「賢者の孫」 吉岡 剛

【妃殿下の憂鬱】


 魔人王戦役を経て、世界中に影響力を持つ揺るぎない大国となったアールスハイド王国。

 その王都にある王城の中庭にて、あるお茶会が催されていた。

 参加しているのは王女メイ、シシリー、マリア。

 そして主催者である王太子妃エリザベートの四人である。

 アールスハイド王国貴族女子であれば誰もが参加したくなる面子なのだが、この四人以外の参加者はいない。

 つまりこれは、極々親しい内輪だけの集まりなのだ。

「はぁ……」

 そんな身内しかいないお茶会だからだろう、王太子妃であるエリザベートは大きな溜め息を吐いた。

「妃殿下、どうしましたか?」

「そんな他人行儀な呼び方はやめて下さいなシシリーさん。折角気を遣わない身内だけのお茶会ですのに」

「ふふ、そうですね。ごめんなさいエリーさん」

 エリザベートの指摘を受けてシシリーは呼び方を修正した。

「でもまあ、王城でのお茶会だからね。久し振りにドレスなんて着たし、ちょっと意識が貴族モードに切り替わってたかもしれないわ」

 マリアはそう言うと、自身が着ているドレスのスカートの裾をちょっと摘まんでみせた。

「マリアおねえちゃんは貴族のお茶会とか夜会とか行かないでいいですから羨ましいです」

 そんなマリアを見て、メイが羨ましそうな声をあげる。

「そうですわね。マリアさんはアルティメット・マジシャンズとして忙しいといえば大抵のことは免除されますものね。シシリーさんはそれに加えて貴族籍を抜けられましたし。私やメイは王太子妃と王女ですからそういうわけにもいきませんわ」

「そういえば、シシリーおねえちゃんお疲れです?」

「え? そうですか?」

「目の下に隈ができてるです」

 メイの指摘に、シシリーは「あ」と心当たりに気付いた。

「昨夜はその……寝るのが遅くなってしまって……」

 ほんのり頬を染めながらそう言うシシリーに、マリアは大きな溜め息を吐いた。

「シルバーに手がかからなくなってきたからって、お盛んですわねー」

「も、もうマリア!」

「ふーんだ」

 シルバーとは、魔人の首魁シュトロームとの最終決戦の前に出会ったミリアという女の魔人が産んだ、シュトロームの子供である。

 シュトロームとの最終決戦の際、シュトロームの攻撃に巻き込まれたミリアが亡くなり、身寄りを失ったシルバーをシンとシシリーの夫妻が養子として引き取ったのだ。

 そんなシルバーも引き取ってから一年と少し。

 夜泣きも治まり、ようやく夫婦としての時間がとれるようになったシンとシシリーは、夫婦の営みに精を出していた。

「お盛ん? なんのこと……あ、そういうことです?」

 もうすぐ初等学院を卒業するメイは、既にそういう教育を受けていた。

 なので夫婦が盛んに行うことで、なぜシシリーが寝不足になっているということに気が付いてしまい、メイも頬を赤く染めた。

 メイも、日々大人になっているのである。

「シシリーさんはよろしいですわね。シンさんに構ってもらえて」

 拗ねたり赤くなったりしている三人とは違い、エリザベートは羨ましそうに言った。

「殿下はエリーさんを構ってくれないんですか?」

 シシリーのその台詞に、エリーは先ほどと同じく大きな溜め息を吐いた。

「はぁ……オーグはここのところ、旧帝国領の復興のためにあちこち飛び回ってますの」

 エリザベートはアウグストと結婚したあと、アウグストでは他人行儀だということで愛称であるオーグと呼ぶようになっていた。

「ああ……殿下、ゲート使えるもんね。おまけにアールスハイドの王太子だし、殿下が直接出向けば話もスムーズに済むか」

「ええ。おまけにアルティメット・マジシャンズとしての活動もしているでしょう? お陰で休みもなくて……お身体を壊さないか心配しているのに構ってくださいとは流石に言えなくて……」

「へえ、昔シンばっかり構うって拗ねてたエリーが成長したわね」

「なっ!? そ、そんな昔のことを引き合いに出さないで頂けます!?」

「いや、そんな昔でもないでしょうが……」

「私はお友達と一緒に遊んでるですからあんまり寂しくないですけど、エリー姉様は寂しそうです」

「学院のお友達とかはいないんですか?」

 シシリーのその何気ない一言でエリザベートはテーブルに突っ伏した。

「王太子妃になった私にお友達なんてできると思います?」

「あー……取り巻きならできるか……」

「ええ。私に声をかけて下さる方は多いですわ。ですがそれは王太子妃としての私に近付きたい者ばかり。皆さんのように気兼ねなくお付き合いができるお友達なんて、学院には全くいませんわ」

「ウチはシンがいたからなあ。アイツ、受験の日にいきなり殿下と仲良さげにしてたからね」

「シン君曰く、そもそも陛下のことを親戚のおじさんだと思ってたそうですからね。殿下のことも従兄弟としか思えなかったって言ってました」

「はぁ、羨ましいですわ。私も高等魔法学院に進学できれば良かったのに」

「エリーは魔法の素質無いじゃない」

「だから皆さんが羨ましいのですわ」

「私は、アグネスさんとコリン君がいるので寂しくないです」

「まさかメイに裏切られるとは思いませんでしたわ」

「まあまあ、エリーさんには私たちがいるじゃないですか。またお茶会に誘ってくださいね」

 シシリーがそう言うと、エリザベートはジト目でシシリーとマリアを見た。

「シシリーさんは治療院でのお仕事とシルバー君のお世話。マリアさんはアルティメット・マジシャンズの活動があるではありませんか。そうそう私の我が儘に付き合わせるわけにはいきませんわ」

 エリーにそう言われてしまうと、シシリーもマリアもなにも言えなくなってしまい苦笑を浮かべるだけになってしまった。

 その後も行儀悪くテーブルの上に顔を乗せながらブツブツ愚痴をこぼすエリザベートを見て、シシリーはなんとかできないかと思案した。


   ◆


「エリーが悩んでるって?」

 その日の夜、自宅に帰ったシシリーは義息子であるシルバーの世話をしながらシンに相談していた。

「はい。殿下が忙しくてあまり構ってもらえないから寂しいらしくて……かといって学院に心を許せるお友達もいないそうです。私たちとなら気兼ねなくお付き合いはできるんですけど、学院とかアルティメット・マジシャンズの活動とか色々ありますし……」

「そっかあ、現実じゃあ『お姫様は王子様と結婚して、いつまでも仲良くくらしましたとさ』とはいないか」

「絵本のようにはいきませんよね」

「えほん!」

 シンとシシリーの会話を聞いていたシルバーは、自分に興味のある絵本という単語に反応し、自分を抱っこしているシシリーに顔を向けた。

「まま、えほん!」

「あら、シルバーは絵本が読みたいの?」

「うん! まま、よんで!」

「はいはい。それじゃあベッドに行きましょうね」

「はーい」

 シシリーはそう言うとシルバーを抱き上げベッドに寝かした。

 添い寝をしながら絵本を読むシシリーと次第にウトウトし始めるシルバーを見ながら、シンは幸せな光景だなと目を細めた。

 そして、忙しさのあまりエリザベートを放置しているアウグストのことをなんとかしないとなと、思案し始めた。

「ふふ。シルバー、すぐに寝ちゃいました」

「そっか、いい子だよなシルバー」

「はい。それに、とっても可愛いです」

 シシリーはそう言うとソファーに座っているシンの隣に座り、シンの肩に自分の頭を乗せた。

「私たちはこんなに幸せなのに、エリーさんが寂しがっているのは可哀想です」

「やっぱそうだよな」

「なんとかなりませんか?」

「そうだなあ……ここは皆にも協力してもらおうかな」

「皆さんに?」

「ああ。詳しいことは明日学院で話すよ。それより、シルバーも寝たし、そろそろ俺たちも寝ようか?」

「はい……」

 こうしてシンとシシリーは自分たちの寝室に向かった。

 翌日もシシリーは寝不足気味だった。


   ◆


「トール、ユリウス、ちょっといいか?」

 翌日学院に登校したシンは、まずアウグストの護衛である二人に声をかけた。

「なんですか? シン殿」

「どうしたで御座る?」

「いや、実は二人に頼みというか確認したいことがあるんだけど」

「シン殿の頼みですか……はっ! まさかまたなにか魔道具を売りたいとかそう言う相談ですか!?」

「違えよ! なんでトールはすぐそっち方面に考えが向くんだよ!」

「今までのシン殿の実績です」

「ぐうの音も出ない!」

「はは、それで、魔道具でないとすると、一体なんで御座る?」

「ああ、いやオーグのことなんだけど……」

「殿下の?」

「昨日さ、シシリーがエリーとお茶会したんだけど、その時にエリーがオーグに構ってもらえなくて寂しがってるって聞いてさ」

 シンがそう言うと、トールとユリウスは疲れたような苦笑を浮かべた。

「確かに、今の殿下は働きすぎですね」

「アールスハイドの王太子でゲートが使えるということで、あちこち飛び回っているで御座る」

「それに付き合わされている自分たちも休みがないんですよねえ……」

 トールとユリウスは、二人して遠い目をしていた。

 それを見たシンは、はぁ、っと溜め息を吐いた。

「ったく、アイツは普段ふざけてるくせに真面目すぎるんだよ」

 シンがそう言うと、トールとユリウスは首を傾げた。

「基本、殿下は真面目ですよ」

「ふざけているのはシン殿相手だけで御座るな」

「シン殿で息抜きをしてるんじゃないですか?」

 そう言われたシンは、ピクピクと額に血管を浮き上がらせた。

「息抜きに俺をからかってんじゃねえよ!」

 思わず声を荒げたシンだったがすぐに息を整えて二人に向かい合った。

「ともかく、このままじゃあエリーとの仲にも影響するだろうし、なによりオーグの身体が心配だ」

「それは自分たちも言っているんですが……」

「殿下は頑固ですからな。中々聞いてもらえないんで御座るよ」

「そっか……」

 シンはそう言うと少し考えてから二人に提案した。

「なら、外堀から埋めるか」

 シンはそう言うと、無線通信機を取り出し、どこかへ通信をし始めた。


   ◆


「は? 父上、今なんと?」

「だから、今日の会談にアウグストは行かなくてもいいと言ったのだ」

 学院が終わったあと、王城に帰ったアウグストは国王の執務室で父でありアールスハイド王国国王であるディセウムからそう言われていた。

「意味が分かりません。私が行った方が話は早いはずです」

 なおも食い下がるアウグストにディセウムは毅然とした態度で向かった。

「それは確かにそうだろうが、お前が出張らなくても他の人員で十分に対処はできる。それともなにかアウグスト。お前は自分の部下が信じられないとでも言うつもりか?」

「いえ、そんなつもりは……」

「なら、部下を信じて交渉や会談を任せるのも将来国王となるお前には必要なことだ。今日の会談は部下に任せて報告を待っているように」

「はい……分かりました」

 ディセウムにそう言われたアウグストは、渋々といった表情ではあったが了承し国王の執務室を出た。

 扉が閉まった後、ディセウムは小さく溜め息を吐いた。

「やれやれ……アウグストが優秀なのは分かっているが、このままではアウグストがいないと何もできない国になってしまう。シン君からの提案だったが、これは丁度いい機会だったかもしれないな」

 ディセウムはそう言うと、昼間にシンからかかってきた無線通信の内容を思い出した。

『オーグを休ませたいから、ディスおじさん協力して』

 シンは純粋にアウグストを休ませ、エリーと一緒にいる時間を作ってやりたいという思いだけだったが、思わぬところで相乗効果が生まれていた。

 その今日の仕事を取り上げられてしまったアウグストは、頭を掻きながら歩いていた。

「うーむ……我々が関わったことの後始末のつもりであれこれと首を突っ込んでいたが、部下の仕事を奪っていたか……」

 アウグストは、ディセウムから言われたことを真摯に受け止めていた。

 とはいえ、急に予定がなくなってしまったので、この後はどうしようかと考えたアウグストは、城に作られた通信室へと足を運んだ。

 魔人王戦役が終わった後、アールスハイド全域で有線の通信機が普及した。

 最初は各街の領主館と王城のみから始まり、工事が進むにつれて各家庭にも普及するようになっている。

 ただ、王城への連絡は未だに各領主館からしか繋がらないようになっているが、王城の通信室には頻繁に重要な連絡が入る。

 それは……。

「皆、ご苦労。アルティメット・マジシャンズの依頼は入っていないか?」

 各街や他国からのアルティメット・マジシャンズ出動要請である。

 世界を混乱に陥れた魔人たちが全て駆逐されたとはいえ、魔物がいなくなったわけではない。

 普段なら各街や国で対処できる魔物だが、災害級となると話は違ってくる。

 一般の兵士たちだけで立ち向かうと少なくない犠牲が出てしまう。

 そこで災害級の魔物などが出現した場合、災害級の魔物も簡単に討伐してしまうアルティメット・マジシャンズに要請することが今や一般化している。

 他にも、自然災害の復興などにも力を貸しており、なんやかんやと依頼が絶えない状況が続いている。

 そんなアルティメット・マジシャンズへの依頼は、一旦各街の領主館に集められ、そこから王城へと連絡されるので、この通信室がアルティメット・マジシャンズの依頼受付窓口になっているのだ。

 アウグストは、そこで依頼された内容を精査し、誰に振り分けるかを考えているのだが、今日その通信室には先客がいた。

「あ、殿下。お疲れ様です」

 そう声をあげたのはオリビアだった。

「ストーン? なぜここに?」

「私は、学院を卒業したらアルティメット・マジシャンズの依頼の方には貢献できないかもしれませんから……今のうちに受付業務を経験しておこうと思って」

「……ああ、なるほど。ストーンとビーンは、卒業後すぐに子作りをするつもりなのか」

「可能性があるだけです!」

「分かった分かった。それで、依頼は来ていたのか?」

「はい。何件か来てましたけど、既に皆さんに連絡して振り分けてます」

「そうか。ちなみに、どんな依頼があったのだ?」

「災害級の魔物の討伐が一件と、河川の氾濫で近隣に溢れた土砂の撤去ですね」

「それで、誰をどこに派遣したのだ?」

「魔物の討伐はトニーさんに、土砂の撤去はアリスさんとリンさんにお願いしました」

「ふむ……コーナーとヒューズは、魔物相手ではやり過ぎるかもしれんからな。いい采配だ」

「あはは、ありがとうございます。あ、マークとユーリさんは工房の方で作業してますが、一応待機要員として通信機は持ってますので、何かあったら連絡できるようにしてます」

「そうか。なら、私の出番は……」

「殿下とウォルフォード君の手を煩わせるような依頼なんてそうそうないですよ」

「それもそうか。で、シンはなにをしているんだ?」

「シシリーさんが治療院でのお仕事中なので、シルバー君のお世話でもしてるんじゃないですか?」

「それも大事な仕事……か」

 シルバーは、シュトロームとミリアという魔人同士の両親から産まれてきた子供である。

 それ故に、シルバーが魔人化しないか注意して見ておく必要がある。

 ……とういう名目で、いつもシンはシルバーのお守りをしているのだ。

「はあ……やれやれ、これは本格的にやることがなくなってしまったな」

「たまにはいいじゃないですか。今日はお部屋に戻ってゆっくりされてはどうですか?」

「そうするか。では、なにかあったらすぐに連絡しろよ。特に、コーナーとヒューズがなにかしでかしたらすぐにだ」

「あはは……分かりました」

「ではな」

 アウグストはそう言うと、通信室を後にした。

 ずっとアウグストの後ろに控えていたトールとユリウスがオリビアに目配せをすると、オリビアは、無線通信機を取り出しどこかに連絡をし始めた。


   ◆


 通信室から自室の前まで来たアウグストは、扉を見ながら呟いた。

「こんなに日の高いうちから自室に戻るのはいつ振りだ?」

「それが思い出せないほど働いていらっしゃるのですよ」

「最近の殿下は働きすぎで御座る。丁度良い機会故ゆっくりと休まれると良いで御座るよ」

「自分も、殿下がお部屋に戻られたら帰宅しますよ」

「拙者も」

 トールとユリウスの台詞に、そういえば二人をずっと自分に付き合わせていたなと少し反省した。

「分かった。今日の任務はここまででいい。突き合わせて悪かったな」

「本当ですね」

「おい。そこはそんなことないって言うとこだろ」

「本音で御座る」

「ったく、分かった分かった。今日はお前たちもゆっくり休め」

「はい。殿下も」

「ああ」

 アウグストはトールとユリウスにそう言うと扉を開けて部屋に入った。

 そして、すぐに目を見開いた。

 なぜなら……。

「おかえりなさいオーグ」

 エリザベートがお茶の用意をして待っていたからだ。

「エリー? なぜ……」

「先ほどオリビアさんから、オーグが自室に向かったと連絡を頂きましたので」

「だからといって、そんなにすぐ用意できるものでは……」

 そこまで言ってアウグストは気が付いた。

「はぁ……お前たち、全員グルか?」

「人聞きの悪いことを仰らないで下さいまし。皆さんオーグを心配して休ませるために協力してくれたのですよ?」

「皆か……とはいえ父上にまで意見できるのはシンしかいまい。アイツめ、余計なことを……」

「ほら、余計なことを考えていないで座ってくださいまし。オーグは紅茶よりコーヒーの方がよかったんですよね?」

「……そうだな。頂こう」

「かしこまりましたわ」

 エリーはそう言うと、自らの手でコーヒーを淹れた。

 侍女ではなく、エリー自らがコーヒーを淹れていることで、部屋に侍女たちがおらず二人きりであることに気付いた。

「さあどうぞ、召しあがれ」

「……ああ」

 公爵令嬢として、結婚前から……というより生まれたときからずっと侍女に傅かれていたエリザベートが、自分のために自分でコーヒーを淹れてくれている。

 そのことに心が温かくなったアウグストは、それ以上なにも言わず、エリザベートが淹れてくれたコーヒーに口を付けた。

「うん、美味い」

 アウグストがそう言うと、エリーはパッと顔を綻ばせ笑顔を浮かべた。

「良かったですわ」

 そうしてしばらく、久し振りのエリザベートとの二人きりの時間を過ごしていたが、まったりし過ぎたのか、アウグストは少し眠気を感じてきた。

 それをすぐに察知したエリザベートは、アウグストに声をかけた。

「オーグ、ソファーで少し横になります?」

「そうだな……少し休むか」

「では……」

 エリザベートはそう言うと、自分もソファーに座った。

「オーグ、いらっしゃいませ」

 そう言うと自らの太ももをポンと叩いた。

 それを見たアウグストは、フラフラとソファーに向かいゴロンと横になった。

 そして、頭をエリザベートの太ももの上に乗せた。

「ふふ、お休みなさい、オーグ……」

 エリザベートはそう言うと、アウグストの髪を優しく撫でた。

「ああ……」

 頭の下の柔らかい感触と、髪を撫でられる気持ちよさからアウグストはすぐに寝入ってしまった。

 その顔を見ながら、エリザベートは柔らかく微笑んだ。

「お疲れ様、オーグ……」

 エリザベートはそう言うと、ずっとアウグストの髪を撫でるのだった。


   ◆


「……んはっ!?」

 アウグストを膝枕していたエリザベートは、ハッと気が付いた。

 いつの間にか、自分も眠っていたようで、気が付けば窓から入ってくる日の光は夕焼けの赤い光になっていた。

「オーグ、オーグ」

「んん……」

 エリザベートは、今だに眠っているアウグストの肩を揺すり起こそうとした。

 だがアウグストは、日頃の疲れが溜まっているのか中々起きない。

「オーグ、もう夕方ですわ。このままだと晩餐に間に合いませんわよ?」

「んー……」

 アウグストはそう唸ると、仰向けの状態からエリザベートの方へと寝返りをうった。

「ひゃわっ! オ、オーグ!?」

「エリー……」

 アウグストはそう呟くと、その手がエリザベートの身体を弄り始めた。

「あっ、やっ、だ、駄目ですオーグ! もうすぐ晩餐ですから!」

 久し振りにアウグストに身体を弄られ身悶えそうになるが、必死に自制しアウグストを窘めた。

 そのエリザベートの言葉を聞いたアウグストはまた仰向けになったが、その顔は不服そうだった。

「駄目か?」

 アウグストからの請われるような視線を受け、意思が揺らぎそうになるが、どうにか踏みとどまった。

「だ、駄目です」

「そうか……」

 そう言ってションボリしてしまったアウグストを見て、エリザベートはつい口を滑らせた。

「ば、晩餐の後でしたら、大丈夫ですから……」

 エリザベートがそう言うと、アウグストはニンマリと笑った。

「そうか。少し寝たら頭がスッキリしたからな」

 アウグストはそう言うと身体を起こし、ソファーに座りなおしてからエリザベートの耳元で囁いた。

「今夜は眠らせないぞ」

 その言葉に真っ赤になるエリザベート。

 そして晩餐の後……。

 有言実行とばかりにアウグストはエリザベートを眠らせず、翌日艶々しているアウグストに比べて、エリザベートは若干お疲れ気味なのであった。


(おわり)

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