第三章 決闘の行方 その3
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詳しい検分が行われたのは、結局翌朝になってからだった。
父と母、フィオレットとマルドゥーク、その他使用人が大勢、そして当然ながら俺も、裏庭に集まり大穴の開いた屋敷を見上げていた。
青ざめた表情のフィオレットが、深々と頭を下げる。
「ドーソン様、この度は何とお詫びをしてよいやら分かりません。当家の騎士があろうことか、ナラザリオ家のお屋敷をこのような有様に……。後日、父を連れて改めて謝罪に参りたいと思います」
その後ろでマルドゥークもまた、沈痛な面持ちでそれに倣っていた。
「言い訳の次第もございません。このマルドゥーク、いかなる処罰を受ける覚悟もできております。ただ一抹の温情を頂けるのであれば、フィオレット様をお責めにならぬ様に」
それを受けてドーソンが腕を組みながら唸る。
一方被害者とも当事者とも第三者ともいえる、よく分からない立場の俺は、父母の斜め後ろに立ちながら、見る影もない自分の部屋だった場所を見上げている。
大きくがっぽり口をあけた穴の下には、大量の水が流れ落ちた跡だけが残っている。やはり、この大穴の原因はヨハンの放った最後の水魔法だったとみて間違いないだろう。マルドゥークめがけて放ったはずのそれが、どうして俺の部屋に飛び火したのかは分からずじまいだが。
しかし不幸中の幸いと言うべきか、穴が開いたのは俺の部屋だけ。床が崩落することも、他の使用人の部屋に被害が及ぶこともなかった。強いて言えば、二週間分の研究資料が壁の下敷きになり、水浸しになってしまったことくらいだ。せめてHDDにバックアップでもとれていたらよかったのに――、などと場違いな感想を抱く俺。
頭を下げる二人を見て、しばし黙っていたドーソンが口を開いた。
「頭をお上げください、フィオレット様、マルドゥーク殿。確かに夜中に屋敷が揺れたのには驚きましたが、持ち主の息子は運よく部屋を空けていた様子、使用人に怪我もありません。壁など直せば元通りになるのですから、こちらとしても大事にするつもりはありませんよ」
ドーソンがそう言いながらちらりと俺を振り返る。それはあわやのところで命の危機を免れた息子に対して向けるには、なんとも感情の希薄な目であったが、一応会釈だけ返しておいた。
しかしフィオレットの側は「そうですか、ありがとうございます」とはいかない。彼女は頬に震える手を当てながら、屋敷の別の棟へも目を向けた。
「いけません、ドーソン様。運がよかったとはいえ事実は事実。もしロニー様が事故に巻き込まれていたらと思うと、あまりに恐ろしいことをしてしまいました。それに、ヨハン様も……」
「――問題はそこですな」
ヨハンの名前が出た途端、ドーソンがあからさまに表情を険しくした。
「あんな夜更けに裏庭で、ヨハンとマルドゥーク殿が何をしていたのか、詳しくヨハンに確認する必要があります。マルドゥーク殿はどうやら、教えて下さるつもりがなさそうなので」
そこで初めて、ドーソンの口調に怒気の様なものが感じ取れた。横の母も同様、マルドゥークを唇を噛みながら睨みつけている。対するマルドゥークは無言のまま、頭を下げるだけだ。
「ヨ、ヨハン様のご様子はいかがなのでしょう」
フィオレットが尋ねた。
「まだ目を覚ましません。念のため医者を呼んでおりますが、診断はこれからです」
「そう、ですか……」
「なんにせよ、詳しい話はヨハンが目を覚ましてからという事に致しましょう。フィオレット様には予定した帰りのお時間を、一旦見送っていただくよう」
「ええ、ええ、それは勿論でございます。ただ父に使いを出させていただけませんか」
「よろしいですとも」
ドーソンはそう言い、使用人たちにも屋敷へ戻るように指示した。
昨晩、秘密のまま決着がつくはずだった二人の決闘が、予想だにしない結末を迎えることになってしまったものだと、俺は頭を掻いた。
結局、その詳しい成り行きを知る者はマルドゥークしかいない。ヨハンは最後の一撃に魔力を注ぎ込んで倒れ未だ目を覚まさないし、俺と言えば遠巻きに見ていたくせに、肝心の最後の一瞬に何が起こったのかを見逃してしまった。
それでも事の経緯については二人の次に詳しいと言えるのだろうが、仮にこの場で決闘を覗いていたと証言しても、事態をややこしくしてしまうだけだろう。
なので、成り行きはヨハンに任せるしかない、という父の結論には俺も納得していた。
ただ、さすがに言っておかなければいけない問題が一つ残っている。俺は母を連れて屋敷に戻りかけるドーソンの背中に声をかけた。
「お父様」
「――――? なんだ」
「それで……、私は当面、どの部屋で寝起きすればよろしいでしょうか?」
「寝起きとは……………………。ああ、そうか。そうだったな」
そこまで聞いて、ドーソンは俺の言葉の意味を理解したようだった。まさか壁のない水浸しになった部屋で今まで通り過ごせとでもいうつもりだったのか。
――まあ、ヨハンの事が心配で、俺のことなど頭の隅にもなかったのだろうが。
「三階に空いている部屋があったはずだ。そこを使え。部屋に元あるものは好きに使ってかまわん」
「…………三階の……」
「カーラ!」
「ひゃ、はわわい!?」
「ロニーの部屋の移動を、手伝ってやれ」
「か、かしこまりました!」
家財道具の移動ならもっと力仕事に向いた使用人がいるだろうにと思うものの、ドーソンはもはや興味もない様子で屋敷へと帰って行く。
頭を打っても、部屋に穴が開いてあわや死ぬところとなっても、父の関心は引けそうになかった。
「すまんなカーラ。どうやらお前は俺の専属使用人として認識されているらしい」
「い、いえいえ! カーラでよければ何なりと、お手伝いさせていただきますが、あの、お部屋はどこに移られるのです?」
「…………三階の空き部屋を使えとさ」
「ええ!?」
俺がそう言うとカーラは口をあんぐりと開けた。
「もしかしてあの、埃まみれの倉庫の事です!?」
俺はため息をつきながら頷く。
「どうやらそうらしい」
〇
「――げほ、ごっほ……! っくしょん!」
扉を開いた瞬間、濃い埃が俺の鼻を突いた。思わず顔を背け、くしゃみをする。
「ロニー様! だ、大丈夫ですか?」
俺の後ろに控えていたカーラが、くしゃみの止まらない俺の背中を心配そうにさする。
「えっほ……、想像以上に酷い有様だな……」
「や、やっぱり何かの間違いなのでは……。これではカーラの部屋の方がまだマシです」
「間違いも何も、お父様にとっては俺がどこで寝るかなんてどうでもいいんだろ」
「そ、そんな……。でででではせめて、他にもっといい部屋を探す許可をいただくというのは」
「まぁ、確かに探せばマシな部屋はあるかもしれないが……」
俺はカーラが心配げに見上げるのを横目に、部屋に足を踏み入れる。
床には重厚な埃が敷き詰められ、歩くだけで煙が巻き上がる。しかも正体の分からない壺や家具などが乱雑に積み上げられていた。
「趣味の悪い陶芸品だな……、この置き物は……蛙か何か……いや、猫かこれ。カーラ、とりあえず箒と雑巾が欲しい。バケツもいるな。……ん、なんだこれ、窓も錆びついてるじゃないか……ぐぐ」
「はい、只今持ってきま――――じゃなくて、ロニー様! ですから、わざわざ掃除などしなくても綺麗な部屋はきっとありますって!」
カーラが既に部屋の中のものを漁り始めている俺にやめるよう訴える。
だが、俺は部屋を変えるつもりなど端からなかった。
「いいや、俺はこの部屋にする」
「どぇえ、な、何でです!?」
「聞いてなかったのか? お父様は部屋の物は好きにしろと言ったんだ。
ならばお言葉に甘えて、この埃だらけの骨董品を、俺が有効利用してやろうじゃないか」
「はぁ…………??」
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試し読みは以上です。
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