第二章 吸血鬼はネット通販がお好き 9

「吸血鬼・此木このぎろうの灰は日本警察が現場に駆け付けるよりも早く回収し、聖別処理を施し拘束することができました。決して強力ではありませんでしたが、その分狡猾な吸血鬼でした。倒そうにもあの手この手で逃げられて、随分と手を煩わされました。それを目撃者もなく、撃滅したその手腕、さすがは本国からいらっしゃった修道騎士ですね」

 中浦はあらかじめ用意していたらしい書類に目を通しながら笑顔で昨日の事態を評論し、

「い、いえ、はい、その……」

 アイリスは、全身から冷や汗が吹き出そうになる。

此木このぎには、大陸系のマフィアと繋がりがあるとも疑われていました。あなたの着任早々の活躍のおかげで、世界と日本の平和が大きく近づきました。騎士長として、感謝します」

「…………恐れ入ります……」

 まさか取り巻きの人間の男にビビった上に、見ず知らずの吸血鬼に助けられたなどとは口が裂けても言えない。

「本国でもお聞き及びかと思いますが、近年日本では、吸血鬼に限らず多くのファントムの動きが活発化しています。本国や世界の危険地域に比べればまだまだですが、世界でも指折りの平和な先進国である日本の治安がもしファントムによって乱されるようなことがあれば、各国の情勢は一層厳しいものとなります」

「はい、それは承知しております」

「シスター・イェレイ。見ての通り、日本支部は決して大きな組織ではありません。組織の性質上大きな駐屯地を持たないとはいえ、これほど人口の多い国でありながら、やみじゆう騎士団は札幌、仙台、東京、名古屋、福岡の五都市にしか騎士駐屯地を展開できていません」

 そうなのだ。

 これはアイリス自身も日本赴任が決まってから知ったことなのだが、騎士団の日本国内の展開図は極めて偏っていた。

 西日本の駐屯地は福岡以外存在せず、残りは全て東海地方以東にある。

 日本第二の商業都市である大阪。

 そして世界中から観光客が訪れ、日本の歴史に欠くべからざる古都、京都の二都市に展開していないのは、不自然と言う他なかった。

「我々日本支部の騎士団は、世界の平和に楔を打たんとする者達の出足を挫く責務を負っています。どうか修道騎士としての道を違えず、ファントムがもたらす闇から世界を照らす責務に邁進してください」

「……承知いたしました」

 アイリスは神妙に首肯するが、これが終わればファントムが風呂場の闇で眠っているマンションに帰る予定なのだ。

 とらにも言った通り、現代ではファントムの協力者を持つ騎士は多い。

 だが、着任初日にファントムの住処に押しかけた修道騎士は恐らく自分が最初だろう。

「シスター・イェレイ?」

「あっ、いえ。はい。神の御名に誓って、修道騎士としての責務を遂行いたします」

「結構です。それでは着任のお祝いとして、騎士の正式装備を」

 中浦は厳かにそう言うと、カウンターの下から精緻な彫刻が施された小箱を取り出した。

「あなたの『聖銃』です」

 アイリスは僅かな緊張とともに、箱に両手を添えて蓋を開ける。

 血を思わせる赤い絹の中に、その、銀色の銃は埋まっていた。

「っ……」

 それがまるで血の海に沈んでいるように見えて、アイリスの顔が微かに青ざめる。

 だが、これは自分が曲がりなりにも、この極東で一人前の修道騎士として認められた証でもあるのだ。

 ここが、我慢のしどころだ。

 ハンマーと同じ彫刻の施された、小さく美しい銃を手にし、少しだけ慌ただしく箱の蓋を閉める。

 女性のアイリスの掌にもすっぽり収まってしまうほどの小型銃。

 装填できる弾丸は二発だけ。だがその二発は、古今東西全てのファントムを滅する純銀の弾丸だ。

 聖槌リベラシオンと並ぶ聖銃デウスクリスは、対ファントム戦闘に於いて欠くべからざる神の武器だ。

 だが神の武器ですと言ったところでヒースロー空港や成田、羽田のイミグレが銃を通してくれるはずもないので、銃の受け取りはこうして赴任地で行われるのが慣例であった。

「ありがとうございます。確かに、受け取りました」

「はい、確かに。ところで来日三日目ですが、昨夜まではどこかに潜伏していたのですか?」

「ぅえっ!?」

「……どうしました?」

「ああ、いえ、し……宿泊施設に……」

 一瞬、野外で過ごしたと言おうとして、昨夜とらの部屋でシャワーを浴びたことを思い出し、咄嗟に比較的近似値の嘘に切り替えた。

 日本に来るのが初めてであることは中浦も知っているはずだし、だからと言ってとらの部屋のことを話すわけにもいかない。

 一瞬の言い淀みに気付いたのか気付かなかったのか、中浦は全く表情を変えずに頷いた。

「そうですか。チェックアウトのときには領収書を忘れずにもらってくださいね。あんまり高いホテルは経理がうるさいので、使わないでくださいよ?」

「は、はい……」

 事が明るみに出れば、高級ホテルが可愛く見えるほど高くつくかもしれない。

「少ししたら、日本支部の騎士達とも顔合わせをしましょう。我々の聖務は予断を許すものではありませんが、かと言って寝る間も無いほど気を張っていなければならないものでもない。あなたの歓迎会をさせてくださいね」

「はい。楽しみにしています。あ、そう言えば」

 アイリスははっとして、入り口を振り返った。

「私、もしかしたら日本支部の先輩とお会いしたかもしれません」

「え?」

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