第6話
今日も長い授業が終わって放課後になると、一斉に部活に向かって生徒たちが散り散りになる。
部活に向かう遥輝と幸人が俺に別れを告げて、教室から出ていく。
「帰宅部の斗真君は、お帰りかな?」
「そうだな、ぼちぼち帰る」
二人が出ていった後、再び委員長から声をかけられた。
「委員長も部活でしょ?」
「そそ、今日も自分の音を奏でるぜ!」
委員長は見た目のイメージにぴったりな軽音楽部。
俺が見る機会と言えば、学園祭などに見るくらいなのだが、大盛況だった記憶がある。
「斗真も今からの入部も大歓迎だよ?」
「人前で音楽関係のパフォーマンスするなんて、中学時代の時のトラウマ思い出すわ」
「何かあったの?」
「みんなの前で一人ずつ歌わされるんだけど、周りみんなピアノとか習ってて音感あるやつばかりで、拷問だった」
「あっちゃー、ドンマイ案件だ」
「まぁ委員長が、カッコよくやってるのを見てるのが楽しいから」
「そか! なら、今度のライブも頑張らないとね!」
「うん、頑張って」
「あい! じゃあ部活行くね! また明日ー!」
そう言って、委員長は元気よく教室から出ていった。
そんな委員長を見送くると同時に、ポケットの中のスマホが震えた。
ーお兄さん、もう帰りましたか? 帰っていないのなら、一緒に帰りましょうー
凛ちゃんからの連絡で、一緒に帰ろうという誘いだった。
体験入部や見学などしなくていいのかなと思ったが、帰りながら聞けばいいかなと思ってOKと校門前で待ち合わせることを返信した。
5分後、校門前で合流した。
「今日もお疲れ様です」
「凛ちゃんもね。じゃあ、ゆっくり帰ろうか」
「はい」
自転車に乗って、二人揃って帰宅の途につく。
「部活の見学とか、体験入部はしなくていいの?」
「あんまり気が進みません。そういうことすると、しつこく誘われて断りにくいですし」
「あー、何かわかる。その辺りは中学校の時と変わらんからね」
体験入部などをするということは、「この部活に興味があります」と言うことなので、何とか引き込もうとどこの部活も必死。
上級生から誘われることもあって、圧があってしんどいのはとても分かる。
「興味ある部活とかはないの?」
「あんまり……」
「そっか。まぁ帰宅部の俺からは、どこが雰囲気いいよとか言えないからね」
さっきの委員長とのやり取りみたいに、友人と話せばどこの部活もある程度の雰囲気は分かる。
でも実際にはやってもないし、見てすらもない。
そんな状態で、勝手に勧めることはできない。
「何も言ってないのに、マネージャーとか誘いに来ますし」
「あんまりマネージャーとかは興味なし?」
「興味なしというかシンプル嫌ですね。好きでもない人の汚れた服を扱かったりするとか、嫌すぎますね。後、男女関係がややこしくなるイメージしかないです」
「言い方よ。間違ってもそれ他の人の前では言わないようにね……」
男子には計り知れないダメージを与え、今マネージャーをやっている人やこれから考えている人に喧嘩を売りかねない発言である。
「こんなこと言うの、お兄さんと早紀の前でだけですから安心してください」
妹の前で言うのは、少し不安があるのだが。
「なるほどな、そういう考え方もあるよな」
「だから、献身的に男子部員の事を支えられる女性マネージャーの皆さんはすごいです」
「別に女子運動部のマネージャーもあるけど?」
「……それはそれで色々と難しい問題が」
「あー、女の子同士は難しいことあるもんね。普通に部活もあんまり?」
「そうですねぇ……。吹奏楽部は運動部並にハードでしょうし……。お兄さんはなぜ部活に入っていないんです?」
「中学時代に部活関係で大怪我してから、色々懲りたな」
「なるほど、文化部は考えませんでした?」
「音楽関係はからっきしだし、他の部活はそこまで活発的じゃないからサボりそうな気がして失礼かなって」
結局、何だかんだ理由をつけてやらなかったが、色々と見学したりしたのは楽しかった。
「なるほど、なるほど。色々言ってますけど、ようは面倒になったということですね」
「ぐっ……!」
その通りである。
「そ、そんな俺のことは置いといて。じゃあ今のところは部活はノータッチ?」
「親からは、どっちを選ぶにしても成績を落とさず素行が悪くならなければ好きにすれば良いと言われてますからね。今のところは見送りですかね」
「高校の勉強も大変だしねー」
「そうなんです! 大変なんですよ!」
その俺の言葉を待っていたかのように、声が弾んで反応が変わった。
「せっかくここまで頑張ったのに、これから成績が落ちたのではまずいですよね?」
「……まぁそりゃ当然な」
「でも、私一人ではどうしようもないときが……!」
「部活行かないなら、塾に通ってもいいんじゃない?」
「……」
彼女の反応を見て、俺の返事が間違っていたことがすぐに分かった。
むっとした顔をして、いじけたような顔になってしまった。
「何でそこで、その返事になるんですかね!」
「いや、最適解でしょうよ!」
「一般的回答など求めていません!」
「えー……」
難しい。最も良いとされる回答で怒られた。
「ここまでの話で、お互いに放課後に時間がある。そして勉強を私はしなくてはならない。はい、ここまで来れば……!」
「いやー、何もわかりませんねー」
もちろん、俺は最初の流れから彼女が狙っていたことはわかっている。
敢えて恍けたフリをしている。
「……意地悪。そんなに嫌だったんですか?」
すると本気で落ち込んでしまったのか、声が小さく低くなってしまった。
流石に意地悪しすぎたか――。
「そんな事はないよ。放課後、時間あるもんな。学校とか近くのカフェとか勉強する場所もあるし、よかったらやろ――」
「はい、ありがとうごさいます!」
「……あれ?」
さっきの落ち込み具合はどこへやら、まるで分かっていたかのような反応の早さである。
「決まりですね! 放課後どれくらいやりますか?」
「……騙したな?」
「はぐらかそうとしても、この辺りはチョロいと早紀から聞いてますから」
妹から悪知恵を吹き込まれて、それを実践したらしい。
凛ちゃんのいつもの雰囲気に、先程の演技はあまりにも悪魔的。
間違いなく焦るし、戸惑わない男などいるわけない。
「言質は取りました。あのときと違って毎日、ですからね!」
「マジか……」
「二人だけの勉強部、ですね!」
そして、周りの下校する生徒に聞こえないように、こちらに顔を寄せて、こう囁いた。
「私は、お兄さんの専属……マネージャーですよ」
「!?」
「なーんてね、です!」
楽しそうにそう笑いながら、彼女は言った。
(想像以上に、危険な子だな)
顔が熱くなると同時に、そう思うことで湧き上がろうとする感情を必死に押さえつけた。