第三巻 第二章 仕事の成果はたまに予想外②
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レナルドが私を連れて行った先は、海沿いに食事
さすが物流の中核を
ここがさっき話題に上っていたお店だろうか? 全開にされた窓の先に
レナルドがここへ来た理由を私はなんとなく察した。確かにこれは一見の価値がある。こういう形態のお店って前世ではたまにあったけど、今世では初めて目にしたもの。それに……。
「ねぇ! あそこの人たちが飲んでるのって、レモンスカッシュよね? 外国や地方の商人たちにカフェで味を試してもらって、そのまま買い付けをしてもらおうとしてるの?」
「ああ。それも目的の一つだが、それだけじゃない」
レナルドが意味ありげに笑って、私を奥のショップスペースへ連れて行く。三方を囲む壁には棚がいくつも据えられ、中央の島部分にもテーブルが並べられている。それらの上にきれいに陳列されている商品を見て、私は目を瞠った。レモンスカッシュだけじゃない。
「あそこにあるのは肉と魚の瓶詰め? あっちに並んでるのは
「そう。ここは、新たな販路を築くために、ダミアンたちが自分で考えて開いた店なんだ」
レナルドの説明に、私はすべてすとんと
前世で見た海の駅やアンテナショップと同じ理屈だ。王都の新しい特産品を地方や外国に売りたいと願っても、王都の商人が現地まで売り込みに行くのでは、交通費などの経費がかかりすぎる。その点、王都に来た商人たちに特産品の良さを知ってもらい、その場で買い付けを促せるのであれば経費が浮く。港近くのこの土地は多種多様な人が集まることから、そういった特産品のプロモーションにはうってつけだろう。
「ダミアンたちも、できればあんたに相談してから店を始めたかったそうだが、最近は忙しくてなかなか会えなかっただろう? だから、まずは自分たちでやれるだけのことをして、うまくいったら、あとで知らせて驚かせようと思ったらしい」
「……本当に、すごいサプライズだわ」
私と違って、海の駅もアンテナショップも知らないダミアンたちは、自分たちの商品を売るために知恵を絞って、この店を開いたのだろう。瓶詰め工場を
私は巣立つ
石鹼の隣に見慣れぬガラス瓶を見つけて、私は首をひねった。ダミアンのところに、こんな商品あったかしら? 瓶の中には、親指サイズの茶色い粒がいくつも入っている。ぱっと見、前世の黒糖
気になって、瓶の陳列された棚に近づいてみる。その時、カランと澄んだ鈴の音が鳴って、背後で店の扉が開いた。
「こんにちは! アナリー様印ののどあめをお届けに来ました!」
明るい少女の声が店内に響く。え? この声、聞き覚えがあるけど、まさか……!
振り向いた私は驚きに息を吞んだ。最後に会った時よりずいぶん背が高くなったし、頰もふっくらしている。それでも見間違えるはずがない。彼女は病気のお母さんの薬をもらうために、治療院で薬草の手入れや洗濯の手伝いをしてくれていた女の子──リーズだった。
なんでリーズがここにいるの? しかもアナリー様印ののど飴って何?
店の奥から出てきた店員がリーズと二言三言交わしてから、木箱を受け取る。ずいぶん手慣れた様子だけど、リーズは定期的にこの店にのど飴を納品してるのかしら?
私の視線に気づいたのか、リーズがこちらを向いた。その眉が不可解そうに中央に寄せられる。彼女は、私と隣にいるレナルドの姿を見比べてから、急に顔をぱぁぁぁっと輝かせた。
あ、まずい! これ、きっとバレたわ。
前に一度しか会ったことのないマチューの目はごまかせても、リーズにはこの変装が通じなかったらしい。今ヴィオラの名前で呼ばれたら、面倒なことになる。だって、この店には情報通の商人たちが集まっているのだから。
リーズが笑顔で近づいてくる。私はとっさに人差し指を唇に押し当てて、「しーっ!」と訴えた。一瞬キョトンとしたリーズが
よかった。「今はお忍びの最中だ」と伝わったらしい。だけど、この他人の振りをしなければならない、ジリジリした距離感はどうしたらいいだろう?
「リーズ、久し振りだな。元気そうでよかった」
私がリーズと奇妙なにらめっこを展開していると、横からレナルドが話しかけた。
そうだ、彼はレナードとして治療院に顔を出していたおかげで、リーズとも面識があるんだった。しかも私と違って、その正体は治療院の面々にバレてない。
「最近の治療院はどうだ? 新しく来た薬師や医師たちにはもう慣れたか?」
レナルドが世間話を装って、私が気にしていたことを聞いてくれる。
ありがとう、レナルド。私は内心でお礼を言った。
アナリーは治療院の引き継ぎをすべて終えて教会に戻ったと、マティアスから報告を受けていた。今は彼女の志を継いだ医師や薬師たちが交替で診察に当たっているらしい。聖女と慕っていたアナリーのいなくなった治療院で、患者さんたちはうまくやれているだろうか?
私は気がかりで仕方なかったけど、そういった不安はすべて
「新しい先生たち、すごくやさしくて、あたしにもいろんなことを教えてくれるんだ!」
そう言うリーズの声は嬉しそうにはずんでいる。
「あたしが運んできたのどあめはね、アナリー様が最初に調合を考えてくれたものなの。でも、アナリー様はもう治療院に来られないでしょ? だから今はね、新しい先生たちに教えてもらいながら、あたしがのどあめを作ってるの! どんなにのどがイガイガしてるときでも、これをなめればすぐに治るって大評判なんだよ!」
「すっ!……すごいわ。あなた、いっぱい勉強したのね」
私は周りの目を気にして、慌てて声のボリュームを落とした。
リーズと初めて会った頃を思い出す。あの頃は、私もアナリーも治療院を立て直すことに手一杯で、患者さんたちとゆっくり話す時間も持てなかった。それが、今ではリーズのような子どもにのど飴の作り方を教えられるくらい、治療院には余裕ができたのね。
リーズの方も、以前は文字の読み書きすらおぼつかなかったのに……。
「本当に頑張ったのね」
「うん!」
褒められたことがよほど嬉しかったのか、リーズが頰を赤く染めて破顔する。私もつられて微笑んだ。が、次の瞬間、リーズの顔が急に真剣味を帯びた。
「ねぇ、そっちのお兄さんはヴィオラ様のお友だちなんだよね? お姉さんもヴィオラ様、知ってる?」
「……………………」
私は思わず目を泳がせた。ちょっと待って。リーズは、私がそのヴィオラだってわかってるはずだよね? それなのに、突然どうしたの?
戸惑う私に向かって、リーズが何かを決意した様子で口を開く。
「あのね、ヴィオラ様に会ったら伝えてほしいことがあるの。あたし、夢ができたんだって」
「夢?……って、夜中に見るやつじゃなくて、将来の夢?」
「うん」
リーズが恥ずかしそうにうなずく。
正直、私は驚いた。リーズとは、アナリーと同じくらい長いつき合いになるけど、その口から将来の夢について聞いたことは一度もなかった。というより、子どもは立派な労働力だと考えられているこの世界で、平民の──それも決して裕福とは言えない家庭の子どもは普通、夢を持つことさえ難しい。
リーズも、そういった自分を取り巻く環境を理解していたはずだ。それにもかかわらず、彼女は小さな拳をギュッと握りしめて、力強く続けた。
「あたしね、お母さんが病気で大変な時に、アナリー様とヴィオラ様にたくさん助けてもらったの。二人がいなかったら、あたしもお母さんも、今みたいに元気に笑って暮らせてなかったと思う。だから、あの時助けてもらったみたいに、今度はあたしが薬師になって、困ってる人の力になるの!」
私は無言でリーズを見返した。というより、胸がいっぱいになって何も言えなかった。
リーズは、治療院を手伝っていた私──ヴィオラの正体が極悪王女ヴィオレッタであったと知ってるはずだ。それでもまだ私を慕ってくれるなんて。しかもアナリーと私の二人に憧れて夢への第一歩を踏み出したなんて、涙が出そうなほど嬉しい。
「あの、お姉さん?」
泣かないよう必死にこらえている私の顔をリーズが
「すごく素敵な夢ね。ヴィオラ……様も絶対に応援してくれると思うわ」
「うん! ありがとう!」
リーズが晴れ晴れとした笑顔で私の手を取る。
王女の私がリーズと会うことはもうないかもしれない。それでも、この先どれだけ離れていても、その夢の実現を願っていると伝えたくて、私はリーズと固い握手を交わした。