一章 鋼の街と空の騎士団 8

「なんだと?」

 確信めいた『騎士もどき』の言葉に怖じ気づいたのか、前に出ようとしないゴードン。

「分からないか? さっき俺を仕留められなかったのは偶然じゃない。そこがお前の限界ということなんだよ、ゴードン・ブランデス」

 馬鹿にするというより、憐れむように告げる『騎士もどき』。

「魔法というのは、単に不思議な現象を起こすだけのものではない。自分自身の存在を、魔力を使って再構成する技術のことを言うんだ」

 それは、アリアも学んだことのある知識だった。

 魔法とは己を映す鏡。

力が強い人間は威力の高い攻撃魔法を覚えるし、協調性がある人間は周りを援護する補助魔法を覚える。

そういった体格、性格、才能などが反映され、自分自身が持つ個性と同じ特性のものしか覚えられないのが、魔法という技術なのだ。

「ゴードン。お前であれば、まずその強靱な肉体だ。体格と筋肉による剛力と敏捷性は、まさにお前の魔法の威力に現れている」

 大地を迸る、高速高威力の衝撃波。

 なるほど、確かにその威力と速度は、彼の持つ身体能力を表わしたものだろう。

「けど――お前には、それしかない」

 『騎士もどき』が、ただ冷たい笑みを浮かべた。

「衝撃は地面を這いつくばり、ただ真っ直ぐ突撃するだけ。とにかく足場を荒らすから、味方の逃げ場もなくなってしまう。個人としては強くても、仲間との連携はできない嫌われ者――まったくもってお前に相応しいな? ゴードン君」

「てめえ……!」

 怒りか羞恥か、ゴードンが顔を赤くしながら震える。

 魔法は嘘を吐けない。

 だから、これはきっとゴードン自身が一番分かっていた真実。

 それを突きつけられて、冷静でいられる人間などいるものか。

 が、『騎士もどき』は決して容赦しない。

「もっと言うとね、仲間の道を塞ぐだけじゃないよ。お前自身が進む道も、お前は塞いでしまっている」

 そうして彼は、その硝子の剣で、ゆっくりとゴードンの足下を示した。

 自らの魔法で、瓦礫の山になってしまった足下。

 アリアにもすぐに分かった。

 この足場の悪さこそが突進の勢いを殺し、『騎士もどき』への追撃を鈍らせた最大の要因である。

「見ろよ。これこそがゴードン・ブランデスという男の在り方だ。敵は倒すが味方に疎まれ、己の進むべき道すらもその粗暴さで粉々に壊してしまう、行き止まりの騎士。それがお前の限界で――」

「殺す!」

 最後まで聞いていられなかったのか、ゴードンは『騎士もどき』の言葉から逃げるように魔法を叩き込んだ。

 だが、そんな単調な攻撃、もう当たらない。

「無駄だ」

 『騎士もどき』が、高く高く跳躍した。

 ゴードンの魔法が届かない領域。

地面を進む彼には見上げることしかできない、自由の空。

 放物線を描いて跳んだ彼は、その頂点に達すると、今度は流星のように落下を始めた。

「これで終わりだ!」

 振りかぶる硝子の剣。落下の勢いを付けた一撃がゴードンに迫る!

「舐めんな!」

 力比べなら負ける気はないのか、ゴードンは真っ向から応じた。

 甲高い金属音が周囲に響く。

 振り下ろす硝子の剣と、振り上げる戦斧。

 駄目だ、やはり単純な一撃の重さではゴードンが有利。

 硝子の剣には、衝突に耐えられずにヒビが入った。

「はっ! 口ほどにもねえなあ、傭兵!」

 ――打ち負ける。

 アリアがそう予感するのと同時、『騎士もどき』が嘲るように微笑を浮かべた。

「訂正しよう。やっぱりお前は単細胞の筋肉馬鹿だ」

 『騎士もどき』がそう呟いた瞬間、硝子の剣がどろりと溶けた。

「なっ!?」

 いきなり力を透かされたゴードンが、驚きの表情を浮かべながらも体勢を崩す。

 その隙を逃さず、溶けた硝子はゴードンの身体に纏わり付き、即座に茨の形となって彼を拘束した。

「俺の能力を見ておきながら、これをただの力比べと思うとはね。いくら冷静さをなくしていたとはいえ、頭が悪いにも程がある。だからお前は副団長になれなかったんだ」

 冷たく、吐き捨てるように『騎士もどき』は告げた。

「く……そ」

 拘束されたゴードンの顔が苦痛に歪む。

 硝子の茨は彼の肌に食い込みながら全身を強い力で締め付けており、このままでは何カ所か骨が折れそうだった。

 とはいえ、その程度で済むとも思えないが。

 『騎士もどき』はゴードンを拘束したまま、広場の隅まで歩いていって、そこに落ちていた剣を拾った。

 最初にゴードンと争った騎士が回収し忘れたものらしい。

「さて――これからお前を殺すわけだが。何か言い残すことはあるか?」

 背筋が寒くなるほど酷薄な笑みを浮かべて、『騎士もどき』はゴードンの前に立った。

 滲み出る殺意は、さっき一瞬零れたものの比ではない。

 死線をくぐり抜けた歴戦の傭兵。

 そんな言葉が、これ以上ないほどしっくり来る雰囲気だった。

「……ねえよ。クソが」

 ゴードンも目の前の男が死神であることに気付いたらしい。

 裁定を待つように、ただ力なくうなれた。

「そりゃ残念。聞いた話じゃ、雑魚の悲鳴を肴に飲む酒ほど美味いものはないらしいからな。俺も試してみたかったんだが、それは無理そうだ」

 言いながら、『騎士もどき』は大きく剣を振りかぶった。

 ――死ぬ。助からない。

 恐らく、その場にいた誰もがそう確信しただろう。

 銀色の剣が、ゴードンの首めがけて無慈悲に薙ぎ払われる。


 その瞬間、アリアが割って入った。


 抜剣しながら軍刀で『騎士もどき』の剣撃を弾く。

 ずしりと肘まで響く重い衝撃。二撃目を防ぐ自信は、正直ない。

 それでも、アリアは傭兵の前に立ちふさがる。

「何の真似だい? アリア。今のはなかなか無粋だと思うんだが」

 ゴードンに向けられていた殺意が、集束しながらアリアに浴びせられる。

 途端に、心臓を握り潰されるような重圧に襲われた。

 それでも怯むわけにはいかない。自分は『叡智の雫』の副団長なのだから。

「……この喧嘩は、間違いなくうちの部下が悪いです。彼の上司として謝罪しましょう。ですが、ここは剣を収めてください。彼はうちに必要な人間なのです。どうか」

 いちの望みを籠め、『騎士もどき』に謝罪する。

 何の因縁もない相手にいきなり魔法を叩き込んだのだ。

 通常であれば、ゴードンは殺されたって文句は言えない。

 争えば、間違いなく負ける。

 自分より遥かに強いゴードンですら子供扱いだったのだ。

 力が足りない自分が悔しい。

これが団長であれば、うまく宥めることもできただろうに。

 九割方無理なお願い。

 しかし、意外にも『騎士もどき』は、それで一気に殺意を霧散させた。

「まあ、アリアにそう言われたんじゃ仕方ねえなあ」

 『騎士もどき』は戦闘前のような緩んだ表情に戻ると、持っていた剣をぽいっと投げ捨てた。

「んじゃ、飲み直すとしますかね。あ、店の修繕費はそっちの男が持てよ。いくら金があるっつっても、こんな使い方はごめんだからな」

 途端に、もう戦いのことなど忘れたように、踵を返して店に戻ろうとする。

 その背中を呆然と見送りかけてから、アリアはハッと我に返った。

「あ、あの……頼んでおいてなんですが、いいんですか? 見逃して」

 小走りで彼に追いつき、横から顔を覗き込むと、何事もなかったかのように人を食った笑みを浮かべていた。

「そりゃもう。金を受け取った時点で俺はアリアの忠実なる手足ですし? 雇い主様の命令には従うさ」

 『騎士もどき』がパチンと指を鳴らすと、背後から硝子の砕ける音がした。

 振り返ると、ゴードンを拘束していた茨がなくなっている。

「暴れられない程度には痛めつけておいたから、アリアが連れて帰ってやりな。俺は一人で飲み直す」

「は、はい」

 同席を拒絶する彼の背中に突き放され、アリアは部下の下へ向かう。

 ぐったりと地面に横たわったゴードンは、ボロボロだが意識ははっきりしているようだった。

「大丈夫ですか、ゴードン」

 呼びかけると、年上の部下はバツが悪そうに顔を背けた。

「…………ここで副団長を寄越すあたり、あの野郎の底意地の悪さは相当だ」

 魔法を通して自分というものを丸裸にされ、その上で負けた。

 そんなところを身内に、ましてや意中の女性に見られたくないというのは当然の心情だろう。

 それでも彼の上司として、寄り添わなくてはならない時もある。

 というか、説教しなくてはいけない時がある。

「ゴードン。いくらなんでも見境なしに喧嘩を売りすぎです。彼がその気になっていたら、今頃私たちまとめて死んでましたよ」

「……はっ。なんだ副団長、俺のために死んでくれるつもりだったのか?」

 ほんの少し、何かを期待するような熱の籠もった言葉。

 アリアはその感情を理解しながらも、表情一つ動かさずに首を縦に振った。

「私はあなたの上司ですもの。部下のために戦わなくてはいけない時もあります。それ以上でもそれ以下でもありません」

 きっぱりと言い切ると、ゴードンは茨で縛られていた時以上に苦い顔をした。

「………………今それを言われるのは、かなり効くな」

 自分もこんなところで言うつもりはなかった。

 だが、今回こうして自分が喧嘩の原因になった以上、曖昧にしておくわけにもいかないだろう。

「まあいい。ここまでみっともない姿を見せておきながら、追いすがるわけにもいかねえ。しばらく大人しくしとくよ」

「そうしてください。あなたはうちの大事な戦力なんですから」

「……ああ。今回のことは一つ借りだ、副団長。必ず『空の遺跡』攻略の時に返させてもらう」

 少しは回復してきたのか、ゴードンはのっそりとした動作で起き上がると、足を引きずりながらも、また暴れることなく歩き出した。

「送りましょうか?」

「頼むから勘弁してくれ」

 消沈したような小声で、この場から立ち去るゴードン。

 それを見送ってから、アリアは溜め息を吐いた。

 なんとか一件落着というところか。何もできなかったのは悔しいが、無事に収まってくれてよかった。

 そうして、アリアは目を瞑ってこの状況を冷静に振り返る。


 ――あまりにも都合がよすぎる。


 一番の戦力ではあるが、アリアより実力も年齢も上のため、上手く使いこなせていなかった部下のゴードン。

 彼に貸しを作ることに成功し、しかも懸念事項であった個人的な感情も清算できた。

 『騎士もどき』の強さも分かったし、今なら本番の戦いで背中を預けることにも躊躇いはない。

ゴードンに勝ったとあれば、他の団員だって認めざるを得ないだろう。

 これにより、双子遺跡攻略の上で不安材料となるものが一掃された。

 頭が痛い騒動ではあったが、終わってみれば全てアリアだけに都合のいい方向に転がっている。

 これは偶然の産物だろうか?

「……まさか」

 そんなご都合主義を信じるほど、アリアも幸せな人間じゃない。

 だとすると、考えられることは一つ。

 この流れを生み出した人間がいる。

『ちょうどいい機会だ。アリアには俺のことをまだ信じてもらえてないみたいだし、せめて何ができるのかだけでも示そう』

 あの言葉の意味が、今ようやく分かった。

「……『騎士もどき』」

 厄介者の傭兵。規律を無視する自由人。

 そんな評判を疑いたくなるほど、アリアを立てた行動だった。

 いったい、彼は何者なのだろう。

 何のために命を懸けて、何のために傭兵なんてやっているのか。

 それを知ることができるのかは、全く分からないけども。

 これから彼と過ごす日々は、きっとアリアにとって特別なものになるのだろう。

 そんな予感があった。


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試し読みは以上です。


続きは2020年7月1日(水)発売

『型破り傭兵の天空遺跡攻略』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。


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