そもそもカーティスさんのような貴族のハイスペックイケメンと私なんて、り合うわけがないのに。

「ルーク、大丈夫だよ」

「何がですか」

「私にとってはルークが一番だから。この先もずっと」

「────」

 いつか恋人ができたとしても、私はルークを優先してしまうような気がする。今は彼の方が年上だけれど、私にとっては本当の弟のようなものなのだ。

 私はそんなルークがとても可愛くて、大切だった。

「それは、本当ですか?」

「うん、本当だよ」

 そくとうすると「嬉しいです」とつぶやいたルークの顔が、照れたように赤く染まる。

「俺の一番もずっとサラです。それは昔も今も、この先も絶対に変わりません」

「本当に? 嬉しいな。ふふ、私達、りょうおもいだね!」

 嬉しくなってつい、そんなじょうだんを言ってルークの頭をでると、ルークはなぜか深い深いいきき、片方の手で目元をおおった。

「……サラは、本当に悪い女ですね」

「えっ? なんで?」

「なんでもありません。まだまだ先は長いなと思っただけで」

 一体、どういう意味だろう。首を傾げている私を見て、ねたような声を出していたルークは、やがて困ったように微笑んだ。

かくしていてくださいね。俺はあきらめが悪いので」


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