プロローグ
ロニー・F・ナラザリオ。
僕は生まれた時から欠陥品だった。
ナラザリオ伯爵家の長男として生まれたにもかかわらず、足は遅い、体力はない、剣も振れない、そのくせ勉強ができるわけでもないという体たらくで、何かを習わせるたびに突きつけられる「才能なし」の評価に、両親は失望を繰り返していた。
極め付けに両親を落胆させたのは、魔法の才能が絶望的にないという事実だった。
魔力の扱いが下手とか、生まれつき魔力が少ないとか、そういう次元ではない。
センスがゼロ、からっきしなのである。
魔力のセンスは生まれた瞬間に分かる。生まれた瞬間の赤ん坊は仄かに光を帯びているからだ。その光の強弱でその子が内にどれだけの魔力を秘めているかが分かり、どれだけ遅くても二歳ほどになれば魔法の一端を垣間見せる。
その例外が僕なのだ。
生まれた時には爪の先さえ光を纏うことなく、五歳になっても十歳になっても、どれだけ練習を繰り返しても、魔法のまの字さえ発現しなかった。
王都の高名な魔術師をして、どうしようもないと言わしめたのが僕なのだ。
両親は何かの病気なのではと疑ったが、体内に魔力は確かに流れているはずだし、他にも異常は見られない、これはそういう体質なのだ、というのが医者の答えだった。
いっそ病気とでも言われれば、諦めようもあったのに。
そして十六歳の誕生日の今日、両親は僕におめでとうの一言さえない。
十二歳の弟の習い事にご執心である。
幸い、弟は僕の才能の無さを補って余りあるほど優秀に育ってくれていた。運動神経も頭の良さも魔法の才能も、全てが天才的。まさに神童という言葉が相応しい。
中庭からは今日も、弟が家庭教師と剣を交える音と、両親の喝采の声が聞こえる。
おめでとう。
よかった。
そのくらいでなければ、僕は期待感に押しつぶされて、どうにかなってしまっていただろう。
僕に向いていた期待が全て弟にのしかかってしまったのは申し訳ないが、彼ほどの才覚があればプレッシャーもはね除けてくれる事だろう。
ただ一つ惜しむらくは、どうして彼が先に生まれてくれなかったのかという事だ。
どうして出来の悪い僕が長男で、優秀な彼が次男なのか。
順番さえ逆なら、僕の居心地の悪さも、家族からの態度も少しは違ったかもしれない。
「――――」
ふと、男の使用人とすれ違う。
会釈すらなく、彼は通り過ぎていく。
弟がその才能の片鱗を見せるまでは一応挨拶くらいはあったはずだが、それは随分前の話だ。
ほとんど全ての使用人に、僕はもう見えていないらしい。
「…………はあ」
ため息を一つ漏らす。
特にこれからの用事もないし、せめて中庭からの声が届かない自室に戻ろうかと、鬱屈としたまま階段を降りる。
天窓からは午前の日差しが注ぎ込み、今日もまだ始まったばかりであることを知らせていた。また長い一日が始まることに、ややもうんざりしてしまう。
何を間違えたのだろうと、思うことがある。
どうすれば、こんなことにならなかったのだろうと。
でも、答えはいつも無情な一言で片付いてしまうのだ。
生まれた瞬間から、僕は間違っていた。
家柄がよかっただけで、それ以外の運が一切なかった人間。
それが僕なのである。
もういっそ、どこか遠く何のしがらみもない場所に逃げてしまいたい。
きっと両親も弟も、僕を探したりしないだろう。どころかやっといなくなったと胸を撫でおろすに違いない。
そうだ。
もういっそ――――、
瞬間、僕の視界が大きく傾いた。
足を下ろすはずの次の段差にいつまで経っても辿りつかず、頭上に見えていたはずの天窓があらぬ場所にある。
自分が足を踏み外して落ちているのだと気づいたのは、その数瞬後だった。
だけれど僕にはそこから体勢を立て直すだけの反射神経さえない。時間だけがやけにゆっくりと感じられ、自分の身に【死】が近づいてくるのを理解した。
――――ああ、でももう、これでいいか。
諦めがよぎり、次の瞬間、頭が硬いものとぶつかる派手な音がして、視界が真っ暗になった。
目が覚めた。
“俺”は死んではおらず、同時に、
かつて【科学者】として生きていた事を思い出したのだった。