〇プロローグ 救う者たち 1

(……なんで……どうしてこんなことに……!)

 若い女性冒険者がもんの表情を浮かべていた。

 場所はサンクチュアリ大陸の北部──首都ルミナスの正門を出た先の街道付近。

 スライムとの戦闘中、仲間を呼ばれ気付けば逃げ場を失ってしまったのだ。

 めんの状況でも、空は眩しいくらいに輝いている。

 それはまるで、彼女に対する皮肉のようだった。

(……やだ……死にたくない……!)

 死を意識してしまったことで、彼女の心は恐怖に覆われ、鈍った思考が判断を遅らせる。

「ぁ……ああぁ……」

 掠れた声と、震える身体。

 モンスターたちの本能がその隙を逃すはずはなく、彼女を倒そうと飛び掛かった。

 その時──

「──らいじん!」

 雷光がスライムを穿ち、消滅させた。

「逃げて!」

 続けて聞こえた救いの声に促され冒険者は顔を向ける。

 そこに立っていたのは活発そうな少女だ。

 動きやすそうな軽装に身を包んでおり、剣士のように見えなくもない。

「あなたは……」

「そんなことはいいから、今は走って! 生き延びることを考えるの!」

 剣士風の少女が必死な顔で声を荒らげる。

 窮地に立たされた冒険者を助けようとしているのは明らかだ。

「で、でも、あなたは──」

「わたしは大丈夫だから!」

 勇敢な少女はそう言うが、モンスターの数が多すぎる。

 自分だけ逃げることを、冒険者の少女はためらっていた。

「安心して! わたし、『勇者』だから!」

「勇者様!?」

 言われて少女は目を見開く。

 勇者ティリィ・アルタリア──彼女はこの世界の希望だ。

 女神の啓示を受けた彼女は、魔王に対抗できる唯一の人類として、特別な力を与えられている。

 その力は大陸中に知れ渡っていて──

「ごめんなさい……勇者様!」

 だから、勇者様なら大丈夫。

 迷う気持ちを捨て、心を誤魔化しながら冒険者の少女は駆け出した。

(……必ず助けを呼びますから!)

 勇者を置いて、自分の命を守る為に。

 そんな少女の無防備な背中に、モンスターたちが襲い掛かる。

「させないよ」

 しかし、ティリィがそれを阻んだ。

 銅の片手剣シヨートソードを振り下ろし、ゴブリンを切り裂く。

「わたしは勇者だから──みんなを、守るから」

 凛々しくも勇ましく可憐。

 強い使命感を帯びた少女の叫びが虚空に響く。

「さあ──かかってきなさい!」

 武器を構え直し、勇者はモンスターたちに向き直った。

 それに反応して、モンスターたちは一斉に勇者を襲撃する。

「ふあっ!? ちょっと! 全員まとめてはずるい! 一対一! 正々堂々勝負して──んっ……んんっ……ぷはっ! スライムううぅ、顔にベタッと張り付かないでぇ〜!」

 勇者は攻撃を避けながら、ぶんぶん剣を振り回して魔物たちを牽制する。

 当然、その程度でモンスターが恐れを感じることはなく勢いは衰えない。

「な、なら──らいじん! らいじん! らいじん!」

 迫り来る魔物に向けて、勇者は魔法を乱射した。

 刃の形を模した雷が、一体、また一体とモンスターを減らしていく。

 勇者のみが使えるこの魔法は、敵を一撃で倒すほど強力なのだが──

「らいじ──って、あれ? 魔法が発動しないわ!? もしかして魔力切れ!?」

 魔法を使うには魔力が必要となる。

 そして彼女の魔力量は常人よりも遥かに膨大だ。

 が、短時間に何度も力を行使すれば、魔力切れを起こすのは必然だった。

「ぅ……で、でもお陰で魔物の数は減ったよね! ならあとは──わたしの剣技で倒しちゃうから!」

 微かに焦りを見せながらも、勇者は再び片手剣シヨートソードを構えた。

 そんな彼女を見て、数体のスライムがひそひそ相談を始めた。

 何かを決定したのか、体を寄せ合わせていく。

「え!? ちょ、ちょっと待って、何してるの?」

 気付いた時にはもう遅い。

 一体、また一体とスライムたちが合体していく。

 結果、ティリィの数倍はありそうな巨大な一体のビッグなスライムが生まれていた。

「そ、そんなの反則ぅっ~~~~~~~~~~!」

「すらら〜!」

 野太い声と共に、巨体が飛び上がった。

 勇者の目前に広がっていた青空は、その巨体に隠れてしまい、視界は真っ暗に覆われた。

「きゃあああぁぁっ!」

 続けて──ドッガアアアアアアアン!

 空にまで響く轟音。

 スライムのプレスを受けて、勇者はその下敷きになっていた。

「ぅ〜……ば、ばたんきゅ〜……」

 弱々しい叫びのあと、バタリ……と、勇者は力尽きた。

「すらら〜」

 戦いを終えてスライムが合体を解除リリースすると──不思議なことが起こっていた。

 スライムの下で倒れているはずの勇者はどこかへ消えていて──いつの間にかかんおけがあったのだ。

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