1章 なんで、真っ赤なんだ? 1


 みにくい恋だと、わかっています。

 だけど神さま、それでもわたしはどうしても──


 あの人がほしい。


   ◇◆◇


「……ちょうど今、教室に入ってきた子だよ。……俺さ、今度遊びに誘おうかと思ってるんだ。みんなで、とかじゃなくて、ふたりっきりで……!」

「おお……ずっと話には聞いてたけど、ついに」

「おう! ……だから頼む! 俺に勇気をくれ、くう!」

 パン、と音を立て、中学校からの友人が両手を合わせておがんできた。

「情けねえけど、脈アリかどうか知りたいんだ……頼む! お前の特技で俺を助けてくれ!」

「もちろん、まかせろ。……じゃあ、雑談でいいからちょっとしやべってきてくれ。ここからバッチリ見とくから」

「うおおおサンキュ! 助かる! ──よおっしゃ! 行くぜ……」

 帰りのホームルームが終わった直後の、放課後の教室。

 友人のはつゆうは気合いを入れ、意中の女子のもとへと歩いていく。

「あー、なかばやし、前言ってた委員会の書類、先生に出しておいたから。来週までにチェックしといてくれるってよ」

「お、初瀬。ありがと~。ね、先生の反応どうだった? 大丈夫そう?」

「んー……いや……」

「えー、なに!? だめそう!?」

「ごめんごめん、もったいぶってみただけ。大丈夫そうだった」

 笑いながら言う勇治。彼の想い人である女子は、「なによも~!」と言いながら勇治の肩をたたいた。

 彼女はたしか、隣のクラスの子だっけな。勇治とはとりあえず、友だちとしては仲が良さそうだ。……さて、じゃあ異性としてはどう思っているのか。

 親しげに話すふたりの様子を、俺──みやしろ空也は、自分の席に座ったまま意識を集中してながめる。

 観察のピントを合わせるのは、勇治ではなく彼と話す女子の方だ。俺の視界の中、

 かすみは、だいだいいろをしていた。お、これは……!

 やがて、会話を終えた勇治がこちらへ戻ってくる。

「空也! ど、……どうだった?」

 声をひそめて確認してくる勇治。彼に、同じく声量をしぼって答えた。

「勇治、あのな、んー……いや……」

「えー、なに!? だめそう!?」

「ごめんごめん、もったいぶってみただけ」

「なんだよもー! っておいこれはさっき俺が中林とやったやり取りだよ」

「気づいてもらえてうれしい。ふたりの様子をちゃんと見てましたよ、って証拠になるかなと思って」

 俺がそう言うと、「いらんわそんなん!」と勇治は首をった。

「で、ちゃんと答えると……良い感じだと思う」

「っ! ……マジで?」

「異性としてはっきり好き、ってレベルまではいってないけど、その手前くらい。十分に脈アリなライン。……あ、もちろん俺がそう思うってだけで、なんの保証もない話だけど」

「いやいやいや、お前の脈アリ判定がほこる精度、知らない俺じゃねえって。お前、今まで何件相談を受けてきたよ?」

「えー、三十回くらい、か?」

「その内、お前の読みが外れたことは?」

「……今のところ、一応なかったはず」

「だろー! ほらー! ねー! ほらー! よーしよしよしよし、よし! よし!」

 勇治はよほど嬉しいらしく、何度もガッツポーズを作っている。そんな様子を見ていると、ついこちらも笑顔になってしまう。

 勇治は、とても気のいい友人だ。くさくてあまり言えないが、いろんなことに気のつく気配り屋でもある彼に、俺はいつも感謝している。

 うまくいってくれたなら嬉しい。

うんを祈るよ、勇治」

「おう! マジでありがとな! 宣言した通り、誘ってみるよ!」

 その後、他愛もないような雑談をすこしわしてから、勇治は去っていた。部活に向かうらしい。

 さて、俺も行くか。

 放課後の時間は、大切に使わないとあっという間になくなってしまう。明日になる前に、やるべきことはたくさんある。

 思いながら、机のわきにかけてあるカバンを取ろうとしたときだった。


「データ処理、すごく重そうね」


「え?」

「疲れない? 人間や人間の感情なんて、ひどく非線形なもの観察させられて」

 話しかけてきたのは、隣の席に座る女子だった。

「……あ、え、あ、俺に話しかけてる、よね?」

「それ以外のとうな可能性が他にある?」

「いや、ごめん、ひさびさに声を聞いたから。……一週間ぶりくらい?」

「わたしの記憶によれば、わたしが宮代くんと、いてはこのクラスの人間と話すのは、これで十一日ぶり」

「どうりで。びっくりした。で、なんだっけ、疲れないか、だっけ? 別に疲れはしないけど……さっきの話聞いてたってこと?」

「ごめんなさい、たまたま聞こえてしまったわ」

「そっか。そうだよな」

 この人に限ってわざわざ聞き耳を立てていたとは考えにくいから、ほんとうにたまたまだろう。

 窓際という特等席に陣取る彼女は、会話をしながらも、こちらに顔を向けていない。窓の外を見つめている。

 外の景色が見たいというよりかは、きっと、教室の中の光景を見る気がないのだろう。彼女はそういう人なのだ。

「脈アリ判定、すごい特技よね」

「脈アリ判定っていうか、あれは…………まあ、うん」

 俺のあの特技について、詳細を知っている人間はそう多くない。

 周囲には、『付き合っていない男女の様子を見て、発展しそうかどうか、なんとなくかんでわかる』くらいに思われている。一種の占いのようなものだ。

 その精度が高いから、さっき勇治に頼られたように、脈アリかどうか判定してくれと時たま依頼されたりする。

 ……実際は、脈アリかどうかだけがわかるわけじゃない。だが、全部話すと怖がられるかもしれないから、話す気にはなれない。

「なんとなく感じた印象を言っているだけだから。そんなに大したもんじゃない」

「そう? 大したものだと思うけど。人間の恋愛感情なんてめちゃくちゃなもの、外側からはかれるなんて」

「めちゃくちゃなものって」

「めちゃくちゃじゃない。恋愛感情に限らないけれど、人間の感情……あるいは、人間というシステムそのものは、はっきり言ってめちゃくちゃよ」

 あっさりとした口調だからこそ、これは本音なのだろうとわかる。

 彼女はほおづえいた。それから、その顔がようやく、すこしだけこちらを向く。

「入出力をやり合う相手として、パラメータの数が多すぎるし、べきとうせいたんされていないし、初期値えいびんせいもバカ高い。システム同定なんてできたものじゃない。不安定で非線形で理不尽……人間はあつかいが難しすぎる、そう思わない?」

「ごめん、それこそ言ってることが難しくてよくわからん……」

 理系科目で全国模試一位。実践的な技術力もあるらしく、くわしくは知らないが、高校生ながらパソコン関係のなにかで日夜あらかせぎしているとのうわさを聞く。

 彼女の使う単語はみみれないものが多く、俺にはなにを言っているのかわからないことがしばしばだ。

「他人とのコミュニケーションはとても面倒だってこと」

「コミュニケーション面倒だってヤツはたしかによくいるけど、クラスメイトとほんとに全然話さないほどのすじがねりはなかなかいないだろ。クラスのヤツらの大半が、『ごめんなさい、興味ないの』って言葉しか聞いたことないってのは」

「おかげであんまり話しかけられなくなりました」

 なお、クラスのみんなが彼女にあまり声をかけないのは、他にも理由がある。

 単純に、おくれするのだ。

 ……人間がこれほどまでに美しいと、威圧感があるのだなということを、俺は彼女と出会って学んだ。

 長いまつげにいろどられた切れ長の目に、ほんのり輝いているかのような色白の肌。通った鼻筋、桜色のくちびるは、顔の中で完璧な位置取りだ。

 光の加減で時折、赤色にも見えるような美しい黒髪も、ひどく似合っている。

 何度見ても、教室で隣にいるのがなにかの間違いにしか思えない、万人ののうに焼きつく文句なしの天才美少女。

 ──ただ。

 しかし、それでも、彼女の校内でのあだ名はその知能についてでも、そのぼうについてでもなく……。

「人間嫌い。ねえ宮代くん、わたし、みんなにそう呼ばれているんでしょう? それってたいへんありがたいわ。だって遠巻きにされれば、日常生活からノイズが減ってくれるから。良好なS/N比が確保できています」

 これが彼女、じようくれないだ。


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