第二章 メインとモブと その1
「諸君喜べ、新しい同志を連れてきたぞ!」
「どうもー。二年B組、
放課後の進路相談室。
姉貴に連れられてやって来たポニテ少女、木下が気さくな笑みを浮かべて自己紹介した。
そばかすのかかった頬に、タレ気味な目。木下は華風院と違って、去年同じクラスだった分多少の面識があった。といっても別段絡みがあったわけではない。いつも教室で友達と流行のドラマやスイーツの話題に、憧れの先輩の恋バナがどうこうとわーきゃー盛り上がっていた騒がしい奴って記憶だけは残ってる。そんなガヤに徹した行動に、平凡な容姿も相まってザ・モブキャラって印象だ。
そんな「みんなの好きがわたしの好き」を地で行くミーハー女子の木下が、こんな地雷臭のする少数派団体に興味を示すなんてかなり意外だな。それも単独で。もしかして実はとある経緯から人一倍双葉愛が強い──とか隠れたエピソードがあったりするのか?
「へぇー香坂がいるなんていがーい。あんたこういうことに興味なさそうな顔してんのに」
それはまんま、俺の台詞だよ。
「なになに〜? ナベちゃん先生の誘惑についコロッと騙されたとか? いくらあんたに優しくしてくれる女子が先生くらいだからって、変な期待はしない方がいいと思うよー」
ナベちゃん先生ってのは、一部の女子で流行っている姉貴のあだ名だ。
「俺は木下の中でどんなキャラになってんだよ。俺の名誉のために言っとくが、そいつは俺の実の姉で、ここには泣く泣く連れてこられたんだよ」
「ふ〜ん。そうなんだ」
うわぁ心底興味なさそう。ま、俺としては別に隠してないにしろ、あまり公にしたくないのも確かだからそのスタンスはありがたいんだけどな。
「と、華風院さんは初めましてだねー。よろしく」
「これはどうも、よろしくです」
「華風院さんは何でここにいるわけ? あ、もしかしてアタシと同じ感じ?」
「? 木下さんがどんな感じなのかよくわかりませんが……わたしがいるのは、暇だったから、ですかね」
「へーそうなんだ」
木下のやつ、一見和やかに会話してるように見えて、さらっと格付けチェック終わらせやがったな今。女子ってこわっ。
にしても木下かぁ……いやいやありえないだろ。こいつと俺が将来結婚してるってのは。
ただ、木下の雰囲気と喋り方って、やんちゃ嫁に近いんだよなぁ。おまけに一人称だって「あたし」だろ。華風院よりも木下が未来の嫁の正体ですって方がまだ納得感はある。
だとしても実際問題、あの面食いミーハー女子の木下が、完全に下に見ている俺を好きになるなんてありえるのか? ついでに、俺があいつを好きになるって未来も。まぁこの二点に関しては、華風院に対してもだけどさ。
などと考えていると、姉貴が何かを思い出したかのように、急に「あ」と声を上げた。
「しまった。ここでの議事録を取れるようにノーパソを持ってこようとしていたのをすっかり忘れていた。すぐ取ってくるから、ちょっと待っててくれ」
そう言うやいなや、姉貴は颯爽と進路相談室を後にする。
残された俺達三人には、よくわからない微妙な空気が流れていた。
「……で、実際のところ木下は何で廃校反対運動に参加することにしたんだよ。案外、この学校への思い入れが強いとか?」
手持ちぶさたに居心地の悪さを感じた俺は、何気なしに尋ねてみた。
ちなみに木下は、長机の左右に陣取っていた俺達の丁度真ん中くらいのところにパイプ椅子を持ってきて座っている。
「それがさー。昨日生徒指導に取られた漫画を返してもらえないかナベちゃん先生に相談しにいったらさー、何とかしてやるから代わりに手伝えって言われたわけ」
「ああ、すげー納得がいったよ」
そりゃそうだよなー。お前「廃校反対!」とか燃えるキャラじゃないもんなー。
「正直、アタシ的には廃校になろうがどうなろうがどうでもいいんだよねー。ナベちゃん先生の話だと、廃校するにしてもアタシら全員がきちんと卒業した後なんでしょ? その後の学校のことなんて、ぶっちゃけ興味ないかなー。ただー、反対運動を起こすってのはちょっと面白そうだけど」
まるでちょっとした遊び感覚だとばかりに無邪気に笑う木下。
恐らく、廃校の話を耳にした殆どの生徒が木下と同じ意見なのだろう。「そんなこといきなり言われたところで、実感がない」「別に自分達に影響がないのなら、どうなっても構わない」とかこんな感じ。俺だって、未来嫁探しの件がなければきっと他人事だ。
ちらり、華風院の様子が気になって目を向ける。理事長の孫である以上、「どうでもいい」とか「興味無い」とはっきり口にされたら、流石に思うところがあるのでは──
「…………」
我関せずとばかりにスマホを弄る華風院。どうやら、杞憂だったみたい。
「にしてもー、ナベちゃん先生が『優秀な仲間が集まってる』的なこと言うからちょっと期待してたのになー。はぁ……」
わざとらしく息をついた木下が、机にでろんともたれかかる。本心を包み隠さず吐露したのは、彼女の中で俺達への格付けが済んだからだろう。別にこいつらにどう思われようが構わないと。
「ワンチャン松永先輩がいるんじゃないかってワクワクしてたのにー」
「何、お前松永さんのこと好きなの?」
松永先輩とは校内でも有数のイケメンでサッカー部のエース。当然めっちゃモテる。どれくらいかと言われると、全盛期のスイッチの抽選倍率くらいはありそう。
「そうですー。あんなイケメン、好きになって当然でしょ。何、夢見ちゃ悪い?」
「いや悪いってわけじゃないけど、一年の時はバスケ部の
「あの先輩はカノジョ出来ちゃったし。気、切り替えて新しい恋を追っかけてんの。つーか何で香坂がその話知ってんの? アタシらの会話盗み聞きでもしてたわけ? きんも」
「そりゃ、聞こえんだろ。あれだけクラスでわーきゃー言ってたら。嫌でも耳に入っちまうつーの。聞かれて嫌なら、もう教室で話すなってぐらいにな」
「それでもー、普通は覚えてまでいないと思うんですけどー。は、もしかしてアタシに気でもあったとか。いやないわー。普通なアタシにも最低限の選べる権利はあるもの」
……おい。何だよこいつ。
仮にこれがラブコメだったとしたら、ヒロイン失格もいいところだろ。他に好きな男がいるってだけでもあれなのに、その相手がスポーツマンのイケメンばっかとか。おまけに、流行大好き人間で突出した個性もなく、顔もかわいいと呼べるか微妙なラインだし。まぁ俺も、人のことどうこう言えるほどの偏差値の高い顔してないんですけどね。
うん、やっぱこいつだけはないわ。候補から外そう。
「──待たせたな」
姉貴がノートパソコンを抱えて戻ってきた。
早速、廃校撤回に向けた最初の一歩、当面の活動方針を決める打ち合わせが始まる。
「では諸君、廃校撤回に向けて案を出し合っていこうじゃないか。さぁ、二人とも早速考えてきた意見を、聞かせてくれ」
姉貴の期待のこもった熱い眼差しが、俺と華風院へ向けられる。
「その前に、田辺先生が考えてきた案を是非とも聞かせて欲しいんだけど」
「ん、私か。もちろんちゃんと考えてきてるが──こういうのは、上の立場の人間が先に意見を述べるとどうしても賛同しないといけない空気になってしまうというか、それが正解に映ってしまいがちになるものだろう? だから最初に、お前達の話を聞かせてくれ」
「さっすがナベちゃん先生。優しいー」
俺の問いに平然と応えた姉貴に、木下がまるで太鼓持ちのお手本のような言葉を贈る。く、一見筋が通ってるように見えるが、身内を騙せると思うなよ。こいつ、絶対何も考えてきてないぞ。予言してやる。俺達の意見を聞いた後、姉貴は必ず「驚いた。私の考えと殆ど同じだ。やはり私が見込んでスカウトしただけのことはあるな」的なことを笑顔で言う。
「……俺はやっぱ廃校阻止なんて一度決まった事項を覆させるような大業を成すには、それなりの声と戦力が必要になると思うんだよな。単刀直入に言うと、反対運動を起こすにはこの人数じゃ少なすぎる。少人数の過激な意見なんてのは確実に鼻で笑われるだけで見向きもされないに決まってるだろ。それもぶっちゃけ今集まってる三人なんて、主役を張るなんて柄じゃない、モブキャラもいいところだしな」
「うーん私は別に君達をモブキャラだとは思ってないが……。それで海翔、そんな考えの君としては、具体的にどうするべきと?」
「放課後、校門の前でビラを配ったり、興味がありそうな人に声かけしたりして、反対運動に協力してくれそうな人を片っ端から引き入れる。この手の運動ってのは、無視出来ないほどに肥大化させれば勝ちみたいなところがあるからな」
そういえば、もしこれをやるなら一応確認しとかないといけない懸念があったんだよな。
「姉貴、一応確認なんだけどさ。俺達が公に廃校反対を掲げて行動に出るってことは、今は一部の生徒が憶測や噂で喋っているだけのところ、一気に現実だと周知させるってことだろ。それも田辺先生引率の下っていう、言うなれば学校側のお墨付きがある形で。俺達から聞いて、初めて廃校の件を知るって生徒も少なくはないだろうし」
それに具体的な廃校理由を知ってるのなんて、それこそ姉貴から直接聞かされてる俺達ぐらいだろうしな。
「当日はかなりの混乱、騒ぎが予想されるわけだけど、そこんとこ、大丈夫なんだよな?」
ようするに知りたいのは、現時点で大胆な行動を起こしても差し支えないのかってこと。
「ああ、それなら問題ない。そもそもこの廃校案は、件の経営難問題をもって理事長や学院長に教頭のお偉方が話し合った結果、そういう方向で固まったってだけでな。正式な承認は、五月半ばに行われる理事会の受理をもってということになる。だからむしろ、それまでに事を荒立て反対の空気を大きくし、理事会が受理しにくい、廃校見直しの雰囲気を作ればこっちの勝ちってわけだ。遠慮無く、派手に行くぞ」
姉貴が勝ち気な笑みを作ってぐっと親指を立てる。つまり俺達の当面の目標は、その理事会とやらで廃校案を通させないってことになるわけか。
「ビラ配りかぁ。何かいかにも反対運動って感じじゃん。でも何で放課後なわけ? こういう運動って、ドラマや漫画とかだと、朝やってるイメージが強いけど」
「木下がイメージしてるのってたぶん署名運動だろ。今回欲しいのは名前のみじゃなく、一緒に戦ってくれる戦力だ。だから放課後を狙う。基本的な活動時間が放課後になる以上、放課後自由に動けるやつら狙いにした方が効率的だしな。それに下校時の方が登校時より時間や心に余裕のある生徒が多いだろうし、立ち止まって話を聞いてくれる確率も上がるはず。それにこっちには生徒に大人気の田辺先生がいるんだ。気を引くには十分だろ」
ま、ぶっちゃけるとこの案は、日中の内に「双葉のどこかにいるだろう、やんちゃ嫁の面影がある人を探そう」を目標にした私情オンリーなものだった。
やっぱ華風院があのやんちゃ嫁ってのは、ちょっと信じがたいじゃん。「最初はたった三人──」とは言ってたものの、その三人の中にいたとまでは明言してないんだしさ。現にこうして木下が増えたことで、二日も経たずに三人じゃなくなったわけだから。それに呼び込みを名目にすれば、ごく自然な感じに気になった子と接触出来るチャンスになるだろ。俺達の出会いが必然ってなら早いに越したことないし、ひょっとしたらやんちゃ嫁との出会いは俺が反対活動に誘ったこと──って可能性も十分ありえるよな。
そんなよこしまな野望を胸に秘めつつ、意見を言い終えた俺はみんなの反応を待つ。
すると何故か三人とも、目を丸くして俺を見ていて、
「へー。やるじゃん。少し見直したかも」
木下にそう素直に褒められると、変に勘ぐって鳥肌が立つんだが。
「これは驚いた。私が考えてきた内容と殆ど同じだ。うむ、流石は我が弟だな」
ほら言いやがったなクソ姉貴。
「わたしも香坂さんと同じでまずは活動に共感してくれる人を集めるべきだと思ってました。が、わたしが思いついたのはせいぜい協力してくれそうな生徒会にお願いしにいく程度。素直にお見それしました。何だかんだ言って、やる気なんじゃないですか」
やめてくれ。そんな感心した目で見つめるのは。変に罪悪感が湧いてくるじゃん。
だって俺の本当の目的は、廃校撤回に向けて共に戦ってくれる仲間集めなどではなく。
俺と生涯を共にしてくれるかわいいお嫁さん探しなんだぞ。
結局俺の意見は反対皆無で即刻受理され、あれよあれよと具体的な配置決めや呼び込みの簡易ビラを作成したりと準備は順調に進み。
明日の放課後、早速行われることになったのだった。