第二章 男と女、あからさまな女>男 5

 ジャマリエールの説明によれば、ナルグレイブとクロたちの首輪の間には、つねに魔力の鎖が張られているという。ふだんは目にも見えず、手で触れることもできないが、こうして使用者の意志に応じて実体化させることができる。本来、これはクロたちがナルグレイブの所有者を攻撃してくることを想定した、彼女たちをばくするために用意されている機能らしい。

「ばっ……おまっ、やめ、ちょ、お……ぉあぁあいいぃっ!?」

 振り回す振り回す振り回す、さらに振り回す! 長い鎖の先端に分銅をつけた鎖分銅という武器があるが、ハルドールの鎖の先につながれているのは人外の美女、グローシェンカ──ならばこれは、鎖と美女とを組み合わせたまったく新しい武器、鎖美女とでもいうべき新兵器だった。

「はい、いってらっしゃーい!」

 ハルドールはその鎖美女をすさまじい速さで振り回しながら、敵集団へと突っ込んでいった。

「んがっ!?」

 大きなせんをかかえた切り込み隊長風の傭兵が、珍妙な悲鳴とともに宙を舞った。高速で振り回されるクロのブーツのかかとが、ちょうど彼の首のつけ根のあたりにめり込んだのである。

 変な方向に首をひん曲げてスッ飛んでいった切り込み隊長を皮切りに、ハルドールから半径数十メートル以内にいた傭兵たちが次々とはらわれていく。たとえ分銅代わりのクロにぶつからずにすんだとしても、高速で回転する鎖自体がほとんど鈍器のようなもので、ひとたび引っかけられればきゆうの青空へ旅立たずにはいられない。

「ぎゃあっ!」

「がふっ」

「ちょ……っ、こ、この、おま、待て……っ、あだっ、がっ!」

「ぐわっ!!」

「ぎひいぃ!」

 哀れな傭兵たちの悲鳴にまぎれて、途切れ途切れのクロの声が聞こえてくる。が、ハルドールは決して手をゆるめない。まるで小型の台風が移動するかのように、ぶるんぶるんと鎖美女をブン回し、ハルドールが次にねらいをつけたのは川面かわもに浮かぶ傭兵たちを乗せた舟だった。

「わわっ……! よ、よせ、やめろ!」

 ハルドールの意図に気づいた船上の傭兵たちが、慌てて重い鎧をはずし始める。しかし、彼らのたくが終わるのを待ってやるほどハルドールはやさしくない。

「はっ!」

 それまで地面と水平に円をえがかせていた鎖美女を、一転、今度は背負い投げのようなフォームでブン投げる。大きな山なりの曲線を描いて飛んだクロは、狙いたがわずみなに浮かぶ舟を直撃、一撃で真っぷたつにしていた。

「ぼがががが」

 水中に没して派手に泡を吐いていたクロをすぐさま引っ張り上げ、かんはつ入れずに横殴りの軌道で振り回す。平たい石が水を切って水面を跳ねていくように、クロの身体もみず飛沫しぶきを上げて川面を何度も跳ね、その進路上にある舟を次々に破壊、沈めていった。

「あぶわびゃ」

「おお、およっ、おれ、おっ、泳げ、ね──」

「もがががぐんが」

 おびただしい数の舟がまたたく間に沈んでいき、その数倍の傭兵たちが無様にばちゃばちゃやっている。最初にハルドールが敵中に突っ込んでいってからまだ五分と経過していないが、おおよそ賊軍全体の三割ほどは無力化できただろう。

 それを確認して、ハルドールはようやく鎖を振り回すのをやめた。

「……これで少しは余裕ができたかな?」

 暴虐の鎖にはね飛ばされず、何とか無事に城壁までたどり着いた敵もそれなりにいたようだったが、それも城壁の上に陣取ったグリエバルト軍によってちくされつつある。ハルドールがヒゲのない顎を撫でてひと息ついていると、ざばざばと水をかき分け、クロが川から上がってきた。

「────」

 長い赤毛をタオルのようにしぼりながら、ずぶれのクロは無言でハルドールのところにやってきた。あのいきおいで激しく振り回され、さらに武装した傭兵たちや舟に何度も激突したというのに、これといってをしている様子はない。そのがんけんさはニンゲンやエルフの比ではなかった。

「怪我がなくて何よりだよ、ミス・グローシェンカ」

「そりゃどうも。──こいつはお返しだよ」

 自分の首輪につながっている鎖を摑んでせ、クロはにやっと笑った。

 その直後、ハルドールの右腕がすさまじい力で引っ張られた。

「!」

 振り回される振り回される振り回される、さらに振り回される! さっきとは逆に、今度はハルドールのほうがクロに振り回され、傭兵たちや舟に叩きつけられた。

「こっ、これはなかなか──じ、情熱的な、あだっ、いたたた!」

 右腕が肩から引き抜かれそうな加速度に三半規管が悲鳴をあげ、何かにぶつかるたびに全身がきしむ。とつに勇者力で防御力を高めていなければ死んでいただろう。

「ちょ、ちょっと! クロちゃあん!」

 えを食らわないように、地べたに伏せるようなかつこうで、シロがそろりそろりとクロのそばへやってきた。

「──ねえ、もうやめて? 平和的に、へ、平和的に話し合いましょう?」

「あんたは引っ込んでなよ! ──ほら! これでおあいこだろ?」

 さらに数百人の傭兵たちが戦闘不能になったあたりでクロは鎖を握る手をゆるめた。その途端、円運動が直線運動に切り替わり、ハルドールは背中から城壁に激突した。

「……きみ的にはこれでおあいこなのかい? まあいいけど」

 壁面にめり込んだハルドールは、軽く頭を振って立ち上がった。

「へえ……さすがは勇者サマ、チビっ子のわりに頑丈じゃないか」

 大股でやってきたクロが、鎖をじゃらじゃら鳴らして不敵に笑った。

「──ちょうどいいから、このままチェーンデスマッチで決着をつけない? こいつがある間はたがいに逃げられないしさ?」

「その必要はないよ」

 ハルドールは両手を上げておどけたように笑うと、鎖を消し去り、右手にはめたナルグレイブをはずしてクロに投げ渡した。

「……え?」

 両手でそれを受け止めたクロは、毒気を抜かれたようなキョトン顔でハルドールを見返した。

「おぬし、いきなり何のつもりじゃ!?」

 ハルドールの行動に気づいたジャマリエールが、城壁の上から身を乗り出して大声でわめいた。

「──きのうちゃんと説明したであろうが! それを手放せばグローシェンカに逃げられてしまうのじゃぞ!? それを、どうして……!」

「ああ、いいのいいの」

 少しだけ身軽になった右肩をぐるぐる回し、ハルドールはクロにいった。

「──ほら、いいよ、ミス・グローシェンカ。きみを拾ってくれたじゃじゃさまへの恩は今ので返したことになるし、これできみは晴れて自由の身だ。どこへなりと逃げていいよ」

「え……? いや、あんた、何を──?」

「きみには俺がただのチャラいヤツに見えるかもしれないけど、それでも俺は勇者だからさ」

「……は?」

「たとえ報酬と引き換えだとしても、俺は今、この国のみんなのために身体を張って戦ってる。ただ、きみはこの戦いに命をける必要はないからね。だから好きにすればいいさ」

 そのへんに転がっていた剣を拾うと、ハルドールはクロの肩を叩いて歩き出した。

「──嫌味じゃなく、心の底から、きみがきみのダンナさんとやらに再会できることを祈ってるよ」

「あ、お、おい、ちょっと──」

 まどうクロを残し、ハルドールは残った傭兵たちのほうへずんずん歩いていく。

「ちょっと……何それ!? ひ、ひどくなぁい!?」

 はっと正気に立ち返ったシロが、悲鳴をあげてハルドールに駆け寄った。

「──どうして!? ねえハルくん、どうしてよ!? 本能のおもむくままに暴れた乱暴なクロちゃんが自由を手に入れられて、平和的な対話をこころみた心やさしいわたしにはどうして自由があたえられないの!? ねえ、これ、ちょうだいちょうだぁい!」

 シロはハルドールの左手を摑み、がくがく揺さぶってナルグレイブを引き抜こうとしている。やんわりとそれに抵抗しながら、ハルドールは襲いかかってくる傭兵を叩き伏せた。

「い、いや、その話ならまたあとでね、うん、ミス・マシュローヌ……今はほら、取り込んでるから──」

「てめえら何をゴチャゴチャいってやがる!?」

「ひいっ!? ……い、今はとっても大切なお話をしてるからぁ!」

 斬りかかってきた傭兵を泣きながらハイキックで蹴り飛ばし、シロはハルドールにうったえた。

「ねえ? わたしをあわれと思うなら、これ、これちょうだい……だってほら、わたしのほうがクロちゃんより美人だし……」

「美人かどうかでいうと……いや、俺は甲乙つけがたいと思うよ? どっちも好みのタイプだし……いやでも、今はそういうことではなくてね……」

「じゃあどういうことだよ!?」

 強引にシロを押しのけ、ついでに近くにいた傭兵たちを薙ぎ払い、今度はクロがハルドールに詰め寄った。

「あんた……さっきのいいよう、わたしをバカにしてない? あれじゃまるで、わたしが保身しか考えない弱虫みたいに聞こえるんだけど? おまけにこれ!」

 ナルグレイブの右パーツの拳をハルドールの頰にぐりぐり押しつけ、クロは押し殺した声で続けた。

「こんな……あんた、わたしを憐れんでるのかい? わたしは実力で奪い返すっていっただろう? それを、まるでイヌにエサでもやるみたいにぽんと投げ渡してきて……わたしをバカにしてるとしか思えないね!」

「そ、そんなことないって! 自由を手に入れられたのに何が不満なのさ、ミス・グローシェンカ? そもそもきみ、俺に力を貸す気はないんだろ?」

「そういう話をしてるんじゃないんだよ、わたしは! まずは勝負だっていってるの! あんたから勝ち取ることに意味があるんだから!」

 そういって、クロはハルドールの右手に無理矢理ナルグレイブをはめようとする。

「ちょ、ちょっと──今は戦ってる最中だからさ! ほら、敵が……」

うつとうしいんだよ、おまえら……!」

「ぎゃあっ!」

 クロが振り返りざまに右手を振るうと、さながらしんのマントがひるがえるかのように、しやくねつの炎がぶわっと大きく広がり、近づいてきた敵を薙ぎ払った。

「──これでいいだろ? さあ、あらためて勝負してもらおうか! 本気出しなよ?」

「お願い、ハルくん。どうせ憐れむならわたしにしてくれない? それで、その……そっちの右手を返してもらって、代わりにこっちの左手のをわたしに──」

「絶世の美女ふたりにもみくちゃにされるのは悪い気分じゃないけどね」

 溜息をひとつもらし、ハルドールはすばやく身をひねってクロとシロの間からすり抜けると、あらためて両手に剣とやりを持って駆け出した。

「──俺にいいたいことがあるなら、戦いが終わってからにしてくれるかな?」

「おい!?」

「あぁん!」

「どちらにしろ、連中を排除するまで話し合いはおあずけだよ。申し訳ないけどね!」

「ちっ……」

 いまいまし気に舌打ちし、クロはハルドールを追って走り出した。シロもすぐに身体をくねくねさせながら相棒を追いかける。

「絶対に……ケリをつけさせてもらうからな!」

「ひいぃ……や、やめて! わっ、わたしはただ、平和的な解決を……っ!」

 先頭を行くハルドールは無論のこと、それについずいするクロとシロも、手当たり次第に傭兵たちを片づけていく。三人が通ったあとに立っている者はなく、もとから乱れていた賊軍の陣形は加速度的に崩壊に向かっていた。

「こっ、こいつら……」

「ふ、ふざけんな……やってられねえよ!」

 三人の強さをたりにした傭兵たちが徐々に退却を始めた。舟の大半が破壊されているおかげで使えず、ほとんどの傭兵たちは、武器や鎧兜を捨てて泳いで川を渡ろうとしている。

「開門せよ!」

 敵の退却を見たジャマリエールが、城門を開けて追撃の指示を下した。

「水際まででよい、連中を追い散らせ! 乱世の初戦で、我がグリエバルト軍が華々しい勝利を飾ったという事実を作るのじゃ! よい戦意高揚になるじゃろう!」

「可愛い顔をして容赦がないね、我が愛しのじゃじゃさまは」

「……それはあんたもだろう?」

 槍をかついでひと息ついているハルドールのもとにクロがやってきて、あらためてナルグレイブの右手のパーツを押しつけた。

「ほら、返すよ」

「困るな……そんなすぐには勝負に応じられないよ」

 ハルドールはいまさらのように槍をつえ代わりにして身体をささえ、わざとらしくんだ。

「──ほら、戦士にも休息が必要だろう?」

「まったく……いいよ、日をあらためて勝負だ。実力で奪い返さなきゃわたしの気がすまないんでね」

 ふっと力の抜けた笑みを浮かべたクロは、ハルドールに背を向けて歩き出した。

「クロちゃんたら……ホントに不器用っていうか、カッコつけっていうか……」

 戦いを終え、汗の浮いた胸の谷間にはたはたと風を送っていたシロが、クールに歩み去る相棒を見つめて苦笑した。

 その直後、ハルドールがはめなおしたナルグレイブからまばゆい稲妻が走り、クロを直撃した。

「ホントにせんりよなんだから……」

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