第二章 初心者向けダンジョン――グリーン・ガーデン(3)

 しかし、その後はどうにもさっぱりな結果ばかり。

 モンスターとは遭遇するし、倒すと宝箱をドロップするが、中身は薬草だったり食用の木の実だったり低価値の物ばかり。

 ただ、本来はこれくらいが当たり前なのだ。

 なんと言っても、ここは初心者用ダンジョンのグリーン・ガーデン。そんな簡単に希少度の高いアイテムがドロップするというなら、今頃熟練の冒険者たちで溢れかえっているだろう。

 ちなみに、先ほど入手した竜の瞳と聖樹の根のふたつは売らずに取っておくことにした。

 宝箱からは低確率で、呪術の素なるものが出ることもあるらしく、この先、呪術使いと戦闘に発展する可能性も考慮しての判断だった。

 結局、それ以降は不発が続いたので、今日のところはこれで引きあげようと決め、俺たちは元来た道をたどってダンジョンから出ることにした。

「竜の瞳にこのダンジョンの場所を覚えさせてあるから、すぐに外へ出られるわよ」

「ああ。……しかし、後半はレアモンスターに会えなくて残念だったよ」

「いいじゃない。というか、初ダンジョンで竜の瞳と聖樹の根をダブルゲットしたのよ? それ以上はいくらなんでも高望みよ」

「それもそうだね」

 俺たちは笑い合って、帰路を進む。

 その時、遠くから何やら声がした。

 だんだんとこちらへ近づいてくるぞ。

「「「「「助けてくれぇ」」」」」

 やがて、それは悲鳴であることが分かった。

「フォルト!」

「ああ!」

 誰かが助けを求めていると分かった途端、俺たちは帰路を外れて声のした方向へと走りだした。

 声の主たちはすぐに見つかる。

「あそこよ、フォルト!」

 イルナの指差す先には、逃げ惑う五人の冒険者がいた。どうやら、パーティーを組んでいるらしい。全員の年齢が俺たちよりも少し上くらいのところを見ると、結成間もないパーティーなのだろう。

 しかし……なんだか違和感を覚える。

「あの人たち……何から逃げているんだ?」

 そう。

 明らかに「何か」から逃げている五人だが、その「何か」の姿がどこにもなかった。

「幻覚でも見ているのかしら? そういうトラップもあるらしいけど……」

 首を傾げる俺とイルナ。

 ――だが、ついに彼らを追い回していた「何か」が姿を現す。

「グガァッ!」

 突如、地中から巨大なサメ型のモンスターが飛びあがり、ひと吠えして再び地面の中へ潜っていった。よく見ると、モンスターの背びれだけが地面から出ている。

「な、なんだ、今の!?」

「ツリーシャークよ!」

 イルナがモンスターの名を叫ぶ。

 ツリーシャーク……確かに、あのモンスターの体はまるで大木を削って作ったような感じだ。

「あいつは前に別のダンジョンでパパが討伐したけど……ここにいる他のモンスターとは段違いに強いわ!」

「なっ!?」

 確かに、ロックラビットやウッドマンと比べて明らかに狂暴そうだもんな。というか、初心者向けダンジョンになんでそんな凶悪モンスターがいるんだ?

「――なんて、考えている場合じゃないか!」

 次の瞬間、俺は駆けだしていた。

 同時に、龍声剣へ魔力を込める。

 サメの姿をしていても、所詮は木製――だったら、対処法はウッドマンと変わらない。

「おーい!」

 走りながら、追われている冒険者パーティーへ声をかける。

「黒焦げになりたくなかったら伏せるんだ!」

「えっ!?」

「な、何だ!?」

 突然声をかけられて動揺する冒険者パーティー。

 だが、俺の手にしている剣が炎をまとっているのを見ると、勝機があると感じたのか指示に従って動きを止め、頭を伏せた。

 それを確認すると、俺は襲い来るツリーシャークの前に立ちふさがる。そして、左腕に装着した破邪の盾を発動させた。途端に、腕輪から大きな盾へと形状を変えてツリーシャークの牙を弾き返す。

 大きく体勢を崩したその瞬間を見逃さず、今度は龍声剣を構えた。

「とどめだっ!」

 龍声剣にまとわせた炎は、ツリーシャークへ向かって矢のように鋭く伸びていく。完璧に直撃コース――だと思ったが、敵は慌ててさっき自分で掘った穴へと逃げ込み、この攻撃を回避した。

「あっ!?」

 予想外の動きに、剣を振る手が止まる。

 それを見透かしたかのように、地中から俺の背後へ回ったツリーシャークが地上に飛びだしてきた。その鋭い牙は俺に向けられている。

「くっ!?」

 俺は咄嗟に攻撃をかわして反撃体勢に移るも、すでにツリーシャークの姿はない。再び地中へ潜ったのだ。

 ……逃げたというわけではない。

 地中を移動しながら、俺たちを仕留めようと機を窺っている。

 俺だけならまだしも、ヤツの狙いには最初の標的でもあり、足がすくんで動けなくなっている冒険者たちも含まれている。

 むしろ、動きが鈍くなっているあっちを狙ってくるか?

「フォルト! 加勢するわ!」

 イルナが合流し、これでこちらの戦力は万全。

 そう思った直後、再びツリーシャークが地上へと姿を現す。

 狙いは――やはり動けない冒険者たちの方だ。

「今度こそ丸焼きにしてやる!」

 地面を抉り、大きな口を開けて冒険者たちへ襲い掛かる前に、こちらから炎魔法を仕掛ける。

 だが、今回も直撃寸前で地中へと潜られてしまった。

「くそっ! また外した!」

 あとちょっとで当たるというところで地中へと潜るツリーシャークに、だんだん苛立ちが募ってくる。

「すばしっこい敵ね!」

「これじゃあ埒があかないぞ……」

 もしかしたら、敵の真の狙いはここにあるのかもしれない。

 俺たちが疲弊しきったところで丸呑み……このままだとそうなりかねないぞ。

 何か弱点はないのか?

 ――弱点?

 ふと、俺は以前耳にしたある冒険者の話を思い出した。

 サメの鼻柱には神経が集中していて、襲われた際にはそこを殴れってことだったはず。ただ、それは海にいるサメの話だったが、今戦っている木製のサメも同様の身体構造をしているかどうかは分からない。だが、今の煮詰まった現状を打開するには試す価値ありだな。

「イルナ!」

「な、何?」

「俺が囮になってツリーシャークを地面から引っ張り出すから、その隙をついてヤツの鼻っ面を思いっきりぶん殴ってくれ!」

「は、鼻? なんでまたそんなところを?」

「説明している暇はない! 頼んだぞ!」

 鼻を打て、という至極シンプルな指示だけイルナに与えて、俺はツリーシャーク目がけて走り出す。

 木製の背びれが真っ直ぐこちらに向かってきて、五メートルほどまで接近。

ツリーシャークはその巨体を地中から完全に出し、俺を呑み込もうと飛び込んでくる。

「フォルト!?」

 イルナの悲鳴が聞こえる。

 ――けど、これは想定内だ。

 俺はすんでのところで回避。

 丸呑みする気満々だったツリーシャークは、空振りしたことで体勢を崩し、地中へ逃れる機を失う。

「今だ!」

「えぇ!」

 その隙をついて、イルナが渾身の一撃をツリーシャークの鼻っ面目がけて放った。

「ゲガァッ!」

 空中で悶え苦しむツリーシャークはそのまま落下して地面に激突。しばらくは浜に打ち上げられた魚みたいにビチビチと跳ねていたが、やがて動かなくなり、その姿を宝箱へと変化させた。一丁上がりだ。

「ようやく倒せたな」

「ねぇねぇ! 今のコンビネーション良くなかった?」

「ああ、息もピッタリだったよ」

「まさかここでツリーシャークなんて大物と出くわすなんて思ってもみなかったけど……結構やれるわね、あたしたち!」

 俺たちが今日三度目のハイタッチで勝利の喜びを分かち合っていると、襲われていた冒険者たちが声をかけてきた。

「ありがとう、助かったよ!」

 リーダーと思われる男性が、俺たちのもとへとやってきて深々と頭を下げた。後ろにいる四人の仲間も、次々にお礼の言葉を述べると、次にリーダー格の男性はシュミットと名乗った。そこから交互に自己紹介をしていく流れとなる。

 それにしても、人からここまでストレートに感謝の言葉を贈られたのって、ミルフィ以外だと初めてかもしれない……なんかちょっと泣けてきたよ。

「あなたたちはどこかのパーティーに所属しているの? それとも新しく独立したパーティーなのかしら?」

「俺たちは月影というパーティーの新入りなんだ」

「月影って……最近Aランクになったばかりのパーティーね」

 俺も聞いたことがある。

 結成間もないが、勢いのある新進気鋭の冒険者パーティーで、何より特徴的なのはリーダーが女性というところだ。

「君たちもどこかのパーティーに入っているのか?」

「あたしたちは……霧の旅団よ」

「「「「「き、霧の旅団!?」」」」」

 ドヤ顔で言うイルナに驚く冒険者たち。

 改めて、Sランクパーティーの知名度の高さを知ったな。

「道理で強いわけだ……その若さで、もう百戦錬磨というわけか」

「あ、いや、俺は今日が初めてのダンジョンです」

「「「「「なっ!?」」」」」

 また驚かれた。

 厳密に言うと、ダンジョン自体に足を踏み入れるのは二度目だが、探索目的で入るのはこれが初めてである。

「さすがはSランクパーティー……霧の旅団、恐るべし!」

 シュミットさんが叫び、それに他の仲間たちが頷く。とりあえず、パーティーの格は守れたかな?

「――ん?」

 その時、ふとツリーシャークがドロップした宝箱が目に入る。

 その宝箱はこれまでに見たことがない柄つきのものだった。

「この宝箱の柄って……」

「チェック柄の宝箱ね。なかなかレアな代物よ!」

 興奮気味に宝箱へ近づいたのはイルナだった。

「この柄の宝箱には特有の利点があるのよねぇ」

「チェック柄だとどんな利点があるんだ?」

「開けてみれば分かるわよ。ちなみに解錠レベルは59ね」

 いつの間にかモノクルを装着してレベルを調べていたイルナ。

 まあまあ高いのな。

「す、凄い、解錠レベル59なんて……」

「だが、これを開けられるのは上位クラスの解錠士だな」

「しかもチェック柄ってなると、かなりの高額報酬を要求されるぞ」

 色めき立つ月影の若手冒険者たち。

 ……三種の神器を装備しているせいもあってか、感覚がマヒしているな。普通なら解錠レベル59となればかなりの高レベルだ。さっき向こうのメンバーのひとりが言ったように、上位クラスの解錠士に依頼しなければならないだろう。

 ただ、俺にはこの女神の鍵がある。

 解錠レベル三桁の宝箱も開けられる鍵が。

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