第一章 シロとクロ、逃げる女たち 2

「おぬしの正義?」

「まあ……簡単にいえば好みの問題さ。気に食わないヤツのためには戦えないってだけの話でね。逆に、女性からの依頼は優先して聞くことにしてる」

「それではわらわはどうじゃ? わらわのために戦ってくれるか、勇者ハルドール?」

「もちろんだよ、魔王陛下」

 わざわざいったん席を立っていんぎんに一礼し、それからハルドールは顔をしかめた。

「……どうにもれないな」

「何がじゃ?」

「この……身長? いや、まあ、顔形には文句ないんだが」

 自分のほおをぺたぺたと撫で、ハルドールはためいきをついた。

「ずいぶんと若返ったもんだ……世の中のご老人たちにこのことを教えてやりたいよ」

 ハルドールはこれまで何度も次元の壁を越え、いくつもの世界を渡り歩いてきた。その際、一時的な記憶の混乱を経験したことはあっても、さすがに肉体が若返ったのは今回が初めてだった。

 よくみがかれたスプーンをとつめんきよう代わりにして自分の顔を映してみる。まず、毎朝手入れを欠かしたことのなかったあごヒゲがない。産毛すら感じられない。おまけに、着ている服やブーツもかなりオーバーサイズだった。身体からだがかなりちぢんだのだろう。

「この世界の基準でゆえば、なかなかの美少年ぷりじゃがのう?」

「よしてくれよ。俺が美少年だからって手心を加えてくれる敵ばかりならともかくさ」

 首や肩をこきこきと鳴らし、ハルドールは食事に戻った。

「──しかしまあ、少しばかりサイズが小さくなっても俺の強さに変わりはないさ。そこは安心してくれていい」

「それは何よりじゃ。わらわがおぬしに求めることはただひとつ、わらわに協力してこの乱世を勝ち抜いてくれればそれでよい。ほうは意のままじゃぞ?」

「それはありがたいが、まずは今の俺のたけに合った服と……それに、もしあるのならものを用意してもらいたいな」

「武器とゆうことか?」

「ああ。……これは俺の長年の悩みなんだけど、どの世界に行っても、俺の実力に見合う武器がないんだよ。要は俺があまりに強すぎるせいで、どんなにがんじような武器を使ってもすぐに壊れる」

「それは好都合じゃ。実は、おぬしが持つのにかつこうの得物があってな……ケチャ、モーウィンに例の箱を持ってくるよう伝えてまいれ」

「はこ?」

「ゆえば判る。そのまま伝えてまいれ」

「ほーい!」

 ケモ耳メイドがスカートのすそをひるがえしてまたぱたぱたと駆けていく。

「──一応聞くが、おぬしの得意な武器は何じゃ?」

「むしろ使えない武器はないといったほうがいいかな?」

「それは頼もしいな。……これからおぬしに見せるのは、およそこの世界では最強のはずの武具じゃ」

「最強の武具? それはまたときめく響きだね」

「おそらくおぬしのようなストイックな変態にとっては、山のような金銀財宝より、いっそいわれのある武具のほうが嬉しいのではないかと思うてな。……おお、待っておったぞ」

 ジャマリエールの言葉につられて視線を動かすと、騎士団長のガラバーニュ卿がやってくるのが見えた。ただ、なぜかその顔には大粒の汗のたまが浮かんでおり、まるでぱらっているかのように足元がおぼつかない。おまけに、その背後には食事の場にはふさわしからぬ、完全武装の騎士たちがぞろぞろとつきしたがっている。

「……?」

 よく見ると、ガラバーニュ卿は両手で小さな箱をかかえていた。サイズ的にはちょっとした宝石箱くらいで、たとえその中身が純金で満たされていたとしても、そこまでの重さになどならないはずだったが、気苦労の多そうな騎士団長が汗だくになってよたよた歩いてくるのは、どうやらその箱があまりに重いためらしい。

「──あー、そのへんでいいぞ。あまりこちらに近づけるな」

「は、はい……さすがに腰にキますな」

 テーブルから五メートルほど離れたところに宝石箱を置くと、ガラバーニュ卿は大きく深呼吸してひたいの汗をいた。

「まさか……武具ってのはその箱の中に入ってるのかい?」

 たとえば全身をおおうきんぞくよろいや盾、それに長剣といった武具のフルセットなら、その重さは数十キロになるだろう。それをひとりで運んでいたのなら、ガラバーニュ卿の疲労も判らなくはない。だが、あの宝石箱に入るのは、せいぜいブリキの騎士の人形くらいのものだろう。いくら何でも小さすぎる。

「この箱を開ける前にな……これをはめておけ」

 ジャマリエールは箱を遠巻きに囲むように配置すると、どこからか取り出したいつついをハルドールに投げ渡した。

「おっと」

 材質は判らないが、エッジの立った黒光りする軽い籠手で、手の甲の部分に、真珠に似たつやを放つ丸いパーツがついている。その表面をこつこつと叩き、ハルドールは軽く口笛を吹いた。

「……なかなか可愛かわいいアイテムじゃないか。女の子へのプレゼントには不向きかもしれないけど」

 まるであつらえたように、今のハルドールの腕にむ。しかし、これが最強の武具だとしたらいささか拍子抜けだった。

「どうじゃ? ちゃんとはめたか、我が勇者?」

「ああ」

「それはくだんの武具をあつかうために必要なものじゃ」

「どういう意味かな?」

 もうヒゲはないというのに、顎を撫でるくせが抜けない。ひんやりとした籠手の感触に軽く首をすくめ、ハルドールは首を傾げた。

「それはいわば投げ縄じゃ。そして今から現れるのはかんじゃ。用意ができたのなら箱を開けるぞ? 心の準備はよいか?」

「……何をいってるのか判らないんだけど?」

「悍馬をぎよせねばころされるだけじゃろ? 最強の武具を手にしたいのであれば、おぬしはそれに見合う強さを証明せねばならぬとゆうことじゃ。パンダ風情ではおぬしの力量を測るメジャーにもならなかったしのう」

 すでにジャマリエールは宝石箱に歩み寄り、その上から左手をかざしている。 じかに触れてもいないのに宝石箱がかたかたと揺れ始め、それを見た周囲の騎士たちが顔を青ざめさせていた。

 その様子に、ハルドールは目を細めた。

「……どうやらそいつに詰まってるのは女性の大好物じゃないらしいな」

「準備は万端のようじゃな。……では開けるぞ、我が勇者よ! 受け取るがよい!」

 右手の人差し指を額に押し当ててジャマリエールが叫ぶと、ばきんっ! とみみざわりな金属音をともなって箱が開いた。

 と同時に、その中から白と黒の何かが飛び出してきた。

「!?」

 目で見て反応するより先に、肌をひりつかせる殺気に反応して、ハルドールはとつに身をかわした。

「これはこれは……」

 目を細めて振り返ったハルドールの視線の先にいたのは、ふたりの女──どちらもビキニ同然の刺激的なコスチュームを身につけたグラマラスな美女たちだった。

 一方は痛々しいほどに白い肌と長い金の髪が印象的な豊満な美女。ややの目もとにともった双子星のような泣きぼくろが、何ともっぽく見える。

 そしてもうひとりはつやつやした小麦色の肌に情熱的な赤毛の、こちらはやや筋肉質な美女。よく輝く金色のひとみがしなやかなネコ科の猛獣を思わせた。

 男性目線での好みの差はあるにせよ、おおむね誰が見ても甲乙つけがたい、すこぶるつきの美女ふたりだった。どちらも耳の先端がややとがり気味だったから、もしかするとエルフなのかもしれない。

「…………」

 誰もいないテーブルのそばに歩み寄った赤毛の女は、まだ七分ほど中身の残っているワインのジョッキを手に取ると、匂いを確認してから無言でそれを飲み干した。

「ここ……どこかしらぁ……? 見覚えのない場所だけど──」

 一方の金髪の女は、不安そうな視線であたりをきょろきょろ見回している。

「……気をつけるがよい、我が勇者」

 ケチャをともなってハルドールのそばにやってきたジャマリエールが、美女たちを見て低い声でいった。

「判っておるとは思うが、あれらはただの女ではないぞ?」

「ああ。おかげで俺はこの先死ぬまで悩むことになりそうだよ。赤毛の彼女と金髪の彼女、どっちが美人かってね」

 そんなハルドールの軽口に反応したのか、赤毛の手からジョッキが消えた。

「!」

 目にも留まらぬモーションから猛スピードで投じられたジョッキを、ハルドールは咄嗟に右のこぶしではじいてらした。常人なら今のをまともに顔面に食らって間違いなく重傷、運が悪ければ即死だったかもしれない。

「……きみとは初対面のはずなんだけど、ずいぶんアグレッシブなごあいさつだな」

 ハルドールはさり気なくジャマリエールたちをかばう位置に立ち、ぷらぷらと拳を振った。

「──ひょっとして、俺は前世できみによほどひどいことでもしたのかな? たとえばノックもなしにきみの寝室に入ろうとしたとか、きみのドレスの裾を踏んづけたとか、さもなければ──」

 ハルドールの問いに対する返答は、さっきのジョッキ以上の速さで飛来する無数のナイフとフォークだった。

「取り押さえよ! 手加減はいらぬぞ!」

 ハルドールがすべての凶器を拳で叩き落としている間に、ジャマリエールの命を受けた騎士たちが、丸腰の美女ふたりにいっせいにやりで突きかかった。

「……わたしたちもナメられたもんだね」

 冷ややかに呟いた赤毛がその場で旋回した瞬間、槍はことごとくへし折られ、騎士たちは派手に吹き飛ばされていた。ワーパンダ相手にざまをさらした彼らを基準にするなら、こちらの美女は明らかにパンダ以上──むしろくらべるのが馬鹿馬鹿しくなるほどの強さだった。

「……いい蹴りだ。速くて鋭くて、おまけにシルエットがいい。いつまででも眺めていたいくらいだよ」

「たわけ!」

 赤毛の美女の脚線美に注目しているハルドールの尻に、ジャマリエールの小さな拳がぼすっとめり込む。

「オヤジみたいなことをゆっておる場合か!」

「いや、忘れてない? 俺だって健全な成人男性なんだぜ?」

「あのね、あのね、クロちゃん」

 うめく騎士たちを尻目に、それまで何かを捜すかのようにあたりを見回していた金髪の美女は、テーブルの上の料理をつまみ食いしている赤毛の美女にいった。

「どうもこの近くにはいないみたいなのよ~。どうしよ~?」

「そんなのいわれなくても判ってるよ、シロ。……早く捜しにいこう」

「我が勇者!」

 ジャマリエールがふたりを指さしてわめいた。

「──あのふたりを逃がすでない! ブンなぐってでもらえるのじゃ! 少しくらい荒っぽくやっても死んだりせぬゆえ、勇者の勇者たるところをわらわに見せてみよ! でなくば最強の武具は手に入らぬぞ!」

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