二章①

 さつそく次の日から神子としての生活が始まった。

 国付き神子の仕事は、即位式や内界がからしきの取り仕切り、内界や時には各国に繋がる水鏡とさいだんの管理などにわたる。中でも最も重要な仕事は、国の地下の特別書庫に保管される記録作りだ。この記録とは、けんされた国で起こった重要な出来事──内乱、王の暗殺すい等も記すが、特に国を作る王の行いを重視して記す。神が選んだ人間の統治者が、いつ、どのような判断を下し、それが国をどのように変えたのか。ひとがらは記さず、ただ国の変化の事実だけを記すという。

 神子は、派遣された国の王に仕える形を取るが、彼らは決して王の臣下ではない。仕えるのはあくまで神であり、神の代理人として、神が選んだ王の時代を見届ける。神は神子を通して、王を見る。そのため、王が活動している時間帯は必ず一人は神子が側に控えることになっている。

 わたしがあたえられた仕事は主にこの、王の観察とその記録だ。事情を知る瑠黎によるさいはいだが、わたしが来てから雪那がしつそうしなくなったというのも大きいのだろう。雪那や周囲の様子をあくできるのはありがたい。

「なぜ、他国との国交はなくなってしまったんだろう? 王が不在だったから?」

 わたしが王宮に来てから早五日。勉強部屋で、真剣な顔つきで教師の老人の話を聞いていた雪那が言った。

「陛下もお察しの通り、先々代王、千年王の時代にはいくつかの国との国交がありました。国交は、三つの機会をえることになったと言われています」

 教師は三本の指を立てる。

「まず一つ目が、千年王がほうぎよした際、二つ目が王不在の百年間に、国交のあった国の方から切られたと言われています。たいていは五年もあれば次の王が選ばれますが、我が国はちがいました。王のいない国はおとろえる一方ですから、見限られたのでしょう。そして最も決定的だったのが三つ目で、先代王の政策によるものです。先代王は農民の地位を向上させるため、自国の中でじゆようと供給すべてを完結させようとなさったそうです。他国からの輸入なしに自給自足をするために、最も欠いてはならないものが食料で、それを作っているのはもちろん農民です」

 雪那の表情がわずかにくもる。役人を目指し勉強していた彼には、その考えがどれほどおろかなことか分かったのだろう。

「政策は失敗に終わり、国を乱したことから先代王はたれました。ですが、その政策によるえいきようは今もを引いています。一度こちらから切ってしまった他国との繋がりは、次の王が立たなかったこともありこの百年そのまま切れた状態です」

 そしてそれ以来、初めて立つ王が雪那だ。そのえんを取り戻すも切ったままにするも雪那だい、と教師は言外に言った気がした。

 わたしは、雪那の横顔がうかがえる位置のかべぎわで、ひっそり授業風景を見守っていた。雪那は学校に通っていたとき、こんな表情で授業を受けていたのかもしれない。再会したときの様子と比べるとずいぶん落ち着いて来たようでほっとする。

 と、完全に弟の授業見学の気分になってしまっていたところで、気を取り直す。

 記録係をやってみて大変だと思うのは、記録すべきか判断に迷う出来事が起こった際にその全てを記憶しておかなくてはならないことだ。彼らは、担当の時間を勤め終えたあと、神子の宮で記録を行う。時には、国の情勢が変わったきっかけとして何年も前の出来事をさかのぼって記録することもある。

 前世わたしが王であったとき、いつも蛍火が側にいた。治世の半ばからの記録はほとんど蛍火がしていたのではないだろうか。

 前世で蛍火が同じような景色を目にしていたかと考えると、少しだけ思うのだ。わたしの治世の後半、蛍火は何を思い、何を記したのだろうかと。


つかれた?」

 授業の時間が終わり、雪那に声をかけると、雪那は首を横に振る。

「学ぶことは好きだから」

 調子が戻ってきたようで、良かったと微笑ほほえむ。勉強もおおむね順調で、取り立てて問題はなさそうだ。

「じゃあ、次は会議ね」

 次の予定を口にしたしゆんかん、雪那の表情が曇った。何が雪那にそんな表情をさせたのか、その答えはすぐに分かった。


    〇 〇 〇


 現在の雪那は正式なそく前ではあるが、すでに全ての最終的な決定権を持っている。多くの決裁書類への署名をしなければならず、国の在り方を決める会議へも出席しなければならなかった。

 会議は無難な議題から始まり、自然ともうすぐり行われる即位式の話に移る。

 即位式は、国付きの神子が九割方仕切る。ただの人間が内界に行き、神にはいえつし、王という人とは一線を画する存在に生まれ変わる特別な儀式は、内界の領分だ。だが、王が国に戻ってから行う即位式と前夜のうたげの準備は国と協力して行う。

「ところでろくしん殿どのが親しくされているえん殿がまだいらしていないとか。もう即位式まで一カ月を切っているというのに」

 財政を管理する戸部の長官であるぶん耀ようが、いかにも心配しているといった口調で口火を切った。即位式に向け国内の貴族が一カ月前には全て集まるはずが、いまだ王宮に着いていない貴族がいるらしい。「そういえばろう殿も来ていない」などと、合計四名の名前を出した文耀に、引き合いに出された司法をつかさどぎようの長官・麓進が不快そうに顔をゆがめた。

「それが何か?」

 麓進の気のない返事に、場のふんが一気に悪くなった。

「このまま間に合わないようであれば大問題では? ──陛下」

 文耀が、部屋の一番奥に座する雪那に話題を振る。

「即位式には他国の使者もおとずれます。万が一自国の貴族がそろっていないと知られれば、陛下が臣下をぎよすことができていないのだと判断されてしまうでしょう。そうなれば、他国とのみぞは深まるばかりです。そのようなことになる前に、即刻強制しようしゆうをかけ、間に合っても間に合わなくともげんばつに処すべきです」

 雪那は困った顔をして、すぐには判断が下せない様子だった。

「待たれよ」

 麓進のとなりからけんせいという国のさいや他国との外交をになれいの長官が、いかめしい顔をして雪那を見る。

「陛下はこのようなことが判断できるほど、政治のことも王宮の規律の在り方に関してもお分かりではないでしょう。元は農民ということもあり、決裁書類への署名一つをとっても、まだ一つ一つ物事をお聞きになっている状態と存じます。内情を知りもせず、軽々しく臣下を罰するものではありません」

「無礼ですぞ、憲征殿。出身はどうあれ王。判断は陛下にしていただくのが道理でしょう」

「その判断を誤れば、先代王のようになるのだ。特に陛下は先代王とご出身が同じであらせられる」

 三人の臣下が語気を強めに話し合っているが、にらみ合っているのは彼らだけではない。それらのやり取りを見ていたわたしは、これが雪那がしゆくしている原因かとまゆひそめる。

 瑠黎によると、この国には現在、雪那に対しての態度として二つのばつがあるという。一つ目は、甘いしるを吸うために雪那がたよりない王であってくれた方がいいと考える文耀派。二つ目は、農民出身の雪那が王に相応ふさわしくないと考える憲征派だ。

 文耀派は、一見すると雪那の王としての体面を思っての物言いに聞こえても、違うのだ。ほかの臣下より有利な立場に立とうと、王の発言をゆうどうしようとしている。

 もう一方の憲征派は分かりやすく、今のようにていねいな口調で正論を言っているように見せかけ、雪那の出身を引き合いに出して、判断を任せるべきではないと主張する。

 雪那を真に王としてあつかっていないのは同じだが、二つの派閥の意見は事あるごとにぶつかり合い、会議が中々進まないのが現状らしい。今も敵対派閥の人間をとす機会をたがいにたんたんねらっているように見える。

 二つの派閥の対立に、雪那は困った様子をかくし切れていない。期日をえてもとうちやくしない臣下は罰するべきだが、罰の線引きはしんちようにしなければならない。

 不安そうな雪那と目が合い、わたしはかすかにうなずく。すぐに結論を出せないときは、おくせずに一度仕切り直して、判断は次の機会にと伝えるのも手だと先日話したばかりだった。

 意を決した雪那が、静かに息を吸い、口を開いたとき。

「まあまあ、落ち着かれよ、両人」

 雪那が言葉を発する前に、別の臣下が声を上げた。雪那に判断を任せるよう提言していた文耀が不服そうながらも口をざす。一方、憲征は、

えいこく様」

 とその男の名前を呼び、同じく口を閉ざした。

「その者達のことだが、体調が優れないようで、首都へ来ることをひかえているそうだ。どうやら一人から風邪かぜのようなものが移ったようだとことづてがあった。病を王宮に持ち込むわけにはいくまい?」

 待ったをかけた臣下は叡刻という。どちらの派閥にも属さない彼は言い争う者達の上に立つさいしようだった。彼は二人の臣下にがおで言い、雪那に対してうやうやしく頭を下げる。

「わざわざ陛下がねんされるような話ではございません。病が治り次第参るようにさせますので、今はどうかお許しください」

 その言葉に、雪那は少し考えるりを見せた後、「分かった」と叡刻にしゆこうを返した。病であれば仕方ない、と判断したのだろう。

 ひとまずそれ以上議論が白熱することはなく、ほっとする。いつもこの様子なのであれば雪那の心労も重なるばかりだろう。

 本当に雪那には味方がいないと実感して、ため息をつきそうになった。これでは雪那が自信をなくすのも無理はない。雪那にも、前世のわたしにとっての蛍火のように絶対のしんらいをおける存在がいたらいいのに……。



 夜、神子の宮にある記録をつけるための部屋前のろうで瑠黎を待つ。瑠黎は、仕事終わりに必ずこの部屋の前を通る。かざられている白い花をながめて待っていると、昨夜見た夢をぼんやりと思い出した。

『睡蓮は、本当に花が好きだな』

 やさしい声が、耳によみがえる。

「花鈴?」

 その名前に、物思いにしずんでいた意識がはっきりとする。左手の方に目をやると、瑠黎がいた。

「まだ残っていたのですか、何か今日中にしなければならない仕事が?」

「いえ、瑠黎様を待っていました。少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「構いませんが……」

 もう夜もおそく、神子はおのおのの部屋でしゆうしんしている。瑠黎は他に人がいないとあくするや、控えめな声で「あの……」と言う。

 めずらしい。いつも微笑ほほえんでいる蛍火とは対照的に、無表情が標準装備の瑠黎は、少し困ったような表情をかべていた。わたしは「何でしょうか?」と首をひねる。

「それです。丁寧にして頂いている手前おそれ入りますが、できれば人の目がないときには呼び方と話し方を気楽にして頂けると……」

 とても歯切れ悪く、瑠黎が言うではないか。

 神子としての生活を始めてからは、ぼろが出ないように「瑠黎様」と呼び、話し方も立場相応にしていたのだが、瑠黎にとっては心地ごこちが悪いらしい。蛍火も同じようなことを言っていた。

「分かった。瑠黎、今日もおつかれ様。お茶れるから、飲みながら少し話さない?」

「私が淹れます」

「まあまあ、わたし淹れるの上手うまいから。それにわたしが巻き込んじゃったせいで、瑠黎には本当ならかからなかった手間をかけさせてるもの」

 笑顔で押し切ったものの、瑠黎はただ座っているのも落ち着かないらしく、お茶を準備しに行くわたしについてくる。蛍火なら「そうですか」とゆうゆうと座って待っているところだ。

「瑠黎と、一度落ち着いて話をしてみたいと思って」

 一室に入り、お茶を飲み一息ついたところで話を始めると、瑠黎がちやはいを置き心なしかより姿勢を正す。

 雪那の味方になり得る人物として、最初に思いついたのが瑠黎だった。

 筆頭神子は、王の臣下ではないが王の最も近くにいる存在だ。かつて蛍火がわたしを支えてくれたように、彼が雪那の味方になってくれれば心強い。けれど、瑠黎は雪那をどう思っているのだろう。

 王に無関心な神子もいるが、彼はきっとそのたぐいではない。前世、一国の王と内界の神子という関係で顔を合わせていたとき、無表情とは裏腹に、瑠黎はあいさつだけでなくわたしと雑談もする仲だった。

 では今、雪那に対してはどうか。わたしが神子としてこの国に来た日、雪那について聞いたとき彼は言葉をにごした。あれは、雪那の現状が思わしくなく、姉であるわたしに言うのを躊躇ためらったからだ。でも、あのとき瑠黎はじようきようを口にしただけで、彼自身の考えはまだ聞いていない。

「瑠黎は、今のこの王宮の状態をどう思う?」

 臣下が王をあなどり、王が実権をにぎれていない王宮についてだ。瑠黎は少し考える素振りを見せて答える。

そく前からおんな状況です。花鈴様は当然ご存じかと思いますが、王が長い時代を築くには、臣下を始めたみに認めてもらわなければなりません。かつて似たような状況の国で国付き神子をしたこともありますが、ここまで王がないがしろにされてはいませんでした。今の西燕国は王にとっては治めるのが難しいかんきようだと思います」

 瑠黎の答えに、わたしは「うーん」と内心うなる。これは、もう少しっ込んで聞いてみるべきだろうか。

「瑠黎は、雪那のことをどう見てる?」

 瑠黎はとうとつな問いに「どう、と言われましても、まだ陛下のことをそれほど存じ上げていません」と真面目まじめな答えを返してきた。

「存じ上げなくても、印象はあるでしょ?」

 うながせば、瑠黎はまた考える様子になる。さっきより時間が長い。

「そう、ですね……。周りの臣下の態度をくつがえすには、少々、気が弱くていらっしゃると感じますので、そのごしようじやをしそうだと思います。おそらく……」

「長い時代を築くのは難しそう?」

 わたしは微笑んでいたけれど、瑠黎はわたしを見て、気まずそうに目をらした。現在の王宮について話していたときは単に事実を話しているつもりだっただろうに、わたしに対して、弟の時代は長く続かないと言ってしまったようなものだ。

 これから雪那が現状をひっくり返していくのだから、わたしに対して申し訳なさそうにする必要なんてないのに。ただ、これではっきりしたことがある。

「わたしは気にしてないから大丈夫。だって、瑠黎がそう思うのは雪那自身を見た結果というより、これまでの歴史からそう推測できるからでしょ?」

「……そう、ですが」

 瑠黎は、わたしの話の目的が読めないのか、今度はじやつかんこんわくした様子になる。

「うん、そうよね。わたしが過去に見てきた感覚から言うと、筆頭神子は、王をどうせ最後にはたれる人間って冷めた見方をしてるけいこうがあるし」

 わたしがさらっと言ったことに、瑠黎はわずかに目を見開いた。どうやら、図星だったようだ。

「それは……おつしやる通りかもしれません」

 瑠黎はそっと目をせる。

「どの国の王も、──けんおうたたえられ、民を正しく導いていた時期が何百年続いたとしても、最後には民を不幸にし、討たれる歴史しかありませんでしたから。特に筆頭神子になる神子はいくつもの国で、その終わりを必ず見ています」

 王は、不老だが不死ではない。神は国に必要な王を選ぶが、王を守りはしない。選ばれた王が玉座に座り続けるかどうかを決めるのは民だ。

 民に望まれない王はいずれ討たれ、死して玉座を空ける。そのような王のだいわりには、必ず理由がある。民にそうさせるようなことをしたのだ。

「そうね。ねえ、気がついている? 今瑠黎が雪那自身の印象として言ったのは、『気が弱い』だけ」

 瑠黎は、はっとした顔をした。

「私が、陛下ご自身を見て判断していないと仰りたいのですか」

 わたしの言いたいことが分かったようだ。わたしは深くうなずく。

 瑠黎は、雪那本人を気の毒に思っているのではなく、そういう状況だと理解しているに過ぎない。きっと無意識だったのだろう。けれど今からでも雪那自身を見てくれるようになったなら、雪那の味方になってくれる可能性は大いにある。

「推測が当たる可能性が高いことは理解しているわ。でも、本当はどうなるか分からないじゃない? 同じ王が一人もいないように同じ国は一つもないし、絶対に民を不幸にするとは言えない」

 そうではないかと瑠黎の反応を待つ。瑠黎は何かを考えるように、しばらく目を閉じた。そして開いたひとみは、再度わたしを映す。

「そうですね、過去にたった一人だけいました。すべての国をふくめ、そのような終わり方をむかえなかった王が一人だけ」

 注意深く見なければ感情が分かりにくい目は、そこになかった。ありありと、きようしゆうあこがれ、そんな感情が浮かんでいた。

 瑠黎がそんな表情をした理由は分からなかったけれど、前世のわたしのことを言っていることは分かった。

「でも前世のわたしも、最初は今の雪那と同じだった。蛍火だって冷めてたし、わたしをいずれ討たれるような王になるって見てたと思う。言われたこともあるしね」

 何と言われたのかと、問いかけるような視線とちんもくを受けて、わたしは教える。

「瑠黎は知らなかったかもしれないけど、わたしも元は農民で王になってね。雪那には多少の知識があったけど、わたしには学がいつさいなかった。勉強なんてしたことがなかったから。だから、わたしはがむしゃらに勉強して、少しでも早く使い物になるようにって必死だった。でも、中々上手くいかなくて」

 当時を思い出して、わたしはしようした。即位した当初の、思い出したくもない苦労と苦難に満ちた日々を。

「『はたから見ていてみっともないほどに空回りしていますよ。自分の能力以上のことはできようがないのですから、いさぎよあきらめる方がいっそすがすがしいと思うくらいです』……わたしには、遅かれ早かれ討たれるんだからって聞こえたかな」

 そう言われて、むなしさとさびしさを感じた。臣下にも味方がいなければ、一番そばにいる神子もそんな態度では仕方ないと思う。幸い、人の努力をみっともないとは何だといういきどおりが上回って、ますます勉強に熱が入ったのだが。もっと心が弱っていたときに言われていたら、心が折れて、わたしの時代は数年で終わってもおかしくなかった。

「蛍火様が、睡蓮様に、ですか? 想像できません」

 瑠黎は信じられないといった様子だ。

「結局わたしが変わらず努力し続けていたら、蛍火が協力してくれるようになったの。わたしのねばり勝ちね。……そうやって、蛍火は結局千年側にいてくれた」

 長すぎる歳月を共に生きてくれる存在が側にいると、それだけで支えになったりする。いくら臣下が入れわり、初めましてから関係を築こうと、神子だけは長く側にいて、一度築いた関係が白紙にもどることもない。

「瑠黎に、雪那の味方になってほしいと言うつもりはない。神子にそんな義務はないし、神子だって一人の人間で、王との相性もある。過去にはそりが合わなくて国付きをめた神子がいることだって知ってる。でも、せめて推測じゃなくて雪那自身を見て判断してほしい」

 神子の役目は、国の行く末を記すこと。けれど王の理解者にだってなれるはずなのだ。

 そして、わたしは雪那が本当は強くて、今のこの国を変えていけるような考えを持っている子だと知っている。だから瑠黎が雪那自身のことを見てくれるなら、きっと心配はいらないだろう。

 わたしが話を始めた理由をさとり、瑠黎は真顔で応じる。

「……心に留めておきます。私が陛下のことを知らないことは事実ですので」

「ありがとう」

 この場はその言葉を聞けただけで十分だ。わたしはやわらかく、本心から微笑ほほえんだ。

「いいえ、お礼にはおよびません。私の方がお礼を申し上げたい気持ちです」

「どうして?」

 瑠黎にお礼を言われるようなことなど全くしていない。むしろ結局こちらが要望したくらいなのに、と不思議な気持ちで瑠黎を見る。

「蛍火様が、筆頭神子として千年もの間睡蓮様に仕えていらっしゃったことを、当時の私はとても尊いことだと感じていました。それを今、思い出しました」

 瑠黎は目を伏せ、過去をなつかしむようなまなしをした。そして確かに、微笑んだ。

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