監禁9日目
朝食を食べた後。
液タブとのにらみ合いは続く。
適当にコマ割りしては消し、キャラっぽいラフを描いては消しの繰り返しだ。
そもそも俺がそんなポンポン名作を思いつく有能なら、何度も編集からネームボツをくらったりはしない。
(――いや、待てよ? 今回は別に商業レベルのおもしろい話を描かなくてもいいのか。ひどい出来でも構わない。これでお金をもらう訳でもない。編集の感触や、SNSでバズるかなんて気にしなくてもいいんだから)
少女はただ漫画を描いてと言っただけだ。
それなら何も難しいことはない。
担当編集の言うような売れるラブコメマンガではなく、あくまで少女の歓心を買うための漫画でいい訳だ。
そう思うと、かなり気が楽だ。
(それなら、やっぱりあいつが出てくる漫画の方がいいよな)
思えば、これまで彼女との監禁生活に起きた出来事の中で、ストーリーになりそうな出来事がいくつかあった。
(日常モノの四コマでいいか)
ペンを取った。
最初は、彼女に砂糖まみれの指を食べさせられた件を元に、四コママンガを描く。
あっけなく、三十分もしない内に出来てしまった。
これまで抱いていた、漫画を描くことへの抵抗が嘘のようだ。
(さすがにこれだと手抜きだと思われるか? ショートでも描くか。どうせなら、遊んでやる)
今度は昨日の会話をネタにしたショートマンガに手を出した。
読者受けを気にしなくていいとなると、斬新なコマ割りやキャラデザも試してみたくなり、どんどんのめり込んでいく。
「……」
気づいた時には、彼女が側にいた。
床には銀色のトレイが二枚。
そこで、俺はもう、今が夕食の時間だと気が付く。
昼食は抜いてしまったらしい。
「あっ、ごめん。今食べる」
慌てて、ペンを置いて、スプーンに持ち替えた。
「いい?」
「あ、ああ、読んでいいぞ。細かな仕上げはまだだけど、それでもよければな」
急いで昼食分を掻き込みながら頷く。
「……」
少女が液タブを操作する。
一枚一枚を噛みしめるように読み進めている。
その様子をハラハラした気持ちで眺めながら、夕食分のゼリーを、ゆっくりと舌の上で転がした。
やがて、俺が二食分の栄養摂取を終えた頃、彼女が液タブから顔を上げる。
「ど、どうだ?」
おずおずと彼女の顔を窺いながら問う。
リハビリ作第一弾に対する彼女の感想は――
「ありがとう」
だった。
「えっと、なんでお礼?」
「おもしろい」とか、「つまらない」とか、作品に対する批評の言葉を予測していた俺は、小首を傾げて問う。
「……」
彼女は俺の質問に答えることなく、銀のトレイを重ねて片付け始めた。
マスクのせいで彼女の表情全体は読めない。
でも、そのまなじりは、確かに緩んでいる。
今の俺には、その反応で十分だった。