第1話 もっとあなたのことが知りたいです その1
春休みの終わりが近づいて来たある日の夜。俺が風呂から上がると、楓さんがリビングで段ボールを漁っていた。それはこの家に引っ越してくる際に俺が家から持ってきた荷物の一つだった。それをわざわざ引っ張り出して来たのか?
「突然どうしたの、楓さん? 何を探しているの?」
お風呂に入り、歯も磨き、就寝前までソファに座ってダラダラとテレビを見るのが我が家の定番の過ごし方なのだが、今夜はどうしたのだろうか。
「勇也君と一緒に暮らし始めてもうすぐ三か月が経つわけですが、私は勇也君の子供の頃のことをあまり知らないなぁと一人で湯船に浸かっていて思ったんです」
一人で、というところを無駄に強調してくる楓さん。今日も当然のように〝一緒にお風呂に入りましょう〟と誘ってきたけど丁重にお断りした。
「それに春休みは勇也君と一緒にいられる時間が増えると思っていたのに、勇也君は部活に加えてバイトも始めてしまったじゃないですか。気にしないでいいって言っているのに……」
去年の夏休みもそうだったが少しでも生活費を稼ぐために俺は春休み中、部活の合間を縫ってバイトをしていた。楓さんのご両親からお小遣いを頂いているが、両親の借金を肩代わりしてもらっている身としては気安く手を付けるわけにはいかない。
なにせ温泉旅館で楓さんのご両親に対して〝自分の足で立って楓さんを幸せにする〟と宣言したのだ。舌の根の乾かぬうちに頼るわけにはいかないだろう。
「むぅ……ずるいですよ、勇也君。それを言われてしまったら私は何も言えなくなるじゃないですか」
唇を尖らせながらどこか照れた様子で楓さんは言った。バイトをやるときにちゃんと楓さんと話し合ったとはいえ、寂しい思いをさせてしまっているのは申し訳ないところではあるが、かといって一緒にお風呂には入るのはちょっと違う。
俺も健康優良男児だから楓さんのような美少女からお誘いを受けたら首を縦に振りたいのだが、それをしたら俺の理性君は一瞬で蒸発すること間違いなしだ。
「勇也君がどうしたら狼さんモードになるのかは今後の課題として。もっと勇也君のことを知りたいと思ったのでこうして段ボールを漁ってきたというわけです! 一緒に見ながら色々お話を聞かせてくれませんか?」
ポンポンと、隣に座るようにソファを叩く楓さん。恋人と一緒に子供の頃のアルバムを見る日がこんなに早く来るとは思わなかった。こういうイベントは結婚を控えてからやるものじゃないのか?
「早いことはないと思いますよ? だって高校を卒業したら勇也君は我が家の婿養子になるんですから。そんなことより早く見ましょう! あっ、これはいつ頃の写真ですか?」
ずいっと俺の前に広げられたアルバムに収められていたのはもう十年近く前になる、俺がまだ小学生だった頃の写真だ。うん、何だこの羞恥プレイは。昔の自分を恋人と一緒に見るのは恥ずかしすぎる。
「えへへ。子供の頃の勇也君、すごく可愛いですね。写真に撮られるのが恥ずかしいからぶっきらぼうな顔をしているのにちゃんとピースはしているあたりとかツンデレさんですよね! 頭をたくさんナデナデしてあげたいです!」
今ではあまり気にしなくなったが、小学生の頃は写真に撮られることが苦手だった。何気ない一瞬を記録されて、それを後で家族と一緒に見返すのがどうにも恥ずかしかったのだ。まぁそれはくそったれな父さんのせいで二度と出来なくなったけど。
「これは小学校高学年ですか? この辺から段々と可愛い男の子からカッコイイ男子に変わっていますね。さぞモテたんじゃないですか?」
ぷくぅと頬を膨らませながらジト目を向けてくる楓さん。そんなフグ顔をされたら怖いと思うどころか可愛くて頭を撫でたくなるじゃないですか。小学生の頃にモテる、モテないなんて意識してないからわからない。
「んぅ……可愛い女の子とか近くにいませんでしたか? よく一緒に遊んでいたとか、一緒に下校していたとかありませんでした?」
「……そんなことはなかったと思うよ?」
「勇也君、今の間はなんですか? あったんですね? 私以外の女の子と一緒にキャッキャウフフしながら下校したことがあったんですね!?」
瞳に涙をためながらずいっと身を寄せて問い詰めてくる楓さん。その圧力たるやすさまじく、どんなに口が堅い者でも真実を話してしまうことだろう。その要因はパジャマを春用の薄手の物に変えたので肌色成分が増えたことにある。具体的に言えば白くて綺麗な鎖骨とか、チラリと隙間からのぞく魅惑の双丘とか。
「いや、キャッキャウフフってしながら下校したのは楓さんが初めてだよ。小学校、中学校の頃の俺は恋愛に疎かったし……それによく言うだろう? 子供の頃の恋愛は麻疹みたいなものだって。むしろ楓さんはどうだったのさ?」
全国女子高生ミスコンで優勝して名実ともに日本一可愛い女子高生に選ばれた楓さんのことだ、小さい頃から可愛かったに違いない。これまでいったいどれだけ思いの丈を告げられてきたのだろうか。
「そうですね……確かに多くの方から告白されてきましたけど、私が〝はい〟と頷いたのも、〝私も好きです〟と答えたのも勇也君ただ一人ですよ」
雪のように白い頬に朱を差しながら楓さんは言うと、コテッと俺の肩に頭を乗せた。そんな彼女を慈しむように俺は優しくそっと撫でると気持ちよさそうに目を細めた。
「えへへ。今思い返しても、勇也君の告白はとてもロマンチックでした。言われた瞬間は心臓が破裂するくらいドキドキしました」
フフッと笑って俺の腕をぎゅっと抱きしめて上目遣いで見つめられて、俺の心臓鼓動は破れるくらい速くなる。
「勇也君とこうして一緒に暮らすことが出来て、私はすごく幸せです」
幸せに溢れている笑顔を急に向けるのは反則だと思う。嬉しくて頬が緩まないようにしつつ思いきり抱きしめる欲求に耐えるのはある種の拷問だ。
「なので、勇也君にもっと私のことを知ってもらうために、私の幼い頃の写真を特別公開します!」