好きすぎるから彼女以上の、妹として愛してください。 滝沢慧

【元気の源】 


「――――初葉はつは? はーつは。初葉ってば!」

「えっ? あ、ご、ごめんごめん! ちょっとTL見てて……」

「初葉がそんな夢中になってるのめずらしー。なになに? なんか面白い話あった?」

「うん、これこれ! 新発売のリップらしいんだけど――」


 休み時間の教室。クラスの友達と集まって雑談している初葉を、圭太けいたは自分の席からそれとなく伺う。

 スマホを片手に、きゃいきゃいとはしゃぐ初葉の様子は、傍目にはいつもと変わりないように見えたけれど。


(……最近、よくボーッとしてるな。初葉の奴)


 たとえば、休み時間や授業中、ぼんやりと俯いていることが増えた。特に、さっきの授業中なんて、小さくため息をついていたほどだ。

 友達の前では、普段通りに明るく振る舞っているけれど。人に心配を掛けまいと無理をしてしまう『妹』の性格を、圭太は知っている。


 放っておけるわけがなかった。だって圭太は、初葉の『お兄ちゃん』なのだから。


 初葉が本音を曝け出し、思う存分甘えられる相手が自分だけだというなら、たとえその悩みがどんなものであろうと、なんとしてでも力になってあげなければ――。


 ◆◆◆


「――心配してくれてありがと、お兄ちゃん! でもこれは、アタシが自分でどうにかしなくちゃいけないことだから……だから、大丈夫! でも、お兄ちゃんの気持ちはホントに嬉しいよ? ありがとね」

「…………そ、そうか! よしわかった! 頑張れよ、初葉! 応援してるからな!」

「うん! 頑張る!」


 ――結論から言うと、初葉は本音を曝け出してくれなかったし甘えてもくれなかった。妹の気持ちを尊重しつつも、圭太はなんだか寂しいような、なんならちょっとショックなような。


(第一、『大丈夫』って言ったわりに、全然大丈夫に見えないんだが……)


 圭太とのやりとり以降、確かにため息をつくことはなくなった。が、初葉は相変わらずぼんやりと考え事ばかりしているし、心なしか元気もなくなったように思う。圭太の心配は解消されるどころか募る一方だった。


 そして。そんな『妹』のことが心配で堪らないのは、圭太だけではなかったようで――。


「すみません、お兄様。お呼び立てしてしまって」

「気にするなよ、そんなこと。……それで、相談って言うのは?」

 放課後。『話したいことがある』、と、仁奈になにテイクアウトを依頼され、圭太は風紀委員室に来ていた。

 が、その『相談』の内容というのは、他でもなく。

「実は……その。初葉のことで、お兄様に相談したいことがあって」

「やっぱり、仁奈も気付いてたんだな。最近落ち込んでるよな、初葉」

「はい。悩みがあるなら相談にのると言ったのですが、本人は『大丈夫だから』と言うばかりで……全くあの子は。普段は私が止めても延々お喋りしているくせに、肝心なことは何も言わないんですから、困ったもので――……お兄様? 何故急に目頭を押さえて……?」

「いや、二人が仲良くなってくれて良かったなぁと……これからも初葉のことよろしくな、仁奈。俺も二人のために、もっといいお兄ちゃんになれるよう頑張るからな!」

「な、泣かないでください、そんなことで……! だ、第一、私は別に、初葉のことを特別心配しているわけではありません! ただ、風紀委員として気がかりだというだけで! 初葉だからどうということではなくて!」

「うん、うん。ありがとな、仁奈……」

「そんな温かい眼差しで見つめないでください! 違います! 誤解です!」

「――すみません、失礼しま……あれ、兄さん?」

 仁奈が顔を真っ赤にしたところで、コンコン、と控えめなノックの音が聞こえてきた。ドアを開けて入ってきたのは、圭太の三人目の『妹』にしてただ一人の『お兄ちゃん仲間』、瑞希みずきだ。

「え? ど、どうしたんですか? どうして兄さんは泣いて……?」

「いや、ごめん。なんでもないんだ……それより、瑞希ちゃんはなんでここに?」

「えっと、実は仁奈さんを探していて……あ、でも、兄さんにも聞いてほしいことなんです。お二人に相談したいことがあって……」

「……ひょっとして初葉のこと?」

「え!? どうしてわかるんですか!?」

 目をまん丸にする瑞希を見て、圭太はつい笑ってしまった。仁奈も苦笑している。

「ちょうどお兄様とも、初葉の話をしていたところだったんです。全くもう……こんなにみんなに心配を掛けて、本当に手の掛かる『妹』なんですから」

「ふふふ。でも、私はそういうところも、初葉さんの可愛らしいところだって思いますよ。妹の世話を焼くのが嫌いなお兄ちゃんやお姉ちゃんなんて、いないですから」


 『もちろん、うちの珠希たまき達もとっても可愛いですけどね!』と、何故かドヤ顔の瑞希。夏休み以降、妹尾家の姉妹仲は良好のようで、圭太としては何よりである。


「でも、初葉さん、本当に何があったんでしょう……。いつもはあんなに明るいのに」

「本当です。正直に言ってくれれば、力になれることもあるかもしれないのに……」

「いや。別に、知らないままでだって、できることはあるぞ。仁奈」

 圭太の言葉に、仁奈と瑞希が「え?」とこちらを見る。


 初葉が話したくないなら、無理に聞き出そうとは思わない。


 けれど。直接悩みを聞かなくても、初葉のためにしてあげられることは、ないわけじゃないのだ――。


 ◆◆◆


「――ただいまー」

「おう。お帰り、初葉」

「うん、ただいまお兄ちゃん――え!? な、なんでお兄ちゃんがうちにいるの!? え!? 幻!?」

「本物だって。ほら」

 ゴシゴシと目を擦る初葉の頭に、ぽん、と手を乗せる。初葉の頬が、「ふにゃ~」とたちまち緩んだ。

「ふわぁ、ホントにお兄ちゃんだ……ハッ!? ま、待って待って! 本物なのはわかったけど、なんでお兄ちゃんが来てるの!? あれ、今日手伝いお願いしてたっけ!?」

「いいから、いいから。それより、手洗って来いよ。カバンは俺が持ってっとくから」

「あ、ありがとー。……じゃなくて!!」

「騒々しいですよ、初葉! いいから早く支度を済ませてきなさい。ちゃんと説明してあげますから」

「わあ仁奈姉もいる!?」

「瑞希ちゃんも来てるぞ」

「だからなんでー!?」




「あ、初葉さん。お帰りなさい! お邪魔してます。どうぞ、座ってください」

「あ、ありがとうございます……えっと、でも、ホントになんでみんなうちに……? それにこのケーキは……?」

 片瀬家の居間のテーブルには、こじゃれたケーキの箱が一つ。中には人数分のケーキが入っている。

「たまには、店に集まるんじゃなくて、こういう風にみんなで遊ぶのもいいかと思ってさ」

「下校途中の寄り道はよくありませんが、帰宅してからなら、問題もありませんし」

「トランプや、カードゲームなんかも持ってきたんですよ。ケーキを食べたら、みんなでやりましょう」

「……え? それだけ?」

「ああ」


 『初葉が落ち込んでるみたいだから』、とは、敢えて言わなかった。


 でも、初葉もわからないわけじゃなかったんだろう。ケーキを見つめるその目が、じんわりと潤む。

「みんな……わざわざアタシのために……」

「さ、早くケーキ食べようぜ。初葉から好きなの選んでいいから」

「……ううっ」

「……初葉?」

「うっ、うっ……ありがとうお兄ちゃん……仁奈姉も、妹尾先輩も……。みんなの気持ちはすっごく嬉しいけど……でもダメなの! このケーキは食べられないのぉ……えーん!!」

 べた、とテーブルに突っ伏し、初葉は咽び泣く。

 みんなの心遣いに感動している……という様子でもなく、圭太達は困惑に顔を見合わせた。

「は、初葉? 一体どうしたんだ? ケーキ嫌いだったか……?」

「大好きだよぉ!! でも、でも……だって、食べたら太っちゃうもん!!! いまダイエット中なのー!!!」

 わーん! と、初葉の泣き声が、居間に木霊する。

「…………ダ、ダイエット……?」

「うん……。あのね、この前お風呂あがりに測ったら、いつの間にか体重がすっごく増えちゃってて……お店のサービスで出てくるお菓子が美味しくて、つい食べ過ぎちゃうから、そのせいだと思うんだけど……」

「……それだけですか? え? じゃあこの数日間落ち込んでいたのは体重が増えたからで? 元気がないように見えたのは、ダイエットで単にお腹が空いていただけと?」

「うん……」

「なんですか人騒がせな!!!!」

「痛いっ!?」

 『ベシッ!』と、仁奈が初葉の額にチョップを見舞う。

「い、痛いよ仁奈姉……」

「『痛いよ』じゃありませんよ!? そんなことなら最初からそう言いなさい!!」

「だ、だって……みんなすごく心配してくれるから、逆に言いづらくて……」

「心配するに決まっているでしょう全く!!! あなたという人は!! 本当に!! もう!! デコピンの刑!!!!」

「あいたっ!? ご、ごめんなさい! 次からは、正直に言います!」

 赤くなった額を押さえ、初葉は申し訳なさそうに肩を窄める。

「お兄ちゃんも、ごめんね……心配掛けて」

「いいよ。俺はお兄ちゃんなんだから、『妹』の心配するのは当たり前だしな」

 ぽんぽん、と、初葉の頭を軽く撫でてやる。

 初葉はホッと笑顔を浮かべ――次の瞬間、そのお腹が『ぐぅぅ〜……』と鳴った。

「あ、あわわ……! い、今のは聞かなかったことにしてお兄ちゃん!!」

「いや、まあ、それはいいけど……でも、ちゃんと食べてるのか、初葉。無理なダイエットしてたら体壊すだろ」

「私も気になってました。初葉さん、あんまり顔色が良くないですよ。お菓子を我慢するのはいいと思いますけど、必要な栄養は取らないと」

「そ、それは、えと、だ、大丈夫――」

「問題ありません、お兄様。それに妹尾先輩。これからは私が、初葉のダイエットをサポートしますから」

「え!? 仁奈姉が!?」

 あわわ、と、初葉が顔を青ざめさせる。

 学校では鬼の風紀委員とまで呼ばれている仁奈のこと。ダイエットを手伝うとなれば、運動メニューから食事内容までそりゃもうきっちり管理してくれるに違いない。その点では非常に頼もしいといえるが……きっと鬼のように厳しいであろうことが容易に想像できるので、管理される側の初葉からしたら、怯えてしまうのもまあ、無理はないと思う。

 ……が。

「わ、わかった仁奈姉!! アタシ、頑張る!! よろしくお願いします!!」

「初葉!? 本気か!?」

「そ、そうですよ初葉さん! 早まっちゃダメです!」

「お二人とも、それはどういう意味なんですか……」

 べた、と床に頭をくっつける初葉を前に、圭太と瑞希はオロオロと慌て、仁奈はそんな二人を見て納得いかない顔をする。

「大丈夫! 落ち込んでても、体重減るわけじゃないし! お兄ちゃん達に元気もらったし、今ならなんだってやれそうだもん!」

 『やるぞー!』と、元気にガッツポーズをする初葉を見て。励ましに来たはずなのに、逆にその姿に元気付けられている自分に、圭太は気付く。

「……やっぱり、初葉は普段通りが一番だな」

「え……? ど、どしたの、急に」

「初葉の元気そうな顔を見てると、俺も元気になるってこと」

 キョトン、とする初葉の頭に、そっと手を乗せた。そのままワシワシと撫でる。

「初葉が頑張るっていうなら、俺は全力で応援するし、必要なら手伝うけど……でも、無理することないんだからな。頑張ってる時の初葉も、そうじゃない時も、いつだって俺にとっては、大事な妹なんだからな」

「…………、うん!」




「――では早速、今からダイエットを始めましょうか。このケーキは没収です」

「ええー!? ま、待ってよ仁奈姉! 明日! 明日からいっぱい頑張るから!! 今日だけは許して!!」

「だめです。何事も早くに行動を始めるに越したことはありません」

「うううっ……お兄ちゃん! 助けてー!!」

「ま、まあまあ。あんまり無理しても続かないしさ。こういうのは自分のペースでやるのが一番じゃないか?」

「仁奈さん、今日ぐらいは許してあげましょう? 仁奈さんも、初葉さんのために一生懸命選んだんですから、食べてもらいましょうよ」

「え、そうなの? どーりでアタシの好きなのばっかりあると思った〜。ありがとう仁奈姉〜!」

「またお二人はそうやって甘やかして!! 初葉も抱き付いてこない!! ちょっと、やめなさい、やめなさいってばっ――ああもうわかりましたよ!! 今日だけですからね! いいですね!?」

「やったー!!」

 FIN

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