第二章 メインとモブと その4

 剣呑な声が、辺り一面に響いた。これまでの盛況が嘘だったかのように辺りは一瞬でしんと静まり返り、周囲の目が声の主へと一斉に向けられる。

「生徒会長だ……」

 誰かが息を呑む声でそう言った。

 紅葉のように華やかで赤い髪を肩下あたりまで伸ばした、端麗で華奢な出で立ちの美少女がまなじりを吊り上げ、いかにもご立腹といった様子でこっちに向かってくる。

 彼女の名はきりしまおん。学院のクールアイドルこと敏腕美人生徒会長として、この双葉学院きっての有名人。うちの地味キャラ達とは違い、あの高貴で鮮やかな赤髪も相まってまぁどっかのラノベで表紙でも飾っていそうなくらい栄えある主役オーラを纏っている。おまけに他の生徒会役員ってのは、彼女が推薦で学年性別を問わずに能力重視で集めた生え抜きの精鋭部隊。それで結果として集まったのは美男美女揃いってのがまた……人生の格差社会って感じだ。

 桐島会長は姉貴と相対するように立ち止まると、その怒りをぶちまけた。

「変に事態を広げて生徒達に混乱や不安を与えないよう、廃校の公表については慎重に取り扱っていくと、ついこの前先生と生徒会で互いに話し合って決めたばかりでしたよね!? なのに──これは一体どういうことなのですか?」

 目を吊り上げて、語気が感情を表すかのように荒ぶる。

「生徒会は生徒会で、どうにか頑張れないか水面下であれこれ考えていたのに、先生の軽率な行動のせいで全てが台無しじゃないですか。もう〜!」

 冷静沈着で何事にも動じないと定評のある生徒会長が、ここまで素の感情をさらけ出した姿を見るのは、初めてだった。どうやらそれは、ここにいる殆どの生徒が同じようで、みんな信じられない光景を見ているとばかりに呆気にとられ、二人の様子を固唾を呑んで見守っていた。

 そして、桐島会長からありったけの不満をぶちまけられた我が姉貴といえば、

「ふっ。それはだな──」

 不敵な笑みを浮かべたかと思うと、

「この香坂海翔君の熱い双葉学院愛にすっかり心打たれてしまってなぁ。まるで高校時代の自分を見ているようで、ついつい手を貸してしまいたくなったというわけだ」

「へ?」

 すうっと俺の背後に回って肩に手を置き、とんでもないことを言いだしやがった。

「ほう、貴方が発起人なのね?」

 ギロリと冷淡な怒りの籠もった眼光が俺に向けられる。

「ああ、そうだ。今回のビラ配りは香坂の案によるものだ」

 おいこのクソ姉貴ぃいいいいいいいい。

「そうですか。田辺先生は私達生徒会ではなく、彼の手を取ったと。なるほど、彼のことをよっぽど信頼しているみたいですね」

「ああ。そんじょそこらの他人より、よっぽど信頼出来る男だよ」

 そりゃあ肉親ですからね。そんじょそこらの他人に信頼が劣っていたらしょげるよ。

「……香坂君といったかしら。なるほど、貴方がこのグループのリーダーというわけね」

 は、リーダー? 何言ってんのこの人。

「いや、その──」

「んー、アタシらの代表って意味なら、香坂になるんじゃない。頼りないリーダーだけど、この功績は間違いなく香坂が出した案のおかげなんだしさ」

「そうですね。頼りないですが、この中でリーダーを選ぶなら香坂さんが適任でしょうね」

 くっそ。味方に後ろから刺されるとは思わなかった。おまけに敬意どころか、軽く馬鹿にされてるし。お前ら責任押しつけたいだけだろ。ああ、もう帰りてぇ。

「私がいくら頼んでも力を貸してくれなかった田辺先生を抱き込んだ手腕に、仲間からの厚い信頼。なるほど。一見頼りなさそうに見えて、なかなかのやり手みたいね」

 おいおい、何で天才美人生徒会長様が俺なんかにそんな感心みたいな目を向けてんだよ。もしかしてこの人、わりと天然? にしても、生徒会長の協力要請を断ってるってのはどいうことだよ? 初耳なんだが。理事長の孫である華風院はともかく、俺や木下みたいなパンピーより遥かに戦力になるだろ。姉貴の考えがさっぱりわからん。

「ただし、香坂君。一つ忠告させていただきます」

「はぁ」

「廃校という組織が下した受け入れ難い決定を、数の力をもって世論を味方に覆そうというその策は理解出来なくもないわ。ただ、一時の感情に身を任せて、出来もしないことを無理矢理押し通そうとするのは得策ではないと思います。仮に双葉の生徒全員が反対の声を上げたとしても、実際に問題となっている資金不足はどうこうなるものではないのよ」

「それはまぁ……そうですけど」

 わからん。何で俺は今こんな公衆の面前で、まるで首謀者みたいに叱られているんだ?

「率直に言うと、もっと論理的な行動をしなさいってこと。こんなの、ただ騒ぎを大きくしただけで、根本的要因について何の解決にもなってないじゃない。それに──」

 まるで豪雪みたくどしどしと降り続ける説教の山。その理不尽さも相まってか、不意にぷちんと、俺の中で何かが弾けた音がした。

「その口ぶり、俺達が田辺先生から教えてもらった廃校理由を、生徒会の方々はもっと前から知らされていたということですよね?」

 気がつけば、そんなことを問いただしていた俺がいて、

「ええ。そうだけれど?」

 それが何かとばかりに小首を傾げる涼しい顔の桐島会長。

「おかしくないですか。生徒第一であるべき生徒会が、俺ら生徒に伝えるべき情報を、内部判断で秘匿するなんてのは。混乱が起きて困るのは、学校側の方ですよね。生徒会は一体どっちの味方なんですか?」

 半ば挑発染みた言葉に、桐島会長が眉をぴくりと反応させる。

「もちろん、生徒会は生徒の味方よ。ただ、今回はことがことなだけに、慎重に行動する必要があったと先程申し上げたはずです」

 敵意むき出しの鋭い視線。今はどうであれ、未来夢によれば最終的に結果を出すのは俺達らしいのだ。それってさ、生徒会の取ったスタンスが間違ってたってことだろ。なら、ここは臆せず、多少強気にいっても構わないよな。

「慎重慎重って言いますけど、在校生の意見を聞かずに何を慎重に行く必要があったかわからないんですが。本当は単に恐れているだけじゃないんですか。自分達の身に余る期待と責任がかかることを」

「──なっ。……面白いことを言うわね貴方。どうやら田辺先生あっての盛況を自分の手柄だと勘違いしてるみたいね。第一、生徒会メンバー選抜時に候補にも上がらなかった貴方に、私達以上の成果を叩き出せるとは思いません」

 それが出せちゃうらしいんですよね。本人も未だに半信半疑なんですけど。

「何すかそれ。この学校の主役は自分達だから、脇役は大人しくしてろってことですか?」

「好きに解釈してもらって結構です」

 否定しないのかよ。結構な自信家だな、おい。

 しばしの間、俺達の間でにらみ合うような時間が流れる。正直、生きた心地がしなかった。が、十数秒ほど経過したところで、桐島会長がこれ以上は時間の無駄と言わんばかりに肩をすくめた。

「はぁ……。時間が押しているからもうこれで私は失礼させてもらうわ。最後にもう一つだけ忠告しておきます、香坂君。身の程を弁えた行動を心がけなければ、自分だけでなく周囲の身まで滅ぼしかねないわよ」

 そう強く念を押すと桐島会長は颯爽と踵を返して去って行った。た、助かったぁ。

 ややあって、俺達は呼び込みを再開する。

 桐島会長の迫力にのまれるように辺りは一旦はしんと静まり返っていたのだけど、桐島会長のまるで選民論のような物言いに反発を感じた生徒達が意外と多くいたこともあって、程なくして盛況が戻ってきた。

 一難あってひやっとしたが、どうやら今日のところは成功で終われそうだ。

「みんなこんなにも双葉学院のことを思ってくれていたなんて、私は嬉しいよ」

 一段落してほっとしていると、ふと姉貴が隣にやって来てしみじみと呟いた。

「半分は姉貴の人気によるものだろうけどな」

「だとしても嬉しいよ。これだけ賛同する声があれば、本当に廃校を撤回出来る気がしてくるからな。ほんと、嬉しすぎて吐きそうなくらいだ。ありがとな海翔。私の我が儘に付き合ってくれて。これからも頼む」

「おいおい、なんだよ珍しく改まって。心配しなくても、乗りかかった船だし、最後まで付き合ってやるよ。つーか我が儘の自覚あったなら──」

「……やばい。なんか本当にお腹が痛くなってきた。……は、吐きそうかも──うっ!」

「は?」

 思考が追いつかずぽかんと間抜け面を晒した俺を余所に、下腹部を押さえた姉貴が、苦悶の表情を浮かべてその場で倒れるように蹲った。

「お、おい──姉貴! どうしたんだよ!?」

 ビラを投げ捨て、頭が真っ白になりながら姉貴を介抱する。脂汗を浮かべる姉貴の顔は青白く、相当しんどそうにしていて、どうにも自分ではこの場を動けそうにない。俺は目の前でおろおろとしていた木下を見つけると、一心不乱に叫んだ。

「木下、救急車を呼んでくれ。はやく!」

「う、うん」

 そうしてビラ配りを中止して、姉貴の介抱に専念した俺達は、程なくしてやって来た救急車に乗り込み、市民病院に行くことになったのだった。

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