第1章 真壁静流と年上の彼女たち 2

 その週の日曜、僕は彼の家を訪ねた。

 僕が住む神戸市営地下鉄しんながからみっつ隣の、ニュータウンの一角を担うみようだに。そこから徒歩圏内にはすはあった。

 大きなやしきだった。さすが医者といったところか。

 最初は迎えにくると言ってくれていたのだが、僕はそれを断った。ゆっくり自分の足で歩きながら、或いは、電車に揺られながらいろいろ考えたかったのもあるし、何か菓子折りのひとつも買っていったほうがいいかと思ったのもある。おかげで僕の手には、生活に必要なものが入った大きなスポーツバッグとともに、駅前の店で買った和菓子の紙袋がげられていた。

 僕は腕時計を見て約束の時間の午後一時であることを確認すると、深呼吸をひとつしてからチャイムを鳴らした。

『……はい。どなた?』

 程なくしてインターフォンから聞こえてきたのは、どこかだるげな女性の声だった。

「真壁と申します」

『……』

 しかし、返事はなし。

 代わりに、かすかにため息が聞こえた気がした。

『……入ってきて。門は開いてるわ。玄関もすぐに開けるから』

 少し間があった後、それだけがげられ、インターフォンは切れた。

 僕は言われた通りにすることにした。

 確かに門は開いていて──僕が玄関ポーチまで歩を進めると、タイミングをはかったかのようにドアが開いた。

 中から出てきたのは、オープンショルダーのトップスに、デニムショートパンツ姿の女の子。茶色のショートヘアに大粒の瞳。日曜日だからか、メイクはひかえめでスポーツ少女然としていて──。

 僕は思わず目を見開く。

 蓮見おんだった。

 しかし、学校で見かけたときにいつも感じる快活さは、どこにも見あたらなかった。今は笑みの欠片かけらもなくこちらを見、ぶすっとしている。平たく言うと、とても機嫌が悪そうだった。おおよそ来客に応対する態度ではない。

 そう言えば僕は、彼からもらった名刺に『蓮見』とあったことを思い出した。どこかで聞いたことがあると思ったけど、蓮見先輩だったか。

「その顔──」

 と、蓮見先輩。

「あたしのことを知ってるみたいね」

「まぁ、有名人ですから」

 たきなみるいと並んで、我が校が誇る美少女のそうへき。知らないものはいない。

「ということはうちの学校の生徒で、あたしの記憶に間違いがなければ……君、図書委員よね?」

「……」

 蓮見先輩も僕のことを知っていたらしい。確かに僕は図書委員をやっていて、何度か図書室を訪れた蓮見先輩を見かけた覚えがある。少ないながらも、何度か言葉を交わしたこともあったはずだ。

「あーもー、最悪……」

 彼女は天を仰ぐ。

 が、すぐにこちらに向き直った。

「まぁ、いいわ。……入って」

 そう言うと蓮見先輩は扉を押さえていた手を離し、ついてこいとばかりに奥へと姿を消す。僕も閉まりかけたドアのノブをつかみ、後に続いた。

 通されたのはリビングだった。

 邸の外観通り、広い。母とふたり暮らしだった我が家とは比べるべくもないのは当然で、僕が知る誰の家よりも広かった。

 そして、誰もいない。

 てっきり蓮見氏がいるものだと思ったのだが。

「テキトーに座って」

「ありがとうございます」

 お言葉に甘えて、ソファのひとつに腰を下ろした。そばにスポーツバッグと和菓子の紙袋も置く。

「すみません。あの、お父さんは?」

 瞬間、蓮見先輩はキッと僕をにらんだ。

 僕は何が彼女の癇に障ったのかすぐに察した。

「『蓮見先輩のお父さん』という意味です。僕だっていきなり父と名乗られて、はいそうですかと納得しているわけじゃないですよ。まだ頭が整理できていません」

「……お父さんは、担当している入院患者に何かあったみたいで、急に呼び出されて病院に行ったわ。よくあることよ」

 蓮見先輩はそれだけを言うと、キッチンのほうへと歩いていった。

 よくあること、か。

 患者の容体が急変したのだろうか。無事であればいいけど。まったく予期しないタイミングで人が亡くなるのは、周りにとっても辛いことだ。そう考えて、僕は胸が締めつけられるような思いになった。

「あたしも頭の整理ができてない」

 と、そこで蓮見先輩の声。

 顔を上げると、冷たいお茶が入っているらしいグラスをふたつ載せたお盆を持って、彼女がキッチンからこちらに歩いてくるところだった。

 無言でローテーブルにグラスを置き、蓮見先輩もソファに身を沈めた。

「あたしはお母さんが大好きだった。五年前に死んだけど」

「……」

「お父さんのことは、まぁ、きらいではないわ。あたしはひとりっ子だから、後はもうお父さんとふたりでやっていかなきゃいけないわけだしね」

 母子家庭だった僕と、父子家庭の蓮見先輩。

 それまで当たり前のようにそばにいた母親と死に別れた彼女は、さぞかし辛かったことだろう。僕は生まれたときから母しかいなかったが、その気持ちだけは痛いほどよくわかる。

「でも──え、それが何? 今になってお父さんは実は浮気をしていて、あたしには弟がいますって?」

 蓮見先輩は吐き捨てるように言う。

「しかも、それが同じ高校の後輩だなんて、冗談じゃないわ」

 そこで彼女はソファの背もたれから背中を離し、身を乗り出すようにしてきっぱりと宣言する。


「悪いけど、あたし、あんたのことをすぐには家族と認められそうにないから。そこだけはわかっといて」


「……」

 僕は返す言葉もなく黙り──心の中だけでそっとため息をいた。何が『いい話し相手になれると思う』だ。まったくそうなりそうな気配がない。どうやら蓮見氏は見事に娘の理解を得られなかったらしい。

 でも、どちらかと言えば、僕は蓮見先輩の気持ちのほうに共感できる。いきなり親に過去の浮気を白状された上に、ていがいると言われて納得できるほうがおかしい。しかも、自分と同じ年ごろで、引き取りたいだなんて言い出された日には蓮見先輩でなくとも『冗談じゃない』だろう。

 僕だってひとつかふたつしか歳のちがわない女の子がとうとつに姉や妹になって、居候することになったら戸惑う。初めて会った男女がひとつ屋根の下で暮らすなんてのは、小説の中だけにしてほしい。

 ただ、その一方で僕には、蓮見氏の顔を立てるというか、納得いくようにさせてやるべきという気持ちがあった。ここで僕が蓮見先輩の心中をおもんぱかり、この場を後にするのは簡単だ。でも、そうすると蓮見氏が親としての責務を果たせなくなってしまう。

 ならば、僕の取るべき選択肢はそう多くない。

(一ヶ月たったら出ていくか……)

 僕はそう心に決めた。

 それで蓮見先輩はもとの生活を取り戻すし、蓮見氏も親としてやるべきことをやったと、ある程度の納得はするだろう。


 これがここ数日の出来事。

 ドラマさながらの急展開で、驚くばかりだ。

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