キミの忘れかたを教えて/あまさきみりと
救世主は追われている
「……ねえ、わたしに第六感があると言ったら、あなたは信じる?」
でた、いつもの。作曲等の気分転換がてらに地元の河川敷を散歩していると、俺の隣を歩く
今日は不思議なことを言い出しながら足を止め、野草の絨毯が敷かれた野原と静かに流れる河原に挟まれた周囲を見渡し始めた。幼少期からの付き合いなので察せるのだが、こいつは中学あたりから理屈ではなく感覚で物を言う性格になったため、ふいに意味深な発言をされても俺の平常心は揺るがない。
密かな自慢なのだが、俺には鞘音の思惑が読める。
物心ついたときから側にいる幼なじみとは、そういうものだろう。
「それ、新曲の歌詞か?」
「……違う。わたしの顔色で感じ取ってくれないと困るの」
「お前の顔色はいつも冷めてるから分からない……」
思惑、まったく読めてなかった。
「……今、わたしはどんな感情だと思う?」
「めちゃくちゃ不機嫌だろ」
「……めちゃくちゃハイテンションだから」
「だったらニッコリと笑ってくれよ……! 目つきがいつも鋭いんだって……!」
分からん。考えるより感じるタイプの天才肌になってしまい、犬に吠えられて泣きべそをかいていた頃の鞘音が恋しくなるよ。
あのときは可愛かったなぁ。しゅうくんって呼んでくれてさ。
「……失礼なこと考えてるでしょ」
やけに勘も鋭い。ジトっとしたねちっこい睨みが怖い!
「……彼氏と二人きりで散歩してるんだから……嬉しいに決まってる」
ぼそぼそと呟く鞘音の気恥ずかしそうな横顔。
俺まで照れ臭くなるから……不意打ちはやめてくれ。その後の話題に困るからさ。
「……最近気づいたんだけど、わたしには第六感があるのよ」
「はあ、そうですか」
「……興味なさそう。もうちょっと食いついてくれないとムカつく」
旅中ジャージ姿のくせに、わがままなお嬢様だ。
「それで、第六感っていうのはどういうの?」
「……ちょっと付いてきて。わたしは――幼い風に導かれているから」
歌詞の書きすぎなのか、たまーに変なこと口走るんだよなぁ。慣れっこだけど。
自分勝手に歩を速めた鞘音がふらふらと先導し、俺が呆れつつも後ろを付いていく。
俺たちの距離感は昔から変わらず、鞘音の直感に振り回される日常が俺は嫌いじゃなかった。五年間の擦れ違いを経て取り戻した二人の今は、この何気ない風景すら愛おしく思わせてくれる。あの場所で昔は遊んだとか、この場所で誰が転んで泣いたとか……通りがかりに指をさしながら、お互いが共有する記憶の答え合わせを楽しむ。洒落れたところで遊ぶ必要などなく、散歩しているだけでも俺たちにとっては充実したデートだった。
音楽活動以外では実家でまったりするか、周辺を散策するかのほぼ二択という実家暮らしの安上がりな恋人同士。週末はトミさん一家や母さんも合流して俺んちに集まったりもする平凡な時間が……いつも通りの生活が、俺にとっては何よりも贅沢で。
こうして歩いているとき、細々と幸せを噛み締めているのだ。
「……わたしの第六感は間違ってなかったわ」
五分ほど歩いた先。田畑に沿う道路脇に古ぼけた木造の小屋があり、誰もが一度は見たことのある丸い看板が立っている。一日に数本しか来ないバスの停留所。自家用車を持たないお年寄りや遠方から登下校する小学生がよく使うバス停に用事などないのだが、現在は物音一つすらしない小屋の中を鞘音が覗き込む。
「……やった!」
笑顔。笑顔である。
何を見つけたのかは知らないが、気分が良くてもポーカーフェイスの鞘音が唐突に可愛い歓喜の声をあげ、表情をくしゃりと綻ばせたのだ。
そこに何があるのか。気持ちは探検家の
「ククッ、褒めてヤロウ。リーゼの隠れ家に辿り着くマデ、五体満足でいられたことをナ」
いや、手足を失うような罠も強力な敵も見当たらない田舎道でしたが……。
なーんてツッコミが無粋なのは、小屋の椅子に足を組みながら居座る女子小学生の正体がゴスロリ姿のリーゼだったから。
「……これがわたしの第六感ね」
「これって、どれですかね?」
「……リーゼちゃんが近くにいると、なんとなく察知できる感覚よ」
ドヤァ、という文字がロリ山さんの頭上に見えるようだ。
「リーゼはここで何をやってるんだ? 今からだとバスは一時間以上来ないはずだけど」
「ふむ……常人には、リーゼがバスを待っているヨウに見えるラシイ」
「どう見てもバスを待ってる小学生にしか見えないんだが……」
「外見は九歳の小娘にシカ見えんダロウナ。シカシ……リーゼは六百年のトキを生きているゾ」
これ、ノリに付き合わなきゃいけない?
「……修、リーゼちゃんの言うことは本当よ。この子は九歳じゃなくて六百歳なの」
「その根拠は?」
「……はあ? リーゼちゃんがウソつくような悪い子じゃないからに決まってるでしょ」
はあ? はこっちのセリフじゃ!
普段は聡明な雰囲気を醸し出すくせに、リーゼが絡むとポンコツ化するんだよなぁ。
「サヤネ、その男は何も知らヌ人間……所詮は人の子なのダ。リーゼは救世主、人間如きに我の存在を理解などできはシナイ」
「リーゼも人の子だろ。親の名前も言えるし」
冷静な指摘をすると、目を細めた渋い顔を突き返される。
ノリ悪いなぁこいつ、みたいな九歳の視線がねちっこく刺さると何気にショックだ。
「話を戻そウ。ナゼ、リーゼが隠れ家に潜んでいるノカ……だったナ」
「隠れてたの?」
「アア……その通りダ。リーゼは……闇の組織から追われているノダ」
「はっはっは」
「コラッ! 笑いごとジャナイゾーっ!」
「……修! リーゼちゃんは真剣なんだから真面目に聞いてあげて」
俺だけが悪者かよ~。
なぜか緊迫感を無駄に演出する女子チームに叱られてしまう。
「奴らは二人組でリーゼを探してイル。捕まったら最後……特殊な施設に送還され、耳障りな音によって身体が削らレ、リーゼは痛みによって自我が崩壊し、迫りくる不協和音には逃げ場などナイ……! すでに何人もの同志が身体を削り取られているノダ!」
なんだって……!?
鬼気迫るリーゼの演説に圧倒されたが、冷静に考えると……やっぱり意味分からんな。
「……修、これで分かったでしょ。リーゼちゃんが何を訴えかけていたのかを」
「さっぱり分かりません」
「……考えないで、感じ取って」
無茶言うなよ! 天才の変人同士で勝手に意思疎通するな!
「これ以上、詳細に話すわけにはいかナイ。お前たちマデ……危険に巻き込んでシマウ」
「……リーゼちゃんはわたしが守る。どこに逃げても、わたしと修がいるからね」
「えっ、俺も?」
「……リーゼちゃんはわたしたちの子だから、当たり前じゃない」
どさくさに紛れて俺たちの子にすな。
「……!! どうやら、お前たちとお喋りするのもココまでのようダ」
敏感に何かの気配を感じ取ったらしいリーゼは椅子から立ち上がり、隠れ家にしていたバス停の小屋を出た。
「……楽しかったヨ。普通の人間と話しテ……一瞬でも戦いを忘れらレタ」
「リーゼちゃん……」
感動の別れに浸る二人と、ぼけっと突っ立っている俺の対比よ。
空気の読めなさを見かねたのか、演出家気取りの鞘音に肘で小突かれる。
「り、リーゼ師匠のご武運を祈ります」
「同志よ、アリガトウ。そうダナ……この戦いが終わっタラ、平和になった世を眺めなガラ釣りでもしたいものダ。旅名川のヤマメは美味しいんダ。塩焼きで乾杯しようジャナイカ」
棒読みの俺に対し、壮大な死亡フラグで返してくるリーゼ師匠。
そんな茶番をしていたら、車のエンジン音が徐々に近づいてくるのが分かった。
「来たカ……! そこまでして、リーゼを苦しませたいノカ! させナイ……世界を貴様らの思い通りにはさせないゾーっ!」
幼い声を震わせて叫び、とことこと小さい歩幅で駆け出すリーゼ。
「我が名は救世主ネームイズ・リーゼロッテ! 約束の地で……会オウ!」
颯爽と立ち去っていった救世主は思いのほか足が遅く、車から降りて来た金髪の追手に速攻で確保されていた。
まあ、そうじゃないかと思ったんだよ。
闇の組織とやらが見知りすぎた人物……エミ姉なんだもん。
「やっと捕まえたぁ~っ! もお~、町中を探し回ったんだからねぇ~!」
両脇を抱えられ、ひょいっと持ち上げられた自称の救世主様は、ジタバタと両手両足を振り回し、もがきまくっていた。
「離セーっ! 離セーっ! 貴様らの思い通りにはいかないゾーっ!」
「もう予約の時間が迫ってるんだからぁ。痛いのはちょっとだけだから、ね?」
「あいつらはペテン師なのダ! 痛いときは手を上げて、などと言い、手を上げてもやめてくれナイ! 耳障りな音で嫌がるリーゼを笑いなガラ~っ! ウワ~っ!」
「修くん、鞘音ちゃん。ウチの子がデートの邪魔をしてごめんねえ! 邪魔者はさっさと退散しま~す♪」
嵐のように訪れ、去っていくときも一瞬。車の後部座席に押し込まれた救世主リーゼ氏は、泣きべそをかきながらエミ姉の運転する車でどこかに連行されていった。
「いやあ、自由奔放な子を持つと親は大変だなや。どんな育て方をしたんだべ?」
あんたの子だろ! と俺も鞘音も心の中でのツッコみが重なったと思う。
へらへらと歩み寄ってきたトミさんは疲れた様子の苦笑いをしており、リーゼを捕まえるのによほどの苦労を重ねたのが伺える。
「……リーゼちゃんはどこに連れて行かれたの? 痛いことしちゃダメだからね」
俺はだいたいの事情を察したのに、鞘音は神妙な面持ちでリーゼを心配しているのが笑えてしまい、俺につられたトミさんも笑いを堪えていた。
「鞘音ってさぁ、昔っからしっかりしているようでアホなところあっぺ」
「そんなところも含めて、俺の彼女は可愛いけどね」
「おいお~い、惚気てんじゃねえど~! あでっ!?」
盛り上がっていた男子二人の頭にチョップの制裁を加える鞘音。
「近所の年寄りがリーゼを自分の孫みたいに可愛がって、隙あらばお菓子をあげてるんだげっとも、あいつは与えられただけ何も考えずにバクバクと食うから」
「……食うから?」
「虫歯になっちまって歯医者に連れて行ってんのや。リーゼは歯医者が大っ嫌いだから、連れて行こうとすると町中を逃げ回るんだなぁ、困った一人娘だぜぇまったく」
ようやく事情を察した鞘音は安堵の息を吐いたが……申し訳なさそうな表情にもなる。
「……バカ
「な、なんでお前が謝んだよ……?」
「……わたしも、隙あらばリーゼちゃんにおやつを食べさせてたから」
男二人は思わず吹き出してしまい、茶化されたと感じた鞘音はぷんすかと怒る。
俺はこの地元が好きで、ここに生きる人たちが大好きだ。
この場所で、この人たちと、どれだけの時間を過ごせるかは神様にしか分からないけれど、今この瞬間は未来の心配など頭の片隅にも置かず、精いっぱい楽しんでおこう。
そして、数年後に酒でも飲みながら語り明かそう。すぐ隣には鞘音がいてくれるから、共有する同じ思い出を何度も何度も……お前に呆れられるまで、俺は喋りたいな。
あのときはこんなことがあって、こんなことで笑ったよって。