プロローグ

 月が照らす真夜中の田んぼ道。

「……なんだあれ」

 声を上げたのは、この夏真っ盛りの時期にもかかわらず、膝下まで届く黒のコートを着た少年だった。

 もしここが映画やドラマなどの撮影現場であったり、彼がその俳優ならばなんおかしくはないが、残念ながらそんな事はなく、つまるところ、彼は少々変わった少年であった。

 そんな風変わりな少年――カトウノブユキは、突如として目の前に現れた不思議な光の渦を見つめた。

 その光はおおよそ、人工的に作られたものではなく、例えば御伽噺や小説などに出てくるような、そんなファンタジーな代物であった。

 勿論、光の周辺には自動販売機や街灯のようなものは見当たらない。

 蛍の群れでもあんな奇妙な光り方はしないだろう。

 だからこそ、カトウはその光にとてつもなく惹かれた。

 よくホラー映画なんかで、明らかにそのドアに近づいたら不味いだろ……! みたいなシーンが多々見られるが、カトウはその心理を今ようやく理解する事が出来た。

 近づかずにはいられない。

 そんな魅力が、その光にはあった。

 カトウは光の渦に近づいていく。

 すると、光の奥に何かが見えた。

 それはおぼろげではあるが、人のシルエットのように思える。

 念の為に言っておくが、光の周辺にはカトウ以外誰もいない。

 ならばこれはきっと、映像のようなものなのだろう。

 不思議な現象ではあるが、サブカルチャーに精通しているカトウにとって、このような出来事は簡単に受け入れられるものだった。

「異世界転移キタこれええええええええええええええええええええええええええええ!」

 その瞬間、カトウは拳を強く振り上げながら、突然そんな奇声を上げ始めた。

 彼の服装からして気づいた者も多いかもしれないが、彼はいわゆる、ライトノベルに登場するような、そんな異世界主人公に強い憧れを抱く少年であった。

 彼の学業に費やされる筈だった時間の全ては、主にシミュレーション――授業中にテロリストが襲撃してきた時の対処法や、そのテロリストの中に美少女がいた時の対処法、さらには異世界転移、異世界転生にまきこまれた時に自分がどう行動するかに費やされていた。

 そして今回のこの現象は恐らく、異世界転移で間違いない。

 きっとこの光の奥に映る人物は、カトウを召喚しようとしている召喚士なのだろう。

 カトウはこの一瞬で、そこまでの当たりを付けていた。

 つまりカトウは、この時点で既に異世界に行く全ての準備を整えていたのだ。

 彼の机の引き出しには父と母に残した手紙が複数あり、どのパターンであっても意味が通じる内容になっている。

 さらには彼が持っている大きなリュックサック。

 そこには異世界で役立つ、ありとあらゆるものが入っていた。

「じゃ、そろそろ行きますか!」

 カトウはそんな軽い言葉と共に、光の渦へと迷いなく進んでいく。

 彼の中に不安という言葉はない。

 この光の奥に進めば、彼にとって未知の世界だ。

 言葉が通じない可能性。

 チートが貰えず、魔物に襲われる可能性。

 環境に適応出来ず、そのまま飢え死ぬ可能性。

 他にも挙げればキリがないが、彼にそんな心配は微塵もない。

 なぜか?

 それは簡単だ。

 彼はもう成り切っていたからだ。

 世界で最強の、ハーレム主人公に――

 他人から見れば、正直どこかおかしい。人として大事な部分が欠如している。そんな人間に見えるかもしれない。

 しかし、だからこそ、彼が選ばれたのだ。

 この、異世界転移に……!


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