一章 鋼の街と空の騎士団 3

 一通り挨拶が終わったところで、団長が居住まいを正す。どうやら本題に入るらしい。

「さて、依頼する時にうちの者が説明しているはずだが、念のためにもう一度話しておこう。我々の攻略目標を」

 団長は横目で窓の外を見る。

 視線の先を追うと、そこには雲の合間に浮かぶ空中都市があった。

 『空の遺跡』、そう呼ばれる迷宮である。

「我々が目指すのは、あの『空の遺跡』。通称、双子遺跡だ」

「双子遺跡?」

 珍しい名称に訊ね返すと、団長は静かに頷いた。

「そう。あの遺跡には、全く同じ構造をした、いわば兄弟のような遺跡がある。今窓の外に見えている遺跡が『弟』。そして、ここから二千五百メイル離れた先に『兄』とされる遺跡がある」

「なるほど。で、その特性は?」

 『空の遺跡』の中には、たまにこういった変わり種がある。

 この手のものは、だいたい普通の『空の遺跡』と違う特性があり、攻略難易度が上がるのだ。

「双子遺跡は、助け合いの機能を持っているそうです」

 答えたのは、団長ではなく、さっきから黙っていたアリアだった。

「どちらかの遺跡が攻撃を受けると、もう片方の遺跡から戦力が転送される仕組みになっているようです。それぞれの攻略難易度はBですが、侮れません」

「それはまた」

 思わず苦笑してしまう。

 攻略難易度Bとは、また実に厄介だ。

 S、Aに次ぐ攻略難易度であり、これを二つ同時に攻略できるのは、恐らく世界中の騎士団の中でも上位五パーセント程度だろう。

「さすがに無茶なんじゃないか?」

 『叡智の雫』はかなり上位の騎士団だが、それでも事前の調査では騎士団等級はA。

 難易度Bの『空の遺跡』を二つ同時に相手できるほどの力はないはずだ。

 率直な感想を告げる俺に、団長は満面の笑みで頷いてみせる。

「文字通り冒険にはなるだろう。が、神々の遺跡と、神々がいた時代の歴史解明は騎士に課せられた使命であり、人類の悲願だ。挑まないわけにはいかん」

 人類の悲願ねえ……さすが騎士様は言うことが違う。

 完全に自分のために戦う傭兵の俺には、ちょっと相容れない思想だ。

 とはいえ、依頼主の思想信条を否定するつもりもないが。

「分かった、尊重する。けど、どんな理想を掲げても、実際に攻略する能力がなけりゃ死ぬだけだぞ?」

。『騎士もどき』、俺はお前を買っている。この遺跡探索を機に、半人前のうちの副団長を一人前に育て上げてくれ」

 ああ――なるほど。

 

「だ、団長! 私は傭兵に育てられるつもりなんてありません! そもそも指揮権は私にあり、彼は私の指揮下に――」

 団長に未熟を指摘されたアリアは顔を赤くして上司に食ってかかっていた。そういうところが未熟と言われる所以なんだろうけどな。

「いいぜ、引き受けた。そこの娘さんを一人前の騎士にしてやろう」

 俺はさらっとアリアの文句を受け流し、団長の依頼を受けた。

「あなたも何を勝手に承諾してるんですか!」

 射殺すような視線を向けてくるアリアに、俺は最高の笑顔を向けてやる。

「はっはっは、安心するがいい。俺ほど厄介な奴を使いこなせれば、お前も自然と一人前になっているはずだ」

 胸を張って請け負う俺に、アリアは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

「じ、自分で言うことじゃないでしょうに……自覚があるなら、直そうとか思わないんですか?」

「思わないね! 周りが俺の行動で困ったとしても、俺は特に困らないもの!」

「清々しいほど自己中心的ですね! 最低です!」

 だからこそ、アリアにとっては試練になるんだけども。

 まあいい。この騎士団が俺をどう見ているかは分かった。ならば、期待に添う仕事をしよう。

「ともあれ、まずは先立つものがないと何もできないな。団長、報酬ください。もちろん全額前払いで」

 俺は団長に向けて両手を差し出し、お金を要求する。

 が、何が気に入らなかったのか、横にいたアリアがバチンと音が鳴るほど俺の手を叩いてきた。

「非常識にもほどがあるでしょう! こういうのは半分だけ前払いして、残りは成功報酬なのが通常の手続きで――」

 説教を始めようとするアリアを、団長が手で制する。

 そして、机の引き出しから、中身がぎっしり詰まった革袋を取り出した。

「いや、いいんだ。こいつには特別に全額前払いとする」

 その言葉に、アリアは困惑したように眉尻を下げた。

「団長……何を言っているんですか、よりによってこんな適当な奴相手に。下手したら報酬だけ持ち逃げしかねませんよ」

「そんな奴だったら、とっくに干されているはずだ。悪評も多いとはいえ、ここまで多くの騎士団の信頼を得て仕事をしてきた男だぞ、そいつは。それに、報酬額も実力の割に格安だからな。前払いくらい気前よくやってやろうじゃねえか」

 さすが団長、話が分かる。

 俺は後押しするように革袋を掴むと、アリアに見せつけた。

「悪いね、お嬢さん。俺は宵越しの銭は持たない主義なんだ。どんな仕事も全額前払い。それが俺の流儀なのさ」

 さすがに報酬を力ずくで取り返すつもりはないらしく、アリアはそれ以上食い下がってくることはなかった。

「……いいでしょう。きちんと仕事をしてくれるのなら、異存はありません」

 気が強いが上司には忠実で、意外と素直な一面もある。動物でいうと犬だな、この子。

 割と好きな性格だ。向こうとしては甚だ不本意だろうが、気に入った。

「おー、やっぱり金貨の重さっていうのはいいね」

 俺は受け取った革袋の中身を確認する。

 契約通りなら、多くの鋼船都市で信用の高いルイン金貨が千枚あるはずだ。

 これだけあれば、よほど贅沢しない限り五年は暮らせるだろう。

 一見すると高いように見えるが、俺と同じくらいの実力の傭兵を雇おうとしたら、普通はこの三倍近くかかる。

 俺は庶民の味方なので、安い報酬で扱き使われてやる偉大な男なのだ。

 しかし、ここで一つ問題が。

「参ったな……これだけの金貨を使い切れるほど遊ぶ場所あるのか? ここ」

 いかにこの鋼船都市が都会とはいえ、ちょっと不安がある。

 深刻な問題に俺が頭を悩ませていると、アリアが呆れたように顔をしかめた。

「……貯金しようとか、そういう考えはないんですか?」

「馬鹿野郎。明日死ぬ奴は明後日の分の金を使えないんだぞ。確実に生きてる間に全額使い切るのがいい人生ってもんだろう」

「刹那的すぎますね……ほんと、傭兵っていうのは分からない」

 価値観の相違を埋められなかったらしく、アリアは首を横に振った。

「なに、無理に理解しなくてもいい。ただ尊重さえしてくれれば。というわけで、今から遊びに行きたいので案内してください」

 さすがに着いたばかりの鋼船都市だと、遊ぶ場所を見つけるのも難しい。

 堅物っぽい副団長にどれだけ期待できるかは分からないが、現地人の案内は欲しいところだ。

 が、それが癇に障ったのか、アリアはギロリとこっちを睨んでくる。

「あのですね、三日後には双子遺跡の攻略が始まるんですよ。私は指揮官として、準備をしなくちゃいけないんです! 今回あなたを迎えに行ったのだって、かなりギリギリで予定を調整したんですから!」

 とりつく島もなく拒絶する副団長に、俺は茶化すように肩を竦めてみせた。

「おいおい、信頼関係ができていない相手に命を預ける気か? きちんと相互理解の時間を取ったほうがいいと思うけどなあ」

「そ、それは……」

 言葉に詰まるアリア。よし、ここが押し時だ。

「では訊こう、アリア・カートライト副団長。お前はいざという時、俺に命を預けることを躊躇わないのか?」

 沈黙。

 ここで即答できない程度の関係しかない以上、実際に命が懸かった場面で俺たちは確実に機能不全に陥る。

 アリアにもそれが分かったのか、一つ溜め息を吐くと、肩を落としながら頷いた。

「……分かりました。確かに、あなたとは対話の時間が必要です」

 渋々ながらの了承に俺は笑顔で頷くと、金の入った革袋を掲げて歩き出した。

「よっしゃ、そうと決まれば飲みに行こう! 金なら心配するな、全部おごってやろう! なので、できるだけ美味しい店を紹介してください」

 はしゃぎだす俺とは対照的に、アリアは疲労を滲ませた顔で上司を振り返っていた。

「団長、あとお願いします……」

「おう、任せろ」

 苦笑しながらも見送ってくれる団長さんは、器が大きい人物だなと思いました。

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