一話 雨と幼馴染 2

 右肩がびしょ濡れの状態で帰宅した俺は、冷蔵庫にスーパーで買ってきた食材を入れる。なのは宣言通りハンバーグを作るつもりらしく、作り方をスマホで調べている。自信満々にできると言っていたわりにすっごい画面凝視してる。なんかぶつぶつ言ってるし。

「ほんとにできんのか?」

「大丈夫だって~、お兄さんはテレビでも見て待っててくれていいよ! 私が世界一のハンバーグでお兄さんの胃袋を掴んじゃうかんねっ!」

 そもそも作り方を理解していなかったから、材料も買えていないんじゃないだろうか、そう思ってなのが選んだ食材を見てみる。

「挽き肉、玉ねぎ、ナツメグ、へぇ、ちゃんとしてんじゃねぇか」

 そういえばスーパーで何度かスマホと睨めっこしていたな。卵とパン粉が俺の家にあることをなのは知っていたから、買わなかったんだろう。

 なんで隣人に家にあるものを把握されてるんだろう。この状況にもう少し疑問を持った方がいいな。

 なのは気合いを入れて、髪をヘアゴムでまとめる。その際、腕を後頭部に回したことで、細い体のラインが強調された。決して本人には言わないが、スタイルが良い。こんなこと言ったらきっと揶揄からかわれるだろうな。え~お兄さん私でコーフンしちゃった~? みたいな感じで。考えただけでうぜぇ。

 なのはまだスマホでレシピを見ているようなので、今のうちに米を炊いておこう。どうせなののことだし、ハンバーグのことしか頭になくて副菜なんて作らないだろう。よし、副菜も作っておこう。

「あれ、お兄さん何やってんの?」

「米炊くんだよ」

「今日は私がするって言ったじゃん! お兄さんは休んでて! ほら、こっちこっち!」

 なのは俺の腕を引いてテレビの前に無理矢理座らせる。

「ほらほら、ご老体なんだからさっ」

「俺はまだ若い!」

 まあでも作ってくれると言うんだから、甘えてみよう。でもやっぱり不安だ。

 結局キッチンに助けに行っても追い返されるだけだったから、仕方なく待つことにした。途中何度かキッチンから「やばっ!」とか「あっ……」とか聞こえてきたけど、大丈夫なんだろうか。

「お待たせしました、こちらシェフの得意料理、ブラックハンバーグです」

 声を低くして丁寧な所作で、まるで洒落たレストランのホールスタッフのように。でも、その手に持った皿には、明らかに洒落たレストランでは提供されることのない真っ黒なハンバーグ。これは、焦げてる。

「おい、真っ黒じゃねぇか」

「だから言ったでしょ、ブラックハンバーグだって。食べてみてよ、見た目はアレだけど、味は保証するよ。愛が最高の調味料なんだよ!」

 そこまで言うなら一口いただくことにしよう。

 俺は冷蔵庫から玉ねぎの和風ソースを取り出して、ハンバーグにかける。これめっちゃ美味いんだよな。

「じゃあ、食べるぞ」

「召し上がれ!」

 ハンバーグを箸の先で一口サイズに切り、口に運ぶ。まず舌の上に乗った瞬間、ソースの味がして美味い、となる。そしてその次に、やはりお焦げの苦味があって、どうしても顔が歪んでしまう。不味い、とまでは言わないが少し焦げすぎている。

 なのに、次も、その次も、どんどん口に運んでしまう。お米が欲しくなる。

なの、これ美味いよ。正直料理なんてできないと思ってたけど、思ったよりやるんだな」

 その言葉を聞いて嬉しそうになったかと思えば、すぐに自慢げな表情になる。俺から顔を背けるようにキッチンに向かいながら、なのは言った。

「だから言ったでしょ、私に任せておけってさ!」

 本当になのがここまでクセのある美味しい料理を作れるとは思っていなかった。調理中に言っていた「やばっ!」とか「あっ……」からしてもう一度作ればまた違った料理になるかもしれない。そもそも料理と呼べるかわからないほどに失敗する可能性すらある。でもせっかく作ってくれたんだし、こんなに素直ななのも珍しいから、俺も素直に褒めてやらなきゃな。

「これすっげぇ米が欲しくなるし、おかずとして最高だな。副菜と相性が良ければ尚良し、って感じだけど」

 そこまで言ってなのが固まる。なんで固まったのかはわからないけど、冷や汗がすごい。

 もしかして、そう思って聞いてみることにした。もしも俺の予想が合ってたのなら、今日の晩ご飯はこのハンバーグのみということになるが……。

なの、米炊いたか?」

 首を振る。横に。

なの、ハンバーグの他に何か作ったか?」

 首を振る。横に。

「なにやってんだよ……だから俺がやるって言ったのに……」

「ま、まあまあ気にしない気にしない! 偶にはそういうこともあるって~!」

「それは俺が言うセリフなんだよ」

「あはは~」

 でもまあ、なのはよくやってくれたし、今日のところはなんだか素直だしうるさく言うのはやめてやろう。

「米はインスタントのやつがあるから、それで凌ごう。副菜は、すぐに作れるやつあるか冷蔵庫見てみるか」

「さっすがお兄さ~ん! 頼りになるね~!」

 こいつ腹立つな。でも、感謝はしといてやるか。

「今日は作ってくれてサンキューな。次は失敗しないように一緒に作るぞ」

 冷蔵庫の中を何か作れるものはないかと確認しながら言う。なのからの返事はない。あれ、無視か? そう思い振り向きなのの表情をうかがった。

「なんだ、なに笑ってんだ」

 この笑い方、揶揄からかってくる時のそれとは違う。俺を揶揄からかう時の笑い方は「ニマニマ」で、今のこの笑い方は「ホワホワ」。自分で言っててなにが違うのかわからないけど、なぜかこの笑い方なら揶揄からかわれることはないんじゃないかと思う。

「んーん、べっつに~。そうだね、次からは一緒にね」

 そう言ったなのの「ホワホワ」の正体は結局わからなかった。

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