一章 鋼の街と空の騎士団 4

 鋼船都市リーザルトは表通りも賑やかだが、裏通りも負けず劣らず騒がしい。

 ただ、大通りを一本抜けて裏道に出ると、賑やかさの種類が変わるのが難点か。

 酔っ払いの笑い声と、遠くから響く喧嘩の音。

 うーん、路地一つ変わるだけで別の都市だな。きっと表通りを取り繕うのにも、大変な苦労があったのだろう。

「いいねえ、活気があって。俺の好きな盛り上がり方だよ」

「あまり外部の人間に見せたい場所ではないですけどね。治安も悪いですし」

 アリア自身はこういう場所は好きでないらしく、周囲の喧噪を見て顔をしかめていた。

「ただ、ちょうどいいと言えばちょうどいいです。今、私の部下たちもこの辺で飲んでいるはずですし、合流しましょうか」

 仲間を探しているのか、きょろきょろと視線を動かすアリア。

 俺もそれっぽい集団を探そうとして辺りを見渡していると、ふと一軒の酒場が目に留まった。

「お、あの店……」

「なんです? 私の部下でも見つけましたか?」

「いや、店員の制服が超かわいい。そして料理が美味そう。よし、あそこに入ろうぜ!」

 ビシッと目の前の店を指差し、先導するように歩き出す俺。

 一瞬、アリアは呆気に取られるように立ち尽くしていたものの、すぐに我に返ったらしく、小走りで追いかけてきた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 私の部下と合流するって言ったばかりですよね!」

「なに、この辺で飲んでれば自然と会えるって」

 気楽に答えると、俺は酒場に入っていく。

 アリアは顔をしかめると、横から俺を思いっきり睨んできた。

「私はそういう計画性のない行動が――」

「すみませーん! 二名なんですけど空いてますー?」

「って、聞いてください!」

 文句を言いつつも、既に店員を呼んでしまったからか、それ以上抵抗することもなく酒屋に入るアリア。行儀いいね、この子。

 店内は混んでいたようで、俺たちは屋外席テラスへと案内された。

「とりあえず麦酒エール、おすすめの料理をいくつか。アリアは?」

「……林檎酒シードルで」

 無愛想な表情ながら、女の子らしいお酒を注文する。

「意外だな。ここまで来てなんだが、酒は飲まない奴かと思ってた」

 素直な感想を告げると、アリアは特に気分を害した様子もなく答えた。

「リーザルトは十五歳から飲酒可能ですから。こういう仕事をしていると、ある程度お酒に強くないと困ることもありますし、鍛えてはいるんです」

 そりゃそっか。騎士っていうのは荒くれ者も多い職業だし、お酒に弱い女の子が紛れ込んだとなると、どんな目に遭うかは想像に難くない。

 なにより――騎士は命を懸ける職業だ。

 死の恐怖と戦い、仲間との団結力を深めるために、酒の力を借りることも少なくない。

 飲んで騒いで虚勢を張って、仲間がそれに同意して。

 傍から見てると馬鹿らしく見えるようなことかもしれないが、戦う心を作る上で、それは大切な儀式だったりするのだ。

「そうかそうか。なら、好きなだけ飲んで食べるといい。この店の品物メニュー全部くださいって言ってもいいぞ? 俺の懐は気にするな、俺も気にしないから」

 なんせ今日の俺はお金持ちだからね!

 まあ、いつも仕事が終わる頃には貧乏人に成り果てているんだけども。なに、後悔するのは未来の俺に任せるさ。

「そんなに食べきれませんよ。にしても、噂通り本当に刹那的なお金の使い方をしますね。傭兵というのは、みんなこうなんですか?」

 半ば呆れたように、俺の言動をそう評価するアリア。

「さてね? 個人の信条によるだろ。遊ぶためにやってる奴もいれば、家族の生活のために仕方なく命を懸けてる奴もいる。騎士だってそうだろ? 人それぞれさ」

 共通しているのは、稼ぐために戦っているということ。

 名誉の戦死とか、誇りある戦いとか、そんなものは求めちゃいない。

 ただ長く生きて、多く稼ぐ。

 それこそが傭兵に共通する思想だ。

 浅ましいが分かりやすく、それ故に信用しやすい。

 まあ何事も例外はいるがね。そういう奴は基本的に異端であり異物だ。

「確かにそうですね。あなたを基準に傭兵を考えるのは、他の人にあまりに酷でした」

「また随分と棘のあることを言うね。なんでそんなに嫌うかなあ。もっと友好的に行こうぜ?」

 やっぱり第一印象が悪かったのがいけないんだろうか。着いてすぐ酒場に直行しようとしたのは我ながら印象悪い。反省とか全然しないけどもね。

「別に嫌っているわけじゃないですよ」

 が、アリアは意外な言葉を返してきた。

 その瞳には、確かに単純な嫌悪らしきものはない。

「じゃあまさか一目惚れか? 照れて素直になれない系? おいおい参ったな、傭兵と騎士の道ならぬ恋か」

「馬鹿じゃないですか」

 あ、今嫌悪が宿った。すごい単純な嫌悪、有り体に言ってゴミを見る目です。

「言い方が悪かった……いえ、どう考えても悪いのはあなたなんですけど……とにかく、伝わらなかったので言い直しましょう。私はあなたを好きでも嫌いでもありません」

 すっと、彼女の纏う雰囲気が真面目なものになった。

 紅玉ルビーの瞳が、質問を通して俺を推し量ろうとしているのが分かる。

「この『落陽の世界』の成り立ちは知っていますね?」

 唐突に話を変えたアリアに、しかし俺は水を差すことなく頷いた。

「当然さ。神と妖精の捨てた土地、だろ?」

 ――この世界が始まった時、世界の主役は神様だった。

 神代と呼ばれる時代。

 空に浮かぶ都市で、神様たちは日々を暮らしていた。

 今の人類には手の届かない高度な技術に、優れた知能。

 そんな遥か上位の存在だった彼らは、やがて世界から姿を消した。

 いまだにその理由は解明されておらず、考古学最大の謎と呼ばれている。

 そして神がいなくなった後、次に世界の主役になったのは妖精という種族だった。

 彼らは一時代を築き上げたものの、やがて地上に存在する多くの資源を持ち出し、この世界ではないどこかへと移住したという。

 そうして――残されたのは、妖精の捨てた痩せこけた土地のみ。

 人類が主役になったのは、そんな世界の終末期、『落陽の世界』である。

「……『痩せた大地で人は暮らせず、神を真似て空へと昇った。神々の遺産、“空の遺跡”の技術を求めて。遺跡には神の仕掛けた罠がいまだ生きており、それを司る番人も待つ。だけど騎士は戦うのだ。民の祈りに応えるために』」

 アリアが諳んじたのは、この世界の誰もが読んだことのあるおとぎ話の一節であり、全ての騎士団の規範となる文節だった。

「……『鋼船騎士団の栄光』か」

 まだ地上に人間の王国があった頃。

 初めて作られた鋼船都市には、その王国の騎士団が載せられた。

 彼らは史上初めて『空の遺跡』に乗り込むと、そこに遺された神の遺産を手に入れ、見事人類に繁栄をもたらす。

 その偉業の軌跡を物語にしたのが、今アリアが語った『鋼船騎士団の栄光』なのだ。

「我々騎士は、文明の針を進め、人々の暮らしをより良きものにするために戦っています。『空の遺跡』にある資源を、技術を、あるいは遺跡そのものを手に入れるために。だから、どんな危険も厭わない。その使命感がある限り、決して」

 団長が言っていた人類の悲願に類する、騎士が抱えたもう一つの使命だ。

 恐らく、一般的な騎士の役割としてはこっちのほうが有名だろう。

 赤ん坊でもない限り、世界中の誰もが知っているくらいには。

 にもかかわらず、アリアは俺に刻みつけるように改めて言葉にした。

 恐らく、本題への前振りとして。

「一方で傭兵はそうではない。彼らは大衆のためではなく己のために戦う。報酬に見合わない危険は決して背負わない。遊ぶために戦う者も、生活のために戦う者も、その点だけは共通している――ある例外を除いて」

 紅玉の瞳が、俺の中を覗き込もうとしてくる。

「――『騎士もどき』。あなただけはその法則に当てはまらない。失礼ながら、あなたが受けた依頼を一通り調べさせていただきました。結果として、その半分近くの仕事で、あなたはとても報酬に見合わない危険を冒している。並の傭兵では死んでいただろう地獄を、何度も経験している」

 それが不気味だと、赤い瞳が俺を責め立てる。

 人が命を懸ける理由を見れば、その人間の人生観が、哲学が、在り方が分かる。

 何のために生きているのか、何を差し出されたら死んでもいいと思うのか。

 おおよそではあるが、その人のことを理解できる。

 なのに、俺の経歴からはそれが分からない。

 故に警戒せざるを得ない。

 この得体の知れない流れ者は、いったい何のために命を懸けているのかと。

 それこそ、アリアが俺に心を許さない理由。

「だから、あえて問いましょう。あなたが『空の遺跡』に潜る理由はなんですか? 答えてください、『騎士もどき』」

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