監禁8日目

 監禁生活の一番の楽しみといえば、やっぱり食事だ。

 入浴も食事と同じくらい楽しみだが、毎日のことではないから、どちらかといえば食事に軍配が上がる。

 もちろん、お菓子だって嬉しいが、それも所詮はおやつ。

 やはりメインの食事が、毎日の張り合いになっていることは間違いない。

 しかし、今日も、出てくる食事は代わり映えしない、ヨーグルト、ゼリー、サプリの三点セット。病人食としては悪くなかったが、さすがに飽きてくる。

「ごちそうさま」

 そんなことを思いながら、昼食を胃に流し込み、手を合わせた。

「おそまつさま」

「あ、あの、こういうメニューも消化にはいいんだろうけどさ。そろそろ体調も良くなってきたから、もう少し、ちゃんとした食事をしたいんだけど。もっと濃い味っていうか、ちゃんと噛み応えのあるものっていうかさ」

 トレイを回収して部屋から出て行こうとする彼女に、そう声をかける。

「道具がない」

 彼女は再びトレイを床に置いて、ヘタリと座り込んで言う。

「確かに、俺は引っ越し前に、食器も調理道具も全部処分したからな」

「そう」

 彼女が曖昧に頷く。

「あれ、でも、このトレイとかスプーンは、俺の物じゃないよな? これ、どうしたの?」

「私の家にあった物を適当に」

 本当に適当そうに言う。

 やはりこの銀食器は彼女の物だったか。

 制服の件と照らし合わせても、どうやら彼女は裕福な家庭の生まれのようだ。

「じゃあ、その包丁も?」

「包丁は買った」

「君の家にはトレイとスプーンはあっても、包丁は置いてないのか?」

「料理禁止」

 色々と複雑な家庭環境のようだ。

「……そうなんだ。えっと、包丁を買ったなら、他の道具も揃えたらどうかな。包丁だけっていうのは、その、Gペンを買ったのに、インクと紙は持ってないみたいで落ち着かないからさ」

 俺は下手な例えを用いながら、必死にそう訴えかける。

「私の手料理が食べたい?」

 彼女は小首を傾げて、じっとこちらを見てくる。

「う、うん、できれば」

 頷く。

「そう」

 少女は素気なくそう言って立ち上がり、部屋から出て行く。

「ご、ごめん! 図々しかったか? あ、あの無理そうなら、全然レトルト食品とか、インスタントでもいいんだけど」

 彼女の機嫌を損ねてしまったのかと不安になった俺は、物言わぬドアにそう語りかける。

 ……。

 ……。

 ……。

(調子に乗りすぎたかな……)

 俺がお座りの格好で反省状態に入ってから、十分も経ったころだろうか。

 再びドアが開く。

「――明日の夕方までには届くから」

 彼女はドアの前に立ち、俺から微妙に視線をそらしながら、スマホに表示された注文画面を見せつけてくる。そこには、レビュー的には高評価な調理道具一式がずらりと並んでいた。

 どうやら、先ほどの素気ない態度は照れ隠しだったらしい。

「あ、ありがとうな。希望を聞き入れてくれて」

「あまり、期待はしないで」

 それだけ言い残し、トレイを回収して去って行く。

(そう言われても、期待しちゃうよな……。家族以外の女性の手料理なんて食べたことがないし)

 監禁生活に新たな楽しみが増えたようで嬉しい。

「対価の話だけど」

 ドアの隙間から少女が顔を出し、思い出したように言う。

「……ああ、食事の? よしっ、今度は、手の指にネイルアートでも描くか?」

 前回の作業でコツはつかんだ。

 今度はもっと上手くやってみせる。

「いい」

 少女は首を横に振る。

「じゃあ、俺は何を?」

「漫画を描いて」

 即答し、俺の心の奥を見透かしたような鋭い視線を送ってくる。

「いや、でも漫画は、デッサンと違って、描けと言われたから描けるようなものじゃなくてな。ほら、ストーリーとか構図とか、色々考えないといけないし――」

「いいから」

 少女は俺の言い訳を遮り、ドアの隙間から包丁の切っ先を覗かせる。

「……」

「漫画を描いて」

 念を押すように繰り返し、ドアを閉める。

(描けと言われて描けるなら苦労しねえよ)

 心の中で悪態をつきながらも、液タブと向かい合う。

 唸って、頭を抱え、のたうち回っても、やはり新しい物語は浮かんでこない。

 手作り料理への甘い期待は、いつの間にか消え失せていた。

関連書籍

  • 見知らぬ女子高生に監禁された漫画家の話

    見知らぬ女子高生に監禁された漫画家の話

    穂積潜/きただりょうま

    BookWalkerで購入する
Close