第三巻 第一章 破滅は回避できたけど……③

    ***


「ヴィオレッタ、大丈夫? 顔色がすごく悪いよ」

 朝議を終え、控え室に戻ってきた私のもとに、リアムが気遣わしげな様子で駆け寄ってきた。そう言う本人も、お世辞にも顔色がいいとはいえない。最近少し大人びてきた顔は今、かすかなかげりを帯びて見える。

「心配してくれてありがとう。でも、あなたの方こそ大丈夫? 朝議の場はやっぱり緊張するわよね?」

 私が聞くと、リアムは「うん……」とためらいがちにうなずいた。

「やっぱり僕は、人前に出るのって好きじゃないから……。あ、でもね、最近は大勢の人の前に立っていても、みんなの議論が耳に入ってくるようになったんだよ。これもヴィオレッタと兄さんがそばにいてくれるおかげだね。二人が一緒にいてくれて、心強いよ」

 リアムが照れたように微笑む。ああ、なんていい子なの……! 自分だって、朝議のあとで気疲れしてるのに、そんなうれしい言葉をくれるなんて。

 リアムの優しさに癒やされて、自然と表情が和らぐのを感じる。しかしリアムの方はそんな私を見上げて、なぜか悲しそうに顔を曇らせた。

「ヴィオレッタ、本当に大丈夫? 無理してない?」

「え……?」

「ヴィオレッタが王になるのは前から決まってたことだけど、半年後だなんて……」

「すまないな、ヴィオレッタ。俺も即位までせめて一年は欲しいと思ったのだが」

 どこか疲れのにじんだ声がリアムの言葉に重なった。レナルドだ。朝議のあと、デュラン公爵たちと何か話していたようだが、そっちはもういいのだろうか。

 彼は控え室の入口からこちらに向かって歩いてくると、私の前で足を止めた。その口から、焦りを含んだ苦々しげな吐息がこぼれる。

「今回のような形は俺も本意じゃない。即位の準備にはもっと時間をかけるべきだと改めて説得したが、デュラン公爵たちの決意は固いらしい」

「……そう。公爵たちはそれだけロワール王国を警戒してるのね」

 朝議での様子を思い出して、私は肩を落とした。

「ロワール王国につけいる隙を与えないようにするには、私の即位と婚約を早めるのが、確かに一番角が立たなくていいものね。うん……私のために公爵と話をしてくれてありがとう」

 これは私の問題なのに、レナルドやみんなに迷惑をかけていることが心苦しくて、力なく微笑む。すると、向かい合うエメラルドの瞳がすっと不服そうにすがめられた。

「あんたは本当にそれでいいのか?」

「え……」

「そんな迷った状態で即位の話を進めてしまって、あんた自身は平気なのかと聞いている」

「……………………」

 鋭い指摘に息を吞む。無言で固まる私を見て、レナルドが「図星か」とつぶやいた。

「今日の朝議で、あんたは王にふさわしい広い視野を持つことを皆に示した。教会での功績や国王試験の結果を聞いただけでは、あんたが変わったことに対して半信半疑だった重臣たちも、さすがにその変化を認める気になっただろう。だが、あんた自身はどうだ? あれだけの事を成しておきながら、依然として即位に不安を覚えているのはなぜだ?」

「……………………」

 レナルドの眼差しは真剣そのもので、ごまかしを許しそうにない。だからこそ、私はすぐには答えられなかった。

 前世を思い出した瞬間から、私の意識は一国の王女よりも、前世の経営コンサルタントであった頃の方に近くなっている。その経緯をレナルドたちに明かすつもりはない。だけど、以前のように何も話さないせいですれ違う事態だけは絶対に避けたくて……。

「もしも今が平和な、誰が王になってもたいして代わり映えのない世の中であれば、私にも王が務まったかもしれないわ」

 私は慎重に言葉を選んでレナルドに話しかけた。

「瓶詰めやレモンスカッシュに続く産業の育成とか、衛生環境の改善とか、実施したい政策は山ほどあるわ。それに何より、私は『アナリーを守る』と告げた誓いを破りたくはない」

「それなら、やはりあんたが王に──」

「でも、私ではダメなのよ」

「どうして?」

「きっと私では、国難の時に最良の決断を下せないから」

「国難? それは──」

「例えば、革命とか」

 自分の口がつむいだ単語に、自分自身でゾッとする。

 私はヴィオレッタ・ディル・グランドールとして、この世界で生きていく決意をした。だけど、忘れてはならない。今の身分が王女だとしても、私は特別な帝王教育を受けたわけじゃない、ただの元経営コンサルタント。そして、ここはラルスが考えた「グランドール恋革命」というゲームの世界だ。

 私たち全員がゲームと異なる現実を生き始めた今、私が王位に就いたところで、さんだつ者として処刑される未来は訪れないかもしれない。しかし、それでも……。

「レナルドも気づいてるでしょう? この国では、貴族たち特権階級と一般市民の間の格差が大きすぎるのよ。例えば今回の強制労働事件に対して、私たち宮廷が適切な対応を採れなかった場合、何が起きると思う? 市民たちの間でまりに溜まった不満が爆発して、暴動や独立運動が起きたり、それがきっかけで戦争に発展したりするかもしれないわ」

 そう、ゲームがシナリオ通りに進まなかったとしても、元々あった革命の火種が完全に消えたわけじゃない。革命や独立運動が生じた場合、荒れる民の怒りをしずめて秩序を回復し、国内外の脅威から皆を守ることが私にできるだろうか?

「非常時に先頭に立って戦う王として、私では力不足なのよ」

 せっかく期待してもらっているのに、応えられない自分が悔しくて下を向く。そんな私の耳に、レナルドが苦々しげにこぼすのが聞こえた。

「前々から気になっていたことだが、あんたはなぜたまにそういう謎の自己評価を下すんだ? あんたの性格なら、革命や戦争などの非常時にも先陣を切っていきそうだが」

「そんな、買いかぶりよ! 私はそこまでの豪傑じゃないから!」

「……………………」

 え、何その反応? こちらを見るレナルドの目つきが疑わしげな半眼になっている。

「兄さん……」

 リアムがレナルドの横に並んだ。気遣いやの彼のことだ。てっきり私の代わりにレナルドをいさめてくれるのかと思いきや、彼はなんとも言えない表情で兄の肩をポンポンたたいた。

 いや待って、二人とも。私は本気で悩んでるのに、どうして兄弟でそんな「わかってる」みたいなリアクションをするのよ?

 私は抗議したかった。けど、その前にレナルドが口を開いた。

「あんたの言い分はわかった。そんなに即位が不安なら……そうだな。次の休みに少し俺に時間をくれないか?」

「え? それは構わないけど、どうして?」

「あんたに見せたいものがあるんだ」

 レナルドが意味深長にニヤリと笑う。

 なんだろう? 王になるための心得みたいな本を見せて、私を説得する気じゃないよね?

 疑問に感じた私はいろいろ尋ねてみた。しかし彼は「次の休みになればわかる」と繰り返すだけで、結局なんのヒントも与えてくれなかった。


    ***


 休みといっても、原則として王族──特に国王試験を終えたあとの私たちに、自由に使える時間はあまりない。最近の私はスヴェンの指導の下、王に必要な知識を学ぶだけで手一杯だったし、レナルドの方もマティアスとのやりとりで忙しくしていたせいで、私たちがようやくそろって休みを取れたのは、約束から二週間もあとのことだった。

 春の日差しが心地よい朝、私は緊張した足取りで王宮の廊下を歩いていた。目指す先はレナルドの部屋。今日はそこへ来てほしいと、侍女経由で伝言をもらっていた。

 レナルドの部屋なら、前に何回か訪ねたことがある。とはいえ、彼に告白されてから中に入るのは初めてのことで……落ち着くのよ、自分。

 ドキドキとうるさい心臓をなだめるように、私は胸の上に手を置いた。

 レナルドは何か私に見せたいものがあると言っていた。これはおうちデートじゃない。それなのに私だけ変に意識してるのがバレたら、恥ずかしすぎるでしょ?

 大事なプレゼンや会議の前と同じで、こういう時に大切なのは平常心。困った時はとりあえず深呼吸。大きく吸ってー、吐いてー……よし!

 私は覚悟を決めて、レナルドの部屋をノックした。すぐさま扉が開けられ、中から年配の女性が顔を出す。前にも何度か取り次いでもらったことがある。彼女は、レナルドの身の回りの世話をしている侍女だ。

「お待ちしておりました、ヴィオレッタ様。ようこそお越しくださいました」

「ごきげんよう。レナルドは……え?」

 私は中に入ろうとして、動きを止めた。てっきり控えの間に案内されるかと思いきや、侍女が私の横を通って廊下に出てきたのだ。

「ヴィオレッタ様、どうぞこちらへ」

 扉を閉めた侍女が王宮の廊下を歩いて行く。

 えーと、今日はレナルドの部屋で何か見せてもらう予定じゃなかったの? それとも、この先に目的のものが置いてあるとか?

 レナルドの意図はわからない。それでも案内してくれる侍女を放っておくわけにもいかなくて、慌ててあとをついて行く。

 最終的に、私は辿り着いた先でますます混乱するはめに陥った。そこは普段、王宮にさんだいした女性たちがお化粧直しのために使う部屋だった。

 男子禁制のこの部屋にレナルドがいるはずないよね? しかしそれなら、なぜ彼は侍女に命じて私をここへ連れて来たんだろう?

 私が答えを見つける前に、侍女が率先して中に入って行った。ばんさん会や舞踏会の夜には女性たちでにぎわう部屋も、今は閑散としていて誰もいない。隅の方に置かれたハンガーラックには水色のせいなワンピースが掛けられ、鏡の前には黒髪のウィッグと色とりどりの化粧道具が置かれている。このセット、まさか……。

 説明を求めて侍女を見る。彼女は実に晴れやかな笑顔で私に告げた。

「レナルド様のご指示です。ヴィオレッタ様には本日、新たなよそおいを試みていただきます」

 やっぱり! 主従とは似るものなのかしら? 侍女の笑顔には、時々レナルドから感じるのと同じ、有無を言わせぬ圧がある。

 レナルドが私に変装をさせて、どこへ何を見せに連れて行くつもりか見当もつかない。いくら質問しても、笑顔で「存じません」としか返してくれないれの侍女を前にして、私はおとなしく着せ替え人形に徹するしかなかった。

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