経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。

第一章(3)

   ◇


 なんだこれ……なんだこれ!?

 夢じゃないよな!?

 俺、ほんとに白河さんと、並んで、道を歩いてる……んだよな!?

 どういう状況!?

 付き合うって、マジなのかよ!?

 バクバクする心臓を抱えて、俺はただ黙々と足を動かしている。

 歩きながら、白河さんは俺が箱に入れたメモ書きをにらんでいた。

「……名前、これなんて読むの? クワシマ?」

「カ……カシマ、リュウト」

「へぇ、リュート! かっこいーじゃん!」

 白河さんは瞳をきらめかせて笑った。不意打ちの笑顔と「かっこいい」に、さっきから上がりっぱなしの心拍数がさらに上昇してしまう。

 落ち着け、落ち着け。

 こんなに舞い上がっていては、会話もままならない。

 どうせすぐにフラれる。数分後には「冗談だって。ほんとに付き合うと思ったの?」と笑われている。そうに決まっている。

 自分にそう言い聞かせて、なんとか冷静になろうとする。

「ねー、リュート」

 そんな俺に、白河さんは無邪気に話しかけてくる。

「うちらって、話したことあったっけ?」

「えっ!? え……っと……」

 一瞬、シャーペンを貸したときの話をしようかと思ったが、あまりにさいな出来事過ぎて、「話したこと」としてカウントしているのがキモいと思われそうだ。

「……いや、特には……」

「ふーん、そっかー」

 俺は俺で、気になって仕方がないことを訊いてみたい。

「白河さんは、その、なんで……俺と付き合ってくれるって……?」

 冷静さを保とうと言い聞かせたせいで、本当にこの状況が信じられなくなってしまった。こんなにドキドキさせておいて、実は「今日の下校に付き合う」という話だったりすることも充分にある。いや、むしろそちらの可能性の方が高いのではないか。

 というのも、俺には「告白」にトラウマがある。

 中学一年のとき、めちゃくちゃ可愛かわいい女子と隣の席になったことがあった。彼女は何かと俺に笑顔で話しかけてくれ、ボディタッチも多く、宿題を写させてあげたときなんか「そういう優しい人……好きかも」と頰を染めてささやいてきたのだ。陰キャの俺もさすがに舞い上がって、これは俺の勘違いじゃない、彼女は俺に気がある、と信じ、一世一代の勇気を出して告白した。

 結果は、なんと玉砕。「加島くんのことはいいお友達だと思ってるけど……」と困ったように呟いた彼女の顔は、いまだに網膜に焼き付いている。

 この苦すぎる経験から、俺は教訓を得た。女の子……特に可愛くて人気がある女子のことを信じてはいけないということだ。

 そもそも人気があるってことは、みんなが「俺でもイケるかも」と思ってるってことだ。それはつまり、彼女自身が思わせぶりな態度を取っているということであり、俺だけが特別だなんて思ったら痛い目を見るってことだ。

 よくよく考えてみなくても、俺みたいな量産型陰キャを、人気者の可愛い女子が好きになる理由なんてまったくない。そう思うから、白河さんに告白できたんだ。百パーフラれると思っていたから、OKされたあとのことなんてちっとも考えていなかった。

 だから……この状況は、ドッキリにかけられているみたいで、容易に受け入れがたい。

「え……?」

 そんな俺を、白河さんは不思議そうに見つめ返す。

「なんであたしがリュートと付き合おうと思ったか、聞きたいの?」

「……だって、白河さんは俺のこと好きじゃないだろうし。俺のこと知らなかったと思うから……」

 同じクラスにいるのに、名前も読めないくらいだったのだから。

 そこで白河さんから返ってきたのは意外な回答だった。

「だったら、これから知って、好きになればよくない?」

「えっ?」

 見ると、白河さんは小首をかしげ、上目遣いに俺を見つめていた。

「だって、リュートだってあたしのことよく知らないじゃん?」

 思ってもみないことを言われて、俺は固まる。

「話したことないんだもんね? あたしの見た目が好きなんでしょ?」

「…………」

 言い返せなかった。俺はさっき答えてしまっている。白河さんに、どうして好きなのかと訊かれて「可愛いから」と。

 見た目が好き。それはその通りだ。

 でも、一年の頃から、ずっと白河さんを遠巻きに見てきた。いつも「可愛いな」と思って、憧れていた。だから自分の方がずっと白河さんを好きだと思っていたけど、言われてみればそうだ。俺は白河さんのことをほとんど知らない。

「それに、あたしリュートのこと、ちょっと好きだよ」

「……えっ!?」

 予想外の発言に、衝撃と共に白河さんを見る。そして、上目遣いの可愛いアングルにやられて、ダブルで脳がスパークした。

 白河さんが俺よりだいぶ背が低いから、隣にいるとそういう目線になるのだろう。モデル体型に見えるのは、顔が小さくて均整のとれたスタイルのおかげで、身長自体は高い方じゃない。

 あと、さっきからずっとフローラルだかフルーティだかよくわからないいい匂いがするんだけど、これって白河さんの匂いだよな。香水とかつけてるんだろうか?

 って、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 白河さんが俺をちょっと好き?

 いや、それはないだろ!

 だって俺のこと知らなかったじゃん!

 俺の心のツッコミを察知したように、白河さんは口を開く。

「さっき、リュートがあたしに『好き』って言ってくれたじゃん?」

「……うん」

「だから」

「……え?」

「え? 何が『え?』」

「いや、えっと……そ、それだけで……?」

 信じられないと思ってつぶやくと、白河さんは何を思ったか憤慨顔になる。

「あー! あたしのこと、誰のことでも好きになるビッチだと思ってる? あたしにも好みはあるんだからね? 爪の白い部分が伸びまくってる男と、鼻の下に汗かいたまま放置してる男は死んでもムリだから!」

 好み、ピンポイントすぎない!? ってか、NGそれだけなのかよ!?

 白河さんのうわさ通りのストライクゾーンの広さにきょうがくしていると、彼女は抗議の余韻を残したむくれ顔で俺を見つめる。

「でも、リュートはそうじゃなかったから。だから、うれしいって思ったよ」

 白河さんが言っていることは、確かにわからなくもない。もし俺が全然知らない女の子から「好きです」と告白されたら……その子がよほど好みじゃない場合を除いて、一瞬で好きになってしまうだろう。

 だが、それは俺が一度も告白されたことのない、完全にモテない男だからだ。

「……でも、白河さんは『好き』なんて言われ慣れてそうだけど……」

「えー?」

 何言ってんの? というように、白河さんは俺を見上げる。

「誰に何回言われてても、人に『好き』って言われたら嬉しくない?」

 それはそうだと思うけど……。

「その嬉しさって……『付き合おう』って思うくらいの嬉しさ?」

 俺はまだ疑ってる。自分が傷つきたくないから。

 明日になって「やっぱ、あんま好きじゃないから付き合うのナシ!」と言われる未来を想像してしまうと、耐えられない。

 だって、このままもし本当に「付き合う」ことになってしまったら、今日より明日、明日よりあさってと、俺は確実に、白河さんをもっと好きになってしまうと思うから。

 信じられないことに……これはどうやら冗談ではなさそうだから。

「つまり……白河さんの俺に対するその『好き』って、友達でも充分成立するっていうか……ちょっと……薄くない……?」

 言ってしまった。せっかくこんな超美少女が付き合ってくれるって言ってるのに、みすみす嫌われるようなことを口にしてしまった!

 バカだ。

 俺は身の程知らずの大バカヤローだ!

 案の定、白河さんは少しの間無言だった。やはり気分を害してしまっただろうかとあせっていると、白河さんは俺を見た。

「……だから? 別によくない?」

 返ってきたのは、あっけらかんとした言葉だった。

「薄っぺらくても、いい感じじゃんって思って、もっと知りたいと思ったんでしょ? だったら付き合ってみればいーじゃん。最初は薄っぺらな『好き』同士でも、そうやって付き合ってるうちに、いつか本物の『好き』になるくない?」

 形のいい口角をきゅっと上げて俺に笑いかけ、白河さんはそう言った。

「……まぁ、今まで『本物の好き』になるまで付き合えたこと、ないんだけどさ」

 そこで自嘲気味な微笑になる彼女に、俺はおそるおそる尋ねる。

「……なんで……?」

 一人の彼氏と長くて二、三ヶ月しか続かないという噂は本当なのかもしれない。だとしたら原因はなんだろうと警戒する俺に、白河さんは「あっ」と目を見開く。

「あたしが飽きて捨ててると思ってる? それ逆だから! あたし、付き合ってる間はめっちゃいちだし! 他の男子に告られても即断るし」

「そ、そうなんだ」

 彼女の勢いに押されてあいづちを打つが、俺の美少女不信は根深い。

「……でも、さっきの白河さんの発言からすると、彼氏がいても、人から『好き』って言われたら嬉しくなって、ちょっと好きになったりしない?」

「はぁ? 何言ってんの?」

 白河さんの眉間に、盛大にしわが寄る。

「…………」

 ギャルの不機嫌顔のすごみに負けて、陰キャの俺は押し黙った。

「好きでもない男に『好き』とか言われても、迷惑でしかなくない? マジキモいんだけど」

「…………」

 さっきと言ってることが違う……。

 しかし、ともかく付き合ってる間は一途というのは信じてもいいみたいだ。

 そんな話をしていると、白河さんが急に立ち止まった。

「家、どっち方面?」

 言われてみれば、もう駅前だった。学校の最寄り駅は、大きなターミナル駅ではないけれども、今歩いている改札へ続く道が、帰宅ラッシュ前のこの時間帯でも人通りが絶えない程度には栄えている。

 俺たちの高校は都内の私立校なので、生徒の多くが電車通学をしている。このO駅はJRと地下鉄で入口が分かれるから、今このタイミングで白河さんはいてきたのだろう。

「え、えっと、K駅」

「ふーん、うちA駅」

「そ、そうなんだ……近いね」

 俺の最寄りのK駅はここから三駅、A駅はそれより一つ手前の二駅目だ。

「てか、そしたら同じ電車じゃん? 行こ行こ!」

「う、うん……」

 白河さんのペースに乗せられ、俺は彼女とJRの構内へ向かった。


 電車に乗ると、二駅だからすぐに白河さんが降りる駅に着いてしまう。この信じられない状況も、ここでひとまず終了する。

 さっきまで、こんなにドキドキしていたら身がたないと思っていたのに、そうなると名残惜しい気もしてくるから不思議だ。

「もう着くね。じゃあ……」

 いよいよA駅が近づいてきたので送り出そうとすると、白河さんは「えっ?」と意外そうに俺を見る。

「家まで送ってくんないの?」

「えっ?」

 学校から帰るのに「送る」という発想がなかった。

 けど、確かに、家まで送ってあげた方が彼氏っぽい。

「じゃ、じゃあ……」

 信じられない状況、続行。

 定期で途中下車する分には運賃も取られないし、俺もA駅で降りて、白河さんを家まで送ることにした。

 A駅は大きなターミナル駅で、駅前には繁華街が広がっている。それを抜けて十五分ほど歩いたところに、白河さんの家はあった。

 その間に何を話したか、正直なところ、よく覚えていない。「白河さんと付き合う」という現実味のない事実が、いつもの通学順路を外れたことでぜん現実感を伴って襲いかかってきて、ドキドキとテンパりで会話に集中するどころではなかった。

「うち、ここなんだー」

 白河さんがそう言って立ち止まったのは、木造二階建ての一軒家だった。なかなか年季の入った外観で、周辺一帯も同じような雰囲気の家々が建ち並んだ、渋めの住宅街になっている。

 白河さんのあかけた風貌からは予測のつかない家のたたずまいに、なんと言っていいかわからず「いい家だね」と無難にコメントする。

 すると、白河さんは嬉しそうにほほんだ。

「ほんと? ありがと!」

 お世辞を一ミリも疑っていない、素直なお礼の笑顔だ。

「…………」

 その可愛かわいさにまたドキドキするのと同時に、申し訳ない気持ちになって、早々に場を立ち去りたくなる。

「じゃ、じゃあ、俺はこれで……」

 きびすを返しかけた俺に、白河さんは明るく声をかけてきた。

「ねえ、うち寄ってく?」

「……えっ!?」

「親は仕事だし、おばあちゃんは今日フラダンス教室でいないから」

 おばあちゃんと同居してるんだ……フラダンス教室って、おばあちゃん若いな……などという雑念が脳裏をかすめたが、それより重大なことは。

 白河さんの家に寄る。

 誰もいない、白河さんの家に……入る。


 二人きりで。


「……い、いいの?」

 緊張で生唾をみながら訊くと、白河さんはなんの躊躇ためらいもなくうなずく。

「うん。リュートは彼氏だし」

 いや、だからって。つい先ほどまで名前も知らなかったモブクラスメイトだったのに? と心でツッコむけれども、本人がいいと言うんだから、俺が遠慮する理由は……ない、んだよな……。

 俺、死ぬのかな?

 こんな出来事、俺の人生に起こるわけなかったのに。

「えっと、じゃあ……お邪魔します」

 こうして、俺は付き合い始めて三十分後、人生初の「彼女」……のお宅に、恐れ多くも、早速お邪魔することになった。

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