第一章 カトウ、異世界転移する 12
「――う、うぐ、うぐ」
「ど、どうしてだ! どうして主人公はそこまでしてヒロインの為に頑張れるのだ! マゾなのか!? こいつはマゾなのか!?」
「フレイ! それは違うわ! これがきっと、真実の愛なのよ!」
「真実の愛! 我もしてみたいぞ!」
「いつかきっと出来るわ。貴方がその、無垢な心を忘れない限りはね」
「かっけええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
「「…………」」
宿に帰ると、リーファとフレイが仲良く漫画について熱く語っていた。
どうやら余程はまったらしく、もう半分近くを読み終えている。
「俺たち今からちょっと勇者になってくるけど、二人も一緒に来るか?」
カトウがそう言うと、リーファが泣き顔をこちらに向けてきた。
どうやら嘘泣きとかではなく、本当に泣いているみたいだ。
その泣き顔を見れば、リーファがどれだけ漫画の世界に入り込んでいるのかが分かる。
「あともうちょっとでクライマックスなの! 勇者になんてなってる場合じゃないわ!」
「そ、そうか」
「主よ! すまぬが我もこれを読み終えなければ死んでも死に切れぬ――あ! リーファよ! ページをめくるのが早いぞ!」
「「…………」」
どうやら、カトウの心配は杞憂だったらしい。
まあ、良い事ではあるが。
二人はそのまま何事もなかったかのように、ベッドに寝転がりながら仲良く漫画を読み始めた。
「じゃ、じゃあ、俺たちだけで行くか」
「そ、そうですね」
邪魔しては悪い。
カトウとユミナは予定通り、勇者になれるというセントラルホールへと向かった。
◇
「……随分と綺麗な場所なんだな」
「はい。ここは特にそうみたいですね。出来たのがつい最近、一ヶ月前ぐらいみたいですよ」
セントラルホールに着くと、カトウはまずはその綺麗な建物に驚いた。
もしユミナに黙ってここに連れてこられたとしたら、王宮と間違っていたかもしれない。
それ程までにセントラルホールは綺麗で、白を基調としたしっかりとした造りになっていた。
なんだか高級感が所々から漂ってくる。
もしカトウが一人ならば、まず絶対に入れない場所であった。
カトウは中に入ると、まず中央の噴水に目を奪われる。
魔術で出来た映像のような鳥が近くを飛び回り、本当に生きているかのように水を飲んでいた。
見上げれば天井は非常に高く、とても開放的で、周りには絵画や壺なんかも複数置かれている。
その価値はカトウには分からないが、大金を掛けている事だけはすぐに理解できた。
「あ、丁度空いたみたいですね」
すると、ユミナが入り口から一番遠い受付を指差した。
空いているのはそこだけなようで、他の受付には長い列が出来ている。
どうやらそこは、新規の為の窓口のようだった。
カトウ達はその窓口に移動する。
「ご新規様でしょうか? そうであれば、勇者申請には三万ガルドが必要となります」
よろしいでしょうか? と、受付のお姉さんがカトウたちに聞いてくる。
「はい、お願いします。それと、新規のスキルカードもお願いします」
「スキルカードですね? かしこまりました」
受付のお姉さんとユミナがそんなやり取りを交わす。
カトウは二人のそんなやり取りを見ながら、一人お金の心配をした。
……お金か。
ユミナの話では、まだまだ彼女の貯金が残っているらしいが、森を出てからはずっと、ユミナに頼りっきりだ。
ここはそろそろ男として、カトウ自らがお金を稼いでこなければいけないのではないだろうか。
いつまでもヒモのままでは、いくら頼れる男代表のカトウだとしても、ユミナもいつか愛想を尽かしてしまうかもしれない。
まあユミナに限ってそんな事はないとは思うが、そうならない為にも、早めに何かしらでお金は稼がなくてはならない。
……だがまあ、そこまで不安になる事でもない。
なぜならカトウが今日ここで勇者になってしまえば、お金の問題はすぐに解決するからだ。
なにせカトウは勇者の中の勇者。
彼以上に勇者としての適性がある人材は、きっとこの国……いや、この世界のどこを探しても見つからないだろう。
そんな人材を今日、この国は得るのだ。
感謝してもらいたい。
そんな事をカトウが一人心の中で考えていると、受付のお姉さんが人間の頭一個分ぐらいの大きさをした水晶を奥から取り出した。
「では、お客様のレベル上限と、勇者としての適性順位を調べさせて頂きますので、お手数ですがこの水晶に手をかざしてください」
受付のお姉さんの言葉にカトウは頷き、そのまま水晶へと手を伸ばす。
最悪三十位。
……いや、十位圏内は確実だろう。
もしかしたら、一気に一位かもしれない。
そんな自信に満ち溢れながら、カトウは水晶の結果を待った。
すると――
「こ、これは!?」
受付のお姉さんが驚愕の表情で水晶を凝視した。
大方、カトウの恐るべき勇者適性に度肝を抜かれたのだろう。
さてさて、一体何位なのか。
そんな事を考えながら、水晶を見た時だった――
「れ、レベル上限たったの五!? す、すごい! 勇者ランキング最下位です! は、初めて見ました……!」
「……………………………………」
水晶に映しだされた数字を、カトウは死んだ魚のような目で眺めていた。
そこに出された数字はあまりに低く、カトウは現実から逃げるように目を背ける。
しかし、騒ぎを聞き付けたのだろう野次馬たちが、わらわらとカトウの近くへと集まってきた。
野次馬は野次馬を呼び、ものの数秒で、人だかりが出来る。
「す、すげえ! こんな数値、俺初めて見たぞ!」
「歴史的瞬間だ!」
「……確か最下位って、偶然水晶に触れた蚊だったよな?」
「蚊より下って事か? ……すげえな!」
「……………………………………」
いや、全然凄くはない。
蚊より弱い勇者って、それは一体なんなのだろうか。
人なのだろうか。
その蚊に刺されたら、俺は死ぬのだろうか。
カトウは現実が受け入れられず、その目は完全に死んでいた。
「お、おかしいです! ノブユキ様が最下位な筈がありません! 水晶の故障に決まっています! 再検査をお願いします!」
すると、ユミナが必死にカトウの弁護をしだす。
しかしカトウにとって、今はそのやさしさこそがなによりも辛かった。
同情されると泣きたくなってしまう、例のアレだ。
どうせならいっそ、これでもかと罵倒してくれた方がマシ。
カトウがそう思った、次の瞬間だった。
「うわあ……あの男、最下位だってさ」
「だっさ」
「ありゃあ、女に捨てられるな」
まるでカトウの心の声を読んだかのような、そんな嘲りの言葉が、彼の耳に入ってきた。
カトウは一秒前の自分を力の限り脳内で殴り飛ばした。
見ず知らずの人からの暴言に耐えられる程、彼の心は鈍くも強くもなかったのだ。
ガラス細工よりも繊細な心を持つ男。
それが、カトウなのだ。
しかし、こればかりは仕方がないのかもしれない。
カトウの耳に入ってきた、最後の「ありゃあ、女に捨てられるな」という一言が、先程カトウが抱いた、ユミナに愛想を尽かされる、というイメージを強く連想させたのだ。
不安になるのも仕方がない。
カトウは恥も外聞もなく、その場で泣きじゃくりながら、ユミナの下半身にしがみついた。
「ユミナああああああああああああああ!!!!! 頼むうううううううううう! 俺を捨てないでくれえええええええええええええ!!!!」
「ご、御安心くださいノブユキ様! 絶対にノブユキ様を捨てたりなんか致しません! お金にはまだまだ余裕がありますから! 全て私にお任せください!」
「ユミナあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
こうして、今日この日をもって、ヒモの勇者は誕生した。