監禁7日目
気分がいい。
体調がついに完全といっていい状態にまで回復した。
きちんと睡眠を取り、酒とタバコを断ち、彼女から提供された健康的?な食事を続けた成果だろう。
身体が元気になってくると、彼女の生態について考察する余裕も出てくる。
やはり、制服を見るに、彼女は女子高生ということで間違いないのだろう。
もっとも、制服は通販で買ったコスプレという線もあるが、少なくとも彼女のそれはパーティーグッズとして使われるような安っぽい質感ではない。
フリマアプリなどを通じて、本物の制服を卒業生から購入した可能性もなくはないけど、そこまでして制服にこだわる意味もないしな……。
(というか、『
制服に縫い付けられた校章を見て、俺はそんなことを考える。
子どももいなければ、まともな受験もしていない俺は、この手の学校の情報に詳しくない。
でも、確か、近所のスーパーですれ違った中年の女性が、『はは、うちには桜葉に通わせるお金なんてないわよ。公立で十分』みたいな会話をしていた気がする。
そんな言葉が出るくらいの学校だから、きっと授業料もかなり高いと推察される。やはり、お金持ち学校なはずだ。
お金持ち学校に通うような余裕のある学生はきっと、フリマアプリで制服を売って小銭を稼ぐような真似はしなそうだ。
と、なると、やはり彼女の着ている制服は、彼女自身の所有物であると考えてよいだろう。
ともかく、彼女が正真正銘の女子高生だとすれば、こうやって平日の昼間に、俺の絵のモデルになっているというのはおかしい。
学校に行かなくていいんだろうか。
もちろん、サボりがちな学生もいるだろうけど、彼女はそういう雰囲気でもない。
俺だって日中ずっと絵を描いていられるほど集中力がある訳ではないから、モデルになっている時以外の彼女は、キッチンスペースにいる。
でも、その時でも、彼女が外出している様子はない。
常に部屋の外に彼女の気配を感じるのだ。
その証拠に、俺がいつ「トイレに行きたい」と声をかけても、彼女は応えてくれる。
(ある意味、贅沢な監禁生活といえるのだろうか。普通、監禁生活の排泄物処理の定番といえば、おまるかおしめだよな……)
少なくとも、映画やマンガではそうだった。
監禁する側だって毎回トイレに付き合うのはめんどくさいし、仕事もある。
加えて、被監禁者を精神的に服従させ、人間としての尊厳を踏みにじる効果を狙って、トイレに行く権利を奪うのだ。
しかし、彼女は毎回、包丁と外した鎖を持って、律儀にトイレについてくる。
ということは、彼女は俺を虐待したい訳ではないのだろう。
むしろ、彼女に監禁されてから、前より元気になってる訳だし。
(そういえば、深夜はどうしてるのかな? さすがに家に帰ってるのだろうか)
ふとそんなことが気にかかる。
監禁生活に入ってから、彼女に食事を始めとした生活リズムをコントロールされているため、半強制的に規則正しい生活を送っている俺。
睡眠サイクルも、夜の十一時前には床に就き、朝の七時前後に起きるという健康的なものになっている。
(一応、これも反抗ということになるのだろうか)
疑問を解決するために、いつもより早めに眠りにつく。
そして、朝の五時頃、むくりと起き出し。
「ごめん! トイレに行きたいんだけど!」
と部屋の外に声をかけた。
まだ余裕はあるけど、トイレに行きたいのは本当だ。
数秒は無反応。
やがて、ドタガタゴソと、忙しない音が聞こえてくる。
(やっぱり、彼女は完全にこの部屋に居ついている)
そう判断して良いようだ。
ガチャ。
やがて、ドアが開く。
少女はいつも通りの制服姿であった。
「……」
彼女は眠たげに目を擦りながら、包丁片手にこちらへとやってくる。
いつも通りに鎖を外し、その端を持って、俺を部屋の外へと連れ出した。
「夜はパジャマを着て寝てるんだな」
視界の端に入った、脱ぎたての衣類を一瞥して言う。
フードはドクロ柄で、身体部分にはゾンビがプリントされている、独特なデザインだった。
その横には寝袋もある。
こちらも吸血鬼の棺を模したようなおもしろいデザインだ。
「!」
彼女は俺の言葉に、予想外の機敏な反応をした。
素早く寝袋を足で動かして、パジャマを隠す。
パジャマを見られるのが恥ずかしいのだろうか。
スク水姿は見られてもOKだけど、パジャマはダメなのか。
基準がよく分からない。
「なんか、すまん」
頭を下げた。
ただ何気なく目に入った物に言及しただけで、別に彼女を恥ずかしがらせたかった訳ではない。
「いいけど」
彼女はぶっきらぼうに言った。
俺はそそくさと用を足して、水を流す。
「――ちょっと待ってて」
彼女はそう続け、鎖を持ったまま、入れ替わるようにトイレに入った。
再びトイレの水が流れる音がする。
用を足し終えるには早すぎるので、いわゆる音消しというやつか。
(そういえば、今、JKと、トイレや風呂を共有してるんだよな……)
少女がこの部屋に居ついているという事実から当然に導かれる結論なのだけれど、改めてこうして見せつけられると、やっぱり気恥ずかしいものがある。
ドン。
不埒な想像を咎めるかのように、トイレのドアが揺れる。
「――を」
少女が何かを訴えてる。
「えっ? なに? 聞こえない!」
叫び返す。
彼女の声はただでさえ小さいのだ。
ドア越しで聞き取れるはずがない。
耳に手を当て、顔をドアに近づける。
「トイレットペーパーを」
ガチャ、バタン。
コンマ数秒だけトイレのドアが半開きになり、すぐに閉じた。
「あ、ああ! はいはい! そういうことね」
俺は慌てて洗面所へと走る。
鎖の長さがギリギリだったが、なんとかトイレットペーパーを取り出して、トイレの前に舞い戻った。
「持ってきたよ!」
トイレに背中を向け、後ろ手でトイレットペーパーを差し出す。
ガチャ。
「遅い」
少し苛立たしげな少女の声と共に、俺の手が軽くなる。
再びドアが閉まる音。
(あー、びっくりした……。さっきあの娘がドアを開けた瞬間に見えたのは、多分、黒い下着、だよな?)
ひょっとして、これは何かの罪に問われるやつだろうか。
というか、そもそも、少女は俺にパンツを見られたことに気づいているのか?
気づいてないとしたら無防備すぎるし、もしわざと見せるつもりだったなら男という生き物を舐めすぎていると言わざるを得ない。世の男が全て、俺のようなヘタレばかりとは限らないというのに。
さらに懊悩の種が増え、それ以上彼女の生態について真面目に考察を続けるような気分になれなかった俺は、そのまま寝床へと戻り、身体を横たえた。