1章 なんで、真っ赤なんだ? 1
だけど神さま、それでもわたしはどうしても──
あの人がほしい。
◇◆◇
「……ちょうど今、教室に入ってきた子だよ。……俺さ、今度遊びに誘おうかと思ってるんだ。みんなで、とかじゃなくて、ふたりっきりで……!」
「おお……ずっと話には聞いてたけど、ついに」
「おう! ……だから頼む! 俺に勇気をくれ、
パン、と音を立て、中学校からの友人が両手を合わせて
「情けねえけど、脈アリかどうか知りたいんだ……頼む! お前の特技で俺を助けてくれ!」
「もちろん、まかせろ。……じゃあ、雑談でいいからちょっと
「うおおおサンキュ! 助かる! ──よおっしゃ! 行くぜ……」
帰りの
友人の
「あー、
「お、初瀬。ありがと~。ね、先生の反応どうだった? 大丈夫そう?」
「んー……いや……」
「えー、なに!? だめそう!?」
「ごめんごめん、もったいぶってみただけ。大丈夫そうだった」
笑いながら言う勇治。彼の想い人である女子は、「なによも~!」と言いながら勇治の肩を
彼女はたしか、隣のクラスの子だっけな。勇治とはとりあえず、友だちとしては仲が良さそうだ。……さて、じゃあ異性としてはどう思っているのか。
親しげに話すふたりの様子を、俺──
観察のピントを合わせるのは、勇治ではなく彼と話す女子の方だ。俺の視界の中、彼女の体からじんわりと霞のようなものが現れる。
やがて、会話を終えた勇治がこちらへ戻ってくる。
「空也! ど、……どうだった?」
声を
「勇治、あのな、んー……いや……」
「えー、なに!? だめそう!?」
「ごめんごめん、もったいぶってみただけ」
「なんだよもー! っておいこれはさっき俺が中林とやったやり取りだよ」
「気づいてもらえてうれしい。ふたりの様子をちゃんと見てましたよ、って証拠になるかなと思って」
俺がそう言うと、「いらんわそんなん!」と勇治は首を
「で、ちゃんと答えると……良い感じだと思う」
「っ! ……マジで?」
「異性としてはっきり好き、ってレベルまではいってないけど、その手前くらい。十分に脈アリなライン。……あ、もちろん俺がそう思うってだけで、なんの保証もない話だけど」
「いやいやいや、お前の脈アリ判定が
「えー、三十回くらい、か?」
「その内、お前の読みが外れたことは?」
「……今のところ、一応なかったはず」
「だろー! ほらー! ねー! ほらー! よーしよしよしよし、よし! よし!」
勇治はよほど嬉しいらしく、何度もガッツポーズを作っている。そんな様子を見ていると、ついこちらも笑顔になってしまう。
勇治は、とても気のいい友人だ。
うまくいってくれたなら嬉しい。
「
「おう! マジでありがとな! 宣言した通り、誘ってみるよ!」
その後、他愛もないような雑談をすこし
さて、俺も行くか。
放課後の時間は、大切に使わないとあっという間になくなってしまう。明日になる前に、やるべきことはたくさんある。
思いながら、机の
「データ処理、すごく重そうね」
「え?」
「疲れない? 人間や人間の感情なんて、ひどく非線形なもの観察させられて」
話しかけてきたのは、隣の席に座る女子だった。
「……あ、え、あ、俺に話しかけてる、よね?」
「それ以外の
「いや、ごめん、ひさびさに声を聞いたから。……一週間ぶりくらい?」
「わたしの記憶によれば、わたしが宮代くんと、
「どうりで。びっくりした。で、なんだっけ、疲れないか、だっけ? 別に疲れはしないけど……さっきの話聞いてたってこと?」
「ごめんなさい、たまたま聞こえてしまったわ」
「そっか。そうだよな」
この人に限ってわざわざ聞き耳を立てていたとは考えにくいから、ほんとうにたまたまだろう。
窓際という特等席に陣取る彼女は、会話をしながらも、こちらに顔を向けていない。窓の外を見つめている。
外の景色が見たいというよりかは、きっと、教室の中の光景を見る気がないのだろう。彼女はそういう人なのだ。
「脈アリ判定、すごい特技よね」
「脈アリ判定っていうか、あれは…………まあ、うん」
俺のあの特技について、詳細を知っている人間はそう多くない。
周囲には、『付き合っていない男女の様子を見て、発展しそうかどうか、なんとなく
その精度が高いから、さっき勇治に頼られたように、脈アリかどうか判定してくれと時たま依頼されたりする。
……実際は、脈アリかどうかだけがわかるわけじゃない。だが、全部話すと怖がられるかもしれないから、話す気にはなれない。
「なんとなく感じた印象を言っているだけだから。そんなに大したもんじゃない」
「そう? 大したものだと思うけど。人間の恋愛感情なんてめちゃくちゃなもの、外側から
「めちゃくちゃなものって」
「めちゃくちゃじゃない。恋愛感情に限らないけれど、人間の感情……あるいは、人間というシステムそのものは、はっきり言ってめちゃくちゃよ」
あっさりとした口調だからこそ、これは本音なのだろうとわかる。
彼女は
「入出力をやり合う相手として、パラメータの数が多すぎるし、
「ごめん、それこそ言ってることが難しくてよくわからん……」
理系科目で全国模試一位。実践的な技術力もあるらしく、
彼女の使う単語は
「他人とのコミュニケーションはとても面倒だってこと」
「コミュニケーション面倒だってヤツはたしかによくいるけど、クラスメイトとほんとに全然話さないほどの
「おかげであんまり話しかけられなくなりました」
なお、クラスのみんなが彼女にあまり声をかけないのは、他にも理由がある。
単純に、
……人間がこれほどまでに美しいと、威圧感があるのだなということを、俺は彼女と出会って学んだ。
長いまつげに
光の加減で時折、赤色にも見えるような美しい黒髪も、ひどく似合っている。
何度見ても、教室で隣にいるのがなにかの間違いにしか思えない、万人の
──ただ。
しかし、それでも、彼女の校内でのあだ名はその知能についてでも、その
「人間嫌い。ねえ宮代くん、わたし、みんなにそう呼ばれているんでしょう? それってたいへんありがたいわ。だって遠巻きにされれば、日常生活からノイズが減ってくれるから。良好なS/N比が確保できています」
これが彼女、