第4話 楓さんの様子が? その2
「あ、お疲れ様です、勇也君!」
授業が終わって二階堂と一緒に教室に戻ると楓さんが俺の席に座っていた。昼休みになっているので問題はないが教室じゃなくてカフェテリアで待っていてくれればよかったのに。
「一度勇也君の席に座ってみたかったんです。いつもどんな景色を見ているのかなって気になっていたんです」
そう言って楓さんは机に突っ伏すと、優しい微笑を口元に浮かべて上目遣いで見つめてくる。ありふれた仕草なのに楓さんがやると絵画のようで目が離せなくなる。
「見つめ合っているところ申し訳ないけど、そろそろ移動しないと昼休みが終わっちゃうよ?」
「母さんが作ってくれたんだよ。怪我のせいで通学途中に買えないから」
どこかバツが悪そうに言う二階堂。いいじゃないか、手作り弁当。俺も母さんに作ってもらった時は恥ずかしかったけど
「ごめん、吉住。嫌なことを思い出させて……」
「どうして二階堂が謝るんだよ。気にしないでいいよ。そんなことよりカフェテリアに行こうぜ?」
二階堂から弁当箱を受け取って移動を促す。楓さんもいつまで突っ伏しているんですか? というかどうして頰を膨らませていらっしゃるんですかね? さっきまでの美しい微笑はどこかに消えてしまわれたんですか?
「なんでもありません! さぁ、行きますよ!」
ガタッとイスが倒れそうになるほど勢いよく立ち上がり、楓さんは俺の腕に組みついた。いや、何度も言っているけど校内で腕を組んで歩くのは恥ずかしいから勘弁してくれ。
「いいじゃないですか! お昼休みは勇也君成分が補充できる貴重な時間なんです! 帰宅するまでお預けされたら身が持ちません!」
ぎゅっと抱き着く腕に力を込める楓さん。振りほどきたいのに俺の腕は楓さんの双丘にがっちり挟まれて
「さぁ、勇也君。カフェテリアへ行きますよ!」
朝のように俺を引っ張るように歩き出す楓さん。二階堂はやれやれと肩をすくめてから、ゆっくりと松葉杖を突いて歩き出す。だが一歩ずつがとても遅い。
「私のことは構わないから先に行っててくれていいよ。あ、お
「そんなことするか! 俺をなんだと思っているんだ!? ってか一人で階段は降りられないだろう? ごめんね、楓さん」
楓さんに謝りつつ腕をそっと解いて二階堂のそばへ寄って松葉杖を預かる。二階堂は手すりに摑まって一歩ずつ慎重に階段を下りていく。何かあったらすぐに対応できるように俺はその隣に立って一緒に歩く。時間はかかるが仕方ない。
「楓さん。俺は二階堂と一緒に行くから先にカフェテリアに行っててくれる? お昼も先に食べ始めてて。じゃないと時間終わっちゃうからさ」
そうは言うものの、そこまで時間はかからないと思う。いつもなら1分もかからない移動が3分程度に伸びるくらいは誤差の範囲だ。
「……わかりました。二人とも、気を付けて来てくださいね?」
「ごめんね、一葉さん」
「二階堂さんは
ぴょんぴょんとウサギが跳ねるように、軽やかな足取りで階段を下っていく楓さん。一段飛ばしは危ないよ、と言おうとしたらその背中はすでに踊り場を越えて見えなくなってしまった。
「ホント、一葉さんは吉住に対しては一直線だね」
「ん? それはどういう意味だよ?」
「何でもない。ただ何でも持っている一葉さんの弱点がわかった気がしただけだよ」
楓さんに弱点? そんなものが存在するのか? 容姿端麗、成績優秀、大企業の社長令嬢のトリプルスリー。持っていないものは何もない完璧超人だぞ?
「さぁ、それはどうかな。気のせいかもしれないから、私の胸の中だけにしまっておくよ」
そう言われたら余計に気になるが、二階堂は固く口を閉ざして再び階段を下り始めた。楓さんの弱点か。そんなものが本当に存在するのだろうか。
*****
放課後。現在俺は二階堂から勉強を教えてもらっていた。色々迷惑かけた分のお礼と自分自身の試験勉強も兼ねてということらしい。俺としては学年二位の二階堂に教えてもらうのは願ったりかなったりだし、何なら普段どんな風に勉強をしているのかも聞きたいくらいだ。
ちなみに楓さんは今までどんなふうに勉強をしてきたのかと尋ねたら、
───日々の予習と復習。授業を聴いていれば頭に入ります。あと自分なりのノートを作ります───
とのことでした。さも当然のように言われて俺の心は折れかけた。
「そうだね。私は復習に力を入れているかな? 要するに毎日の積み重ねが大事ってこと。例えば暗記系の科目なら、私は授業でとったノートと教科書を見ながら自分なりにまとめているよ」
「マジか……二人とも授業でやったことを自分なりにまとめているのか……やっぱりすごいな」
この話を聞いて楓さんはうんうんと
「自分で考えて書く。わからないことがあれば調べてみるのもいいです。そうすれば血となり肉となって知識を蓄えていけます」
「もちろん大変だし面倒だけどね。でも一葉さんの言う通り記憶に残るよ。なにせ自分で考えて作り上げていくからね。もしやってみたいって言うなら家にあるから今度持ってきて見せようか? それとも写真に撮って送ろうか?」
「そうだな。写真に撮って送ってくれたら助かる。参考にさせてくれ」
わかったよ、と二階堂は明るい声で答えた。それにしても同じクラスで一年近く隣の席に座っているのにそんな努力をしているとは思わなかった。ただ単に学年二位の成績ですごいなってことくらいしか話さなかったが、こんなことならもっと聞いておくんだったな。
「そうは言うけど、吉住もすごいと思うよ? 一葉さんの言うとおり覚えがいいね。この調子で勉強続けたら今回の試験、いい点数が取れるんじゃないかな?」
「えへへ。そうですよね! さすが私の勇也君です! なでなでしてあげます!」
二階堂が感心したように言うと、すかさず隣の楓さんが俺の頭を
楓さんの様子が昼頃からどこかおかしなことになっていた。カフェテリアで昼ご飯を食べていると盛んにあーんを要求して甘えてきたり、わずかな休み時間でも俺のところにやってきて膝の上に乗っかってきたり。
「なるほど……つまりヨッシーは家で楓ちゃんと二人で勉強している時、問題を解いて正解するたびに頭を撫でられているというわけだね? なんてこったい! さすがはメオトップルだよ!」
「一葉さんは
あちゃーと額を
「まぁまぁ、いいじゃないですか。勇也君が期末試験でいい結果になればそれに越したことはありません! そのためなら私は一肌でも二肌でも脱いじゃいますよ!」
「いや、楓さんの場合比喩でも何でもなくて言葉の通りだよね? そういう発言は家でお願いできますか?」
「いや、吉住。キミも何を言っているのさ。家でもダメだと思うよ?」
「勇也君が望むなら……私はいつでも……えへっ」
二階堂が呆れた様子で突っ込むが楓さんは華麗にスルーして耳元に接近して甘くて熱い吐息を吹きかけてきた。それはダメだよ、楓さん! 背筋がゾワゾワってするから! 俺は熱を帯びた耳を押さえながら楓さんから逃げるように距離を取った。
「あぁ……どうして逃げちゃうんですか。ほらほら、勇也君の好きな耳フーをもっとしてあげますから近くに来てください」
鼻息を荒くしながら距離を詰めてくる楓さん。何度も言うけどここは学校だからね!? 今にもよだれをたらしそうな顔で近づかないで!
「はい、その辺でストップだよ、楓ちゃん。さすがに暴走しすぎ!」
戸惑う俺の代わりに大槻さんが楓さんの頭にチョップをして
「うぅ……
「楓ちゃんがいけないの。ヨッシーも言っている通りここは学校なんだから。そういうことは帰ってから。いいね?」
「はい……わかりました」
いや、大槻さん。真面目な話、二階堂の言う通り家に帰ってからでもダメだからね? ほら、楓さんの目を見てくれ! 狙った獲物は絶対に逃さない肉食獣が
「フフッ。一葉さんがこの調子だと今日のところは解散した方がいいかな?」
「そうしたほうがいいかもしれないな。ありがとな、二階堂」
「気にしないでいいよ。私の方こそごめんね。その……色々迷惑かけて……」
「どうしてそこで落ち込むんだよ。二階堂らしくない。ケガ人は素直に誰かの助けを借りたらいいんだよ」
落ち込んだ楓さんを慰めるときと同じように、俺はポンポンと二階堂の頭を撫でた。一人で何でもやろうとしなくていい。大変なときは誰かに頼っていいんだ。俺だけじゃない、伸二や大槻さん、楓さんだって力になるさ。だって俺達は友達なんだから。
「あ、ありがとう……吉住……うん、それじゃ遠慮なく頼らせてもらおうかな」
「おう! どんとこい───あっ」
そこで俺はあることに気が付いた。
問題:俺はいま何をしているでしょうか。
回答:二階堂の頭を撫でています。
結論:楓さんの頰が過去最大級に膨れ上がっております!
「うぅ……私だって勇也君にナデナデしてもらいたいのにぃ……! 二階堂さんばかりずるいです! 勇也君! 今! すぐ! 可及的速やかにナデナデしてください!」
大槻さんの拘束を引き剝がし、楓さんが俺の腰に抱き着いてきた。まったく、この甘えん坊さんには困ったものだ。ただまぁこの場合俺が全面的に悪いな。
「はいはい! イチャイチャはこの辺にして、そろそろいい時間だから帰るよ!」
「そうだね、うわっ。もう18時半だ。そりゃお
大槻さんと伸二の会話を合図に、今日の放課後勉強会はお開きとなった。
俺や伸二は机に広げた教科書などを片付けて、楓さんと大槻さんは教室に荷物を取りに行っている間に、二階堂はスマホではお母さんの葵さんにメッセージを入れていた。返事はすぐに返ってきて、どうやら葵さんはすでに近くまで来ているそうだ。5分もかからずに到着するらしい。
「ごめん、みんな。そういうわけだから私は先に行くね」
「カバン! 持たなくて大丈夫か?」
「フフッ。心配してくれてありがとう、吉住。でも大丈夫。今日はありがとね。また明日」
そう言って二階堂は慣れた手つきで