第二章 吸血鬼はネット通販がお好き 14
「ユラ……」
見ると、
「帰らないから」
「え?」
「帰らないよ。絶対帰らない!」
「……いやでも」
「家に帰ったって何も変わらないよ! どうせお父さんは仕事で、お母さんは帰ってきてない! 一人が危ないっていうならここにいたって家に帰ったって変わったりしない!」
「……
「ユラ……彼女の家は……」
「俺のコンビニのオーナーの娘さんだって話は中でしたろ。実は最近、お母さんが蒸発同然に出て行ったらしくてそれで……」
「……そういうこと」
アイリスは得心したように頷いた。
「ちょっと、任せてもらっていいかしら」
「え?」
「これでも修道士よ。本国でも、家庭に問題を抱えた子供の相手を修道士が務めることは多いわ。今すぐに解決ってことにはならないけど、気持ちをほぐすことくらいはできるかも」
「……分かった、任せる。悪いな」
「アカリちゃん? だっけ」
「……」
「楽しみの邪魔をしちゃってごめんなさい。羽目を外したいことって、誰にでもあるわよね。分かるわ。今日の私もそうだったから」
そう言うとアイリスは、ポケットからカードのようなものを取り出し、
「え、嘘、シスターさんなの? なんかそれっぽい格好だとは思ったけど」
修道士固有の身分証でもあるのだろうかという一瞬沸いた疑問を呑み込み、
「ええ。シスターでも、ライブを見に来たりはするのよ」
何を見せて
「でも、私もユラも、あなたに暗い迷いを見つけ出した。こういう街ではその暗い迷いに付け込む影がたくさんあるわ。あなたが心からライブを楽しんでいたならいいんだけど、きっと、あなたの迷いが、あなたから物事を純粋に楽しむ気持ちを奪っている。その迷いや悩みを一緒に持って重さを分け合うのが、私達のいる意味なの」
重さを分け合う、などというフレーズは、一生考えても
何なら通り一遍の大人のお説教を吐いてますます
「家に帰りたくない子には、普段だったら教会や修道院で一晩を過ごしましょうってお誘いするところなんだけど、私、日本に来たばかりでそういうわけにもいかないの。だから、どうかしら。今夜は私の家に泊まらない?」
「……お姉さんの、家」
「んっ?」
「狭いし何も無いけど、温かい紅茶くらいはごちそうできるわ」
「んっ? んっ? おかしいな、おいアイリス、ちょっと待……」
「今日のライブ、なかなか面白かったし、先輩として色々教えてもらえないかしら。動画も配信されるんでしょう? 一緒に見ない?」
「……分かった」
「……えぇ」
まとまってしまった話を今更止めることもできず、
※
「へー。お姉さんうちの近くに住んでるんだ」
「あら、そうだったの。
「うん。うちも
「あー……うん……まー」
「ん? あれ? 二人とも
当然こういう反応になるだろう。
ブルーローズシャトー雑司ヶ谷一〇四号室に帰ってくれば。
「ふふ、残念だけど私とユラはそういう関係じゃないの。ライブに二人で行ったのも初めてよ。彼がついて来たいって言うから」
「………………………………」
「へぇー、
「……何だよ」
「いや、別に。ただ、可愛いとこあるんだなって」
「……そりゃどうも」
今すぐにでもアイリスをチョークスリーパーで沈めたい気持ちでいっぱいだが、アイリスは
結果話を合わせるしかないのだが、店員の
「いやでもちょっと
「いや、まぁ」
「子供が大人の分からない秘密を持ってるように、大人にも子供に見せない色々な顔があるのよ。さ、ユラのことはいいわ。ライブの動画はもう配信されてるのかしら」
「されてるはずだけど、この部屋Wi-Fiある? って言うか、全然物無いんだね」
「えーと……私も引っ越して来たばかりで、その、えーと」
アイリスの視界の端で
「……私の端末で見ましょうか」
一瞬だけためらってから、アイリスは自分のスリムフォンを取り出した。
そしてそのまま本当に先ほどのライブ配信を見始める。
肩と顔を寄せ合って小さな画面に見入りながら、アイリスと
「……やれやれ」
そのまま数時間、二人があれこれ話す声が聞こえたが、やがてそれがアイリスを泊めている部屋に移動する。
そしてしばらくして声が唐突に途切れたとき、
「お待たせ」
アイリスが顔を覗かせて手招きをしてきた。見に行くと、隣の部屋では
「悪いな、助かった」
「へぇ。もっと怒るかと思った」
「
「お前、本当にシスターだったんだな。大したもんだ」
「なんだと思ってたのよ」
アイリスは満更でもなさそうに微笑んで、先日買ったアールグレイのティーバッグで二人分の紅茶を淹れ始める。
「……お母様が出て行ってしまったこと、相当堪えてるみたい」
「……そうか」
「
「ちょうど、俺が
東池袋五丁目店が
「
「
壁越しにはただただ明るく雑談をしているようにしか聞こえなかったが、さすがは修道士といったところか。
「ええ。そのとき
そのときの
だが、
「ライブもね、前からちょくちょく行ってはいたらしいんだけど、それまでそのことを知らなかったお父様と口論になっちゃったらしくて」
仕事一辺倒の父に愛想を尽かして出て行った母。
味方をしてあげたのにそのことを理解せず、それどころかほとんど家にいないくせに、娘の趣味にうるさく口を挟む父。
嫌になるくらいどこにでもありそうな、それでいて当人達にとってはこの上なく難しく辛い状況だ。
「あの時お母さんが正しいって言ってあげてれば……って、泣いていたわ」
端から見れば、
ただ、それぞれの正しさがかみ合わなかったために、家庭が回らなくなってしまったのだ。
そして
あのライブハウスとイベントは、
だが。
「あのイベントは、危険だ」
「どういうこと?」
「
「え?」
「……あの吸血鬼を捕まえるのに協力するって言ってるんだ。何をすればいい」
「えっ? ユラ!? き、急にどうしたの!?」
「俺は人間が小さいからな。世のため人のためなんて話より、自分がどうしたいこうしたいで決めるんだ。知り合いがやばいことになっているのに、何もせずにいたくないだけだ。
「……ユラ、うん、ありがとう!」
「その代わり、この仕事が終わったら今度こそ出て行ってもらうからな」
「もちろんよ!」
返事だけ良いアイリスに一抹の不安を覚えるものの、
「確認したいんだが、修道騎士に『担当』を振ってくる
「一応、最低限の調査はしてくれるわ。ただ、実地でファントムと戦うのは私達騎士だから、大詰めの調査は私達がやることになるけど」
早くも『私達』とチーム結成を既成事実として言い出すが、今はそれがいい。
「なら、イベントを取り回してる『ルームウェル』って組織について確認しておいてほしいことがある。イベント終わりに
「封筒? ファンの子達のファンレターのこと?」
「俺の予想が正しければ、あれはファンレターじゃない」
「どういうこと? 一体何を調べようとしてるの?」
アイリスの問いに、
「ルームウェルの会社組織としての登記情報と、可能なら昨年度の会社としての売り上げ。あとは……警察でもなんでもいい。公の捜査機関にマークされていないかどうかを、調べておいてくれ」
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試し読みは以上です。
続きは2020年9月10日(木)発売
『ドラキュラやきん!』
でお楽しみください!
※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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