クラスの大嫌いな女子と結婚することになった。

第二章『新生活』(5)

 家事のやり方だけではなく生活のあらゆる面で、二人はトラブルの連続だった。

 大嫌いな女子と四六時中共に過ごすストレスは絶大。

 げんなりしてきた才人は、夕食が終わるなりリビングでゲーム機を起動した。やはりストレス解消はゲームに限る。

 幸い、この家には実家とは比べ物にならないほどの大画面テレビと音響設備がそろっている。引っ越してきたときからゲームに使ってみたくて仕方なかったのだ。

 画面に大写しで表示される、ゾンビの大軍。

 次から次へと襲ってくる亡者たちを、才人は武器ではらっていく。ゾンビたちの絶叫が血まみれの戦場に鳴り響く。

 二時間ほどプレイを堪能し、ストーリーモードを順調に進めていると、リビングに朱音の足音が近づいてきた。それだけで才人は胃が焼けつくように感じる。

 また口論する羽目になるのではないか、今度は家事のどの辺りに文句をつけられるのかと思うと、せっかくの愉快な気分が台無しになる。

 悪霊退散を祈るもむなしく、朱音がリビングに飛び込んできた。

「うるさくて勉強に集中できないわ! って、なに変なゲームしてるの!?」

 才人は力強く語る。

「変なゲームじゃない。地域密着型ゾンビハンティングアクションだ。全国の都道府県に出現したゾンビを、各地の名物で倒していくゲームだ。それぞれのステージのナビゲーションキャラは知事、舞台も実際の観光名所を再現しているというこだわりっぷりでな、ゾンビたちは歴史上の人物をモデルに……」

「知らないわよ! ゲームの説明はどうでもいいわ! 気持ち悪いから消して!」

 手の平で目を覆う朱音。

「気持ち悪くはないだろ。ちゃんと設定で臓物の量は四十パーセントに下げている。臓物が多すぎると敵が見えなくなるからな」

「四十パーセントだろうとなんだろうと、臓物は臓物よ! 趣味が悪いわ!」

「お前だってレバー食うだろうが」

「それを見たら食べたくなくなったわ! だいたい、暴力的なゲームなんてする人の気が知れないわ。そういう人が犯罪を起こすのよ」

 才人はカチンと来る。

「偏見だ。人の趣味をとやかく言うな」

「私の家でやらないでって言ってるの!」

「俺の家でもある!」

「あんたはタダの居候よ!」

「なんでだよ!」

 額を突き合わせてにらう二人。結婚してなにが変わったかというと、仲が良くなったとかそういうことは一切なく、戦場が拡張されただけだ。

「もういいわ。電源消すから」

 あかがゲーム機に向かって憤然と歩き出す。

「いや待て待て待て!」

 さいは慌てて朱音の手をつかんだ。

「さ、触らないで! 実力行使なんてきようよ!」

「実力行使してるのはお前だろ! 俺の二時間分のプレイデータを殺すつもりか!」

 朱音は口元に人差し指を添えてきょとんとする。

「ぷれい……でーた……? よく分からないけど、殺したりしないわ」

「プレイデータも分からんのか!」

「私のことバカにしてるの?」

「バカにはしてねえよ! ゲームしたことないのか!」

「あるわ。UFOキャッチャーとか。大きなヌイグルミも取ったことあるわ!」

 誇らしげに胸を張るが、ゲーマーの気持ちが理解できる経験ではない。

 朱音は才人の手を振りほどき、テレビの前に走ってゲーム機を持ち上げる。

「なにするつもりだ!」

「押し入れに封印しておくのよ。ウチではゲーム禁止よ」

「お前は俺の母親か!」

 才人はゲーム機を奪い返そうと掴む。

「こんな性格の悪い子供を育てた覚えはないわ!」

「性格悪いのはお前の方だろ!」

 ゲーム機を引っ張り合う二人。どちらも一歩も譲らず、手の平が汗ばんでいく。気を抜くと手が滑ってしまいそうで、才人はゲーム機に爪を立てて踏ん張る。

 そのとき、玄関のチャイムが鳴った。

「あっ、お客さんだわ」

「ちょっ……」

 朱音が急に手を放し、才人は後ろに倒れ込む。ぶちぶちと、ゲーム機の電源や映像のケーブルが外れていく。プレイデータがかいじんに帰す。

「あああああああああ……」

 真っ暗になった画面を見上げ、さいは断末魔の悲鳴を漏らした。



 チャイムの主は運送業者だった。才人の実家から送り忘れた荷物があったらしい。

 わざわざ送ってくれるのはありがたいことだが、才人の痕跡を根こそぎ実家から消そうとしているのが伝わってきて、才人は切ない気持ちになってしまう。

 ──もう実家には帰れないのか……。

 改めてそのことを思い知らされ、届いた荷物をほどきながらため息が出る。たいして未練のある実家ではないけれど、やはり生まれ育った家だし、どこだろうと今の戦場よりはマシだ。あかの顔を今後一切見ないで済むなら、才人は魂さえ差し出すかもしれない。

 明日も朝から壮絶な戦いが待っているだろう。傷ついた戦士の肉体をいやすため、才人はゆっくり風呂にかることにする。

 手ぶらで自室を出たところで、

 ──そうだ。着るものを持って行かないと。

 部屋に引き返し、寝間着と下着を手に取る。

 せいが遊びに来ているときを除き、実家では裸で浴室と自室を行き来しても問題なかったので、つい忘れてしまいがちだ。全裸で廊下を歩いているところを朱音に目撃されたら、また説教の嵐になるに違いない。

 そう考えつつ、才人は脱衣場で服を脱いだ。

 浴室の照明はついているが、中から音はしない。

 才人が消し忘れたときは『電気代がもったいないわ!』と叱られるのに、朱音も忘れているじゃないか……といらちながら、扉を開けて浴室に入る。

「……!?」

 中の光景に、才人はぎょっと立ちすくんだ。

 一糸まとわぬ姿の朱音が、湯船に浸かっていた。

 広々とした浴槽にあおけで寝そべり、目を閉じている。

 制服を着ているときは控えめに見える胸も、押さえつけるものがないと意外に……大きい。確かな存在感を持って形良く突き上げ、薄桃色の中心まであらわになっている。

 きやしやな肩、水面の下に透ける脚は、まばゆいほどに白かった。トレードマークの三つ編みも解き、れた髪から滴る水が、細い顎を伝っている。

 れいだ、と才人は感じた。

 常日頃からけんしている相手でも、そればかりは否定できない。彼女はまぎれもなく、美しい少女だった。思わず才人が見とれ、脱衣場に引き返すのを忘れるほどに。

 だが、すぐに理性が戻ってくる。

 ──やばい。

 ぞうの奥からせり上がってくる恐怖。自らがしでかしてしまった行為の重さ。

 クラスメイトの女子が入浴しているところに、突入してしまったのだ。

 殺されても仕方ない。いや、ただでさえさいを敵視しているあかのことだから、死よりも恐ろしい制裁を加えてくる可能性がある。

 不幸中の幸いか、朱音はまだ目を閉じたままで、才人の存在に気づいていないようだ。今のうちにこのドラゴンの巣穴から脱出しなければならない。

 そろりそろりと、才人は足音を忍ばせて後じさった。

 決して音を立ててはいけない。それは破滅を意味する。

 足裏が床に貼りついて離れるときの音すら、朱音の耳に届いてしまいそうで、才人は神経をとがらせる。

 籠もった熱気と詰めた息で、呼吸が苦しい。まだ浴室に入ってから数分もっていないはずなのに、無限の時間に等しく感じられ、背筋を汗が垂れていく。

 どうにか脱衣場まで撤退したときには、才人は疲弊しきっていた。

 最後の力を振り絞ってゆっくりと扉を閉じ、服を持って逃げ去ろうとする。

 しかし。

「……おかしい」

 才人は廊下で立ち止まる。

 いくら朱音が目を閉じていたとはいえ、才人の存在にまったく気づく様子もないのは、あまりにも鈍感すぎる。

 本当に朱音は、目を閉じていただけなのか。風呂でのぼせて具合でも悪くなっているのではないか。放っておいたら、溺れてしまうかもしれない。もし結婚相手が風呂で死んだ場合、それを放置していた配偶者はどんな罪を負うことになるのだろうか。

 廊下のど真ん中に全裸で立ち、才人は真剣に悩む。

 たとえ相手が宿敵の少女でも、見殺しにするわけにはいかない。

「くそっ……」

 才人はドラゴンの巣穴に再び近づいた。

 とりあえず、浴室の扉をノックしてみる。

 反応なし。

「お、おーい。生きてるかー……?」

 返事なし。

「生きろ! 生きるんだ! 諦めるんじゃない!」

 自分でも意味が分からないが、手頃な呼びかけの言葉も思いつかず適当に叫ぶ。

 浴室は静まりかえっている。

 やむを得ず、さいは扉を開けた。

 いまだにあかは目を閉じてあおけになっている。さっきより体が湯船に深くかっているように見えるのが怖い。もう少しで口が水中に沈みそうだ。

 才人が湯船の朱音に近づくと、小さな寝息が聞こえた。

 ──寝てるのかよ!

 心配したのがらしくなるが、危険な状況に違いはない。酔っ払いが風呂で居眠りして溺死なんて事故もよくあるのだ。

 朱音の寝顔は、普段の険しい表情がうそのように毒気が抜けていた。眉間にしわが寄っていない朱音は、文句なしに可愛かわいらしい。唇はしっとりと湿っていて、無防備にさらされた喉は透明感を帯びている。

「起きろ……起きろ……起きろ!」

 才人は近くで呼びかけるが、朱音は目を覚まさない。

 桜の花びらのような唇から、寝言が漏れる。

「むにゃむにゃ……やっと私への負けを認めたのね……偉いわ……土下座して謝ったら、才人も犬小屋くらいには住ませてあげるわ……」

「……やっぱ放置しとくかな」

 才人はほおを引きつらせた。

 夢の中でも朱音は才人と争っているらしい。しかも屈辱的な行為を要求している。よほど才人のことが嫌いなのだろう。

 とはいえ、自宅で女の子が水没するのは後味が悪い。

 才人は朱音の肩を揺さぶる。

「いい加減起きろ! 死ぬぞ!」

 朱音は安らかに眠っている。

 ──このままにしておくわけには……いかないか。

 才人は朱音を安全地帯に移動させることにした。

 朱音の両腕をつかんで、湯船から引き揚げる。

 水中に隠れていた裸身が全貌を現し、破壊力を増した。ほっそりした腹のさらにその下まで視界に入りそうになり、才人は急いで目をそらす。

 その弾みにバランスを崩し、朱音の体が才人にもたれかかってくる。

 ふにょんと、やわらかい感触。クラスメイトの女子の双丘が、自在に形を変えて才人の胸板に押しつけられている。中心の突起が当たる感覚がなまなましい。

 お互いの裸体が密着し、朱音の息づかいが生肌を通して伝わってくる。至近距離で見る朱音の顔は、ぞくりとするほどあでやかだ。

 さいは下半身が充血するのを自覚した。

 ──これは生理現象、これは生理現象、これは生理現象だ……!

 宿敵にそんな反応をしているのが居たたまれなくて、自分に必死に言い聞かせる。別に悪いことをしているわけではなく、飽くまで救助行為なのに、罪悪感が襲ってくる。

「んっ……才人の……ばか……」

 耳元に、あかの愛らしい声と、甘い吐息がかかる。

 ──俺を殺す気か!

 才人は即座に微分公式の暗唱を脳内で始めるが、公式ごときが女体に勝てるわけもない。ますます才人の生理現象は活発化し、世界を変革するほどの力を蓄えていく。

 そのときである。

 ぱちりと、朱音が目を開いた。

「あ」

 凍りつく才人。

 朱音はしばらくぼんやりした表情をしていたが、目の焦点が合ってくるにつれ、顔が血の気を失っていく。

「え、な、なにこれ……? どうして私とあんたが裸で抱き合って……? せくはら……? せいはんざい……?」

「ちゃんと説明するから、落ち着いて聞いてくれ」

 才人が冷や汗を垂らして説得を始めようとするも、衝撃的な状況で覚醒した少女が冷静になれるわけもなく。

 住宅街に響き渡るレベルの悲鳴と共に、才人は浴室からたたされた。

 勢いよく扉が閉じられる。

「信じられない! 変態! 出て行って! 家から出て行って! この星から出て行って────!!」

「地球ぐらいには住ませろ! 俺はなにもやましいことはない!」

「女の子がお風呂に入っているところに忍び込んでおいて、やましいことはない!?」

「それはっ……」

 状況が込み入りすぎていて、とっさに説明できない。

「私の裸見たでしょ!? 胸も見たでしょ!? ていうか、し、下まで……」

「いや見てな──」

 ばっちり見ていた。そして不本意ながら欲情してしまっていた。否定も釈明もできない。

「最悪! 消えて! 二度とお風呂に入らないで────!!」

 ちやな要求を突きつけられ、才人は脱衣場から撤退した。



 風呂を上がったあかは、脱衣場で髪を乾かしながら涙ぐんでいた。

 男の子に裸を見られたのなんて初めてで、しかも相手は宿敵のクラスメイトで、羞恥心に焼かれて死にそうだ。

 それに……よくよく考えてみると、あれは襲われていたのではないのかもしれない。

 家事と勉強で疲れ果て、自分はいつの間にか湯船で眠り込んでいたのだ。それを心配したさいが助けようとしていたのではないか……そんな気がしてしまう。

 だとしたら、その才人に怒鳴り散らした自分は、恩知らずの最低な人間で。

 羞恥心に罪悪感が絡み合い、朱音はどうしたらいいのか分からない。

 才人に合わせる顔がなく、いつもより時間をかけてドライヤーで髪を乾かした。

 重い足を引きずり、寝室に入る。

 先に眠ってくれていたら助かると思ったのだが、才人は起きていた。いつものようにベッドで本を読んでいた。

「………………」

 朱音がやって来たのを見るや、無言で本を閉じて掛け布団に潜り込む。きっと怒っているのだろう。

 朱音は才人の隣に横たわり、反対側を向いた。

 身をすくめ、素足の裏を丸く縮こまらせる。

「あ、あのっ……」

 謝るべきなのか、礼を述べるべきなのか。

「……なんだ」

 才人も反対を向いたまま、小声で答える。

「え、えっと、その……さっきは……私……」

「もう寝るから」

「……っ!」

 そっけなく返されると、朱音はほおが熱くなる。

 無性に腹が立って、素直な言葉が出てこない。

 いつもこうだ。高校に入学して、才人にったときから。

「あっそ! さっさと寝れば? たいした話じゃなかったし!」

 朱音は奥歯をめ、頭まで掛け布団をかぶった。

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