〇プロローグ 救う者たち 2

「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない。はぁ、今週だけで十五回目だよもう……」

「あいつまた死んだんですか!? ちなみに今週だけで【十七回目】です!」

 肩を落としてしょぼくれている首長の発言を、俺──レスク・ラグリオンは訂正した。

 十七回。

 その数字が示すのは勇者が死んだ回数だ。

「すまん……また救助レスキユーギルドの仕事を増やしてすまん!」

 救助レスキユーギルドというのは、人命救助の専門家プロフエツシヨナルが所属する国営機関だ。

 俺が首長の城に呼ばれたのは、そこに所属する隊員だからである。

「いや、首長が謝ることないんですよ」

 涙目で土下座する勢いの首長の肩を俺はポンと叩いた。

「レスクくん……すまない。じゃあ依頼クエストのお代は少し安くしておいてくれるか?」

「それはきっちりいただきます!」

しゆせん! 国営ギルドの癖に、税金と別に金を取るのか!」

「国からいただいている予算だけじゃ、ギルドが回らないんですよ! 給料が貰えなくっちゃ、こっちも死活問題です!」

「ぐぬぬ……わ、わかった。命懸けの救助レスキユーを頼む以上、文句は言えぬ」

「なら、今回の依頼クエストは勇者の救助レスキユーということでいいですか?」

「ああ。先程、ある冒険者から連絡があってな。……勇者の「ばたんきゅ〜」という声が風にのって聞こえたそうだ」

「あ〜そりゃ、間違いなくかんおけになりましたね」

 ばたんきゅ〜は、勇者の魔法だ。

 力尽きる直前に強制発動して、自らを棺桶化する。

「そんなわけで、勇者の棺桶がモンスターたちに奪われる前に回収を頼みたい!」

「了解しました! 救助レスキユーギルドの隊員としてその依頼クエスト──正式に受諾します!」

 首長から依頼書を受け取り一礼を済ませると、直ぐに行動を開始した。


         ※


 依頼クエスト達成に必要な道具アイテムを整えると、俺はルミナスを出て舗装された街道を進んだ。

 勇者を早く助けてやりたくて、足を止めることなく走り続ける。

(……毎月のように、あいつは記録更新していくな)

 先月は確か五十回、ばたんきゅ〜していた。

 その度に、俺は勇者の救助レスキユーへ向かっている。

 なぜかって、魔族は棺桶になった勇者を見つけると、どこかに隠そうとするのだ。


『勇者の棺桶、どこいったああああああああああぁぁぁっ!』


 と、叫び出したいくらい、見つからない時もあった。

(……この前は、ゴブリンがえっさ、ほいさと棺桶を運んでて驚いたなぁ)

 あいつら、いい汗流してた。

 担いでみればわかるが、棺桶は結構重い。

(……魔王の命令とはいえ、モンスターたちも大変だ)

 女神に力を与えられた勇者は、魔王の持つ防御結界を破壊できる唯一の存在だ。

 つまり魔王を倒せるのは勇者だけ。

 だからこそ、魔王は勇者の棺桶を隠すように命じた。

 最初に事が起こったのは、二世代前の勇者と魔王の時代。

『ふは〜ははははっ! おバカな人間ども〜! 勇者の棺桶は隠しちゃったもんね〜! これでもう、我に怖いものなし〜!』

 魔王から人類に向けて、こんな念話テレパスがあったそうだ。

 その時は救助レスキユーギルド総動員で、勇者のかんおけを探したらしい。

 こんな調子で未だに、人族と魔族は小競り合いを続けていた。

「……っと、ここだな」

 街道から少し外れた指定のポイントに到着すると、十体の魔物が何かを取り囲むように円を作っていた。

(……恐らくあの中心に……)

 俺は呼吸を整えてから、モンスターたちに近付いていく。

 一メートルほどの近距離になっても、モンスターは全く俺に気付かない。

 これは第三者が見たらおかしな光景だろう。

(……俺にとっては当たり前なんだけどな)

 このあり得ない現状は、俺の持つ救援技能レリーフによるものだ。

 救援技能レリーフというのは一部の者だけが使える魔法のような力だ。

 魔法との最大の違いは、魔力を一切使用せずに発動可能な点だろう。

(……だが、ただ便利な力ってわけじゃない)

 この力を発現させた者は体内に保有する魔力を全て失ってしまう。

 つまり魔法が一切使用できなくなるのだ。

 現在も救援技能レリーフが覚醒する明確な条件は不明。

 俺の場合は【災害】から大切な人を助けたいと願った時に能力が発現していた。

 救助隊員レスキユーの多くがそういった経験を持っている。

 その為、強い想いが救援技能レリーフを発現させる鍵となるのではないかと推測されていた。

 また、救援技能レリーフは固有のものであり同じ力は存在しない。

(……俺の力、気配遮断シヤツトダウンは──発動中、魔族の認識を阻害する)

 だからこそ、モンスターにこれほど接近するような大胆な行動が取れるのだ。

(……さて、どうするか)

 棺桶はモンスターたちの中心にある。

 一体のゴブリンが、げしげしと棺桶を叩いた。

「ゴブ、ゴブ、ゴブブ!(……ったく、この棺桶、重くて運べねえよ)」

「ゴブブ〜、ゴブブブ〜(仲間が来るまでの辛抱よ)」

 何を言っているかわからない。

 だが、ゴブリンが苛立ち棺桶を叩こうと、掠り傷すら付けられていない。

 この棺桶は『女神の加護』で守られているからだ。

 その為、神々に匹敵するような力を持っていない限り、破壊は不可能と言われている。

 つまりかんおけ状態の勇者はほぼ無敵。

「ゴブッ! ゴブブブブ!(おらおらおらおら、魔王様め、安月給でき使いやがって!)」

 ドゴッ! ドゴゴ! ドゴッ!

 苛立ちながらゴブリンが棺桶を連続キック。

 傷付くことはないとはいえ、勇者に意地悪をするのは少しばかり腹立たしい。

(……野郎!)

 ならこっちもやり返してやる。

 俺はゴブリンの頭をペシン! と叩いた。

「ゴブッ!?(な、なんだ!? テメェ、叩いたか今?)」

「スラ、スララ?(え、知らないよ?)」

 誰かに叩かれたと思ったのか、ゴブリンは振り向いて何か訴えていた。

(……ふふっ、もう一回)

 ペシ〜ン! と、ゴブリンの頭を叩く。

「ゴバッ!?(あいた!?)」

 今度は右側にいる女ゴブリンに目を向けた。

「ゴブブ?(どうしたのよ?)」

「ゴブリーン!(お前、叩いただろ?)」

 苛立ちを見せるゴブリンに対して、俺はさらに仕掛けていく。

(これで──どうだ!)

 俺は思い切って、男ゴブリンの着ていた下穿きをずり下ろしてやったのだ。

 現在、なんと局部丸見えである。

「ゴ……?(え……!?)」

「ゴゴゴゴゴブブブブブブ!(きゃああああ、へんたあああああいっ!)」

 頬を赤らめるゴブ子(仮名)が、べち〜ん! と、ゴブ男(仮名)の頬をぶっ叩いた。

「ゴブブリン! ゴブゴブブ!(はらませるなら、人間の女にしなさいよね!)」

 何を言ってるかわからないが、仕返しはこれで終了でいいだろう。

(……ちょ、ちょっとやりすぎたか?)

 だが、元はと言えば人を襲ったこいつらが悪い。

 今ならモンスターたちは動揺している。

(……この隙に棺桶を運び出したいが……)

 簡単に勇者の棺桶に触れることはできない。

 無敵の勇者の棺桶にも欠点が二つある。

 一つはこうなってしまっては身動きが取れないこと。

 もう一つは、勇者の棺桶に触れると、あらゆる力が無効化されることだ。

(……俺の救助レスキユー技能もこのかんおけに触れてしまうと、効果を無くしてしまう)

 なら、どうやって棺桶となった勇者を救助レスキユーするのか。

「ウガガ、ウガ〜ッ(おっまたせ〜)」

 考えている間に、狼型のモンスターのウルフがやってきた。

 続けて魔物たちが、勇者の棺桶に手を伸ばし抱え上げる。

(……あ、そういうことか!)

 魔物たちはやってきたウルフの背中に、棺桶を載せようとしていた。

 ご丁寧に落とさないように縄まで持ってきている。

「ちょ!? お前ら、待って!」

 思わず叫んでいた。

 すると棺桶に伸びていた手が止まり、魔物たちが振り向く。

 だが魔物は俺に気付くことはない。

(……あっぶねえ……)

 危険な行為ではあったが、勇者の棺桶からモンスターの気を逸らすことに成功した。

(……こういう時は──)

 俺も無策でここに来たわけじゃない。

 モンスターと戦えるほど戦闘力は高くなくとも、救助隊員レスキユーには、救助隊員レスキユーのやり方がある。

(……よし、あったあった。これを──こうだ!)

 ウエストポーチから、魔物の餌しもふりを取り出して……数メートル先に投げた。

 棺桶に群がっていた魔物の視線が餌に集まり──飛びついていった。

 低級モンスターは理性よりも本能の生物なので、魔物の餌はおとりに使える。

「ガブッ、ガブガブッ──」

 夢中で餌に、魔物たちは群がり齧りついていた。

 最早、棺桶のことなど眼中にない。

(……ふふっ、本能には逆らえないってな! さあ、今のうちに──)

 俺は棺桶を担いだ。

 ずっしりとした重みが背中から全身に圧し掛かる。

(……おっも! 毎回思うけど、クッソおっも!)

 ちなみに彼女が重いのではない。

 重いのは棺桶だ。

 間違えるな! 絶対にデブとか言って勇者をいじめるなよ、絶対にだ!

(……って、もたもたしている場合じゃねえ! 魔物に気付かれる前に──)

 俺は即行で走り出した。

関連書籍

  • 勇者の棺桶、誰が運ぶの? ポンコツ娘は救われ待ち

    勇者の棺桶、誰が運ぶの? ポンコツ娘は救われ待ち

    スフレ/clear

    BookWalkerで購入する
Close