第一章 ハッピーエンドから始まるラブコメ その3
〇
「何で、あんないいところで起こしちゃいますかねぇ。ドリトラさんよぉおおおお!?」
目が覚めたのは、湧きあがる熱い衝動に身を任せ、彼女を押し倒した瞬間だった。
ドリトラには、夢についつい夢中になって寝坊してしまわないよう、脳に直接訴えかけるレベルの強力な目覚まし装置が実装されていると聞いてはいたが……まぁ絶大だった。あれなら冬眠中のクマだって飛び上がりそう。
「てか何で土曜にアラームかけて寝てんだよ。アホだろ俺」
まてよ……今すぐ寝れば、あの続きに戻れるんじゃね?
ともすれば本能とも呼べる衝動に駆られつつ、ドリトラを起動して床につく。
はたして、瞳を閉じて辿り着いたのは、
宇宙世紀を舞台に、巨大ロボットを操る俺が索敵任務中に遭遇した公国軍の秘密工作部隊に単独で奇襲を仕掛けるという、手に汗握る熱い展開で──
「ちっがぁあああああああああああう!!」
目が覚めた瞬間、外したVRゴーグルをそのまま地面に叩きつけそうな衝動に駆られたが何とか踏みとどまる。
恐らくこれが、本来ドリトラが昨晩見せてくれるはずだった夢の姿なのだろう。
ドリトラで設定してあったオーダーを確認して納得する。オーダー通りのサービスを受け取っておいて逆ギレするなんて、モンスタークレーマーもいいところ。反省しよう。
けど……何で急に元の仕様に戻ったんだ? 未来夢を見るのに、実は何らかの条件をクリアする必要があったとか? よくわからないけど……。
と、とにかく、もうこれで一生未来夢は見られなくなった──ってことはないよな?
一抹の不安を抱えながらその日を過ごした俺は、夜改めてドリトラを起動させた。
ジャンル:恋愛 テーマ:日常ドラマ シーン:何気ない幸福
……念のため、それっぽいのに設定も寄せて。
が、結果は変わらず、俺が見た夢は正真正銘ドリームトラベラーズの世界。
もうあの未来のやんちゃ嫁の姿を二度と見られないのだろうか。お楽しみの続きは自分の手で勝ち取って体験しろという──未来からの何らかのメッセージだったとでも。
色々考え込んで身体が重く、何もする気が起きなかった日曜。そんな弱ってる俺にトドメをささんとばかりに億劫な出来事が起きた。
年の離れた姉貴が急に現れたかと思うと、買い物の荷物持ちに一日中連れ回されることになったのだ。そりゃもう夜飯のラーメン一杯だけじゃ割に合わない重労働。
帰ってきた頃にはすっかり身も心もクタクタだった俺は、何気なしにドリトラを起動して就寝した。正直、この時はドリトラの異変なんてすっかり頭から抜けてたと思う。
そうして目を開けた先にあったのは──
「ごはん、ごはん。カイ君の作ったごはんー」
テーブルに着き、俺が運ぶ料理を今か今かと待つやんちゃ嫁の楽しそうな姿。
──未来の夢に戻ってきてる!
そう自覚した瞬間、俺は驚きと興奮のあまり、未来の俺が手にしていた回鍋肉の大皿を思いっきり落としそうになったのだが──結論からしてそうはならなかった。
何故そうならなかったのかは自分でもよくわかってないのが率直なところだ。俺は確かにさっきうっかり皿から手を放してしまったはず。なのに実際にはそうなっていない。
おまけにテーブルに料理を置いた俺の意識は、困惑する俺の意思を無視してキッチン上のサラダに釘付けになっていた。
まるでサラダをさっさと運べと、未来の俺が取るべき行動を求められているかのように。
「んー。ほふと、ふぁいふんのふくる、ほふぁんはふぁいこーふぁなー」
「あの、喋るのか食うのかどっちかにしない?」
その日の未来は、嫁と楽しく夜ご飯を食べて終わった。どうでもいい話だけど、これ本当に俺が作ったのか? 未来の俺、だいぶ料理上手くなってんだな。意外な才能だ。
まぁそんなことはさておき、この夜ご飯の時間を通じてわかったことがある。俺は未来の世界で発言や感情こそ自由に出来るものの、動き自体はこの未来の時間を壊さないように制限されており、大前提として未来の自分を
初めて未来の夢に来た際、わけがわからないあの状況で乾杯しようと自然と身体が動いたのも、きっとそれが理由だ。次の日の未来でやんちゃ嫁を押し倒したのも──なまじ自分の意志と一致してて気付かなかったけど、恐らく未来の俺が本来取るべき行動を代行したにすぎないんだと思う。
どうやら、この未来の夢における制約的なもののようだった。
極端な話、いきなりやんちゃ嫁をぶん殴ったりだとか、未来の俺が絶対にしないような行動──ともすれば、今後の夫婦関係を変えてしまいかねない行為にはおよべないってわけだ。例えば俺が自分の作った料理を盛大に床へぶちまけて、この楽しい時間を大惨事な悲しい一幕に変えたりだとか──この世界の未来を変えてしまうような行動は出来ないようになっているらしい。
ある程度は自由が利くので、普通に過ごしてる分には差し支えなさそうだが……これが現時点での俺にどう影響を及ぼすかというと、ようは急にタンスとか物色して嫁の身分証明が出来そうな物を確認したりとか、そんなやんちゃ嫁にとっては不審でしかない裏技には出られないってことだよな。
ま、なにはともあれ──
やっぱり俺は、このドリトラを通して思い通りの夢を見る代わりに、夢の中で未来の世界へ飛べる不思議な力を手に入れたんだ。
この現象をひとまず未来夢と名付けるとしよう。安直すぎるかもだけど。
つーかよかったぁああああああ。未来夢が、あれっきりで終わらなくて。
だけどさぁ……何で昨日は未来に飛べなかったんだろうな?
〇
「なーんか、今日はずっと機嫌よさそうだったな海翔」
月曜の放課後。重そうなテニスバッグを背負った康助がニヤニヤとした顔で尋ねてきた。
「まぁな。ちょっといいことがあって」
未来夢が教えてくれた、将来の俺はとてつもない美人な奥さんとラブラブな毎日を送っているという衝撃の事実。
しかもその子はこの学校の何処かにいるらしいのだ。それを思うだけで女気皆無なこの灰色の青春人生に色がついた気がしたというか、もう一日中気分は絶好調だった。初カノジョが出来た時ってきっとこんな気分なんだろな。まぁ俺の場合、カノジョを通り越してお嫁さんで、おまけにまだまだ先の話なんだけど──確定事項だし、喜んでもいいよな。
「海翔は単純だから、顔色見てれば一発でわかるさ。大方、ドリトラで見た夢が楽しかったんだろ。けど、のめり込みには注意しろよ。あれにはまりすぎて、ガチで現実逃避をし始めるやつも少なくないらしいから。何事もほどほどにな」
ったく、わざわざそんな忠告するために、真っ直ぐ部活に向かわず俺のとこに寄ったのかよ。このイケメン、どんだけいい奴なんだ。
「わかってるって。夢の自分と現実の自分をごっちゃにしないように。だろ」
っても、俺が見てるのは単なる夢ではなくて未来の世界であり、れっきとした現実らしいのだ。一緒くたにしようがないというか、もう一周回って一緒じゃん。
「そうそう。夢の世界のお前がいくらモテようと、現実のお前はそうじゃないってこと、忘れないように」
「うるせぇ。……いいじゃねぇか、そこまで言うならそう遠くないうちにとびっきりかわいいカノジョ作ってお前に紹介してやるよ。もしそれが出来たとしたら、飯奢れよ。もちろん、俺のカノジョの分もな」
「へぇー。夢のせいで気が大きくなってんのか知らないけど、面白いこと言うな。いいぜ、のってやるよ。そうだな期限は──まぁ仏の心で今年中は待ってやるよ」
くぅーその上から目線な物言い。お前、絶対に出来ねぇと思ってるだろ。今に見てろよ。
「忘れんなよその言葉。ちゃんと俺がいつも理想のカノジョとして挙げていたような美少女をカノジョとして連れてくるからよ」
「理想のカノジョねぇ……。あの小悪魔ギャル系とか清楚クール系がどうこうってやつだろ。前々からツッコミたかったんだけど、その二つってあからさまに真逆というか矛盾してないか。それって結局、かわいい女の子なら誰でもいいってことじゃないのか?」
「はぁ、康助は全然わかってないな。いいか、俺が求めているのは、気の強そうな人が好きな人にだけ見せる甘えたがりな一面なんだよ。ほら、何も矛盾してないだろ。もっとも、どっちか選べと言われたら、今は断然やんちゃな小悪魔ギャル系だけど」
だって、俺の運命の人はどうもそっちらしいし。
「ともかく、俺は本気だから。期待して待ってろよ」
退屈な授業の暇つぶしに色々と考えた結果、俺は決めたのだ。
この学校のどこかにあのやんちゃ嫁がいるのなら、是非一度会ってみたい。だから、放課後の暇な時間を使って、嫁探しを始めてみようと。
と、決意を胸に滾らせ、始めの一歩を踏み出そうと席を立つ。が、その時だった。
「──おい聞いたかよ。双葉学院、廃校になるかもしんねぇらしいぞ!」
ビッグニュースとばかりに慌ただしく矢田部が飛び込んできた。
俺や康助、教室に残っていた生徒の目が、一斉に彼へと向けられる。この前のアイドル引退のニュースで大騒ぎしていた時といい、どうもこいつはかなりのゴシップ好きらしい。
「お前、そんな冗談染みた話、どこで聞いてきたんだよ?」「それがさー、職員室でそんな話を先生達がしてたのを、偶然聞いたやつがいるって」「それって、結局まだ本当かどうかはわかんないってことでしょ。その人の聞き間違いの可能性だってありえるわけだし」「それはそうだけど……でももしマジで廃校が決定してるとしたら、俺達ってどうなるんだろうな?」
彼のグループで始まった会話を発端に、教室中が廃校の話題で持ちきりになっていく。
廃校、ねぇ。
そりゃあもちろんビックリだけど。何だろう。ぶっちゃけ、そんな目を丸くして大慌てするまでのことかっていうか。自分の通う学校の緊急事態なはずなのに、何でか他人事に感じちゃってる俺がいるんだよなぁ。どうしてだろ。
消費税が上がるって話を聞いた時と同じような気分つーか、こう、俺達一生徒がどうこう騒いだところでどうにもならない問題なわけだしさ。結局、何をどう憤ったところで、俺達には与えられた結果を受け入れる以外の選択肢は最初から存在しないんだろ。なのに、目を吊り上げてぎゃーすか騒ぎ立てるのは、正直、カロリーの無駄だよなぁ。どうせ廃校つっても、俺達在校生が全員卒業した後で、の話になるんだろうし。
そう醒めた目で周囲の盛り上がりを眺めていると、ふと校内放送を告げるチャイムがピンポンパンポンと鳴った。
『呼び出しをします。二年A組香坂海翔君、至急進路相談室まで来てください。繰り返します。二年A組──』
「は、何で俺?」
驚きのあまりうっかり声が漏れ出る。しかも今の呼び出し主の声って、よりにもよって姉貴の声じゃねぇか。
気がつけば、今度は俺に居心地の悪い視線が飛んできている。はぁ、姉貴覚えとけよ。
年が一回り離れていることもあって、俺は生まれてこの方、姉貴に頭が上がらなかった。どうせ、いつもみたいに廃品用具の運搬とか花壇の整理的な雑用の呼び出しだろ。ったく、昨日の買い物もそうだけど、弟は便利な召使いじゃないんだぞ。あーだりぃ、適当な理由つけてばっくれようかな。
そんな俺の思考が読まれていたかのように、俺のラインへ怒濤の如く送信されてくるクマがシャドーボクシングしているスタンプ。もちろん姉貴の仕業だ。くっそ、逃げたら承知しないってことかよ。
宣言初日に出鼻をくじかれるのもあれだけど、今日のところは大人しく未来の嫁探しは諦めるしかなさそうだな。とほほ。