第二章 初心者向けダンジョン――グリーン・ガーデン(2)

 ――それから一時間後。

「どうしてこうなった……」

 俺たちは途方に暮れていた。

 理由は簡単。

「まさか一時間さまよってモンスターが一匹も出ないなんて……」

 イルナの言う通り、俺たちはダンジョンへ来てからまだ一度もモンスターと遭遇していない。

 エンカウント率はどうなっているんだ? いくらなんでも平穏すぎるだろ……。

「ちょっと休むか」

 いつモンスターが出てもいいように気を張っていたせいだろうか、まだ何もしていないのに凄く疲れた。

 その疲れを取るため、俺は手頃な大きさの岩にドカッと腰を下ろす。

「変ねぇ……こんなに探し回らなくても、大抵は向こうから出てくることがほとんどなんだけど……」

 一方、イルナは首を傾げている。

 どうやら、ここまでエンカウントしないのは珍しいらしい。

 ともかく、モンスターのいそうなところを手当たり次第探っていくしかないのかな。

 俺はその提案をイルナに持ちかけようと腰を上げた。

「うん?」

 その際、何やら違和感が。

 俺はそれまで座っていた大きな岩へ視線を移す。

 ガタガタガタッ!

 突然、岩は大きな音を立てて崩れていく。

 ――いや、違う。

 これは……変形しているんだ。

「! ロックラビット!」

 イルナが叫んだ。

 ロックラビット――全身が灰色で、岩にうまく擬態していた。獲物を捕らえるための工夫だろう。

 大きさは約二メートル。

 ガタイはいいが、その分動きは鈍そうだ。

「このモンスターって強いのか?」

「手軽に狩れる弱小モンスターよ。だから、ドロップするにしても、たいしたアイテムじゃないわ。解錠レベルも高くて10くらいかな」

 いわゆる雑魚モンスターの部類か。

 しかし、最初の標的としては手頃でいいんじゃないかな。

「相手の強さがどうであれ、こいつが……記念すべき討伐第一号ってわけだ」

 俺は龍声剣を構えて攻撃を開始しようとするが、それよりも先にイルナが叫んだ。

「まずはあたしが行くわ!」

 イルナがダッシュして、あっという間にロックラビットとの距離を詰めた。その恐ろしいまでのスピードに驚いたロックラビットは、前足を振り上げる。あれで叩き潰すつもりなんだろうけど、遅すぎだ。

 前足を振り下ろす前に、イルナは拳を振り抜く。眉間に直撃を受けて吹っ飛んだロックラビットは、物凄い勢いで草原を転げ回った。

「す、凄いな……」

 想像以上に、イルナは強かった。

 その武器は己の拳。

 力強くぶん殴っただけに見えたが、よく見ると、その拳に魔力をまとったナックルダスターを装着している。そうすることで、威力は数十倍にも膨れ上がり、ロックラビットを吹っ飛ばしたのだ。

 ……拳だけじゃない。

 一撃を叩き込むまでの動作だって凄い。

 ロックラビットを翻弄する華麗なフットワーク……たぶん、幼い頃から相当鍛えられているからこそできる芸当だろう。

「フォルト! 今よ!」

 イルナが俺の名を呼ぶ。

「お、おおっ!」

 トドメを刺せってことらしい。

「あとは任せてくれ!」

 今度は俺の番だ。

 龍声剣へ魔力を込めていく。

 こいつはあらゆる属性の魔法を使用できるのだが、今回俺は雷属性をチョイスした。

「くらえっ!」

 放たれた雷魔法は真っ直ぐにロックラビットへと飛んでいき、

「っっっ!!!」

 雷魔法の直撃を受けたロックラビットは黒焦げとなってピクリとも動かなくなる。

「す、凄い……」

 イルナは呆然としていた。

 俺も呆然としていた。

 実はちょっと魔力をセーブしたはずなんだけど……それであの威力かよ。

 しばらくすると、ロックラビットの全身が光に包まれた。と、

 ポン。

 軽妙な音と共に、ロックラビットはその姿を小さな木製の宝箱に変えた。

「や、やった!」

 パーティーを組んで初めてのモンスター討伐に、俺は思わず声をあげた。自分が体を動かし、実際に剣で攻撃を叩き込んで倒した……なんていうか、凄い達成感だ。

「やったわね!」

「あ、ああ!」

 駆け寄ってきたイルナとハイタッチを交わし、互いに勝利を喜び合った。

「さすがは三種の神器……凄い力だよ」

「何言っているのよ。それを扱ったのはフォルトなんだから、これは立派なフォルトの実力よ。パパも言っていたじゃない。もっと自信持ちなさいよ!」

 バシバシと背中を叩かれながら、イルナにそう励まされる。

 なんていうか……いいな、こういう流れ。

「早速宝箱を開けましょう!」

 感慨にふけっていた俺は、その無邪気な声でハッと我に返る。

「さて、解錠レベルはいくつかしら」

 そう言って、イルナはアイテム袋から何かを取り出す。それを、左目に装着して準備は完了。

 ――って、片眼鏡モノクル

「……似合うな」

「え? あ、ありがとう……」

 思わず漏れた俺の本音を耳にしたイルナは顔を赤くしていた。

 ……予想外の反応だ。

「そ、それで、そのアイテムってどう使うんだ?」

 誤魔化すように、さもさっきまでの流れがなかったかのように振る舞う俺に、イルナもしっかりと合わせて、

「あっ、えっ、えっと、これは宝箱のレベルをチェックできるアイテムなの! 冒険者の必須アイテムなんだから覚えておいて!」

「な、なるほどね! それで宝箱の査定をしているわけか!」

「そうなの!」

 俺たちは恥ずかしさを打ち消すように声を張って喋った。俺もそうだが、イルナもそういう空気に慣れていないようだ。

 特にイルナの方はそんな空気が気恥ずかしいのか、さっさとレベル計測を開始。

「それで、宝箱のレベルはいくつだった?」

「解錠レベルは8ね」

 そう言うと、イルナは左手の掌に宝箱を乗せ、それを俺に差し出す。

「出番よ――解錠士」

「! お、おう!」

 ここからは解錠士の仕事だ。

 俺は腰につけたキーベルトから地底湖で入手した鍵を取り出すと、そこへ魔力を込めていく。

 鍵は徐々に淡い光を生み出し、宝箱を包み込んでいき、そして――「カチャッ」という音を立てて小さな宝箱は開いた。

 気になるその中身は……指輪?

 あまり高価じゃなさそうだが、念のためカタログで確認してみると、


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アイテム名 【竜の瞳】

希少度   【★★★★☆☆☆☆☆☆】

解錠レベル 【60】

平均相場価格【10万~12万ドール】

詳細    【目的地を登録すると、その場所へ一瞬にして移動することができる】


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「嘘っ!?」

「えっ!? 何!? どうしたの!?」

「竜の瞳って、これパパが欲しがっていたヤツよ!」

 リカルドさんが欲しがっていたアイテム?

 希少度はそれほど高くはないが、有用性があるってわけか。

 ただ、低いとはいえ★4のアイテム……それが、解錠レベル8の宝箱から出てくるなんて。

「解錠レベルが低い宝箱からこんな凄いアイテムが出るなんて……」

「あら、知らなかったの? 解錠レベルが低いからって、必ずしもダメなアイテムってわけじゃないのよ?」

「そ、そうなのか?」

 レックスのパーティーにいた時は、そんなこと教えてもらえなかったな。

 ……ただ単にレックスも知らなかったんだろうな。

「まあ、かなり低確率ではあるけど、今日は当たり日らしいし、その影響かもね。とにかく、初めての討伐は大成功に違いないわ!」

 俺とイルナは再び「イエーイ」とハイタッチを交わす。

 いろいろとあったけど、こうして俺たちたったふたりの新生パーティーは、初勝利と初報酬をダブルゲットしたのであった。

「さあ、この調子で次に行くわよ!」

「そうだな! ――って、あれ?」

「? どうかしたの?」

「いや……あんなところに木なんてあったかなって」

 意気揚々と次なる宝箱を探しだそうとした俺たちの前に現れたのは、不自然に生えた一本の木だった。さらに不自然な現象が発生する。

「あの木……なんかこっちへ近づいてきてないか?」

「言われてみれば」

 イルナも気づいたようで、すぐに戦闘態勢に移る。

 続いて俺も龍声剣を構える。

 その木はやはりモンスターだった。幹の部分に目と口がくっついている木人――ウッドマンだ。

 ウッドマンは大口を開けて突進してくるが、俺たちはまったく動じない。だって、相手は木がそのままモンスター化したヤツだ。さっきのロックラビットに比べたら、あまり脅威に感じなかった。大きさも大人くらいだし。

「イルナ、あいつはレアモンスターなのか?」

「全然。ただの雑魚モンスターよ。ハッキリ言って、ロックラビットより遙かに格下よ」

 即答された。

 ともかく、向かってくるなら相手になる。

 ここはひとつ、新魔法の試し撃ちといこうか。

「今度は炎属性だ」

 まあ、絶対弱点はこれだろう。案の定、俺の魔法を食らい、火だるまとなったウッドマン。しばらくのたうち回った挙げ句に事切れて、その姿を宝箱へと変えた。

 出現したのは青色の小さな木製の宝箱。

「今度は色付きの宝箱ね」

「確か、色で期待度が違うんだよね?」

「その通りよ」

 宝箱の中身については、解錠レベルの他に色や大きさ、さらに宝箱の材質で期待度を予測できる。順番としては、

【虹】>【金】>【銀】>【銅】>【赤】>【黒】>【緑】>【黄】>【青】>【白】

 といった感じ。

 今回は青色で大きさもやや小ぶり。なので、それほど過度な期待はできないな。

 あとは解錠レベルだが……ちょっと期待できないな。

「それじゃあ、解錠レベルを確認するわ」

 説明を終えたイルナが片眼鏡を使って解錠レベルを確認する。……やっぱり良く似合っているな。

「解錠レベルは3よ」

 案の定低かった。まあ、ロックラビットよりも遙か格下って話だし、無理もないな。早速鍵を使って中身を確認すると、

「うわっ……やっぱりハズレだったよ」

 俺は落胆の声を漏らす。

 入っていたのは干からびている木の根っこ……誰がどう見てもハズレだ。

 と、その時、

「いえ……ちょっと待って!」

 イルナが何かに気づき、カタログを用意しだした。そして、ドロップした宝箱に入っていたアイテムの詳細を調べると、

「あ、や、やっぱり! ほら!」

「へっ? ――っ!?」

 そこに載せられていた説明文を読んで、俺は驚きに声を失った。


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アイテム名 【聖樹の根】

希少度   【★★★★★★☆☆☆☆】

解錠レベル 【472】

平均相場価格【300万~400万ドール】

詳細    【口にするとあらゆる呪いを無効化できる】


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 その相場価格と詳細を見たら震えてきた。

 それから、ドロップした宝箱に目を移し、

「解錠レベル3だったのに……というか、また低い解錠レベルの宝箱から、高解錠レベルのとんでもないお宝が……」

「やっぱり、あなたはパパの言う通り、お宝に愛された存在なのかもね。もしくは解錠スキルの他にそうしたスキルを持っているのかも」

「そ、そうなのかな……?」

 これまで、どちらかというと不運よりの人生だったからなぁ。その反動って可能性もありそうだ。

 とにもかくにも、幸先のいいスタートを切った俺たちは、さらにその芝生地帯でモンスター狩りを行った。

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