第二章:『試練』-④


  ──《硬度ポテンシャル

 それは【祝福ファンファーレ】を取り込むことで身につく強さの度合いのこと。


 その明確な数値は【精霊結晶】の硬さを調べることで導き出すことができる。

 共通の認識としては、その数値が【1】違うだけで、兵士一人分の実力差が生まれると言われている。つまり、


  ──《硬度ポテンシャル》が【1】の者は「兵士一人分」の実力。

  ──《硬度ポテンシャル》が【2】の者は「兵士二人分」の実力。

  ──《硬度ポテンシャル》が【3】の者は「兵士三人分」の実力。


 というように、《硬度ポテンシャル》が一つ大きくなる度に「兵士一人分」の力がされていくというわけだ。


「シティの《硬度ポテンシャル》は確か、修行を始めてから三か月くらいはずっと一日【10】ずつの速度で上がっていってたよね?」

「えっと、その……はい」

「でもそこから不調に陥っちゃって全然伸びなくなっちゃったんだよねー」

「 ──」


 配慮の「は」も持ち合わせていない師匠の言葉。それを受け、シティさんの周りの空気がズンと重くなる。


「で、でもっ、その一日【10】ずつっていうのは、とんでもないことなんですよね!」


 僕は慌てて二人の間に割り込むと、「ねっ? ねっ」と言って師匠に詰め寄った。


「う、うん、そうだね。速い。速すぎる。普通ならありえないくらいの速度だよ」


 シティさんの目に、僅かに光が戻る。


「個人差はあれど、一朝一夕に上がるものじゃないからね。この《硬度ポテンシャル》ってのは」

「そ、そうなんですね」

「さて、それじゃあアイル、その【精霊結晶】を鑑定師さんに渡して」

「あ、は、はいっ」


 師匠に促されるまま、僕はアンクレットから取り外した【精霊結晶】を【氷霊】のギルドの鑑定師さんへと渡した。

 ……一日【10】ずつの速度で上がっていたということは、一五日目の時点でシティさんの《硬度ポテンシャル》は既に【150】に到達していたはずだ。同じ時間をかけた僕は、その記録にどこまで近づけているか。

 息を呑んで待っていた僕に、鑑定師さんは言った。


「《硬度ポテンシャル》──【76】です」

「……ななじゅう、ろく?」


 ななじゅうろく、ななじゅうろく……七六。過去のシティさんの約半分。

 う、うーん。これは……どうなんだ?!?

 何ともいえない結果に微妙な顔をしていると、突然肩を力強く叩かれる。


「すごいじゃん! アイル!」


 振り返るとそこには、興奮した様子の師匠が立っていた。


「す、すごいんですか?」

「うん、すごい! ねえシティ!」

「はい。この短期間で【76】にまで到達しているなんて……正直、わたしにも想像できていませんでした」

「あはは、一五日目には【150】だったシティが言うとなんだかすごく嫌味っぽーい」

「え、なっ、違っ! 違います! 違いますからね! アイル!」

「は、はい、分かってます」


 僅かに緩んだ頬を掻きながら僕は言う。

 シティさんは「なら良いです」と言って胸を撫でおろすと、「わたしも鑑定してもらってきます」との言葉を残して鑑定師さんのもとへと向かっていった。

 僕はその背中を見送り、視線を【精霊結晶】へと戻す。

 二人の反応を見るに結果は悪くなかったみたいだ。一五日で《硬度ポテンシャル》【76】は、順調と言える数値なんだろう。……でも、


「なんで過去のシティさんに倍以上の差をつけられているんだ……って顔してるね」


 思っていたことを一言一句違わず師匠に言い当てられ、息を止める。

 そして何度かパクパクと口を開閉させた後、僕は小さく「はい」と答えた。


「よし、じゃあ教えてあげる」


 師匠は片目を閉じてからそう言うと、続けた。


「『修行を始めてから一五日目のシティ』 ──長いからこれからは『過去のシティ』って呼ぶね。『過去のシティ』と『今のアイル』の間に、どうして《硬度ポテンシャル》の開きが生じてしまったのか。その理由は、二つある」

「ふたつ」

「そ。まず一つ目の理由が ──『今のアイル』より『過去のシティ』の方が多くの【祝福ファンファーレ】を取り込んでいたから」


 これは、理解できる。《硬度ポテンシャル》とは、持ち主が【祝福ファンファーレ】を取り込めば取り込むほど高くなっていくもの。

 つまり、単純に受けた【祝福ファンファーレ】の量に差があったから、『今の僕』と『過去のシティ』さんとの《硬度ポテンシャル》の間にも差ができてしまった、ということ。


「大事なのは次。二つ目の理由」


 そう口にする師匠の前で居住まいを正す。


「それはね ──『過去のシティ』と『今のアイル』の感性の強さに差が生じているから」


 そして続けて放たれた言葉に、僕は首を傾げた。


「か、かんせい?」


 間の抜けた顔でそう繰り返す。すると師匠はしっかり頷いてから開口した。


「《硬度ポテンシャル》の成長速度ってのは、


 感性が強ければ強いほど、得られる【祝福ファンファーレ】の効果は増幅する。

 感性が強ければ強いほど、《硬度ポテンシャル》の成長速度は速くなる。

 感性が強ければ強いほど ──強くなれる。


「つまり、『今のアイル』と『過去のシティ』との間にある感性の差が、そのままキミたちの間にある実力の差になっている、ってわけ!」


 こちらにビシッと人差し指を向けて言う師匠。僕は「へ、へえー」と零しながら、今の話の内容を咀嚼しようと必死に頭を働かせ続ける。頭が痛くなってきた。


「感性ってのは揺れ動くもの。なにか一つでもきっかけがあれば、ソレは成長を後押しする起爆剤に変わる。そしてそのチャンスは誰にだって訪れる。だから、あんまり落ち込まないでいいんだからね、アイル」


 なるほど……確かに。感性とは時と場合に応じて変化するものだ。そこには才能や資質といったものが介在する余地はない。多分。

 そう考えるとなんだか……「特に誇れるものがない僕でも、何かしらの可能性を掴めそう!」といった期待が胸に湧いてくる。


「お、落ち込むどころか、逆になんだかやる気が湧いてきました……!」

「うん、その調子だよ! 急速な《硬度ポテンシャル》の成長が見込めるのは、人が『子供と呼ばれる時期』だけだからね。多感な成長期の内にぐんぐん伸びておかなきゃ損だよ! 落ち込んでる暇なんてない! 私なんて、大人になって自分っていう人格が確立してしまってからは、《硬度ポテンシャル》の成長なんてほとんどなくなっちゃったんだから!」

「そ、そうなんですね」

「大人になって後悔しないよう、今のうちに思う存分己を磨いておきなさーい!」

「が、頑張ります!」


 そう返しながら、僕は【76】という《硬度ポテンシャル》を胸に刻み込んだ。

 そして「ここが僕のスタートラインだ」心の中で呟く。


「お、シティはどうだったー?」


 と。そう口にする師匠の視線の先には、【精霊結晶】を持って立つシティさんの姿。


「……《硬度ポテンシャル》は【1120】でした」

「あらー、前回とあんまり変わってないかー」


 師匠の返答を聞いたシティさんの唇が、キュッと噛み締められる。

  ──変わってない。つまり、未だに不調から抜け出せていないということなのだろう。


「そ、それでも凄いですよ! 《硬度ポテンシャル》が【1120】ってことはつまり、『兵士一一二〇人分』の力が備わっているってことですからね!」


 落ち込む姉弟子を見た僕は、慌ててそう口にする。




「まあ、正確には、更にその倍はありますが」




 ……………………ん?


「ち、ちょっと待ってください。 ──?」


 突然シティさんが口にした言葉にツッコミを入れると、少女は「あれ?」という表情を浮かべて、師匠に目を向けた。


「今、どこまで説明してるんですか?」

「あはは、まだ《硬度ポテンシャル》までしか」

「ああ、なるほど。じゃあ丁度いいので、続きはわたしが説明します」


 シティさんはそう言ってこちらに向き直ると、僕の目を真っ直ぐに見た。


「アイルと違って、今のわたしは《硬度ポテンシャル》に加えて《深度クラス》の恩恵も受けているんです」


  ──《深度クラス

 それは、【精霊結晶】の保有者に定められている階位のこと。


 その明確な数値は【精霊結晶】の色の深さを調べることで導き出すことができる。

 階位は、下から【Ⅰ】【Ⅱ】【Ⅲ】【Ⅳ】【Ⅴ】と全部で五段階。

 その《深度クラス》が深化していくことで、人々はより強くなっていく。


 一度目の深化を経て《深度クラス》が【Ⅱ】になれば《硬度ポテンシャル》は二倍に。

 二度目の深化を経て《深度クラス》が【Ⅲ】になれば《硬度ポテンシャル》は三倍に。

 三度目の深化を経て《深度クラス》が【Ⅳ】になれば《硬度ポテンシャル》は四倍に。

 四度目の深化を経て《深度クラス》が【Ⅴ】になれば《硬度ポテンシャル》は五倍に、と。

 そうして導き出される総合的な能力を ──【純度】と呼んでいる。


 つまり ──《硬度ポテンシャル》×《深度クラス》=【純度】


 それが、自分に宿る力の総合値を求める方程式になるというわけだ。


「分かりやすく紙に書くと、こんな感じです」


『アイル:《硬度ポテンシャル》──【76】(兵士七六人分の実力)

    :《深度クラス》 ──【Ⅰ】(《硬度ポテンシャル》を一倍にする)

    :【純度】──【76】(兵士七六人分の実力)


 シティ:《硬度ポテンシャル》 ──【1120】(兵士一一二〇人分の実力)

    :《深度クラス》 ──【Ⅱ】(《硬度ポテンシャル》を二倍にする)

    :【純度】 ──【2240】(兵士二二四〇人分の実力)』


 そこに綴られていたのは、僕たちの間に存在している絶望的な実力差。お互いの【精霊結晶】が宿す【純度】の違い。

 ……《深度クラス》がたった一つ違うだけで、これだけの差が生まれるのか。


「《深度クラス》を加味して比較すると、アイルたちの間には【2164】の【純度】の差 ──つまりは『兵士二一六四人分』の実力差があるってことになるね」

「 ──」


 師匠が口にしたその数値の大きさに、僕は眩暈を覚える。


「だけど、わたしもまだまだです。世界でも最高峰の実力を持つ冒険者の中には、【純度】が【10000】を超えるような化け物も存在していますし」

「い、いちま……」


 そして追い打ちをかけるようにして放たれたシティさんの言葉を受け、よろめいた。【純度】が【10000】……つまり、『兵士一〇〇〇〇人分』の実力を持った存在。

 そんなバカげた力を持っている一人の人間が、この世界にいる?


「ちなみにですが、そのラインのことは『怪物しか踏み越えられない境界線』という意味を込めて【10000ザ・ボーダー】と呼びます」

「ざ、ぼーだー?」

「そうです。この広い世界には、その境界線を跨いだ人が何人もいるんです……というか、誇らしげな顔でそこに立っている人も、その一人です」


 そう口にするシティさんの視線の先にいるのは ──師匠だ。


「むふん!」

「え──ええええええええええええええええええええええええ!?」


 師匠が『兵士一〇〇〇〇人分』の実力の持ち主……とんでもなく凄い人だということは理解していたつもりだったけど、こうやって目に見える数値として実力の違いを突き付けられると、なんかもう「ほあー」って感じだ。


  ──そんな人を守れるような主役になる。

 そして、幼い自分が立てたその誓いを果たすことがどれだけ困難なのか、僕は改めて思い知らされることとなった。



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試し読みは以上です。


続きは2021年2月25日(木)発売

『キミに捧げる英雄録1 立ち向かう者、逃げる者』

でお楽しみください!


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