第二巻 第二章 美しい枢機卿には棘がある①

 正式なあいさつをする前に教会上層部の面々とそうぐうしてしまった私たちは、気まずいふんの中教会に所属する修道院の応接室に案内された。

 目の前には今、教会の上層部を構成する面々が並んで座っている。右から順に無表情のマティアス、瘦せぎすのバチスト、そしてふくよかなもう一人の枢機卿と光のおとだ。

 バチストともう一人の枢機卿は、先ほど私たちの前で見せた失態のえいきようや、レナルドとマティアスの関係が気になっているのか、落ち着きがない。そんな二人と対照的に、光の乙女は顔におだやかな笑みをかべながら、おっとりした口調で私たちに話しかけてきた。

「王族のみなさまには、乙女のだいわりを前にこのような交流の場を設けていただき、感謝します」

「こちらこそ今日はお時間を取っていただき、ありがとうございます。王族がこちらの教会におじやするのは三年ぶりだと聞いていますが、教会の皆様はお変わりございませんか?」

 私の発言に、バチストともう一人の枢機卿が顔を引きつらせた。そりゃまぁラルスのような反逆者を出したのだから、お変わりありまくりだよね。その反応は正しいよ。

 逆に私は「おかげさまでつつがなく過ごしております」と返した光の乙女や、無表情をつらぬいているマティアスの方がよほど気になった。本心が読めない仮面の下で、この二人は何を考えているんだろう? それに、マティアスとレナルドの関係は?

 先ほどからレナルドは明らかにマティアスのことを意識しているのに、おおやけの場のせいか話しかけることはなかった。マティアスの方も同じだ。そのみようきよかんがじれったい。

 ただ、いくら二人の関係が気になっても、今はほかに話すべきことがある。

「今日は折り入って教会の皆様にご相談したいことがあり、こちらへ参りました」

「まぁ、どのようなご用件でしょう?」

 光の乙女がことりと首をかしげる。私は背筋を正し、意を決して続けた。

「皆様もご存知のように、陛下は今後一年以内に王座を退かれるおつもりです。私たち王族は教会の皆様と足並みをそろえながら、乙女の代替わりも同時に実現できると考えていました。しかし残念ながら、そう信じていたのは私たちだけだったようです」

「それは、いったいどういう……」

「あの事件が私たちにあたえたしようげきは、それほど大きかったということです。ラルスはつかまりましたが、それでもまだ私たちは完全に安心することができずに困っています」

「……ヴィオレッタ様は、ラルスの背後にわれわれ教会がひかえているとお考えなのでしょうか?」

 静かなをはらんだ声が上がった。バチストだ。彼は高位の聖職者でありながら、割と直情的な性格をしているらしい。あからさまにけいかいしている彼に、私はイエスでもノーでもなく、スヴェンを真似まねみを向けた。

「乙女の代替わりを控えている今、王族と教会の間で生じた誤解はそつこく解消されるべきです。そのためにも王族と教会の交流を増やしたいと思うのですが、いかがでしょう?」

「……ヴィオレッタ様は、具体的にどのような交流をお望みなのでしょう?」

「そうですね。私たち王族が教会内を自由に見て回ったり、聖職者の皆様と話したり、教会の保有している書物を好きに読んだりする許可をいただけたら、幸いです」

「そ、それは、もはやかんではございませんか!」

 うん、監査だよ。……と正直に答えたくても、ここはまんだ。がくぜんとしているバチストをげきするわけにはいかない。うーん、どう答えようかとなやんでいるとレナルドが口を開いた。

「失礼ですが、監査という言い方は誤解を招くため控えてもらえませんか、バチスト?」

「で、ですが、ヴィオレッタ様は教会のすべてをご覧になりたいとおっしゃって……」

「それは、あなた方を信じているからです」

「……は? 信じているとおっしゃるなら、何もそのようなことをなさらなくても……」

 あくまでねばるバチストを、隣の枢機卿が「がんれ」と目でおうえんしている。ただ、彼のげきれいもレナルドの前では意味をなさなかったらしい。

「バチストは、初代国王と光の乙女のいつをご存知ですか?」

 レナルドのとつぜんの話題てんかんに、バチストがまゆをひそめる。しかし、それは私も同じだ。急にどうしたのかといぶかる中、レナルドはテーブルの上でゆうに手を組み、にっこり続けた。

「初代国王の時代、他国のぼうりやくにより、王と乙女のきずなにヒビが入りかけたことがありました。そのことを問題に感じた乙女は王を教会へ招き、すみずみまで自由に見て回ることを許可しました。しかもその間、乙女は一番の忠臣であったナタンに命じて、自らの身体からだを柱にくくりつけさせていたそうです。そうすることで、教会は何もかくしていないと王にうつたえたのです」

「ええ、その話は存じています。ですが、それはあくまで言い伝えであって……」

「逸話とはちようされて伝わるものですし、あなた方にそこまでのことは求めていません。ただ、現代でも初代国王と乙女のような絆を築きたいと願っている私たち王族に対し、乙女のこうけいうたうあなた方教会がどのように対応なさるおつもりか、気になっただけです」

 さすがレナルド、うまいな。バチストが頭をかかえているよ。

 仮にラルスの件ではシロだとしても、教会にだって隠しておきたいことの一つや二つはあると思う。それでも今の逸話を聞いたあとで王族の監査をきよすれば、現教会は王族との関係を軽視していると公言するのも同然だ。権力のこんきよを王と乙女の絆に見いだしている教会としては、受け入れがたい話だろう。さて、バチストはどう出るか?

「レナルド様は具体的にどれほどの期間、我々とをお望みなのでしょうか?」

 テーブルのはしの方から、落ち着いた口調で質問が投げかけられた。発言の主は、意外にもだまって様子をうかがっていたマティアスだった。

「失礼ですが、ある程度具体的なご意向をうかがわなければ、教会としても判断ができません」

「……それもそうだな。すまない」

 藍色のひとみをまっすぐに向けられ、レナルドがわずかに目をらす。いつものこうしよう慣れした彼らしくない。さっきからマティアスを相手にするとこうだ。二人は知り合いのように思えるけど、いったいどういう関係なんだろう?

 私が心配して見ていると、気を取り直したレナルドがよそ行きの笑みを顔にもどして続けた。

「交流期間については、ラルスのような不届き者はもう教会にいないと確信が持てるまで。最低でも一ヶ月、場合によっては数ヶ月ほど時間をもらえたらうれしいですね」

「くっ……!」

 バチストともう一人のすうきようが苦虫をかんだような顔になる。マティアスは対照的に眉一つ動かすことなく、光の乙女の判断をあおぐように視線をすっと横向けた。

 乙女は先ほどから一言も発することなく、おっとりした様子であごに手を当て思案している。

 おかざりの要素が強いにしても、一応教会のトップだよね? こんな調子でだいじよう

 私は人ごとながら心配になったけど、それでも彼女が教会の代表であることに変わりはない。皆が答えを待つ中、乙女はにっこり微笑んで決断を下した。

「ラルスのような反逆者はもう教会におりませんし、やましいこともございません。私たちの誠意が初代乙女におとらぬことを実感していただくためにも、私は王族との交流を望みます」

「お、乙女……!」

 バチストがガタッとから立ち上がり、そうはくになってさけぶ。しかし、彼にもこうする以外の道がないことはわかっていたらしい。最後にはしぶしぶ私たちの提案を受け入れてくれた。

「では、王族の受け入れが決定したところで、次は細かい取り決めについて話しましょう」

 たんたんと話を進めるマティアスは、そのちようぞうのような見た目通り、感情が欠落しているのだろうか。それとも心を隠す術にけているのか、バチストのようにくやしがることすらない。

 そんな彼のことを、レナルドはさっきからもの言いたげな様子で見つめている。その瞳には迷うような光が浮かんでいても、今は王族としての義務を優先する気らしい。それはリアムも同じだ。彼もげることなく、いつしようけんめいに話を聞いている。うん、私も頑張らなきゃ!

「今回の取り決めについてですが、私たち王族としては……」

 私は気合いも新たに口を開くと、レナルドといつしよになって教会との交渉を再開させた。


    ***


 気のけない会談を終えてから約十分後。応接室をあとにした私は、レナルドたちと一緒に足取りも軽く教会のかいろうを歩いて……いられたら、よかったんだけど。

 私は前を行くマティアスの様子を窺い、かげでこっそりため息をこぼした。

 教会との交渉結果にはおおむね満足している。こちらの要望はほぼ受け入れられ、教会内での自由な行動を許可されたから。ゆいいつの難点は、バチストがマティアスを私たちの案内役、もとい監視役に命じたことだ。

 マティアスはゆうしゆうな枢機卿かもしれない。でも、人には向き不向きがあるようで……。

みなさま、この先は墓地です。ここが墓地となったのは四百九年前。まいそう者は九百三名です」

 あいあいきようめつした説明を耳にして、私は頭を抱えた。たとえゾンビだって、もう少し明るい声で墓地の説明をしてくれそうな気がする。このうつうつとした案内に、私はどう応じればいいんだろう? リアムなんて、空気の重さに負けてフラフラしてるよ。

 思わずほうに暮れ、天を仰いだ。その時、レナルドが少しきんちようしたおもちでマティアスのとなりに進み出た。どうやらせんじんを切って、この空気をどうにかしようと考えてくれたらしい。

「マティアス、案内もいいが、私は久々の再会を嬉しく思っているよ。まさか君が枢機卿になっているなんておどろいたが」

「……レナルド様と最後にお会いしてから、私もいろいろございましたので」

 おおお! マティアスが初めてつうの人っぽいセリフを口にした! この感じ、やっぱり二人は知り合いだったのね。

 まともに言葉をわせたことで、レナルドも少しかたの力がけたらしい。彼は口元をフッとゆるめ「そういえば」と続けた。

親父おやじさんは元気か? できれば今度、久しりに会いたいな」

「申し訳ございません。父は他界しました」

「……………………」

 レナルドの表情がピシッと固まる。あああ、なんてみような話題! でも長い間会っていなかったのなら、知らなくても仕方ないよね。どうやらマティアスも同じ感想をいだいたらしい。

「レナルド様、どうか父のことはお気にまないでください」

「だが……」

「さぁ、この先はたちの練兵場です。今は訓練中だと思いますので、お静かに願います」

 マティアスが一方的に会話を打ち切り、回廊のき当たりで足を止める。彼はこんわくしているレナルドの前でとびらに手をかけた。……うっ、まぶしい!

 思わず手をかざして目をすがめる。次のしゆんかん、私は飛び込んできた光景に目をうばわれた。

 すごい……。抜けるような青空の下、何十人もの騎士たちが一糸乱れぬ動きで青いマントをひるがえし、天に向かってけんいくも突き上げている。そういえば、光のおとの就任式ではけんろうされると聞いた。その練習をしているのだろうか。

 息をするのも忘れ見入っていると、ふとまいをやめ、その場でひざまずく騎士が現れた。大聖堂の前で最初に私たちをむかえてくれたユーゴだ。異変に気づいたほかの騎士たちも何事かと動きを止め、こちらを向く。その中心から騎士団長があわてた様子で飛び出してきた。

「王族の皆様! マティアス様も! このような場所までご足労いただき、光栄です」

 団長が私たちの前まで来てひざまずく。それを目にした部下たちも慌ててひざをついた。

 はぁぁぁー。五十人はいそうな騎士たちからいつせいにかしずかれるとか、そうかんだわ。まるで自分がえらくなったみたい。……って、私も一応王女だけど。

 ビクッとふるえたリアムが兄の後ろに隠れる。レナルドの方はめずらしくにぶい反応で、何も言わない。どうやらさっきのマティアスとのやりとりを引きずっているらしい。一方のマティアスは何事もなかったかのように片手を上げ、感情の欠けた声で騎士団長に話しかけた。

「王族の皆様は、ありのままの教会をご覧になりたいとおおせだ。どうか訓練を続けてくれ」

「はっ! かんだいなおこころづかいに感謝いたします! では、さつそく続きを」

 騎士団長の返事に続いて、残りの騎士たちも立ち上がる。

「王族の皆様はどうぞこちらへ」

 私たちはマティアスの案内で、練兵場の端に設けられた観覧席へ移動した。野外であることをこうりよした結果か、石造りのがんきようなベンチが六きやくほど並んでいる。

「あ、ヴィオレッタ、座るのはちょっと待って」

「リアム? 急にどうしたの?」

 不思議に思って振り向くと、リアムがポケットの中をゴソゴソさぐって、中から清潔そうな水色のハンカチを取り出した。それをそのまま広げて、ベンチの上にいてくれる。

「あの、今日は寒いし、せっかくのドレスがよごれちゃっても悲しいから」

「リアム……! わざわざありがとう!」

「すまない、リアム。考え事をしていたせいで、気が回らなかった」

「兄さんが気にすることないよ。それよりほら、剣舞が再開されるよ」

 照れかくしなのか、ほおを染めたリアムが早口で言って練兵場を指さす。その先では、ちょうど騎士団長が手を上げたところだった。それを合図として、騎士たちが一斉に剣をかかげる。

 私はワクワクして前のめりになった。剣舞をるのは初めてだもの。せっかくだし、楽しまなきゃ。……と思ったのに、なんだかさっきと比べて、みんな動きに切れがないような。

 私たち王族が観ているせいで、緊張したのかもしれない。中には、舞の途中でちらちらとこちらに視線を投げかけてくる者まで出る始末。うーん、これは完全にじやになってるわね。

 マティアスも同じことを感じたのか、五分ほど見学したところで早々に席を立った。

 気づいた騎士たちが慌てて練兵場の出口に並ぶ。さすが騎士だけあって、お見送りの敬礼はビシッと決まっている。でも、なぜだろう? 彼らの顔にかんでいる社交用のみがぎこちなく感じられる。てっきりワガママ王女と悪名高い私がいるせいかと思ったけど、ちがう。

 騎士たちの視線の先にいるのはマティアスだった。彼らの目にはべつともけんとも取れる光が宿っている。枢機卿であるマティアスは彼らにとって上司のような存在なのに、なぜ?

「次は大聖堂へご案内いたします」

 扉を閉めたマティアスが淡々と告げる。私はモヤモヤした気持ちを持て余して、そのぶつちようづらを見つめた。確かにマティアスはお世辞にも親しみやすい性格とは言えない。それでもすうきように対してあんな態度を取るのは、さすがに変だ。

 私は後ろがみを引かれる思いで、練兵場へ続く扉を振り返り……やっぱりダメだ。気になる。

「ヴィオレッタ、どうしたの?」

「ごめんなさい、リアム。せっかく借りたハンカチを観覧席に置いてきちゃったみたい。取りにもどるから、みんなは先に大聖堂に向かっていて」

「え? ヴィオレッタ!」

 対人きようしようのリアムと、調子の悪そうなレナルドにめいわくをかけるわけにはいかない。私だって、教会内を自由に見て回る許可を光の乙女からもらったわけだし、騎士たちに少し話を聞くくらいなら問題ないよね。自分にそう言い聞かせ、足早に回廊を戻って行く。

 案内途中で時間もない。私はひと思いに練兵場の扉を開けようとした。その時だった。

「さっきのあれ、どう思う? 養父殺しが王族の案内とは……」

「まったく、救貧院の出身者がよくもここまで出世したもんだぜ」

「クレマン様の愛情を利用しやがって、許せねぇよ」

 扉しに聞こえてきた声に、心臓がドクンとね上がる。

 王族の案内って、マティアスのことよね? それが養父を殺したとか、救貧院の出身だとか、どういうこと? さっきの騎士たちの微妙な視線と何か関係があるのだろうか?

 会話の内容が気になりすぎて、つい扉に耳を寄せてしまう。そんな私の肩に、とつぜん後ろから手が置かれた。ひゃっ! 何!?

 反射的に振り向く。あ……。

 私は顔をこわばらせた。なぜなら、そこに立っていたのは冷たいちようぞうのような面持ちで静かにこちらを見下ろすマティアスだったから。

「ヴィオレッタ様、ここで立ち止まっていらっしゃっても、忘れ物は飛んできませんが」

 うっ、それはそうだけど。そもそもハンカチを忘れたっていうのは、私が練兵場に戻るため適当に言った口実で……。しかも今、練兵場に入るのはちょっと……って、ああ!

 私が止める間もなく、マティアスが扉を無造作に開けて中に入って行く。その瞬間、笑い声とざわめきに満ちていた広場がシーンと静まりかえった。

「忘れ物を取りに来ただけだ。皆はどうか気にせず、訓練を続けてくれ」

 ねぇ、マティアスの発言はわざとなの? それとも本当に空気が読めていないだけなの?

 この微妙なじようきよう下でも、マティアスだけは顔色一つ変わらない。彼は騎士たちの困惑した視線も気にせず、無言で観覧席へ向かうと、手ぶらのまま私のもとに帰ってきた。

「失礼ですが、ヴィオレッタ様は本当にハンカチをお忘れになったのでしょうか?」

「え? 確かに忘れたと思ったんだけど……ごめんなさい。自分でも無意識のうちに、ドレスのポケットにしまっていたみたい」

 うん、わかってるよ。これがどれほど苦しい言い訳かってことは。

 マティアスからじっと見下ろされ、背筋を冷たいあせが伝い落ちていく。しかし彼は私の下手へたな言い訳をついきゆうすることなく、こちらに背を向けスタスタと先にかいろうへ戻っていった。

 マティアスの後ろをついていきながら、かたしにそっと振り返る。騎士たちは私たちの背中に敬礼を送っていたものの、練兵場を満たす空気は今までの何倍も心地ごこちが悪くなっていた。

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