第二章 第一話 召喚士養成学校


 我ながら信じられないが、初めて《過去転移》してから、すでに一五八年もの年月が経過していた。


 実際にそれだけの年月が経過している以上、他に表現しようがない。この間、俺は《過去転移》を繰り返し、その度にジレッドを名乗って過去の自分──ジレンを育て、教育し、そして《融合契約》を繰り返した。

 子供の感受性さえあれば、《精霊感知》で新たな精霊と契約できる。同じ属性の精霊と間を置かず契約を繰り返すことで生じる契約酔いも、今の俺には無視できる。俺はジレンが一五歳から一八歳になるまで修練を積ませた後、《過去転移》するという循環を繰り返した。

 ジレンが一九歳、すなわちフェロキア暦二一九年まで過ごすことはなかった。これにはいくつも理由がある。

 まず俺が初めて《過去転移》したのはフェロキア暦二一八年だった。つまりフェロキア暦二一九年以降の歴史を知らないため、危険を冒したくなかったのだ。

 なにより、フェロキア暦二一八年に《過去転移》したとして、次の世界で赤ん坊のジレンを一八歳まで育てた場合、俺の肉体は三六歳になる。こうなると加齢による体の衰えを意識しなければならず、少しでも危険を回避するためには、フェロキア暦二一八年以前に《過去転移》した方が都合がよかった。ただでさえジレンとティアナという二人の子育てには体力がいるのだから。


   ◆


「まさかキミとの付き合いがこれほど長くなるとは思わなかったよ。もうキミは一〇度も《過去転移》を行っているんだよ?」

 一一度目の《過去転移》を行うべく時空の精霊クロノスの元へ赴いたときには、さすがにあきれられたものだ。

「だがそのかいはあったぞ。もう随分召喚できる精霊も増えたしな」

 俺はこの長い年月の間に、地水火風その他もろもろの下位精霊と契約を繰り返した。今ではノームを一〇体まとめて召喚することも可能だった。我ながら信じられない。普通であれば一代で同属性の精霊三体と契約するだけでも天才と言われるほどなのに。

「キミがいいなら構わないけど。忘れてるかもしれないけど、《過去転移》する前の分も入れたら、キミはもう一七六歳ということになるんだよ?」

「ああ。一応まだ数えてる」

「キミの世界の平均寿命は五〇歳なんだろう? 一七六年も生きて、そろそろ人生に飽きたりしないのかい?」

「いや、まったく。《過去転移》の度、脳にしろ肉体にしろ衰えるどころか毎回若返っているわけだしな。そもそもとしを取っているという実感がないんだ」

 それに、やはり古い記憶は自動的に取捨選択される。たとえば、俺には過去の自分──ジレンを育てたという記憶がある。だが一〇年以上前の記憶なんて自然と薄れていくもので、実際に体験するのとではなにもかも違う。シスター・ノアと共に繰り返す俺の子育てはいつも新鮮でやりもあった。

「最近じゃ、過去の俺に召喚術以外のことも教えたりしてるんだ。面白いものだぞ、過去の自分を教育することで自分の見聞が広がるというのは」

 精霊使いという職業は個人の資質にるところが大きい。ようするに学がなくともなれるため、俺は最低限の読み書きしかできなかった。そこで四度目の《過去転移》のとき、ジレンに語学の教師と数学の教師を付けてみたのだ。

 すると面白いもので、たとえば過去の俺──ジレンが掛け算を覚えると、その時点で歴史が改変され、ジレンの未来である俺も掛け算が使えるようになった。もっとも、後に《融合契約》するので結局一緒ではあるが。

「ふうん。まあいいよ、ボクとしてもキミという存在と付き合うのはちょっと楽しいと思うようになったところだし。じゃあまだまだ繰り返すんだね? 精霊使いとしての修練を」

「いや……。正直に言うと、限界がある。下位精霊との契約を増やすことで俺の召喚術は強化できるが、このままじゃ上位精霊との契約は夢のまた夢だ」

 正確には召喚士のあかしたる魔晶片の限界だ。召喚士は魔晶片を通して異界に存在する精霊に干渉する。そしてこの魔晶片は、小さいカケラならありふれているが、一定以上大きいものになると〝魔晶石〟と呼ばれるようになり、価値が跳ね上がる。総じて国宝と呼べる扱いを受け、各国が厳重に管理しているため、一流の精霊使いであっても入手すらできないという。

 魔晶石の使用を許されるのは、国家によって才能を認められ、国家への忠誠を誓った一部の精霊使い、いや、軍属の精霊使いである召喚士だけなのだ。

 ノーム一〇体を同時に呼び出せるほどになった今の俺なら──言い換えるなら、ノームを一〇体も呼び出せるほどに魂と土属性が結びついた今の俺なら、地の上位精霊タイタンとの契約も可能なはずなのだ。だが上位精霊を《精霊感知》するには国宝の魔晶石が必要になる。闇市場にすら出回ることがないと言われる国宝が。

 名門召喚士の一族に生まれたならまだしも、俺のような一般庶民が大きな魔晶石を手に入れる手段は一つしかなかった。

「へえ。じゃあどうするんだい?」

「次の世界では、召喚士養成学校に入ってみようと思う」

 強力な精霊使いは兵士数十人に相当するため、どこの国も精霊使いを召喚士という兵種の一つとして騎士と同じように厚遇している。戦争のなかにあるこの時代ならなおさらだ。そして召喚士養成学校で好成績を収め、国への忠誠を約束すれば、魔晶石を与えられ上位精霊との接触も許されるらしい。

「そうか、独学をやめて学校へ通うということか。キミがこれまでと違う人生を送るというのは、趣味でキミを観察しているボクからしても好ましいことだ。せいぜいやってみるといいよ」


   ◆


 こうして俺は一一回目の《過去転移》では、グラストル公国の首都アルディンにあるという公立召喚術研究所付属ルデールト召喚士学園──通称ルデールト学園へ入学することとなる。

 もちろん、入学するのは俺ではなくジレンだ。ただそのためには、まずジレンが一五歳になるのを待たなければならない。入学金も安くはなかったが、今や金の心配は要らない。《過去転移》ができる、すなわち未来を知っているということは、いくらでも金を稼ぐ手段になりえるからだ。

「召喚士養成学校!? そこに入ればもっと召喚術がうまくなるのか!?」

 幸い、ジレンは反対しなかった。それはそうだろう、ジレンと俺の考えは根本的なところで同じだからだ。

 問題は残る二人の家族である。

「ジレンには才能がある。召喚士学園に入学させるべきだ」

 そう切り出したものの、当然ながらシスター・ノアとティアナの反応はよくなかった。

「嫌よ、ジレンに独り立ちなんてまだ早すぎるわ」

「わたしも嫌! ジレンと離れたくない!」

 ジレンはシスターが初めて育て上げた孤児だ、離れたくなかったのだろう。ティアナも同様だ、ずっと一緒で兄妹きょうだい同然だったジレンと離れたくはないのだろう。おまけにティアナに離れたくないと言われたせいだろう、ジレンにも迷いが出たようで、俺はなんとか全員を説得しなければならなかった。

「今生の別れじゃない、いつでも会いに行けるんだし、男には独り立ちの機会を与えるべきだ。二軒隣のスウェインのところのぼうだって丁稚でっちぼうこう始めたって言ってただろう?」

 などと理屈を並べ、最終的には「長期休暇の度に帰郷させる」ことを条件に全員を納得させたのだ。

 こうしてジレンは学園の寄宿舎に入ることとなり、俺は付き添いということで共に首都へ向かった。そしてその途上で、俺は素性を明かしてジレンに《融合契約》をさせて一つになった。学園がどんなところなのかを実際に体験してみたかったからだ。

 もっとも、初めての学園生活は最悪だった。



 有力な精霊使いは貴族に多く、ルデールト学園もまた貴族の子ばかりだった。一方で、俺はただの平民だ。素性も不確かで推薦人もいない。その俺が入学できたのは試験官の前でノーム二体の同時召喚を行い、精霊使いとしての才能を示すことができたからだ。一〇体同時に召喚してもよかったのだが、さすがにそれは目立つだろうと自重したのだ。

 だがそれがよくなかった。貴族だらけの教室に放り込まれた平民の俺は、早々に目をつけられたのだ。気の強そうな目をした、れいな赤色の髪が特徴の少女に。


「あなたが平民の新入生ね? 一つだけ言っておきますわ、ノームを二体同時召喚できただけでわたくしたちと同列などと思わないことね。少なくともわたくしの邪魔になることだけはしないように」


 後で知ったことだが、彼女こそ公国きっての名門召喚士一族、ベーレンス伯爵家の長女エフェリーネという人物であった。ベーレンス伯爵家は火の精霊の扱いにけており、エフェリーネは一五歳という若さながら三体もの火の下位精霊サラマンダーと契約を交わしていた天才精霊使いだという。

 俺がサラマンダー三体と契約するのに三〇年以上かかったことを考えれば、彼女の優秀さは疑う余地がない。上位精霊イフリートとの契約も時間の問題では──とまで言われていたほどだ。

 その彼女に、俺は邪魔者扱いされてしまった。彼女自身になにかをされたわけではないが、彼女を神聖視する別の生徒たちに目をつけられるきっかけとなってしまったのだ。

 最終的には名も知らぬ生徒たちにケンカを売られてしまい、ついノーム一〇体を呼び出して岩の雨を降らせ、そのまま逃亡してしまった。学園内で許可なく召喚術を使用することは厳禁だったし、同級生をさせることや学園の建物を破壊することは言わずもがなだ。面倒臭くなった俺は、その後学園を飛び出してしまった。

《いや面白い。キミはひたすら召喚術を極めようとするだけの朴念仁かと思ったけど、感情的なところもあるじゃないか!》

 街からかなり離れて安心したところで、時空の精霊クロノスが呼んでもないのに異界からやってきた。この暇な精霊は、思いもしない出来事が起こるとこうして笑いに来るのだ。

「俺は面倒なことが嫌いなだけだ。まあやってしまったものは仕方がない、今すぐ《過去転移》させてもらうぞ」

《やれやれ……。好きにするといいけど、また赤ん坊のキミを育て直すところから始める気かい? 気長にもほどがあると思うけど》

「ん? また自分を一五年も鍛えることができるんだぞ? 面倒臭がる理由がどこかにあるか?」

《ああそうかい》

 クロノスは一度肩をすくめたが、それ以上はなにも言わなかった。


   ◆


《過去転移》一二回目。前回は自分の力を下手に隠したからかえって面倒なことになったのだ。そこで今回は、もう少し入学試験に力を入れてみた。エフェリーネがサラマンダー三体を召喚できるのだからと、俺は地水火風の精霊をそれぞれ二体ずつ、合計八体の同時召喚を行ってみたのだ。

 するとやれ「二〇年に一人の逸材」だの「エフェリーネとは違う才能の持ち主」だの「今年の新人は豊作ぞろい」だのと、周囲の対応が驚くほど変わってしまった。あのエフェリーネでさえ例外ではなかった。


「あなたが精霊を八体同時に召喚したというジレンさんですわね? もしよろしければお友だちになってくださいませんか?」


 余談だが後に《過去転移》を繰り返し、試験結果をさらに良くしていった結果、彼女の対応は更に変わることとなる。


「あのう……。どうかわたくしに教えをわせては頂けませんか。どのようにしてあなたはそれほどの力を得られたのですか?」


 最終的にはこうなった。


「お、お願いです、わたくしを抱いてください。あなたの子を産ませて欲しいんです……」


 しかもこのとき彼女は、下着姿で俺の寝床に押しかけていた。制服を着てるときから薄々感じていたが、彼女は細身のわりに胸の膨らみが豊かで、ようするに非常に魅力的だった。どうせ改変される歴史なのだからいっそ据え膳食わぬは──という思考に陥りかけたのも事実だ。

 だが結局、手は出さなかった。一番の理由は、時空の精霊クロノスが部屋の片隅でにやにやしながら俺を見ていたからだ。

 もっとも、ここでエフェリーネに手を出すほど悪人になれなかったという理由もある。聖女のごときシスター・ノアと長い時間を過ごしたせいだろう。

 そもそも、エフェリーネも別に俺にれたわけではない。名門精霊使いの一族は、有力な精霊使い同士を結婚させ、その子に力を引き継がせることで力を高めてきた。エフェリーネが自分の血族に有力な精霊使いを迎え入れようとするのは当然の義務だったのだ。

 一族のため、ただ召喚術に長けているだけの男と寝所を共にしようとする彼女の立場には同情の余地がある。だが、かといって俺が肩入れする理由もない。彼女との仲が学友という関係以上に進展することはなかった。

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