5.大切な場所
異世界も二度目ともなると、ホームシックで
「おはよう、ルーク」
軽く
そんなルークは私を見るなり、ほっとしたように
「おはようございます、サラ。よく眠れましたか?」
「うん、お
「それなら、明日から俺が
「ふふ、何それ」
テーブルの上に並ぶ食事は、朝食とは思えないほど
「あれ、私の好きなものばっかり」
「はい。好みが変わっていないようで、良かったです」
どうやらルークが気を
お礼を言った後、
「あ、ルーク。
「……今は自分で食べられます」
「そうなんだ。偉いね! 野菜は
思い切り
朝食を終え改めて
行き先はもちろん、モニカさんの家だ。
「サラ、とても
「もう、ルークは昔から
「大袈裟なんかじゃありません。事実ですよ」
今日の私はミントグリーンのドレスに、
ルークは今日もこちらが
「モニカさん、食堂閉めちゃったんだね。またあそこで働きたいと思ってたんだけど」
昨晩ルークから、あの食堂は二年前に閉店したと聞いている。私にとって大切な場所だったからこそ、
「サラはもう、仕事をしなくて
「えっ?」
けれど
「俺が全ての
大真面目にそう言ってのけたルークは、私に対して恩義を感じすぎている気がする。こうして家に
私は大人なのだ、子どもだった彼の面倒を見ていた時とはわけが
「働かないなんて、
「ぜひ、そうなってください」
「……なんで?」
「俺は、サラを甘やかしたいんです」
幸い
そんなことを考えながら、私は流れていく窓の外の景色を
***
「わあ……」
やがて見慣れた建物が見えてきて、思わず
馬車を降りてモニカさんの家の前に並び立つと、ルークが
ドアの
「おや、ルーク。また来てくれたのかい。そちらは」
やがて私へと視線を向けた
「っモニカ、さん……!」
「サラ? 本当に、サラなのかい?」
こくこくと
「それにしても驚いたよ、何ひとつ姿が変わっていないんだから」
「私は逆に、ルークがこんなに大きくなっていて驚きました。
すぐに家の中へと通され、三人でテーブルを囲む。大好きだったモニカさん特製のお茶を飲むと、
モニカさんも十五年
それからは貯金や、ルークの仕送りで生活しているという。ルークはこまめにモニカさんのところに顔を出しているらしく、しっかり親孝行をしているようで嬉しくなる。
「それにしても、本当に良かったね、ルーク」
モニカさんはルークの背中を
「サラはこれからどうするんだい?」
「とりあえずはルークのお屋敷でお世話になりながら、仕事を探そうかなと」
「働かなくていいです」
「もう、そんなわけにはいかないよ」
私達のやり取りを見て、モニカさんは
「それにしても、ルークも男前になっただろう?」
「はい。昔から
「今なら
「ふふ、モニカさんったら」
私とルークがどうにかなるなんて、
彼はなぜかにっこりと、かつ満足げに微笑んでみせた。
「はい、可愛い孫を見せますよ」
***
「もう、からかいすぎだよ。ちょっと年上になったからって、生意気になったね?」
「俺もモニカも、からかってなんていませんよ」
「ほらまた、そんなこと言って」
「今だけはそう思っていてください」
ルークはそんなことを言うと、私の手を引いて歩いていく。そしてあっという間に、すぐ
中へと入ると、ルークの言っていた通り何もかもが当時のままだった。私にとってはたった三年ぶりだけれど、とても懐かしく感じられる。
「……あれ?」
そうしているうちに、この家には今すぐにでも住めるくらいの生活用品が置いてあることに気がついた。
「ねえルーク、ここ、今すぐ住めるよ?」
「そのようですね。俺の
「うーん、やっぱり何から何までお世話になるわけにはいかないし、ここに住んでもいい? もちろん家賃も
そう
「俺はようやく再会できたサラと、少しでも
「う」
「サラのためならなんでもしますから、どうか側にいてください。お願いです」
両手をぎゅっと
すると一瞬にしてルークの表情は明るくなり、今にも泣きそうだった顔は笑顔に変わる。
「ありがとうございます、本当に嬉しいです。そろそろ王都へ
「そ、そうだね。あ、ちょっとだけ待って」
そしてふと、このアパートに来たら
元の世界に戻った際、私は確かに腕時計に
ちなみに祖父の腕時計は、物置に落としてきてしまったようだった。
「うーん、どこに行ったんだろう」
あちこち軽く探してはみたけれど、見当たらない。重要かもしれないアイテムがどこにあるか分からないとなると、さすがに落ち着かない。
「ピンクのベルトの腕時計とか見てないよね」
「はい。
どうやら彼も、腕時計の
「待たせてごめんね、行こう」
今日はこの後、王都でランチをして買い物をする予定なのだ。また時間がある時にでもゆっくり探しに来ようと決めて、私はルークの元へと向かったのだった。
***
再び王都の街中へと戻ってきた私達は、馬車から降りて歩き始めたけれど。
「もしかして、いつもこんな感じなの?」
「何がですか?」
「こんなに周りから見られてるのかな、って」
「そうですね」
そう、ルークはすれ違う人全ての視線をかっさらっていた。
そして時折、「ルーク様だわ」「やっぱり素敵ね」なんて声も聞こえてきたりもする。まるで芸能人だ。私が想像していた以上に、ルークという人は有名なのかもしれない。
当のルークはもう慣れているのか気にならないらしく、笑顔のまま私と手を
「ねえルーク、手は繫がない方がいいんじゃないかな」
「サラは俺と手を繫ぐのは嫌ですか?」
「嫌ではないんだけど……」
「それなら良かったです。行きましょうか」
満面の
――思い返せば過去の私は働いてばかりで、こうして二人で一緒に王都の街中を歩くこともなかった。もっと遊びに連れて行ってあげたかったと、
けれど今、隣にいるルークはとても楽しそうで。つられて笑顔になってしまった私は、こうしてもう一度この世界に来られて良かったと、心の底から思ったのだった。
美味しいランチを食べた後は、ルークの知人が経営しているというお店に来ていた。
大きな建物の中には、ドレスなどの服から家具や雑貨、
「その
そして
買う量も相変わらず多すぎて、そろそろ止めようかと思っていた時だった。
「……なあ、もしかして俺、夢でも見てる? ルークが笑顔で女性と手を繫いで、デートしているようにしか見えないんだけど」
不意に背中
「レイヴァン」
「よお、ルーク。昨夜はいきなり女物の服を大量に持ってこいなんて言うから、一体何が起きたのかと思ったよ」
「急にすまなかった」
光の束を集めたような長めの
そんな彼からは、
やがて彼の視線は私へと移り、ぱちりと目が合った。レイヴァンと呼ばれた彼は、そのまま急に顔を近づけてくるものだから、
けれどすぐに、私の視界はルークの背中でいっぱいになった。
「サラに近づくな」
「へえ、サラちゃんっていうんだ。可愛いね」
ルークの後ろから少しだけ顔を出すと、彼はにっこりと微笑んだ。
「初めましてサラちゃん。俺はルークの親友のレイヴァン・トレス。この店をやっているんだ、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「うん。それで
そんなレイヴァン様の問いに対する答えは、私自身が一番知りたかったくらいで。
私はずっと、自身のことをルークの姉のように思っていた。けれど今は、さっぱりそんな感じはしない。かと言って、友人という感じでもない。
私とルークの関係は一体、なんなのだろう。
「か、家族……ですかね」
「へえ、ルークに妹なんていたんだ。初耳だったな」
的確な答えが思い浮かばず、とりあえず家族だと答えてみたところ、レイヴァン様は驚いたように私達を見比べた。「全然似てないね」と言われたけれど、当たり前だ。
何より今の私とルークの
「サラ、そう言ってくれるのは嬉しいですが、俺達はまだ家族ではありませんから。誤解を招いてしまいますよ」
「ごめんね。なんて答えればよかった?」
「
「えっ、それこそ誤解では」
私の知るルークは、こんな冗談を言う子ではなかった。もしかすると、今のルークは結構チャラチャラとした大人になってしまったのかもしれない。
そんなことを考えては内心ショックを受けていると、レイヴァン様は信じられないものを見るような目で私達を見つめていた。
「サラちゃんはすごいね。俺は学院時代からルークと仲がいいけど、女性と話してるところなんて、ほとんど見たことなかったのに」
「そうなんですか……?」
きっとルークにとっての私は、家族のような存在で。女性として見ていないからこそ、あんな冗談を言えるのだと
「サラ、表情で何を考えているかは大体分かりますが、別に俺は女性が苦手なわけではありませんからね。興味がないだけで」
「あっ、そうなの? 良かった」
思い切り深読みは外れてしまい、逆にほっとする。
「興味がないって、今まで
「……それは」
何気なくそう尋ねると、ルークは
けれど、ルークの気持ちも分かる。私だって、身内に
「あはは、あの氷の
「氷の騎士?」
「あれ、サラちゃん知らない? ルークは最年少で騎士団の師団長になった時から、そう呼ばれてるんだよ。氷魔法が得意だし、本人の態度も氷のように冷たいから」
「ルークが、氷の騎士……」
氷の騎士だなんて、
けれどルークが周りからは冷たい人だと思われていることに、私は納得がいかなかった。ルークはいつも笑顔で、誰よりも優しい子だというのに。
「あ、そうだ。ねえサラちゃん、今度三人で飲みに行こうよ。君が知らないルークの話、たくさんしてあげるからさ」
「ぜひ! いつでも
「レイヴァン、あまり余計なことを言うな」
「サラちゃんも聞きたいって顔してるよ?」
「はい。ルークのこと、もっと知りたいです」
「……頼むから、変な話はしないでくれ」
片方の手で目元を
それからは店内を一人で少し見てくると二人に声をかけ、その場を
「わあ、かわいい」
この世界の化粧品にも、可愛いものはたくさんあるらしい。ルークがある程度は用意してくれていたものの、やはり色々と
けれど今までの経験上、ルークに何か欲しいと頼んではいけないことも分かっていた。
これ以上お世話になる前に働こうと、私は固く決意したのだった。