第一章 初恋を忘れたい先輩と小悪魔なタヌキちゃん その3

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 好きな女の子が家に来ることを想像するだけで足取りがふわふわと軽い。

 今なら大空まで羽ばたけそうな気がする……などと、能天気に浮かれていた自分がアホだった。

 普遍的な一軒家の自宅に戻り、いつものように玄関で靴を脱いだ瞬間——

「ちょっと~、冷蔵庫に冷たいジュースが入ってないんですけど~?」

 …………

 ……どうしてっ? 困惑を禁じ得ない。

 ここでは聞こえないはずの声が、リビングから聞こえてきたのはなぜでしょう。

「あっ、しょうねーん。おっかえり~♪」

 リビングのソファに寝転がりながら、両足をパタパタと跳ねさせる少女。

 いや、少女と括るのは美化しすぎか。

 なんか懐かれてしまった小生意気な中学生。

 にこやかな表情で告げられた台詞を理解できず、というか意図がまったく読めず、僕は開いた口が塞がらなかった。

「ウチの家、ついにタヌキが忍びこむようになったのか」

「誰がタヌキですか! どう見てもかわい~美少女中学生じゃないですか!」

「それなら不法侵入で通報しよう」

「不法侵入じゃないですよ~。わたしたち、もう友達じゃないですかぁ~」

「誰が友達じゃ。まだ会って二日目だろうが」

「男女が単車でニケツしたらもうダチですよぉ! てか、家に帰ったら可愛い女子中学生がいるなんて普通は喜ぶところでしょ~っ! まったく最近の草食系とやらはぁ~!」

 もしかしたらアレか?

 親切にされた相手を親だと思い込んで懐いてくる系のタヌキちゃんなのかな?

「……てか、僕のお菓子を勝手に食うなよ! 受験勉強の休憩で楽しみにしてたのに!」

「あはは~っ、懐かしい~。わさビーフってまだあったんですね~」

 食害で駆除してえ。

 侵入したタヌキJCが悪びれもせず、僕のスナック菓子を頬張ってやがる。

「というより、どうして僕んちの場所を知ってるんだよ……。しかも玄関の鍵は?」

「近所に住んでるので少年を何度も見かけたことがありますし~。玄関のドアはガチャガチャしたらフツーに開きましたけどぉ?」

 さては出勤するときの母さんが鍵を締め忘れたな。困った母親だ。

「害獣駆除の業者なんて近くにあったかな……」

「えっ、どこに害獣がいるんですか? 冴えない浪人候補生と超絶美少女JCしか見当たらないんですけどぉ? ん~?」

 殴らないけど殴りてえ~~~~~。

 ぎゃーぎゃーと御託を並べながら菓子を食いまくる自由奔放さがウザいので、とりあえずスナック菓子を奪い取っておく。

「あっ! わたしのわさビーフっ! どろぼう!」

「泥棒はお前だろうが!」

 幼稚な中学生は奪い返そうとソファから起き上がってきたため、僕は背伸びをしながらスナック菓子を高く掲げた。

 往生際の悪い中学生が懸命に手を伸ばし、ぴょんぴょんと飛び跳ねてくる。

「か弱い女子をい~じ~め~る~な~っ! んっ、ぬっ!」

「よーしよしよし、タヌキちゃん。頑張ってお菓子を取ってみるんだ」

「こらぁ! 犬みたいに頭をな~で~る~な~っ!」

 茶化すように頭を撫でてやれば、中学生は負けじと背伸びしながら密着してくる。

「おすわり」

 お座りを命じたら律儀にソファへちょこんと正座してくれた。

「よーしよしよし、えらいえらい」

「わーい! 少年はやっぱり優しいなぁ~♪」

 ご褒美に頭を撫でつつスナック菓子をプレゼントしてやると、満面の笑みで食べ始めた中学生……うん、飼い犬ができたみたいで癒されるな。いや、飼いタヌキか。

 所詮は義務教育中のお子さま。生意気だけど手懐けるのもちょろいぜ。

「そういえば、木更津セントラル跡地の前で後輩ちゃんと青春してましたよねぇ?」

 冬莉との立ち話をこっそり覗き見されていたらしい。

「あそこにあった娯楽施設って木更津セントラルって名前だったのか。ずっとボウリング場とか廃墟って呼んでたから正式名称は初めて知ったよ」

「えっ? 木更津市民なら常識じゃないですかぁ~? もうとっくに閉館しちゃいましたけど、木更津セントラルシネマっていう映画館もフロア内にあったんですよぉ。そこで映画を見るのがわたしの青春だったなぁ~」

 中学生のくせに一丁前な青春を語るねえ。

「子供のころは父親の方針で遊ばせてもらえなかったから、遊び場には詳しくないんだ」

「あーあ、少年ともう少し早く出会っていれば連れて行ってあげたのになぁ。女子中学生と一緒に映画を見るという青春の思い出をプレゼントしてあげられたのにぃ~」

「女子中学生とデートとか補導されそうなんで遠慮しとくっす」

「うっわ、めっちゃ照れてる! そういう初心なところ、嫌いじゃないぞ♪」

「油揚げをやるから大人しく帰ってくれ」

「わたし、キツネじゃねーです」

「ごめんよ、タヌキちゃん。揚げ玉をあげるから大人しくお帰り」

「やーだ! もっとお菓子をくれないと帰らないたぬー♪ 屋根裏に住み着くたぬー♪」

 たぬー、じゃねえ!

 あざとい語尾つけても可愛くないからな。

 ……どうでもいいが、じゃれてくるタヌキちゃんと仲良く遊んでいるヒマはないのだ。

「このあと大切な来客があるんだよ」

「へえ、そうですか~」

「本当に来るからな」

「わたしのことはお構いなく~。ペットのタヌキみたいに振舞うんで~」

 構うわい。こいつ、意地でも居座るつもりだな。

「家に女子中学生を連れ込んだ、なんて誤解をされたら僕がどうなるかわかるか?」

「どうなるんです~?」

「待ち受ける修羅場、ドン引きされて嫌われる、場合によっては警察に捕まる、受験どころじゃなくなる、中学生に手を出したというレッテルがはられる、社会的な死」

「はっはっは、おもしろいおもしろい」

 腹を抱えて笑ってんじゃねえ! こちとらマジでビビってるんじゃ!

「はいはい、わかりましたぁ。邪魔者はさっさと帰りますよぉ~だ」

 不貞腐れた中学生だが、仰向けのまま立ち上がる様子が一切ないのはなぜだ。

「アレでわたしに勝てたら、ですけどね?」

 テレビの下に散乱していたゲームソフトを指さすタヌキJCの明らかな挑発。

 上等だ、仮にも先輩として戦いのリングに上がってやるよ。無駄にお姉さんぶる生意気なマセガキめ。さっさと完全勝利してここから叩き出してやるぜ。

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